第210話 足らぬ足らぬは実際足りないんだから仕方ない
美濃国 稲葉山城
年が明けた。1556(弘治2)年だ。
興福寺については雪に閉ざされてイマイチ情報が入ってこない。だが、興福寺が将軍殺害で乱入された近衛(藤原)の氏寺であったことを考えると、興福寺と筒井が喧嘩別れになったことが影響しているのではないかと推測される。
加賀から十兵衛の報告も届いている。残念ながら十兵衛は加賀で越冬となったが、そのおかげで南部は大分安定してきたようだ。噴火は断続的に続いているようだが、南部への影響はかなり小さくなってきているらしい。一揆衆のいる北部は今も噴火の影響が大きいので、昨年は餓死者が出ており、死体の適切な処理が行われなかったことによる疫病の発生も確認されている。そんな状況なためか越中と能登に流れ込む一揆衆の対応に神保・畠山は追われている。内乱状態だったはずの能登が一時的に停戦して協力せざるをえないほどの苛烈なものだとか。
そしてそれを好機と見た椎名氏が神保氏に攻めかかり神保が苦しい状況になったところで冬を迎えたそうだ。神保は一息つけたが、状況が芳しくないためか三木氏に支援を要請している。俺にも三木氏から連絡があった。北陸はどこも安定せず大変な状況だ。越前・越後だけが安全といっていい。
細川藤孝・槙島孫六重利と共に京を脱出していた幕臣2人が奇特にも俺の下に来た。片方は米田源三郎貞能で、もう1人は石谷光政だ。石谷は元々美濃の石谷氏から分かれた一族で、更に言うなら石谷氏は土岐の庶流にあたる家柄だ。つまり美濃との関係は元々深いものがあるわけだ。
2人にはひとまず近江への物資搬入などの仕事を頼みつつ、畿内の寺社との交渉を頼むことにした。今までは比叡山・高田派・大山崎油座を仲介としてきたが、ぼちぼち俺自身が直接交渉できるパイプも別に用意しておくべきだろう。
その寺社だが、三井寺こと園城寺と俺との関係断絶が確定した。比叡山に勝利した彼らは僧兵を抱えて反織田・三好・斎藤を明言し前管領細川晴元に協力する姿勢を明確にしたのだ。この三井寺の動きには少なからず亡くなった足利義輝様が関わっているらしい。三井寺の比叡山への敵愾心が六角と三井寺を結びつけ、比叡山の僧兵は大きな被害を受けた。これで京周辺で大きな武力を持つ寺社勢力は三井寺のみになった。ここを潰せれば京で武士に対抗する宗教勢力はなくなると考えれば、足利義輝という人はきっちり信長と俺にお膳立てをしてくれたともいえる。
信長から春になったら南近江出兵への協力願いが来ている。加賀の情勢次第だがここで近江と大和を手にしたものが足利将軍家亡き今後の時代を先導する立場となるだろう。ここで苦労し力を示した勢力でなければ日本どころか畿内すらまとめられないだろう。協力を惜しむわけがない。
そんな激動の畿内・北陸に近いながら美濃は平穏そのものだ。冷害に強い米はこの冷夏でもきっちり収穫できたし、工業従事者の食料と常備兵の食料を問題なく用意できた。
帰国後に於春の出産にも立ち会え、待望の男児誕生で錦小路家再興への道が見えてきた。難しい局面は続くが、明るい話題も多い。気づけば父道三の子供の数を超えていた。父は「此れだけ孫がいれば、一人くらい儂に懐く筈!」とか寝言を言っていた。ちなみに、物心ついた俺の子供で父に懐いた子供はいない。新九郎も苦手意識があるらしく、それに気づけない鈍感さがなかった父は割とわかりやすく凹んでいた。お金をあげるお年玉の文化でもつくれば正月周辺だけでも孫に懐かれるだろうか?それで喜ぶタイプの人間でもないか。
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三河国で信長からの礼代わりに探してもらっていた輝安鉱が見つかった。設楽で見つかったそうだ。理科の授業で見た見本が愛知県北設楽郡とあったのでこの一帯にもあると思っていたが、結局発見までに6年かかった。
この鉱山は普通に金山でもあるらしく、信長は「礼にならぬ。次の願いをくれ!」と書状が来た。きちんとうちの鉱山みたいに鉱毒対策の池はつくれよとだけ返しておいた。鉱毒があるかは知らないが、足尾銅山の悲劇はこの世界では可能な限り避けたい。
この鉱山では他にもリモナイト(鱗鉄鉱系)が出るらしい。輝安鉱は取り扱いが難しいので(素手で触るのも良くないものだ)孤児で学校を卒業した人間の1人に十分知識を与えて採りに行かせた。リモナイトは兎や鶏などの餌に混ぜる予定だ。黄土色の塗料として阿蘇で採れた物が出回ってはいるが、高い。兎の糞が臭くなくなるのはこちらとしてもありがたいので、これは積極的に使いたいところだ。豚の飼育方法も確立しつつあるのでもうすぐ俺の食卓に豚が安定して出てくるようになるかもしれない。楽しみだ。
蓮根料理で持明院宗栄様をもてなしていると、息子である持明院基孝様から連絡が入った。京からは続々と公家が脱出しており、基孝様もこの手紙と共に堺に避難したらしい。京では筒井順昭が家臣に裏切られ危うく背中を切りつけられそうになったとかで、疑心暗鬼になった順昭は身代わりになる盲人を見つけて部下にも寝所を明かさず、盲人と共に寝ているそうだ。寝顔だけだとどちらか分からぬほど似た人物だとか。追い詰められているのだろう。
帝や院に対してはさすがに弁えているのか手出しはしていないそうだが、しきりに自分に官位をくれと使者を派遣しているらしい。ある程度の身分保障でなんとか和睦にこぎつけたいのだろうが、ここまできてそれは無理があるだろう。仮に院が許したとしても、それは木曽義仲の征夷大将軍就任と同じくらい使い物にならない権威付けでしかないだろう。
尼子氏の当主である尼子義久は大胆にも京に残っているそうだ。使者に「父上がむしろ逃げる方が追われるから残れと言われました」と話して唖然とさせたらしい。確かに京に残っているのに危害を加えればいよいよ味方がいなくなるだろう。筒井からすれば厄介この上ない存在になるわけだ。そしてそんな尼子義久から平然と手紙が届く。最初の方に書かれている文章は「最近京に来られないので話し相手がいなくて寂しいです」的な内容。いやいや、今京に向かっている途中だから。
どうやら陶晴賢は毛利元就と厳島のある宮島対岸にある大野浦で決戦をして敗れたとのことだ。尼子に石見を奪われ、吉見氏が寝返った上に九州の杉氏も裏切ったとなれば動員出来る兵力は厳しいものがあったのだろう。一方の毛利元就は朝敵解除の許しを得た上で尼子晴久と電撃的に和睦。一気に全戦力を対陶に投入したらしい。村上水軍の協力もあって縦に長くなった陶の軍勢の横腹を小早川隆景が突いて決着がついたとか。今後の戦場は周防に移るだろうが、陶晴賢は健在なのでそれがどういう影響を与えるかは未知数だ。長門に侵入した尼子晴久の動向も注視する必要があるだろう。
激動の時代。情報にどうしたってタイムラグがあるのが歯がゆい。電話でも作れれば良いのだが、そもそも電磁石やら色々足りないものが多すぎる。工夫次第でどうにかできるレベルの問題ではないので、地道に技術力を伸ばすしかないのだろう。落雷で強力な磁鉄鉱が誕生するとかそういうラッキーイベントが欲しくなるところだ。
気づけば俺も数えで30歳。史実での寿命もあと5年だ。死ぬ気はないが、それでも意識はしてしまう。あと5年で何が変えられるか、信長に天下をとらせることはできるか。俺に何ができるのか。
そんなことを、お満の膝枕で考える1月だった。
「殿、そろそろ若い娘が欲しくありませぬか?」
「要らぬ。其方の乳があれば其れで十分だ」
もう政略結婚とか十分だ。信長は最近政治的縛りで側室が増えて大変な上蝶姫と逢う日が減って辛いらしいが、それも乗り越えて貰わねばならん。
頑張れよ信長、なんて口に出さずに応援しつつ、俺はいまだ張りと感触が最高なお満に甘えながら1日を過ごすのだった。明日は豊のところに行こう。頑張れよ信長。
日本全国状況が史実と変わって来ているわけですが、特に変化が大きい北陸畿内中国。尼子は現状伯耆・美作・因幡・出雲・石見を掌握し、備中・長門に手を出しています。一方、安芸・備後の毛利が陶との決戦に勝利。厳島の戦いは起きず、慢心しない陶がそれでも元就には勝てずに徐々にその勢力を失いつつあります。
畿内では寺社勢力の急速な衰退が始まっています。本願寺は内部紛争で最盛期の勢力にはとうてい及ばず。比叡山は僧兵が敗れたことで武力的に厳しく。興福寺も今回の件で力を削がれました。三井寺潰せばかなり京周辺は大人しくなる形。そのお膳立てをしていたのが足利義輝ということになります。
アンチモンは活字合金にも使われますし、ピューターなどにも使えるので主人公が探していました。結果的に金山も見つかって織田の強化にも繋がっています。ちなみに見つかったのは津具鉱山です。信玄が見つかる前に見つかりました。




