第245話 天の采配(上)
最後だけ3人称になります。
山城国 京
年が明けた。1559(弘治5)年だ。
年初の挨拶後すぐに母の深芳野が倒れた。年初の健康診断をしようかという時だったので、色々な医師も集まっており発見から治療開始までが早かったのは幸いだった。
俺も視察先から大急ぎで戻り体調を診た。病状の原因は儀式の連続からくる過労だったものの、問診をしながら豊に触診を頼んでいると、何かに気づいたように手が止まった。止まった場所は、母の胸部。
「殿、痼り、で御座います」
声が震えながらも搾り出された一言は、この時代では絶望的な病を予感させる一言だった。
♢
乳がん。がんの一種。前世日本では増えつつあった症例だ。女性にとって若い時期から油断はできない病気であり、簡易的に判断する方法は認知度が高いものだった。
肺がんなどのように明確に原因となりやすい生活習慣などはないが、この時代の日本人ならばあまり多くなかったのではないかと俺は推測している。高齢になる前に別の要因で死にやすいからだ。俺の管理する病院に掛からなければ肺炎だって死の病という時代なのだ。平均寿命の統計をとれるほど文官の余裕がないのでなんとも言えないが、女性だと55歳前後で亡くなる人が多い気がする。信長が好む『敦盛』の一節から考えるなら、50年と少ししか生きられない人の一生は夢幻に近しいものなのかもしれない。
「リンパに異常は感じられません。ですが、癌は間違いなさそうです」
「そうですか。新九郎に聞いた通りなら、終わりの病なのですね」
豊が複数人で触診を行った結果の判断を伝える。事前にがんとは何かを伝えたからか、元来の性格からか、母はおっとりした雰囲気のままでその宣告を受けいれた。
俺は前世で乳がんを扱ったことがない。あれば切除も考えたが、本で多少齧った知識で何とかなるものではない。
「恐らく、3年は生きられません」
「そうですか。直ぐに御仏に召される訳では無いのですね」
抗がん剤でもあれば良かったのだが、抗生物質が揃えられていない現状ではがんに対する対応策まで手が届いていない。
「時があるならば何よりです。終の支度も整うでしょうし」
「終の支度?」
豊が尋ねる。俺にも意味がわからない言葉だ。
「死は誰にでも訪れる物。其の時は本来突然訪れる物。何も受け継がせられず、何の心構えも出来ず、何の言葉も残せずという事も当然。人によっては誰にも臨終を看取って貰えずに死を迎えるのです」
確かに、前世では当たり前だった『多くの人に囲まれながら看取られる』ことさえ難しいことも多い。遺言を残す文化(処分状と言うそうだ)はあるが、誰もが残せるわけでもない。余命宣告なんて、オカルト以外には存在しないだろう。俺の余命宣告もこの時代の人から見ればある意味オカルトだろうけれど。
「然れど、天は我が子に、孫に、臣に、そして弟(稲葉良通)にも遺せる時を与えて下さったのです。先だっても我が子の婚儀を見守れましたし」
母はおっとりした人だが、死生観はまさしくこの時代の人間というものだった。ある日突然命を失うことを当然と思い、だからこそ今の段階での発見を喜んだ。
「はは、うえ」
「大殿は新九郎を龍と申されましたが、正しく白龍でしたね。何と誉れ高き事か」
中国では白龍とは天の使いを意味する。源氏の、一色氏の血をひく母は教養もある程度ある人だった。
「さ、新九郎。京で為すべき事があるのでしょう?行きなさい、行って、戦無き世を創ってみせるのです」
一点の曇りもない笑顔で言われ、言葉を失った。隣にいた豊が先に動き出す。
「御母様は御任せを。殿は殿にしか出来ない事を」
「そうだな。俺には、やらねばならない事がある」
拳を握る。いつもより力が入った気がした。大和で待つ信長の元へ行かねばならない。
「秋までに戻ります。御体を大事に」
「心配なさるな。母は其方の枷になる気はありませぬ」
「むしろ枷で長生きして頂けるなら枷となって欲しいですが」
「此れは此れは。我が子は口が達者ですね。庄九郎もそう。彼の子の婚儀も見られれば良いのですが」
以前言われたことがある。たとえいくつになっても俺のことは自分の子供だと。今だって何より俺のことばかり心配している。俺の兄弟の心配をしている。
「必ず。必ず弟達の婚儀も終わらせましょう」
「頼みましたよ。我が白龍」
♢
稲葉山を出発したところで、信長が近江に入ったという情報が飛び込んで来た。曰く、彼の父である織田信秀殿が近江の塩津で倒れたとのことだった。
本来ならば5年ほど前に亡くなっていたはずの人物なので、ある意味驚きはなかった。しかしこのタイミングかと思わせるものだった。
既に明確に信長が家督を継承しているし、混乱は起こらないとは思う。しかし信長がかなり自由に動き回れたのは必要に応じて信秀殿が尾張や伊勢、近江に重石としていたからでもある。たとえ今回の病状がそこまで重くなくても、今までほど信長が機動的に動くことはできなくなるだろう。
「此処からが、殿と弾正忠様と修理大夫様の府の正念場に御座いましょうな」
十兵衛がそう俺に言った。俺は頷きつつ、信長が向かうだろうと推測して塩津に行先を変えるのだった。
♢♢
稲葉山城に、かつての主が久し振りに帰って来た。
深芳野の休む部屋に入ると、その枕元に無造作に座り込む。
「奴は何と?」
「治せぬ、と」
「そうか、なら無理か」
「信じますので?」
「御前の事で偽る事は無かろう」
「御願い致しますね、彼の子の事」
蝮こと斎藤道三は真っ白になった髭を撫でながら、とぼけた声で答える。
「さて、龍に蝮の手は要るかの」
「五百年かからずとも龍になったのです。まだまだ手の届かぬ事もありましょう」
「世迷い言まで良く知っておるの、其方は」
「蝮は五百年で龍となる。彼の子は五百年を越えて来たのかもしれませぬよ」
「ふん。蛟にしては人の命を重んじ過ぎよ」
微笑む深芳野にわずかに呆れたような溜息を漏らすと、道三は「又来る」と告げて部屋を出た。そして傍で控えていた稲葉良通に話しかける。
「其方の甥でもある。命懸けで守れ」
「元より、彼れ程の名君、命を賭して御支えせずして如何せよと?」
「越前に領地を貰ったからであろう、其の忠義は」
「はは。御見通しですな」
雲のせいで朧気な月を見ながら、道三は呟く。
「三公に天命あり、か。嫌な詩だ」
「野馬臺詩は今世の予言也、という話ですな」
「故事付けよ。一度途絶えた公方の復興から百年で公方が再び途絶えた、等無理がある」
南北朝期に流行した予言書『野馬臺詩』の一部が今の世に酷似しているといって騒ぐ人間がごくわずかに現れている。耳役が調べた限りその声はまだ小火にもなっていないものだが、有象無象が囀るのを聞いていて気分がいいものではないという表情である。
「公方が亡くなり、天下を治めるは幕府の重鎮ならず、と。僻みでしょうな。身分の低かった斎藤・織田・三好への」
「或いは、我等と縁無き公家の怨嗟か」
「万人が満たされる事は無し。争いは常に生ず。府に求められるは如何に多くを溢さぬ様に出来るか、とか」
「彼の怪物なら言いそうな言葉よ。掬った中に毒や刃が紛れ込む事もあろうというに」
「其れを呑むのが蝮様の御役目では」
「ふん」
小さく道三が笑う。
「毒を以って毒を制す、か?儂は禅宗で頭を丸めておらんわ」
そう語る彼の目に宿る生気は、深芳野とは対照的にまだまだ衰える様子を見せないものだった。
長生きしている人たちにも、寿命は訪れます。
信長がかなり自由に動けていたのは隠居とはいえ父親が存命だったから。そういう部分でも大きな変化がこのあたりからうまれて来そうな年の始まりです。
なお、弘治年間は当分続きます。本来の改元理由である即位が終わっていますので。
『野馬臺詩』の存在は井沢元彦氏の著作で知りました。なかなか興味深いです。
あと、これも初期から仕込んでいたものですが、蝮は500年で龍(蛟)になる、という中国神話が本作の話の展開の根幹部である生まれ変わりに反映されていたりします。というのが明かされるお話です。




