第240話 600年の時を経て
活動報告にも書きましたが、以後木曜投稿は隔週とさせていただきます。
来週は投稿します。
山城国 京
夏になった。
婚姻に向けて総大将を任されて箔付けに奮闘する弟の玄蕃龍定。越中の兵を牽制しながら穴水城主の長続連と連携し、西谷内城代で温井家臣の国分氏を破って七尾城北西を制圧した。秋までに輪島一帯の温井氏本拠地周辺で一戦交える予定だそうだ。
梅雨が来なかった。正確には多少降ったのだが、昨年とは真逆でほとんど梅雨らしい梅雨にならずに盛夏を迎えた。気温はそれなりに上がっているが、雨が降らないのでは植物が育たない。今の時代にダムのような水量の調節機能は勿論ないので、雪解け水で何とかしていた地域は川の水位が低くなりつつある。美濃や伊勢のようなため池が多数ある地域か、琵琶湖や巨椋池のような水源をもつ地域以外では農業用水に支障が出始めているらしい。
特に被害が大きいのが紀伊半島で、大和川では水源から水が出て来なくなったという報告も来ている。興福寺が焼かれて守護する仏がいなくなったからだ、とか言われているそうだ。大和川は干上がりやすい川だが、それにしても今年は水位の下降が早い。
別所との戦が終わったのもあり、義兄の長慶も慌てて京に戻ってきて対策を協議することになった。別所の一門の多くが腹を切り、辛うじて当主の1歳の嫡男や数名の後見役が生き残った。彼らとしてはそれで御の字な状況だ。それくらい三好が圧倒したのだ。横綱相撲という言葉が実に似合う戦況だったらしい。
「大和の盆地は水不足になりやすいと聞く」
「大和川が干上がり易い故、溜池も多い。であるにも拘わらず、大雨が降ると新開池の側まで流れる水が溢れる」
俺の地図上の記憶では大和川はもっと西へまっすぐ流れていた。淀川には繋がっていなかったはずだ。そもそも新開池は埋め立てられていた。きっと江戸時代や明治時代あたりで川の流れを変えたのだろう。江戸幕府は利根川の流れも大きく変えているし、可能性はある。
「人手と金は掛かるが、大和川を何とかせねばな。盆地の水量は、溜池を増やすしか無いか」
「今の状況は何ともならぬな。義兄上ならば何か、と思うたが」
「俺に何が出来ると?」
「雨でも降らせる術は無いのか?」
「無い」
祈れば天気が変えられる能力とか持っているはずもない。
「雨を降らせるなら雲が必要だが、雲は小さな氷の粒で出来ている。空の上は冷たいから、本当に小さな氷の粒の集合が雲だ。雲が無ければ雨は降らない」
「難しい事は今は良い。雨が降らせられぬなら、大和の民に何かせねばなるまい」
「水を運ぶ訳にもいかないし、生活用水を優先させて施餓鬼の頻度を上げるか」
農業用水を使わなければ最低限の水は確保できるはずだ。信長には負担が大きくなるが。
「大和の年貢免除を認めるか。米を無理して作らず済む様今から触れを出すか」
「信長がそうしてくれると混乱も抑えられる。頼む」
「米の値が上がらぬ様にもしておく。今の内に倉の米を出しておこう」
「戦で必要な時は美濃から出そう」
「助かる」
3人で協力しないとなかなか畿内が平穏無事にならない。相互の協力関係が密でなければ様々な要因であっという間に崩される。寺社勢力との交渉が好転しているからこそ、自然災害に崩されるわけにはいかないのだ。
♢
和泉国 堺
堺の会合衆と久しぶりに会った。世代交代もあったし、小西が新しく加わって織田や三好、うちと友好的な商人が増えている。
博多から朝鮮・明の商品入荷が再開したものの、その荷が来るルートは大半が日本海側ということもあって堺ではどうすべきか話し合いが進んでいる。瀬戸内海ルートを確保する毛利と、博多を確保した尼子がついに武力衝突を開始したからだ。
「弾正忠様から止める事は出来ませぬか?」
会合衆の1人、紅屋宗陽が信長の顔色を窺いながら問いかける。
「互いが互いを敵視し過ぎている。積年の恨みを晴らすには関わりの無かった我等では難しかろう」
「毛利も大友も、尼子には思う処多いであろうしな」
陶を巻き込んだ上洛戦、いち早く俺たちに降伏し結果として領土拡大に成功した尼子晴久。多くの犠牲を出しながら陶と泥沼の消耗戦をしてやっと朝敵から解放された毛利。御輿となる人間を一族から陶に渡したことで、今も官位の昇進から遠ざかっている大友。正直調停に応じるとは思えない。俺たちが今の状況で西国に兵を出せないのも彼らには見透かされているだろうし。
「尼子は備後に兵を送りこんだ様子。毛利が長門に兵を大きく出せぬ様にしたい様子だ」
「互いの水軍が睨み合っているだけで門司を通れなくなりまして」
「琉球との交易に今は頼る他無いのではないか」
関門海峡に村上水軍を送りこんだ毛利だったが、地力に勝る尼子は備中から備後方面に伯耆・美作の兵を送りこんで三村を圧迫しているらしい。大友と尼子・杉氏の連合軍の対決も睨み合いをしているらしく、博多西部で松浦水軍が大友支援に動くのを宗氏が防ごうとしているという情報も入っている。
「琉球は坊津迄だけでなく土佐への海路でも船を失う危険がある故、少し値が嵩むので御座います」
「鏡での商いでは厳しいか?」
「介渓中堂なる明の博士が鏡を集めているらしく、琉球も多めに取引に応じてはくれますが」
「朝鮮程ではない、か」
「左様で」
現状ではガラス製品と鏡、刀剣や銀・俵物などが輸出され、明銭と絹と綿布、少しの漢方が輸入されている。個人的に銀はあまり出ていきすぎないようにしたいのだが、輸出過多にするのは難しいので仕方ない。
「新しい銭を造る話ですが、堺の会合衆が全員協力させて頂きます」
「信長が院と帝に勅許を得る可く働きかけている。彫る文字も検討中だ」
「任せよ。家臣の池田を鋳銭司に任じて頂く予定だ」
貨幣造りは大事な事業なので、信長の乳兄弟である池田恒興を鋳銭司の次官に任じてもらう予定だ。ちなみに鋳銭司には医師が1人配置できる。京から戻った曲直瀬を任命する予定だ。義兄の長慶も最近活躍著しい岩成友通をナンバー3にあたる判官に推す予定だ。
「此れで朝廷の名の下に乾元大宝以来の銭が六百年振りに造られる訳ですな」
「銭の扱いで我等と如何接する気かも分かる」
「堺・京・敦賀・近江・木津・大湊・那古野・駿河。各地で使えるとなれば無視も出来ますまい」
既に駿河商人の友野次郎兵衛らから協力の打診があった。商人が受け取るし、銭で俸禄を受け取る常備兵や賃金を受け取る作業員は1割増しで渡すのを検討している。そして各地で悪銭を回収し、銭を入れ替えていく。紙幣の発行については、まず俺たちが造る通貨が正規のもので、額面通りの価値が保障されていることを貨幣で証明して一般化してからになるだろう。
現代の地図と中世の地図、見比べると本当に色々な部分が変わったことに気づきます。
大和川もその1つ。新開池周辺もその筋では有名ですね。
江戸幕府が行った事業はとても大変だったことが想像できるものが多いわけですが、今後主人公たちはそれに少しずつ挑んでいくことになります。
その大事業の1つでもある貨幣・紙幣関連。感想欄で様々な方のご指摘の通り、額面通りの価値を色々な立場の人間が認めなければお金にもなりませんし悪銭と変わりません。なので現状の主人公たちは貨幣として朝廷や商人を巻き込みながら正規の価値で流通させられるように準備と根回しを進めている状況です。




