第239話 和解への架け橋
葬儀も終わりましたので、投稿を再開します。
ただ、四十九日が来月あるのでその時期にまた1度お休みするかもしれません。
山城国 京
石山本願寺は位置的に大阪城の場所、らしい。実際に石山周辺に行った時、俺はその前世の知識を疑ってしまった。海が近いのだ。俺が前世で観光した大阪城はもっと内陸のイメージだった。高い建物がないからというのもあるだろうが、埋立の影響も大きいだろう。
そんな石山という場所は、いわゆる淀川(といってもこの一帯に様々な太さの川が縦横無尽に流れていて、その総称に近い名前が淀川らしいが)の重要な流れを管理できる立地だ。川が管理できることを利用して人の流れ・物の流れから金を生み出し、稼ぐ。本願寺が様々な形で追い込まれながら今まで生き残っている所以だ。公家にも彼らの支援を受けている人間はそれなりにいる。
「御坊のある石山は堺と京だけでなく兵庫と京も結ぶ要衝だ。若し彼の地を渡して貰うとなれば相応の代地が必要となる訳だが」
「多くは望まぬそうで。只、本願寺の者共は法華一揆を覚えております故、一時的に逃げ込める地でなくては困ると」
権中納言庭田重保様との話し合いが続く。法華一揆とは享禄・天文の乱だ。俺が生まれ変わった頃の話だが、管領細川晴元が本願寺一揆に援軍を頼みながらその勢いに脅威を感じて日蓮宗に兵を出させ、日蓮宗が京を制した後に比叡山と日蓮宗の対立を利用して日蓮宗も京から追い出した。やはり細川晴元は争いしか生まない男だったとよくわかる事件だ。本願寺としては、大軍で攻め込まれても守れる場所は欲しい、ということだろう。武力を削るといっても、守れないのはやはり怖いということか。
「では、此方は如何でしょう」
「御坊の南、で御座いますか」
「今の御坊と地続きの地。やや小高くなっております此方を寺領として御渡しようかと」
俺が指さしたのは大坂城の資料館で見た真田丸があったという場所。御坊の南で、御坊とは谷で区切られた一画だ。高低差もあり、一見すると守りやすい。
とはいえ距離が近いので、俺からすれば御坊が立ち退いた後に砲台を設置すればいつでも攻撃できる場所だ。
「此処、姫の松原は姫山神社がありますが、西部の一帯を渡して頂く事になっております」
「他の寺社があるとは言え、悪く無さそうで。よく彼の地を渡してくれましたな?」
「まぁ、我が医の断片を御渡し致しました故」
紫雲膏。前世でも割と人気のあった軟膏だ。これを摂津では姫山神社でだけ扱うようにした。堺ともまだ取引していないものだ。理由は材料の入手に時間がかかったことがあげられる。
必要なもの自体は複雑でもないのだが(華岡青洲先生が江戸時代につくった軟膏だし)、そのうちラードこと豚の脂に困っていたのだ。最近になってやっと一定程度飼育体制を整えた豚からラードがとれるようになった。琉球から運ぶのには苦労したわけだが、俺が思っているより豚の飼育が面倒だったため時間がかかった。結構広いスペースが必要だし、泥遊び?もするし、トイレの場所とかもある程度離れた場所を用意しようとするし。鳴き声がうるさいからウサギや鶏の飼育場所が近いとストレスを与えるし。結局美濃ではなく越前で飼っている。
他にも紫根が厄介だった。紫根の元となるムラサキという植物は天文の頃だと割と手に入ったのだが、朝廷の復興に合わせて朝廷・帝に関わる人々が服の新調などを始め、紫染料が不足してムラサキが手に入りにくくなった。これがちょうど豚脂の自給に向けた動きと重なったので頭を抱えたものだ。
多少落ち着いた上、もうすぐ合成染料までいけそうなので軟膏を本格的に作り始めることにした。試作品段階で神社の武川殿が乗り気で受け入れてくれた。既に神人が数人畿内各地で動き出しているそうだ。本願寺に多少を渡しても十分儲かるだろう。
庭田様と立入殿が地図を見ながら頷く。向き合った2人が順に最後の論点にきりこんでくる。
「反対しておる者共の一番の憂いておる部分は、本願寺が武を持たずとも比叡山に襲われず済むか。弾正忠や修理大夫は本願寺を守ってくれるのか、である」
「坊官の下間なる者も同じ事を憂いておじゃります」
そう。いわゆる畿内で争いが生まれないようにするための安全保障だ。比叡山は三井寺に襲撃された影響もあって僧兵が壊滅し、それに合わせて今後順次縮小する約束となっており、基本的に周辺に武力を抱えた寺社もほぼなくなっている。しかし本願寺は長年俺たちの敵としてかなり痛めつけてきた過去もある。特別扱いにならない程度に彼らへの説得材料が必要だった。莫大な利益を生み出せる地をもらうということも込みで、だ。
そこで俺たちが考えたのが、
「顕如殿の御相手、未だ決まっておりませぬね?」
「ふむ、修理大夫は心当たりが?」
顕如は当初うちの嫡男新九郎龍和と婚約している三条家の姫を正室に、という話があったそうだ。しかし、その頃はちょうど今川の討伐が終わりを告げようとしていた頃だ。武田と三条夫人を結びつけた今川が危機に陥ったことで三条家は大きく動揺し、三河本願寺の崩壊もあって話がお蔵入りとなっていた。その後も窮状が続く本願寺に嫁を出そうという家はなかった。本願寺との繋がりは資金的な旨味があるため生きるのだが、様々な戦国大名と敵対してまでも欲しいものではなかったのだろう。更に強硬派や反三好などで内部も荒れていた。厄介事に巻き込まれるのは目に見えていた。結婚相手が決まらなかったのも仕方ないだろう。
「我が弟の娘、というのは如何でしょう」
「成程」
修理大夫となった義兄殿は、そんな相手のいない顕如に四国のまとめ役でもある弟の三好義賢殿の娘を提案した。一族の血を入れることで血縁を担保にする提案だ。
「其れと、顕如殿の妹御なのですが」
「顕妙か。彼の娘も嫁ぎ先に難儀しておる」
「義弟でもある宮内大輔が、一族の嫁にと」
俺の実弟で四男にあたる、祖父が名乗った松波を継ぐ予定の庄五郎利堯の相手に顕如の妹を迎えることでうちとも手打ちとする形だ。越中には今も上杉に追いやられて山中に潜伏している非強硬派の本願寺の宗徒がいて、飛騨の三木殿からも支援を受けている。三木殿からも本願寺との融和を打診されていたので、うちとしても悪くない縁談なのだ。信長は徹頭徹尾宗教関係者とは結びつく気はないようだし。
「実に良き形でおじゃる」
庭田様が扇子で口元を隠しつつも満面の笑みを浮かべる。自分の血縁である顕如たちの安全は彼にとっても大事な案件だったのだろう。
「此れで畿内は円満。後は播磨が落ち着き次第、英賀も修理大夫が差配すれば良い。本願寺の者共も、此度の話が伝われば今にも増して尽力致すであろう」
「有り難き御言葉。山科の支度は滞り無く進めましょう」
「うむ。本願寺も若手坊官の下間一門、了入等を山科に向かわせると申しておった」
この話し合いの内容を後日顕如はそのまま了承。夏前に妹の顕妙を美濃に向かわせると連絡がきた。自分から先手を打って嫁がせるというあたり、先延ばしは許さないぞという姿勢が見える話だ。庄五郎利堯は大喜びしていた。年上で能登遠征中の弟玄蕃龍定の結婚相手となる幸徳井家の娘も既に美濃にいるので、玄蕃が秋に戻り次第先にそちらの婚姻をすませ、その後庄五郎の婚姻を行う予定だ。
播磨はいよいよ別所が本城のみで絶望的な籠城を開始したらしい。流石にまずいと思っているのか若き当主安治と隠居の就治の切腹などの条件で降伏を申し出ているようだが、今年生まれたばかりの嫡男だけを人質に、というのがいつ死ぬか分からないので保険となる人質が欲しいとかで交渉が続いている。その間に本城が落ちたら終わりなので、別所側も必死らしい。義兄が余裕そうにここにいるので、もっても夏までだろう。畿内の平定は間近だ。
本願寺との和議。歴史の変化で顕如と妹は事故物件的な扱いでお嫁さん・お婿さん不在だったのですが、三好・斎藤との血縁によって和議を確定させるという形で婚姻が成立しました。内部の争いもあって身内との婚姻もままならなかった顕如。ちょっと可哀想な展開にしたかなと思わなくもない。
播磨情勢も佳境を迎え、色々と順調に見える畿内情勢です。




