表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

241/375

第241話 人の和、人の輪

 播磨国 飾磨津しかまづ


 本願寺の影響力が大きく、それでいて三好の支配下に入った英賀あがの飾磨津で信長と俺は義兄の長慶に迎えられた。5日後、ここに顕如がやって来る手筈となっている。

 英賀の領主である三木通明は赤松晴政の娘を室にしていることもあり、三好と本願寺の和解にはかなり乗り気らしい。


「警戒を厳にせねばな。此処を襲われれば我が家の重臣も義兄上の重臣も多く来ている故、我等の屋台骨が消し飛ぶ」

「義兄殿が警護を厚くしているとは言え、此の地に詳しき厄介な者が居ないとも限らないからな」


 先日、備前に浦上の一族が再興を目指して現れた。宇喜多が全力で対処しており、もうすぐ鎮圧が終わると思われる。しかし浦上は播磨にも勢力を築いていた。こちらにも誰かが来ていないとも限らない。念のため、うちでも畿内担当の耳役と服部党が複数周辺を警戒している。


「しかし、本願寺と和する日が来るとはな。松平の家臣も喜んでおった」

「そう言えば、竹千代は息災か?」

「応、元服して次郎三郎信康と名乗る事になったぞ。祖父の様に勇猛になりたいそうだが、頭が良い故、吉法師の面倒を見させている」

「そうか」


 この世界では徳川家康にはならなさそうだな。松平信康か。確か家康の長男の名前もそんな名前だったはずだ。


「他にも尾張・遠江・近江・伊勢から目端の利く者を集めてある。吉法師の代も安泰よ」


 聞けば信康以外に堀田や前田などの尾張家臣で、学校に通う優秀な面々を吉法師の遊び相手などにしているそうだ。次代固めも着々と、だな。最近祐筆となった松井氏の本家からも1人小姓につけたらしい。堀田と聞くと幕末の老中が頭に浮かぶ。祖先かな。そういう人材も重要だろう。


 ♢


 顕如が予定より早く到着した。船旅の場合、日程は湊での潮待ちとか嵐避けなども考慮して伝えるので、順調な旅になると少し早めに着くものだ。顕如はもてなしなどは角が立たない程度に断り、最低限の歓待だけ受け入れて翌日の会談に備えようと提案してきた。俺たちもそれを受けいれ、次の日を迎えた。


 昨日出迎えた通り、顕如はこの時代の一般的な成人男性よりやや小柄だった。数え16歳というのも影響しているのだろうが、4尺8寸(約144cm)ほどだろうか。


「改めまして、顕如に御座います。御目通り叶い光栄です、宮内大輔様、修理大夫様、弾正忠様」

「此方こそ、御会い出来て重畳に御座います、権僧正様」


 顕如は昨年、俺たちとの和解が進みつつあったために権僧正という僧位を受けている。格としては官位にすれば俺より上なのだが、信長にも様づけしたのは敬意からか、それとも対等に和解を進めたいという意思表示か。


「先日の中納言様より頂いた御話、大変有難く。早速我が娘を美濃迄向かわせる次第」

「此方も直ぐに姫を養子とし、我が娘として嫁がせよう」


 側に控える若い坊官やかなり高齢の坊官は緊張した面持ちだ。ここで俺たちが彼らを害すれば本願寺は崩壊するだろうから警戒するのもわかるが、それ以上にこの会談が失敗しないように必死なのだろう。


「山科の土地は弾正忠殿が提供してくれた。此れが我等からの和睦への誠意だ」

「忝い。抑々、我が本願寺は争いを求める訳ではありませぬ」

「石山は要害の地。其れを明け渡して頂くのなら、相応の物を差し出さねばなりませぬ」

「彼の地の信徒の為、新たな地も頂けるとなれば否やは御座いませぬ」


 完全な本心ではないだろう。これまで本願寺は多くを俺たちのせいで失っている。それでも今回の提案に乗ったのは、俺たちが畿内をかなり強く固めつつあるからだ。相互の血縁もあってうちと織田・三好は簡単には崩れない。前世史実での織田は足利将軍との対立や朝倉・浅井だけでなく三好とも対立し、大坂湾の支配さえ怪しかった部分があった。そういう隙があればこそ本願寺も対立するという選択肢が生まれる。長島や加賀など、各地に本願寺の拠点があったのも大きい。しかしこの世界では既に加賀も三河も長島も全て失っている。美濃のうちの兵も残っている以上、ごく少数の残党ではちょっとした騒ぎ以上の何かはできない。対立しても本願寺に未来はないのだ。むしろ今後は布教活動を再開できる目途が立つ今回の提案を受けいれなければ本願寺は終わりだ。そのくらいの計算は彼らなら当然のようにできているはず。


 互いに必要な文言を事務方が最終確認する。信長は平手政秀の子久秀を代表として出してきた。そう言えば平手政秀だが、まだ生きている。有名な自害も高齢になってからだったはずなので、今は相当な年齢のはずだけれど。信長は吉法師の傅役たちのまとめ役を彼に任せており、昨年病で寝込んだ時に「未だ死ぬのは許さぬ」とわざわざ見舞いに行って伝えたらしい。相当大切に思っているのだろうな。

 義兄の長慶はお馴染みワンコの松永弾正。そう言えば彼も久秀だ。合わせるなら『久秀』をうちでも探して代表に送りこむべきだったかな?そんな家臣いたっけ?いない気がする。うちからは大沢次郎左衛門正秀と事務方の若手エース成安市右衛門幸次(ゆきつぐ)が確認をした。正秀は姉婿というのもあり格も考えてうちの代表としたが、秀の字はついていたので惜しかった。スロットで776みたいな気分だ。


「殿、問題御座いませぬ。宜しいかと」

「次郎左衛門、市右衛門、大儀」


 俺のハンコを捺して義の字を計5通記す。字が汚いので龍が潰れやすく、悩んだ挙句始めたのが龍の字を少し崩したハンコを捺すことだ。これで汚くならずにすむ。書類もスムーズに進むので事務方には好評だ。

 5通はそれぞれが1通を持つと共に、5通目は権中納言庭田様に渡す分だ。朝廷にも確認できる状態にすることで、内容の履行を相互に課すという目論見である。今後はこういった契約に関わる書物は当事者間と裁判所が保管するシステムにしたいので、その試験的な意味もある。


 全員が同時に文を手に入れ、庭田様の分を従五位下左京亮立入宗継殿に渡す。これで我が弟も結婚か。そろそろ次の弟と妹の相手も見繕わねばならないな。不幸にならない相手を探さねば。

 色々と考えていると、顕如が信長に人物を紹介していた。話に加わると、どうやら三河の一揆で信長に反発し、長島から石山まで逃げ込んでいた元松平家臣らしい。


「此れを機に三河に戻れぬかと思い、連れて参りました。我等の友誼の証に、御頼み申す」

「今後は織田の為に働く、というのであれば。権僧正様直々の願いを、此の弾正忠が断る筈御座いませぬ」

「忝い」


 名乗った名前は伊奈忠家と本多正信。息子やら兄弟やらを連れていた。本多正信?って初期の江戸幕府の重臣じゃないか?これはチャンスだ。


「信長、此の者達、中々良い面構えだぞ」

「義兄上、欲しいのか?」

「いや、だが重宝致せ。其れが権僧正様に伝われば喜ばれるし、何よりこの者達は其れだけの力はあるぞ。見たところ戦場より後方で輝きそうだ」

「義兄上がそう言うなら、先ずはそう使ってみよう」


 松平の家臣ではなく、織田の家臣として本多が仕えるのは悪くない。そのままうまいこと出世してくれよ。

本願寺は創作ものだと扱いが難しい(というか宗教全般そうなのですが)ですが、彼らは彼らなりの行動哲学があります。話も出来ずにただひたすら滅ぼさなければならない、という存在ならばそもそも織田側の工作による朝廷の和睦も受けませんし、最後には石山を明け渡さないと思うのです。

彼らなりに敗北しても最低限の守りたいものがあって、それが守られればこうして軟着陸はできたはず、というのが私なりの見解です。


そして本願寺に関わる人材も優秀な人がいます。初期に三河から逃げ出していた本多さんとかがこの段階で織田に合流です。織田の人材が厚くなりますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ