第31話 ボーンズの悲劇9-決死
活動報告にも書いたISO外部監査も5月末でようやく終了し、デスマーチから解放されたので、更新を再開します。
途中で合流したわずかな兵と街の住民らとともに領主官邸へと逃げ込んだガラムは息を整える間もなく声を張り上げる。
「館の防備を固めろ! だが、門はまだ開放しておけ! できうる限り住民たちと兵を受け入れるのだ!」
ガラムの命令に、兵たちが慌ただしく動き出した。
門を封鎖するための資材を持ち寄り、矢や投石などをかき集め、敵を迎え撃つ準備を始める。そして、避難してきた住民らを官邸の奥へと誘導し、避難させた。
そこへ兵たちに領主官邸への撤退を呼びかけに行っていたハーピュアンが舞い戻る。
「大将軍閣下! 兵へ呼びかけてまいりました!」
「ご苦労!」
ガラムはまず労をねぎらってから続けざまに問う。
「街の状況はどうだ?!」
「すでに多数の敵が街へ侵入しており、味方は分断され、各所で孤軍奮闘せざるを得ない状況です!」
ハーピュアン伝令兵は、そこでわずかに言い淀む。
「おそらく、ほとんどの兵がここへは来られないもの、と」
ガラムは無言で奥歯を噛みしめた。
そこにマルクロニスが声を上げる。
「食糧倉庫を焼きたい! 可能か?!」
街にあった食料庫から糧食を運び出すことは今さら不可能である。それならば聖戦軍に奪われる前に焼くしかなかった。
しかし、ハーピュアン伝令兵は首を横に振るう。
「空から街の様子を確認して参りましたが、すでにいずれの食料庫も敵に押さえられていました。とうてい私ひとりが火壺を落としたところで燃え広がる前に消火されてしまうかと」
マルクロニスは一拍の間の後に、怒号を上げる。
「すでに食料庫が敵に押さえられているだとっ?!」
無論、それはハーピュアンに向けられたものではない。
街にあった食料は、配給の都合から街中にあるいくつかの倉庫を食料庫にして分散して保管されていた。まだ敵が街に攻め入ってから間もないというのに、街の地理に不案内なはずの敵がすでにすべての食料庫を押さえている。
それに加えて、あまりにもあっけなく南壁が陥落してしまった事実。
そこから導き出される答えは、ひとつである。
「敵に内通した裏切り者が出たかっ?!」
マルクロニスはありったけの怨嗟を込めて吐き捨てた。
当然、強大すぎる聖戦軍に対して内通しようとする者が出るだろうとは、マルクロニスも警戒していた。そのため、街の人々には口が酸っぱくなるほど聖戦軍の悪逆非道ぶりを言い聞かせ、交渉に赴いた東部の領主や騎士たちはことごとく殺害されてしまったと教えていた。また、街の人々には不審な人がいるのを報せれば日々の配給食に少し色をつけてやると暗にほのめかし、密告さえ行わせていたのだ。
それなのにまんまとしてやられた。
事を起こすのに関わる人の数が増えれば増えるほど、秘密を守るのは難しくなる。そのため、それらしき内通者の報告がなかったことから、この内通に関与したのは極々限られた少人数だろう。多くても両手の指にも満たない人数。下手をすれば個人なのかも知れない。
すなわち、自分ひとり助かれば、後は街の数千数万の人々がどうなろうとかまわない。そんな性根の最低最悪のゲス野郎が出たのだ。
おそらくは防御塔の通用門の前に置かれていた土嚢を退かし、鍵を開けて、敵を導き入れたのだろう。それならば内通者がわずかな人数でも可能である。
もっと防御塔の通用門の監視を厳しくしておくのだったとマルクロニスは悔やむ。
もっとも、四ヶ月に亘る防衛戦の中で信頼できる兵もその多くが命を落とし、残り少なくなった彼らを街の各所で防衛指揮に当たらせなければならず、とうてい防御塔の通用門の監視に振り分けられる余力などありはしなかったのだ。それを承知していてもマルクロニスは自身を責めずにはいられなかった。
それと同時に、マルクロニスは密かにある決断を下す。
もはやこの街を焼くしかない!
街の陥落は、もはや火を見るよりも明らかである。どのような奇跡が起きようとも、これを覆せるものではない。
だが、聖戦軍がこれより西へ侵攻する際の拠点としてこの街が利用されるのだけは、何としてでも阻止しなくてはならなかった。
そのためにマルクロニスは、街のすべてを焼き払うための準備を整えてある。
しかし、街中に隠した火種の位置は、秘密の漏洩を懸念して巧妙に隠されており、実行者とその指示をしていたマルクロニスにしか正確な位置はわからない。また、ここを拠点として利用を目論む聖戦軍が街を大きく損なう火攻めを仕掛けてこないとは思うものの、万が一のこともある。隠された火種はいったん火がつけば手がつけられないが、容易には引火しないようにも配慮して隠蔽されていた。
この混乱の中では実行者となる部隊との連絡もままならないとなれば、自身が決死隊を率いて聖戦軍が溢れる街へと打って出て、火種に火を点けて回るしかない。
そんな悲壮な決意を固めたマルクロニスは声を張り上げて兵へ指示を飛ばしているガラムへと駆け寄る。
「大将軍閣下、お話ししたいことがあります!」
「ん? 何だ? 何かあったか?」
マルクロニスのただならぬ雰囲気に、それを察したガラムが眉根を寄せて振り返る。
「実は、この街には私の独断で――」
街を焼き払うための火種を隠してあり、今から私自ら決死隊を率いてそれに火を点けて回る。
そう言いかけたマルクロニスの言葉に被さるように兵の叫び声が上がる。
「敵だっ! 敵が来たぞおぉー!!」
ガラムとマルクロニスは声に打たれたように身体を震わせて門の方を見やれば、開け放たれた門の向こうへと伸びる街路を聖戦軍が雄叫びと怒号を上げて押し寄せてくる姿があった。その光景はさながら山津波である。
「門を閉めろ! 急げっ!」
ガラムはとっさに叫びを上げた。兵たちも言われるまでもなく門を閉ざし、その前に集めていた資材を積み上げて門を塞いでいく。その光景を見守っていたガラムだったが、話の途中であったのを思い出してマルクロニスへと振り返る。
「すまん。話とは何だ?」
マルクロニスは無意味に口を二、三度開閉させてから、ぎゅっと口を引き絞る。訝しげな表情を浮かべるガラムの前で、ややあってから、マルクロニスは嘆息とともに告げた。
「いえ。何でもありません、大将軍閣下」
マルクロニスは街を焼き払う機を失したのを覚った。
◆◇◆◇◆
閉ざされた門の向こうから雄叫びと怒号が空気を震わせ、物理的な圧力となって押し寄せてくる。
そして、それが最高潮に達した。
その次の瞬間である。
ものすさまじい轟音とともに門が悲鳴を上げた。門の前に積み上げられた資材の山は、その一撃で崩れ去り、それを押さえていた兵たちが吹き飛ばされる。
頑丈な作りであったはずの門の片側は根元の金具がはじけ飛び、大きく傾いてしまっていた。そうしてできた扉の隙間からは、すさまじい形相を浮かべた聖戦軍の兵士たちの姿が見える。彼らは門をこじ開けようと隙間へと手をねじ込み、積み上げられた資材を押し倒そうとする。
その光景はさながら、蓋のずれた地獄の釜から亡者たちが生者を引きずり込もうと手を伸ばしているかのようだった。
また、聖戦軍が押し寄せてくるのは門だけではない。門の左右につながる壁からも聖戦軍が次々と乗り越えて来る。エルドア国側も必死にそれを防ごうとするが、しょせんは多勢に無勢であった。そのわずかな抵抗も、あっという間に聖戦軍の濁流に呑まれてしまう。
その光景にマルクロニスは叫ぶ。
「大将軍閣下! 官邸の奥へ! ここは無理だ!」
「わかった! ――奥の謁見の間に立て籠もるぞ!」
ガラムは今なお聖戦軍に抵抗する兵士たちに「すまん」と一言告げると、わずかな兵たちを率いて官邸の奥へと撤退した。
「《猛き牙》!」
官邸の奥へと進む途中、通路が狭くなったところにさしかかったとき、一番後方にいたゾアンの戦士がガラムに呼びかける。
何事かと振り返ったガラムに向け、その戦士はニカッと笑う。
「あなたとともに戦えたのは、戦士として最高の誉れだった」
そう言うと、その戦士は山刀を抜き放ち、今来た方へと振り返る。
「調子に乗って追いかけてくる奴らの鼻っ柱を叩いてやる!」
ガラムは驚きに目を見開いて叫ぶ。
「何をするつもりだ?!」
「部屋に立て籠もるのにも準備に時間がかかるだろう。ここなら一度に大勢ではかかってこられない。ここで時間を稼ぐ!」
そう言った戦士は肩越しに振り返って、再び笑う。
「それに俺は平原のゾアンの戦士だ! 狭苦しい部屋に籠もって戦うのは苦手だ!」
その言葉に、ゾアンの戦士たちが顔を見合わせる。
「なるほど。それはもっともだ」
「俺も付き合うか」
そう言いながらゾアンの戦士たちは次々と山刀を抜き放ち、その場に踏みとどまった。
そんなゾアンの戦士たちを思いとどまらせる言葉を口にしかけたガラムだったが、それを苦渋とともに飲み下す。代わりにガラムほがらかな声を上げる。
「頼むぞ! 喜びの野で会おう!」
ガラムの言葉に、ゾアンの戦士たちは唱和を返す。
「「喜びの野で!」」
未練を振り切るようにガラムは再び奥へ向かって走り出した。
そして、ガラムたちが次の通路の曲がり角にきたとき、またゾアンの戦士のひとりが足を止める。
「ここが俺の死に場所にちょうど良さそうだ」
それに人間の兵士もため息を洩らす。
「ゾアンばかりに格好つけさせるわけにはいきませんよね。私たちも残ります。――大将軍閣下、人将閣下。ご武運を」
さらに進んだ先にあった扉を閉めたゾアンが山刀を抜き放ってうそぶく。
「この場は俺に譲ってもらうぞ」
それに横にいたゾアンの戦士が嘆息とともに言う。
「おまえ程度では力不足だ。俺も残ろう」
上階へと通じる狭い階段の入り口で人間の兵士が立ち止まる。
「怖いけど、最期ぐらいは格好つけたいんです」
「足が震えているぞ、情けない。それに小隊は一蓮托生だと告げたはずだ。おまえだけ残すわけにはいかないぞ」
そう言うと小隊の仲間と思われる兵士たちがその場に残った。
そのいずれにもガラムは喜びの野での再会を約し、自身は領主官邸の奥へと進む。そして、謁見の間にわずかな兵と戦士たちとともに飛び込んだ。
「急げ! 扉を閉めて、前を塞げ!」
そう指示をしてからガラムが目を向けたのは、先にここへ避難していたボーンズの街の住人たちであった。その数は、わずか二十人ばかり。五家族にも満たない人数であった。そのいずれもが不安と恐怖に瞳を揺らしてガラムを注視している。
ガラムはわずかに唇を噛みしめてから彼らへ歩み寄ると、手にしたものを差し出す。
「これを」
もっとも手前にいた家長とおぼしき中年の男性が恐る恐るガラムから受け取ったのは一振りの短剣であった。「これは?」と目で問う男に、ガラムは苦渋とともに告げる。
「いざというときは、それを使え」
これより押し寄せてくる聖戦軍に対して、たった一振りの短剣だけで抗えるものではない。
すなわち、その使用の意図とは――。
それに思い至った男は顔を蒼白にして、ごくりっと音を立てて唾を呑む。
そんな男へガラムは告げる。
「さらに奥に物見の塔へ続く通路がある。そこへ避難しろ! 急げ! もうすぐ敵がくる!」
ゾアンの優れた聴覚は、断続的に聞こえてくる干戈を交える音と断末魔の叫びが、徐々にここへと近づいているのを捉えていた。そして、すべての住民らがさらに奥へと避難を終える頃には、誰の耳にもここへ押し寄せる無数の荒々しい足音が聞こえていた。
「兵士よ! 戦士よ! 友よ! 同胞よ!」
ガラムは二振りの山刀を両手にすると、謁見の間にいるマルクロニスたちに向けて吠える。
「さあ、死ぬぞっ‼」




