005「何時の間にか流れた時間」
「何時の間にか流れた時間」
・・・桜は呼吸の出来る水色の水の中を泳いでいた。・・・
「此処は何処でしょう?私は何処に居るのでしょうか?
お兄ちゃんは?アブサンは?」と、私は何も思い出せないまま
自分が上を向いているのか?下を向いているのか?自分の位置すら掴めない
時間の流れすらも分からない場所で過ごしています。
・・・ある時、水色が半透明な乳白色へと変わり桜を包む世界に変化が訪れる・・・
世界の端っこの壁を伝い、ずっと進み…
真直ぐ私が進めた自信は無いけれど、果てを見付けられなくて
この世界は、円筒形…筒状ではないか?と、私は推測します。
「今度は違う方向の確認です!」と、方向を変え壁に触れて進むと
世界の隅っこに何かの影を発見しました。
・・・桜が見付けた5つの影は、円の周りを囲んで桜がいる場所の広さを教える・・・
私は私の居る世界の狭さを知って、とても怖くなりました。
『此処は一体何処なのでしょう?私は何故、こんな場所に居るのでしょうか?』
影に向かって私が掛けた声は、高音の振動だけ残して消えて行きます
そこで私は、此処に来る前の記憶を思い出しました。
・・・突然、袋詰めにされて故春の元から連れ去られた記憶を思い出した桜は
悲鳴を上げて自分を包む世界を破壊した。・・・
滴り落ち、水に落ちて交わり、反発で跳ねて、混ざる音
繰返し繰返し繰返し…留まる事を知らない水音
滴る水を受け、浅くなった器から静かにあふれ零れる水の筋
器から放射状に流れ出す、半透明な乳白色の水が押し流しているのは赤い色
少女の嫌いな赤い色、少女は赤い色から目を背け
怯え泣き疲れて、水の中で膝を抱える…丸くなって眠りに着く
少女を包んだ、水音しかしない静かな世界
白で統一されていた室内に残された赤、白衣を着た者達が残した色彩は
少しづつ洗い流されて、今日も・・・元の白いだけの世界を取り戻しつつあった。
水の中に閉じ込められた少女達を包む世界の外・・・
マジックミラーの要素を取り入れた、頑丈な防弾ガラスに護られた
窓の外から白い世界を管理する機械室
狭い部屋に数人が集い
毎日、それぞれの検体について管理状況の会議が開かれる・・・
彼等が頻繁に議題にしているのは
少女達それぞれが閉じ込められた、部屋の集音マイクが拾う
小さな音の様な微かな声、眠りに着いた少女の口から紡がれた言葉の意味と
少女を活用するに必要とされるであろう、部品の話しだった
但し、今回…若手の集まる「この会議」の参加者には
その部品の該当者が分からず、数日間の思考錯誤が必要となった。
その間に、照明が幾つか壊れ、白い世界の塗装も剥れ
電子機器のシルバーボディーに反射していた色も明かりも無くなって
次第に部屋が廃墟化して行く
上層部に話しが上がり、上がると同時に該当者が特定された時には
少女達を包む世界の外にも、廃頽が進んでいっていた。
そんな1週間も経たない間に、廃墟と化した研究施設へと
高額な施設利用代金に対する補助金付き
「マーフォーク家族同居限定リゾートマンション」への入居を餌に
一定の条件を満たし、陸での活動ができるマーフォークが在籍する
学生組織の自衛団から、1つのグループが派遣される
彼等はセスナ機で研究施設の上空に現れて、機内に3名を残し
パラシュートで研究施設の屋上へと2人が降り立ち
施設内の入り口付近にも6人が降り立って7人が研究施設に侵入し
矢継ぎ早に施設の電子制御を牛耳った。
それから、研究施設の玄関から侵入した5人の内4人が
1人を玄関に残し地下へと向かう
向かった先・・・地下施設の入り口でまた、2人づつに分かれる
2手に別れる際・・・
『発端とされるターゲットの捕獲、本当に2人で大丈夫なの?』
手の甲から肘に掛けて、薄いピンク色の鱗に覆われたセクシーな女性が
大きな胸を揺らし、仁王立ちで2人の青年に声を掛けた。
インテリ系に見える青年は
『ターゲットのプロフィールに間違いがなければきっと…ね』と笑い
『じゃ…また、後で』と、地図を見ながら先へ先へと進んでいく
その連れのワイルド系の青年は『不味そうなら、コールする』とだけ、口にして
大きな荷物を抱え直し、インテリ系の青年を追う様に歩いて行ってしまう
残された2人の内、鱗を持たない
マーフォークな女性のパートナーである、ごく普通の人間の青年は
『そうい言えば、ターゲットの16~17歳の少女ってさ
5年程前に生き別れた恋人らしいよ?大丈夫なんじゃないかな?』
マーフォークな女性の肩を抱き笑う
『そうなの?って5年前?
ターゲットの女の子が、小6か中1で大分イメージ変わるんですけど?
あの子等…5年前なら中3よね?確か…ダブリ無しの2年生だった筈よね?』
女性は苦笑いを浮かべる
『おや?意外と俗物なんだ?付き合いの節度を量らずして
僕等と「同じ年の差」なのに「差別」しちゃう?盲目に罰してばかりいると
大切な物を見失っちゃうよ?って、冗談はさておき…
僕等は僕等の仕事をしよ~か?』
青年は女性の頬にキスをした
『冗談って…ねえ?その冗談って何処から何処まで?』
女性は色々、困惑していた
余談は置いておいて・・・
更に下へ進む2人は、荷物と地図を片手に
酷い状況に置かれた少女達を包む世界の入口へと降り立った。
目的地までの道程、最初に出会ったのは・・・
通路に設置されたホワイトボードの前に立ち尽くし
マグネットで貼り付けられた資料を前にして、泣いている
心を「大人や親のエゴ」で弄ばれ、壊された「死を求める少女」だった
青年達は気にする素振りを見せずに、真後ろを通り過ぎる・・・
少女は、浮き上がり逆立った乾燥した鱗と
白く硬くなって罅割れた皮膚から、無数の血の筋を流しながら
『私はこのまま死んでも構わないんです。寧ろ、死にたいです。
でも、先生は今…幸せですか?私が身を引いて、幸せになる事が出来ましたか?』
と、一人の男性の写真に向かい嗄れた声で繰返していた…
2人は資料見て知って、得た情報について口に出す事はしなかった。
髪は荒れ、所々禿げ落ち
少女の目は爛れ血走り、薄桃色なゼリー状が眼球を覆って同じ色の涙を零す
爪も剥げ立ち上り、指先からも血を滴らせている
水の中でしか生きられなくなった少女が、水から出てきて招いた末路
インテリ風の青年が呟く
『唯一無二の飼い主に捨てられたネコは3カ月と持たない…と、言うよな』
連れの青年は『そうだな』と相槌を打ち、2人は同時に溜息を吐いた。
2人は、空の上で旋回し待機する仲間に
少女の事情を含めた状態と救助要請を出して、そのまま進み
『桜が、俺達を俺達として認識してくれると良いんだけど』と・・・
インテリ風な青年の方が、思い出した様に自信なさげな言葉を零す
『故春が頑張って、少しでも昔の「桜のお兄ちゃん」に戻れば
多分、気付いてくれるんじゃないか?…まあ、頑張れよ!』
と、連れの青年がクスクス笑う
『俺任せかよ…っつぅ~か、アブサンも協力しろよ?』
2人の青年改め、故春とアブサンは笑い合い
桜を包む世界の扉の前までやってきて、2人同時に深呼吸をした。




