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212/375

第212話 皮算用

前半が3人称、後半が1人称になります。

 尾張国 清洲城


 雪は止んだが今も各地が雪に覆われているある日。

 弾正忠に正式に任じられた信長は意外な人物と尾張で会っていた。近江方面の軍勢を率いている父親の信秀である。


「親爺、近江は良いのか?」

「甲賀や日野が雪に閉ざされている今が一番動きやすい」

「元管領は如何だ?」

「気になるか?」

「義兄上が今筒井より危険なのは細川だと申しておったのでな」

「斎藤宮内大輔義龍、か」


 信秀はそう呟くと、少し体を起こして腕を組み、斜め上を見上げる。


「親爺は何か思う所が義兄上にあるのか?」

「其方が憂う様な物では無いが、な」


 信長は信秀が義龍に敵意を抱いたかと心配したが、信秀は別の考え方だった。


「信長よ、其方彼の男と如何する心算だ?」

「如何する、とは?」

「何れ、彼の男を臣とせねばならなくなるぞ」

「義兄上を家臣に?何故?」


 訝しむ信長に対し、冷静な表情で信秀は話し続ける。


「京が、天下が見えている」

「天下」

「そう、天下だ。しかし天を抱けるは只一人だ」


 世界の歴史上、複数の君主が同時に君臨したことはほとんどない。日本でも最高の為政者・権力者は1人の時期がほぼ全てであり、政権が安定するのに必須と言っても過言ではない条件といえる。


「義兄上では確かに天下は治められぬだろう」

「意外だな。もう少し肩を持つかと思ったが」

「義兄上は乱世に向かぬ人よ」


 信長はそう言うと、部屋の違い棚に立てかけてある絵本を一瞥する。


「治世の世なら名医として世に名を残せたであろうに、生まれと才覚が其れを許さなかった。だが、戦には向かぬ人よ」

「だが、だからこそ其方が信じる相手にもなったのだろう?」

「であるな。野心があるなら俺と親爺の様な関係であったろうな」


 その言葉に、信秀の左えくぼが形づくられる。


「だから、義兄上が天下を治めれば却って日ノ本は混乱するだろう。そして其れを義兄上は分かっておる」

「だが、此の国は強き者を欲している」

沢彦たくげんが最近頻りに天下とは何かを語るは其れでか。親爺は天下を望むか」

「儂では遅い。其方でなくば天下遍く武を布く事は出来ぬ」

「畿内、東海道だけでなく、日ノ本全てを武で統一せよ、と?」

「で無くば此の乱世は終わらぬ。そして、終わらせる為にも義兄を家臣とせよ」

「我等の仲が、では無く強き者を1人とする為に、か」


 信長も内心では理解している。この国を率いる強大なリーダーが求められていることを。そしてそれを足利義輝は自分たちに託したことを。


「民にとって分かりやすい『上』が必要なのだ。帝では無い、姿形が見える唯一の『上』が」


 信秀は新しい国の形を決めるのなら義龍の知恵を借りるべきと考えている。しかし、だからこそリーダーは信長であるべきと考えていた。本来六角氏相手に自分たちの力だけで勝つ事で上下関係をつくるきっかけにしようと信秀は考えていたが、六角との初戦で敗北した後義龍の赤堀三家侵攻を利用して情勢を一気に有利に傾けた関係上そうもいかなかった。信秀としては、今年1年でどれだけ自力で六角・筒井を打ち破れるかが大事なポイントになると考えているからこそのこの会談だったといえるだろう。


 ♢♢


 美濃国 大垣城


 加賀北部では慢性的な噴煙被害が続いていたが、先日の大規模な爆発を最後に噴煙が上がらなくなった。

 派遣された若い耳役によると、周辺の地面からわずかに煙や湯気がたちこめていたが、以前ほどではなくなっているらしい。命がけの任務をこなした青年には危険手当を支給しておいた。これで贅沢でもしてくれたまえ。


 雪も解けたので食料の供給や再出兵に備えて大垣に移動した。転炉の研究状況も確認しているが、それ以上に近江から北陸方面に逃げ込みたい公家の皆様を迎えるためにてんやわんやになっている。


 特に多いのが一時期不穏となった摂津から美濃に逃げてきた日蓮宗の僧と、越前に荘園を持つ公家の皆様だ。権大納言となられた中院通為様を頼ろうと、大津から船で脱出した方々が冬を北近江で過ごし、雪解けと共に美濃に来ているのだ。本願寺が不穏になる前に脱出していた方々は摂津から海路で紀伊半島を回ってきている。そういう方々は先を読む力もあり今後のコネとしても重視しているが、今頃逃げてきた方々は自尊心ばかり高い人もいて扱いに困るのだ。


「ほほほ。真に厄介な者共は相手を任せよ」

「御助力忝い」

「ほほほ。何、厄介事も相応に任せておじゃるでの。こういう時は遠慮なく頼るが良い」


 持明院宗栄様にも大垣まで来ていただいての持て成しだ。無駄に威張る方々はお任せである。


「其れはそうと、先程法華(日蓮宗)の坊主が其方を探しておったぞ」

「御坊様が、で御座いますか?」

「法花寺の日玄と名乗っておじゃった」

「日玄というと、日顒にちぎょう様の御弟子様で以前美濃に居た御方ですね」

「ほほほ。知っておじゃるなら尚更会って来るが良い」

「そう致しまする。重ね重ね有り難く」


 そう言うと、宗栄様はお気に入りの扇で俺に早く行けと言わんばかりのジェスチャーを向けてくれた。折角なので御言葉に甘えよう。久し振りに一息つけそうだ。



 城内の人間に探してもらい、俺が接客に使う部屋の1つに来てもらった。日玄殿は幼い頃の大火事も経験しており、日顒様の下に長くいた人物だ。今は摂津の法花寺という本圀寺と関係の深い寺で修行中らしい。

 彼は1人の少年を連れて来ていた。摂津の日蓮宗寺院では碁で負けなしの少年らしい。本圀寺に連れて来ていたが、六角の京乱入で動けなくなり、筒井の暴走もあって大津からこちらに逃げて来たのだそうだ。


「此の者の碁の腕は見事で御座います。幼き時分の宮内大輔様を彷彿とさせる腕でして」

「ほう。其れは其れは」

「宮内大輔様が棋譜を記録されていると聞き及び、幾つかを摂津に写して学ばせた所、直ぐに覚えてしまうので御座います」


 囲碁は幼少期に習っているかいないかで実力の上限が大きく変わる。前世で新しくプロになるのは10代半ばくらいの院生が多かったし、世界のトップも20代前半くらいの人たちが多かった。特に中国や韓国、台湾では若年層への世代交代が凄まじい速度で頻繁に行われていた。頭の回転力が物を言う世界なのだ。


「丁度やらねばならぬ事が一段落した所で。是非一局お願いしたいですね」

「良かったな仙也、憧れの宮内大輔様と打てるぞ」


 伏し目がちで恐縮しっ放しだった少年だが、一局打てると聞くと分かりやすく顔を上げてそわそわしだした。最近は幸相手や息子たちと少し打つだけだし、勝てないだろうなと思いつつ全力を出さねばと小姓に碁盤を準備するよう命じるのだった。

少し短いですが次回は久しぶりに囲碁話です。


信秀は信長と義龍の友好はある程度信じていますが、世の中が求めるのは確固たるリーダーだからいつかは斎藤氏にも上下関係をつくらねばと考えています。そういった信秀の思惑が示された形です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 宗栄さん出てくるたびにいい人すぎてすこ
[一言] 臣下になっても、結局、豊臣秀頼と同じ立場になる気がする この義龍は天下一の名医ということもあって死にそうにないし、経済的に豊か過ぎ、文武徳全てにおいて名が鳴り響いていて声望があり過ぎる ちょ…
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