家族との
過激な表現がございます。
ご注意ください。
天気の良い朝。
けれどわたくしには気分の良い朝とは言えなかった。
「おはようございますお義父様、お義母様」
「あぁ。ディビットはまだ来ないのか?」
「身支度に時間がかかっているのでしょう? あの子は綺麗な子だから」
この方達は本当にディビット様のことしか頭にないんだわ。
小さい頃からディビット様に甘くて甘くてわたくしも呆れるほどだった。まあ、その所為でああいう性格になってしまったのでしょうけど。
大きな長机には豪華な朝ごはんが既に並んでいた。
執事が席を引き、わたくしはそこへ座る。
「おはようございます、ディビットを連れてきましたよ」
ルーク様の声が聞こえた。
部屋に入ってきたルーク様の後ろにはディビット様とエマ様もいらっしゃった。
それだけなら良かったものの
「っ…」
ドレスを握る力が強まる。
エマ様が着ているその緑のドレスは、エマ様がつけているその髪飾りは
――――わたくしの物の筈でしょう?
わたくしの15の誕生日に、母と父からの誕生日プレゼントだと頂いたもの。
18のわたくしにはデザインが子どもすぎるからとメイドに保管を頼んでいたのだ。
「エマ様、そのドレス…」
「はい! アマリア様の着なくなったものをディビット様から頂きました! いいなぁ、こんな綺麗なドレスをご家族から送ってもらうなんて!」
「似合っているわエマ」
どうしてお義母様がエマ様のことを知っていらっしゃるのか。そして、どうしてエマ様はわたくしの物だというのにあんなに笑顔で着れるのか。
スゥと頭から何かが引いていく。
怒りを通り越して呆れになる、そんなレベルのものではない。
小さく深呼吸をして、扉の傍に立っていた護衛に近づく。
「ナイフを頂戴」
「アマリア」
ルーク様が宥めるようにわたくしの名前を呼ぶ。
だがこのまま黙って此処を去るなど腹の虫が収まらない、だから黙っていてという意を含みルーク様を見る。
するとルーク様が困ったように微笑んだ。
「早く…!」
もたついている護衛に非難を浴びせると、慌ててナイフをわたくしに差し出した。
護身用のものだろうか?軽くてわたくしにも持ちやすい。
「アマリア何をしようとしている?」
わたくしがナイフを持ったからかディビット様は慌ててわたくしに近づいてきた。
貴方はいつまでそのちっぽけなプライドでわたくしを傷つければ気が済むのでしょう?
わたくしはいつまで貴方の王子さまごっこに付き合えばよろしいのでしょう?
もうわたくしは我慢の限界です―――
「ディビット様はわたくしに髪を伸ばせと仰りました」
「え?」
「わたくしはディビット様に褒められたこの長くて鬱陶しい髪が大嫌いで溜まりません。だから」
太ももあたりまである長い髪を持ち上げて、思い切りナイフで切ってやった。
エマ様とお義母様の悲鳴が重なる。
たかだか髪を切ったぐらいでどうしてそこまで慌てるんだ。ディビット様やお義父様は驚いて声も出ていない。
「アマリア! 貴方…なんということを!?」
「なんということ? 髪を切っただけではありませんか」
「そのような短さに切るなんて慰み者になるおつもりですかアマリア様!」
わたくしの髪は今肩に触れるか触れないかの長さだ。
この国ではそのような髪の長さの女性を慰み者、娼婦と呼ぶ。
「慰み者。ふふ、そうですね、そのようになるしか道はないかもしれません」
「家に帰ればいいだろう! この私が家に連絡をとってやる」
お義父様が慌ててわたくしを叱る。
わたくしはお義父様のことがこの家で二番目に大嫌いだった。自分には人を操る才能があると、だからみな自分についてくるんだと勘違いした馬鹿な人。
そのような人が王でこの国が潰れないのは、周りの人がしっかりしているからだろう、ルーク様も含めて。
「馬鹿言わないで! 生まれてから一度も帰ったことのない家に住み着けと!? 親とも1時間以上話したことなどないのですよ!? そんな状態で捨てられたから帰ってきたなど認められるはずありません! そのような事も分からないのですか!」
「お、落ち着けアマリア」
「落ち着けなどとよくディビット様は仰れますわね! わたくしは昔から、小さいころから貴方たちが大嫌いだった! 貴方たちは本当に頭が足りていない! わたくしが貴方たちの言うことを聞いてきたのは追い出されれば居場所が無くなるからです、ですがそれももう無駄なようですね…! この先わたくしは慰み者として男を誘惑―――っ?!」
そこでわたくしは誰かに首元を叩かれ意識が遠のいた。
「少々口が過ぎたねアマリア」
顔は笑っているが目が笑っていないルーク。
その腕にはルーク自身が気絶させたアマリアが抱かれている。
「あま、りあ?」
「これはこれは、さぞ驚いたという顔をなさってますね」
ディビットの母が震えた声でアマリアを呼ぶと、ルークは心底愉快だという風に笑った。
「アマリアは私達家族のことが大好きで、ディビットのことも大好きだった筈だ! 何かに操られ―――」
「あなた方は本当に頭が足りていない。アマリアの心の叫び先ほどお聞きになったでしょう? あれはアマリアの本心だ。なあディビット」
そう聞かれたディビットは体が大きくはねた。
ルークにでも恐怖を抱いているのか。それとも昨日の出来事はなかったことにしているのか。
「彼女は子どもの頃少なくともお前には助けを求めた。それを蔑ろにしたのはお前だろ? お前が穢れを知らないアマリアに『憎しみ』というものを教えたんだ。良かったな」
アマリアの前では甘い顔で微笑んでいたルーク。そして家族の前でもいい子《犬》として従順で居たルークがこんな黒い笑みを浮かべるとは。
「ああ、そこのお嬢様」
「ひっ…!」
エマが引き攣った声を出した。
「その緑のドレス、返せとは言わない。だがそれは着る人を選ぶ。アマリアが着ていたドレスだぞ? お嬢様のようなどこにでも居そうなちょっと可愛い子が来たって衣装負けするだけだ」
「なっ! 失礼ではありませんか!」
顔を真っ赤にさせて反論するエマ。
確かにルークの言ってることは的を射ている。エマは絶世の美女というほど可愛くない、ただオーラが人を惹きつけるのだ。
逆にアマリアは驚くくらいの美少女だ。だが、ストレスや疲れからで顔色も悪く俯きがちであまり気づかれないのである。
「失礼? 夜遅くにアマリアの部屋に何の許可もなく訪れてキャンキャン喚いていたお嬢様よりも?」
「ひどい…っ!」
ルークに責められるとシクシクと泣き始めたエマ。
それを見たルークは面倒くさそうにエマを一瞥し身を翻す。
「アマリアは私が預かります」
そう言うともう振り返りもせずに部屋の扉を閉めた。
ふぅ、濃いなぁ。
ディビットくんがああいう風に育つにはどんな親かなーっと思ったらああなりました。
たぶんエマちゃんも愛されて育って居るはずで、アマリアちゃんよりか優しい世界で生きていたと思います