第30話 ボーンズの悲劇7-奮戦
ガラムとマルクロニスのふたりは、慌ただしく聖戦軍を迎え撃つ準備を整え始めた。
街に残った住民と、近隣の農村から避難してきた民の人数の把握。そこから戦力となり得る男たちの抽出。彼らが使う武具の調達。街中からかき集めた食料の管理と配給の計画の策定等々。
マルクロニスは街中を奔走し、そうした籠城の準備を整えていった。
籠城戦に疎いガラムは、マルクロニスが残留してくれたことに申し訳なく思いつつも感謝せずにはいられなかったのである。
また、ガラムも何もしなかったわけではない。
街の名士だった者たちと顔をつなぎ、一緒に戦うことになる住民らに声をかけて回り、士気高揚に努めたのである。
そうした慌ただしい日々は瞬く間に過ぎ去って行った。
ガラムがボーンズの街に入ってから五日後。
ついに聖戦軍の先遣隊が姿を現したのである。当初はわずか五百あまりの軍勢だったが、日を追うごとにその数は増えていき、わずか三日後には数十万の大軍となっていった。
「ふはははは! これは壮観ですな」
ボーンズの街を文字どおり蟻の一匹も這い出る隙もなく包囲する聖戦軍を前に、マルクロニスは防壁の上でそううそぶいた。
隣に立つガラムもうなずいて同意を示す。
「確かに、そのとおりだな」
住民が一万もいれば大都市や国と名乗れる時代だ。そこにあって数十万の人が一カ所に集まるなど、本来であればあり得ない光景である。マルクロニスが壮観と評したのも無理はなかった。
だが、そこでガラムは苦笑を浮かべる。
「これが俺たちを殺したくて殺したくてたまらなくて集まった連中でなければ、この光景も楽しめたのだがな」
「大将軍閣下。それは贅沢な望みというものですぞ。それに奴らはせっかく我らのために遠方よりやってこられたのです。感謝をしなくては罰が当たるというものです」
マルクロニスの軽口に、ガラムも付き合う。
「そうだな。では、存分に歓迎してやらねばなるまい」
そこでガラムは口調を真剣なものに一変させ、声を潜めて言う。
「奴らは、いつ攻めてくる?」
「行軍の疲れを取るために数日は休養が必要でしょう。ですが、奴らも補給に難を抱えております。糧食がつきる前に、急ぎここを落とさねばなりません。おそらくは二、三日中には攻めてくるでしょうな」
ガラムは眼下の大地を埋め尽くす聖戦軍をぐるりと睥睨する。
「そうか。三日のうちに始まるのだな……」
そのマルクロニスの予想どおり、それより三日後に戦いは始まった。
◆◇◆◇◆
「いよいよ攻めてくるか。――悪いが、最初の号令を出した後の指揮は任せるぞ、マルクロニス」
「まあ、それが妥当ですな。――矢を番えよ! 投石を用意しろ! しかし、まだだぞ! 敵を十分に引き寄せるまで我慢だ! 我慢できずに出す野郎は、女に馬鹿にされるぞ!」
「……号令はまだ良いのか?」
「大将軍閣下も我慢してください。まあ、間もなくですな。――今です! まずは矢を」
「矢を放てーっ!」
「次に投石を」
「投石開始っ!!」
「……よし! 戦果は大なり! 後はひたすら矢を放て! 石を投げろ! 敵はいくらでも来るぞ!」
「ふむ。多数の敵を打ち倒せたが、これだけの数ともなると大火にバケツ一杯の水をかけたようなものだな」
「それは言わないでいただきたい。大げさでも良いのです。戦果を景気良くぶち上げて士気を高めなければなりません」
「それは悪かった。――さて、そろそろ防壁に取り付かれはじめるな。後の指揮は任せた。俺は大将軍から戦士に戻ろう」
◆◇◆◇◆
「大将軍閣下! 西側に梯子をかけられ敵兵が防壁に上がってきております! 急ぎ対応を!」
「わかった、マルクロニス! ――ゾアンの戦士たちよ、行くぞ!」
「ああ! それと北側もまずそうなので、そちらも頼みます」
「そちらへも急ぎ向かおう」
「それが終わりましたら東もですな。そこが片付く頃には、たぶんここも危なくなっていると思うので、急ぎお戻りください」
「……人使いの荒い部下だな」
◆◇◆◇◆
「おっしゃ! おととい来やがれ、聖戦軍どもめ!」
「見事だ。おまえの名は?」
「だ、だ、大将軍様! あっしは、鍛冶屋のベンです!」
「鍛冶屋のベンか。名を覚えたぞ。おまえが梯子を蹴倒してくれたおかげで、ここは守られた。おまえの功績は必ずソーマ陛下へ奏上し、騎士に取り立ててもらうよう推挙しよう」
「あ、あ、ありがとうございます、大将軍様!」
「ははは! 騎士位の大盤振る舞いですな、大将軍閣下。この戦いが終わった後、街は騎士であふれかえりますぞ」
「そうだな、マルクロニス。ああ、そうなると良いな」
◆◇◆◇◆
「マルクロニス。夜陰に乗じて敵陣へ夜襲をかけようと思うんだが」
「正気ですか、大将軍閣下?」
「さすがに正門は開けられぬが、幸いにも防壁の防御塔の通用門は使える。少数ならば敵にも気づかれまい」
「訂正いたします。正気ではないですね、大将軍閣下」
「闇夜は、人間より俺たちゾアンの方が有利だ。決して無謀というわけではないと考える」
「私が止めても無駄ですな。――この街はあなたで士気が保たれているのです。くれぐれも死なないように。最悪、首だけでも持ち帰ってください。あなたの首を敵に利用されたくありません」
「おまえもなかなかひどいことを言う」
◆◇◆◇◆
「大族長。――いえ、大将軍。聖戦軍の奴らめ油断しきっているぞ」
「よし。一気に攻めるぞ。手当たり次第、斬って斬って斬りまくれ。柵や天幕は引き倒せ。それを篝火もそこへ倒して、すべて焼け。――行くぞ!」
「「おおおーっ!!」」
◆◇◆◇◆
「大族長! 俺で最後です!」
「よし! 通用門に閂をかけて前に土嚢をおけ! ――戻っていないのは、誰だっ?!」
「パジャヌンとアガンタがいません!」
「パジャヌンの奴は、土手っ腹を敵に槍で刺されたのを私が見ました。ですが、死ぬ前にそいつの頭を山刀で割っていました。パジャヌンは、他にも何人もの敵を討ち取っています」
「そうか。それならばパジャヌンも満足しただろう」
「ええ! あいつは立派な戦士でした。アガンタも同じです!」
◆◇◆◇◆
「どうした? おまえたち、さっさと寝ろ。明日もまた戦うのだ。少しでも身体を休めておけ」
「でも、敵がいつ攻めてくるかわからなくて、心配で、怖くて……」
「まったく。仕方ない。――ほら、あそこにいらっしゃる人将閣下を見ろ」
「ぐごー。ぐごー」
「どうだ。あのように、ぐっすりとお休みになられている。敵を心配する必要はない。安心して休むんだ」
「……わかりました」
「……街の連中は戻っていきましたよ、人将閣下。ですので、そのわざとらしい鼾はやめていただけませんか? 耳障りです」
「……すまん」
◆◇◆◇◆
「大族長。すまない。少しだけ休ませてくれ。なに、すぐに戦えるようになる……」
「わかった。おまえが復帰するのを心待ちにしているぞ」
「任せてくれ。だが、ああ……。何だか、とても眠いんだ」
「そうか。今はゆっくり休め」
「……」
「大族長。息を引き取りました」
「そうか。次にこいつと肩を並べて戦えるのは、俺が喜びの野に召されてからになるな」
「シンガとガランカの奴も、朝は迎えられそうにありません」
「勇敢な戦士から順にいなくなるものだな……」
◆◇◆◇◆
「もう、嫌だ! これは無理だ! どうせ俺たちは殺されるんだ!」
「泣きわめいているという奴は、貴様かっ!」
「人将閣下! こんなの無駄です! いくら頑張っても、どうせ殺されるんだ!」
「よし! 良いだろう。こっちに来い! 貴様は投石代わりに防壁から落としてやる! 無価値な貴様も投石の代わりぐらいにはなる!」
「は、放して! やめて! 助けて! わかりました、戦います! だから助けて!」
「良いか! 次、泣き言をほざけば、容赦なくここから落としてやると思え!」
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょ!」
◆◇◆◇◆
「ジェボアで、《気高き牙》が乗った船が帝国に沈められただと? 数少ないハーピュアン伝令兵のおまえをわざわざ寄越すぐらいなのだから、それは事実なのだろうな」
「はい。ですが、ソーマ陛下は王佐様の死を頑なに否定されており、女官長様をはじめ対応に苦慮しております。できれば大将軍閣下にいったんご帰還を願いたいということです。――ですが、なぜあなたが敵に包囲された街の中にいらっしゃるんですか?」
「インクディアスの書にある『懸軍の将、君命をも顧みざることあり』という奴だ。――しかし、俺が戻る必要はないだろう」
「なぜでしょう?」
「ソーマ陛下が正しいからだ。あの王佐が、陛下を残して逝く? 馬鹿馬鹿しい。あり得んことだ」
「……わかりました。陛下にはそうお伝えして参ります。大将軍閣下の現状もお報せしなくては」
「いや、それは駄目だ。おまえはこれより俺専属の伝令兵として、この場に留まるように命じる」
「そ、そんな!」
「大将軍として異議は認めん。嫌なら抗命罪で拘禁だ。――ここまで飛んで来て疲れただろう。下がって休め」
「……わかりました。ご命令に従います、大将軍閣下」
「……」
「ああ、ここにおられましたか、大将軍閣下。被害状況の報告が――何かございましたかな? お顔が曇られていますが」
「ん? ゾアンの表情がわかるのか、マルクロニス」
「まあ、それなりに長い付き合いですからな。――で、何が?」
「大したことではない。馬鹿が、馬鹿なことになっているというだけだ。――それよりも被害の報告を」
◆◇◆◇◆
「そう怒るな。ハーピュアンのおまえに無理を頼んだとは重々承知している」
「人将閣下。そりゃ私も理解します。中央から遠征している聖戦軍が最も恐れているのは飢餓と疫病。だから、空から敵陣にバケツで糞尿をまき散らすゲノバンダのような行為も我慢してやりましたよ」
「うんうん。理解してもらい、やってくれたことには非常に感謝している。大将軍閣下と私の連名で、おまえの功績を陛下に奏上しよう。それほど感謝している」
「そ・れ・な・ら、帰還した私をねぎらうのに、なぜそんな離れたところにいるんですかっ?! 特に大将軍閣下っ!」
「いや。ゾアンの俺は他種族より鼻が良くてな……」
◆◇◆◇◆
「敵が退いていくぞぉー!」
「ちくしょう! もう二度と来るんじゃねぇ!!」
「マルクロニス! マルクロニスはいるかっ?! まだくたばってはいないかっ?!」
「ここにおります、大将軍閣下。たぶん死んではいないようですな。ここが喜びの野でなければ、ですがね」
「ふははは! 残念だったな。ここはまだ現世のようだぞ」
「それは残念ですな。まだまだ楽になれそうもない。何はともあれ、今日も何とか乗り切れましたな」
「ああ。皆、よくぞ戦い抜いた! 今日という日を乗り越えられたのは皆の尽力があればこそだ! 大将軍たる俺が断言しよう。ここにいる者たちすべてがエルドア国が誇る勇敢な戦士たちである、と!」
◆◇◆◇◆
一月、二月とボーンズの街の戦いは続き、気づけば四ヶ月のときが経過していた。
そんなある日。まだ陽が昇ったばかりの時刻のことである。
ボーンズの街の至る所では、毎日毎時の連戦によって疲労困憊となったボーンズの人々が寝台に戻る時間も惜しみ、石畳や住居の壁を枕とし、地面を寝床にして、街の至る所で死体のように眠りこけていた。
「お休みのところ申し訳ございません、大将軍閣下」
そんな死屍累々といったような光景の中で、他の者と同様に住居の壁に寄りかかり、道ばたでまどろんでいたガラムは兵士の声に重いまぶたを上げた。
「……どうかしたか?」
兵の前で無様な姿は見せられぬと、疲労が鉛のように重くのしかかってくる身体に鞭打ってガラムは立ち上がった。
「お伝えしなければならないことがあります」
何かあったのかとガラムが問うと、その兵士は次の報告を上げた。
「昨日、今日とカーディナル帝国の選帝大公家の人間を名乗る者が、こちらに降服を呼びかけているのです」
ボーンズの街の必死の抵抗にも、終わりの時が訪れようとしていた。




