第251話 三歩先
感想でいただいたのですが、伊達の上洛した子は史実輝宗です。幼名が調べた範囲で分からなかったので、歴代の伊達当主の幼名から宛がっています。この世界では岩城に養子までは終わっていて、家を継ぐ子の元服が混乱が長かったためまだだったという流れになっております。
美濃国 大垣城
年が明けた。運命の、1560(弘治6)年だ。桶狭間の戦いの年。この年に、既に俺と信長は義兄の修理大夫長慶と共に畿内を制している。不思議な感覚だ。
水力タービンを使っている、先日の視察施設とは別の施設で不具合が出たとの報告があったので向かうことになった。水力タービンのシステムはまだまだ改良が必要だから仕方ない。タービン自体もそこまで頑丈ではないので、定期的に交換が必要だ。鋳鉄技術を高める必要がある。
向かったのは近隣に人が住んでいない下流にある工場だ。何故そんな所に工場を造ったかと言うと、何かあると爆発の危険性や有毒物質の流出が恐ろしい工場だからだ。化学薬品工場。危険度が高い工場なので、不具合があれば設備を即停止するよう厳命している。取水も溜め池経由で隔離されている。その分地面を掘って高低差があるので、タービンに勢いがある。
工場の責任者は孤児出身で初期の学校卒業生だ。結婚した相手も孤児出身でこの地に根付くまで厄介者扱いだった2人。給金も良いので引き抜きはありえない。中途半端に知識を盗られて変な悲劇が起きないためにもここは徹底している。
「此度の件如何した?」
「御足労頂き申し訳御座いませぬ。実は煙が出たりでなかったりで処理が追いつかず」
「あぁ、電気分解の出力が不安定なのか」
この工場で試験的に導入された電気分解を使う工程。水の電気分解実験だ。ちまちまと育てた磁石と水力タービン、そして還元反応を使って悪銭から取り出した銅で作った銅線を使い、コイルを作って電磁誘導の形を作った。タービンによって回転する磁石が発電する。仕組みだけなら前世中学生でも分かるものだ。
しかし、水量が完全に安定しないためにしっかり発電できている時とそうでない時が発生しているようだ。電気分解をやるだけなら水流が安定している別の場所で設備を整えた方が良いかもしれない。
「で、ルブラン法は如何だ?」
「玻璃と石鹸の元は安定して造れております。玻璃と石鹸の値は今後下げられましょう」
「よしよし。寒い今は硫化カルシウムも水にそうそう溶けないしな」
塩と硫酸と石灰、石炭から炭酸ナトリウム、硫化カルシウム、塩酸を手に入れるルブラン法。炭酸ナトリウム・硫酸・塩酸があれば基礎化学に必要なものは揃ったと言っていい。長い時間がかかったが、見事完成である。
さらに硫化カルシウムは水に硫黄と入れておけば農薬になる。石灰硫黄合剤というやつだ。前世で、無農薬栽培には欠かせないと悪臭のする畑の前で説明された苦い記憶が役に立つ日が来たのは何とも言えない。殺虫剤の類らしいので、夏には腐臭とともに活躍してくれるだろう。
現状、塩酸は水で薄めて各病院などの洗剤代わりに使っている。雑巾になったボロ布である程度清潔な空間を造るのに頻繁に利用している。あとは塩化鉄を作って硫酸銅と一緒に服の染めにも利用している。絹に鮮やかな色がついた物は朝廷への献上品になった。
塩化銅は暗い色になりやすいのだが、それを利用して思いがけない収穫もあった。真っ黒に染色できたパターンがあり、それはもう見事な黒になったのだ。前々から安上がりに真っ黒の布が欲しいと思っていたのでありがたい。あえて糸を太くして蝋を塗り、気体が逃げないようにした布を球状に膨らむ形に成形した。化学反応の中で発生する水素を中に集め、出来たのが試作小型気球である。
「もしや、人が空を飛ぶ事が出来る、のでしょうか」
縄をくくりつけた気球が20mほど上空に上がっていくのを見た十兵衛の最初の反応だった。
「水素は空気よりずっと軽い。気体が逃げなければ飛べる」
「彼れに乗って敵の布陣が、進軍路が分かれば誰にも負けませぬな」
「大花火も撃ち込むか?」
「其れが出来るなら、例え長尾の本隊相手でも圧勝して見せましょう」
こんな会話をしたのが昨年秋のことだ。今、俺は人が乗れるサイズの気球が造れるか挑戦中だ。膨大な水素が必要になるのに気体の抜けない目の詰まった布がなかなか作れない。黒だと裏から光を当てて隙間を探せて良いのだが、難しい。
服職人を総動員して織った巨大な布バルーン。蝋だけではダメなのかもしれない。何とか長尾との決戦までに仕上げて持ち込めるか。制空権なんて言葉を知らなくても十兵衛は気球の凶悪さを見抜いたのだ。できれば有効活用したい。紙でも試作したのだが、気球の籠と結べる強度が出せなかったのだ。
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美濃国 稲葉山城
持明院宗栄様と茶を飲む。最近は茶の湯が大分家中でも広まっている。美濃茶碗に誇りを持っている者が多いので、茶碗などを明から仕入れる人間は少ない。上方では明や朝鮮の碗が人気だ。茶碗とガラスで取引がされているらしい。尼子が戦費を稼ぐため積極的に宗氏を焚きつけているとか。将軍暗殺以後の博多は取引が減っているので難しいところだ。むしろ琉球経由で薩摩からの方が安定して物が手に入るかもしれない。
「秋には其方・修理大夫・弾正忠で揃って参議になって貰うとの院の御意思だ」
「院が?」
「うむ。其方は三位になる」
「信長は?」
「尚書よ。右大弁にする」
「随分急な出世で御座いますな」
「春に小弁、其の儘官位と共に中弁を飛び越える」
そこまでして参議にするのか。
「修理大夫は式部になる。院は三人に政を任せたいと仰せでおじゃる」
「いや、しかし摂家の方々も居りますし」
俺はこのまま初代大審院長とか最高裁判所所長とかで妥協したいわけだが。三権でも一番微妙なところだしそのあたりで落ち着けないものか。後奈良院も無理を仰る。
「摂関家の娘を次代の正室にした其方が何を言うか」
「宗栄様の御勧めで御座いましたよね?」
「ほほほ、最近仔細を忘れる事が多くての」
三条の娘をうちの龍和の正室にしたのを完全に覚えていてとぼけている。当分死なないな、此の人。美味しそうに茶を飲み、広げた扇子には『人間五十年』の文字が力強く描かれていた。
おい、御年69歳。もう人生70年ほぼ確定でしょうが。
戦国時代で制空権とるとか夢ですよね。どこまで出来るでしょうか。
持明院様は本来大寧寺で亡くなっていた方なので、いつまで生きるかは神のみぞ知る、です。
あと、前話で250回の投稿、85万字に到達しました。最近は投稿頻度が落ちていて申し訳ありませんが、細々とでも継続は力、ということでしょうか。今後ともお付き合い頂けます様宜しくお願い致します。




