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破壊の御子  作者: 無銘工房
聖戦の章
541/542

第29話 ボーンズの悲劇6-納得

「このボーンズの街は、今後さらにエルドア国へ侵攻する聖戦軍にとって絶対に落としておかねばならない要所に間違いないな?」

 ガラムの問いにマルクロニスはうなずいて答える。

「ええ。おっしゃるとおりです」

 先に聖戦軍によって陥落させられたルイズベンの街の西には、山々が南北に連なっている。そのためルイズベンの街から旧ロマニア国領の中央部へ出るには、いったん山沿いに北上し、山の切れ目を抜けて西域を東西に横断する公路に出なければならない。

 その山々の切れ目の手前にあり、ルイズベンの街と公路をつなぐのがボーンズの街であった。

 いわばボーンズの街は旧ロマニア国領の東部と中央部を隔てる隔壁の関門なのだ。

 これより西へと侵攻する聖戦軍にとっては、後方の補給線を遮断される恐れがあるボーンズの街は必ず落とさねばならない要所である。

「それだけではない。これより先は平野。大軍である聖戦軍にここを抜けられれば、平野に餓狼の群れを解き放つようなものだ。被害は一気に拡大する」

 これまで数十万という大軍の利を聖戦軍が活かし切れていないは、その大軍を展開できない地形による制約によるものだ。しかし、ボーンズの街を抜けられれば、聖戦軍はその制約を解かれてしまう。

 ガラムの意見に、マルクロニスはうなずいて同意する。

「それは承知しております。だからこそ、ソーマ陛下はここで徹底抗戦せよとご命じになられたのです」

 民ばかりか臣下の反抗もあり、いまだ焦土作戦は遅々として進んでいない。ルイズベンの街陥落と、そこでの聖戦軍の凶行が広まるにつれ避難を受け入れる民も増えたが、それもまだ間もない。少しでも多くの民を避難させるためにも、ここで聖戦軍を足止めし、時間を稼ぐしかないのだ。

「そうだ。ソーマ陛下は正しい」

 ガラムは苦渋を込めて、さらに言う。

「いや、正しすぎるのだ」

 ガラムの言葉の意味を理解できず、マルクロニスは眉間にしわを寄せる。マルクロニスから(いぶか)しげな目を向けられたままガラムは、聖戦軍が来るであろう南へと目を向けた。

「俺は聖戦軍の本隊をこの目で見た」

 エルドア国軍の大将軍として、伝聞だけではなく、実際に自身の目で聖戦軍を確認しようと偵察に出て目にしたのは、文字どおり大地を埋め尽くすほどの大軍であった。

 それを目にしたときの身を震わせるほどの戦慄を思い出し、ガラムは我知らず握り締めた拳に力を込める。

「あれは我らでは防げぬ。あれは我らでは止められぬ。あれを止めようと思えば、ソーマ陛下の言うとおり、焦土作戦によって水と食い物を奪い、自滅を誘うしか手はあるまい」

 普段は他人の意見を尊重する蒼馬が、周囲の反対を押し切ってまで焦土作戦を強行しようとした理由をガラムは、そのときはっきりと理解し、納得したのだ。

「ソーマ陛下の判断は正しかった。あの聖戦軍を撃退するには焦土作戦しかあるまい。ソーマ陛下の決断に間違いはなかった。早期の焦土作戦こそが、もっともこの国の被害を少なくするものだったのだ。

 そうだ。ソーマ陛下は正しい。間違いではない。だが――」

 ガラムは、ギリッと奥歯を噛みしめた。

「それだけでは誰も納得できんのだ!」

 後悔や義憤をないまぜにし、ガラムは声を荒らげた。

「ソーマ陛下の命によって、俺はこれまで避難させる人々の説得を行ってきた。聖戦軍の脅威を説き、その被害を最小とする最善の手段だと伝えた。多くの人はそれに理解を示した。だが、理解しただけだったのだ。理解はしても、それに納得はできなかったのだ!」

 自身ですら聖戦軍の大軍をその目にするまでは、民や臣下の反対を押し切ってまで焦土作戦を決行することに懐疑的であった。聖戦軍の脅威を知りうる大将軍という立場である自身ですらそうなのだ。風聞でしか聖戦軍の脅威を知らぬ多くの民たちは、とうてい納得できるはずがなかった。

 そして、それは現在の焦土作戦の決行に対する抵抗に留まらない。

 この戦いが終わった後、蒼馬の考えどおりに聖戦軍による被害が少なければ少ないほど、民たちの間に「ここまでする必要があったのか?」という疑念が生じる。焦土作戦によって住居や畑を失った民たちは、無事だった多くの住居や畑を前にし、「なぜ自分たちだけが」という憤懣(ふんまん)を抱くことになる。彼らは自分らが蒼馬に切り捨てられたという恨みを残すことになる。

 それは今後の蒼馬の治世にとって大きな禍根となるだろう。

「今、人々に必要なのは理解ではない。納得なのだ」

 ガラムは深いため息とともにマルクロニスへ告げた。

「自分らの家屋を焼かれても仕方がない。心血を注いで耕した農地を焼かれても無理はない。大切に使っていた井戸を潰されても仕様がない。父祖が守り通してきた土地を自らの手で壊すのもやむを得ない。そんな納得なのだ」

 ガラムはその目をマルクロニスへ向ける。

「俺は、かつて先代族長であった親父から『苦境の中にあっては優劣を作ってはならぬ』と教えられた」

 余裕があるときは、その功に応じてその人を優遇すれば、それを見た他の人々は我もまたと奮起する。しかし、苦境にあえいでいるときは、たとえ功があったとしても誰かを優遇すれば、それは妬みやそねみとなる。逆に皆が等しく苦境にあると思えば、人は意外と耐えられるものなのだ。

「また、こうも教えられた。『皆を苦難の道へ進ませんと(ほっ)すれば、まず己がその先頭に立たねばならぬ』と」

 豊かな平原を捨てて苦しい山へと隠れ住むことを決定した族長であるガラムの父親であるガルグズは、自分のみならずガラムやシェムルの食べ物も削り、餓えた氏族の者たちへ与えていた。

 今思えば、あの山の隠れ里で生活していたとき、村の巫女だったお婆様が頻繁に食べ物を土産として訪れていたのは、いつも空腹を抱えていた自分とシェムルを気遣ってのものだったのだろう。

「この未曾有(みぞう)の事態にあっては、誰もが犠牲を払わねばならぬのだ。そこに例外があってはならぬ」

「まさか、大将軍閣下。あなたがおっしゃりたいことは……!」

 ガラムが言わんとすることを察したマルクロニスは震える声を洩らした。

 ガラムは「そうだ」と前置いてから、次の言葉を口にする。

「ソーマ陛下にこそ、犠牲が必要なのだ」

 マルクロニスは目を見張った。

 その前でガラムは断固とした口調で続ける。

「誰もが納得する。納得せざるをえない。それだけの犠牲が、ソーマ陛下には必要なのだ。だが、臣下や民が納得するほどの犠牲とは何だ? 軍を発して聖戦軍へ挑み、数万の犠牲を払う大敗でもするか? 否、論外だ。そのようなことをすれば、焦土作戦後の反撃の芽すら失うことになってしまう。ソーマ陛下自身が命を懸けるか? 否、それこそあり得ん。ソーマ陛下の死は、この国の崩壊と同義だ」

「だから、陛下の代わりにあなたは自ら死のうと言うのですか?」

 マルクロニスの問いに、ガラムは「そうだ」と力強くうなずいて見せた。

「俺が分不相応にもいただいている大将軍という位は、エルドア国全軍を代表するものだ。その大将軍が聖戦軍によって倒されたという報せは、万の兵を失ったのに等しい――いや、それ以上の衝撃となって人々に聖戦軍の脅威を知らしめることになるだろう。

 しかし、俺は大将軍とは言っても名ばかりのものだ。しょせんは自ら敵へ切り込むことしか能のない男だ。兵を率いる将としての才覚ならば、ズーグの方が圧倒的に優れている。俺がいなくても問題ない。俺が犠牲になることこそ、もっとも効果的であり、損失が少ない方法だ」

 ガラムの言葉にマルクロニスは否定の声を上げる。

「そうではありません! そうではないのです、大将軍閣下!」

 マルクロニスも、もちろんズーグの将才は認めている。

 だが、それと大将軍の才は別物なのだ。

 将のひとりならば、ただ目の前の戦いのみに集中すれば良い。しかし、大将軍ともなれば戦いの大局を見据えなければならないのだ。

 その中にあっては、ときには大きな犠牲を払うのがわかっていても挑まねばならない戦いもあるだろう。ときには敗北が決定されていてもなおやらねばならない戦いもあるだろう。

 そして、それへ将兵を向かわせなくてはならない大将軍は、彼ら将兵らに「この人が行けというのならば行かねばならない」と思わせる。そのような人物でなければならない。ガラムの言葉を借りるのならば、死地へ向かわざるを得ないことを納得させるものがなければならないのだ。

 その点において、その(とが)りすぎた将才を持つズーグは、味方からも「何をしでかすかわからない奴」と見なされており、その将才故にかえって大将軍には不適格と言えよう。

「大将軍閣下。エルドアの大将軍は、あなたでなくてはならないのです!」

 マルクロニスは、わずかに逡巡(しゅんじゅん)してから次の言葉を口にする。

「軍命とあらば、この人将マルクロニスがこの街の防衛を指揮いたしましょう」

 すなわちガラムに代わって、エルドア国の六将のひとりとして死のうと申し出たのだ。

 だが、これにガラムは「駄目だ」と首を横に振る。

「俺はソーマと近しすぎるのだ」

 ガラムは蒼馬がこの世界で旗揚げしたときからともにいる生え抜きの将であるばかりではない。妹であるシェムルは、蒼馬から王佐という古今に類を見ない特別待遇を与えられていた。

 そのため、当人たちにはその意識がなくとも、ただひとりの血縁もいない蒼馬にとって、ガラムとシェムルこそが身内と認識されているのだ。

 ガラムがボーンズの街に残留して聖戦軍を食い止めようとしていると知れば、蒼馬ならば必ず制止し、強敵的に帰還させようとするだろう。それが、大将軍という重責にあるガラムを聖戦軍への反撃を前に失うわけには行かないという軍事的な理由であっても、世間の多くの人々からは身内を優遇して保護したと捉えられかねなかった。

「ソーマと近しい。だからこそ、俺なのだ。俺の死こそ多くの人々がソーマ陛下にとっての犠牲と捉えてくれるのだ」

「近しいというのならば、あなたを失った陛下のご心情は、如何(いかが)されるおつもりですか?!」

 ガラムの言葉尻を噛みちぎるようにマルクロニスは叫んだ。

 マルクロニスが知る蒼馬は、その異質な知識や思考を除けば常人にすぎない。自身に近しい者を失ったときに、その痛みで常人である蒼馬の心が折れないとも限らなかった。

「陛下は大丈夫だ。問題ない」

 だが、ガラムは即答した。そのあまりの迷いのなさにマルクロニスは驚き、その理由を問う。

「何故、そう断言できるのです?!」

 これにもまたガラムは即答する。

「陛下の(そば)には、《気高き牙》がいる。ならば、問題はない」

 シェムルがいれば、蒼馬に何も問題ない。

 マルクロニスを含むエルドア国の古参の者たちにとって、これほど説得がある言葉はない。そう納得せざるを得ないだけのふたりの絆を熟知していたからだ。

 マルクロニスは反論の言葉を失ってしまった。

 もはやガラムの意志は曲げられぬと覚ったマルクロニスは、ややあってから弱々しい声で問いかける。

「大将軍閣下。あなたが陛下に恩義を感じられているのは承知しております。ですが、なぜそこまで――自らの命を賭してまで陛下を守ろうとなされるのですか?」

 滅亡寸前から救われたガラムたちソルビアント平原のゾアンが蒼馬へ恩義を覚えるのは理解できる。しかし、そうだとしてもここまで命を懸けられるものなのだろうか。何がガラムをそこまで思い詰めさせたのか。

 その理由をマルクロニスは問うた。

 それにガラムは揺るぎない声で応える。

「俺は聖戦軍が――帝国が許せんのだ」

「帝国が許せない?」

 マルクロニスはおうむ返しにガラムの言葉を口にした。

「そうだ」

 そこでガラムはその目を西の方へと向ける。肉眼には映らないが、ガラムはそこに故郷であるソルビアント平原の光景を見出す。

「かつてホルメア国の将として平原の砦にいたおまえならば知っていよう。俺たち平原のゾアンは、ホルメア国によって滅亡寸前まで追いやられていた」

 過去の光景を思い浮かべるように、ガラムは瞑目(めいもく)する。

「あのときの俺たちは、その日その日を乗り切ることすら難しかった。今を生きることすら難しく、とうてい明日を考える余裕などありはしなかった」

 ガラムは閉じていた目をゆっくりと開く。その目は穏やかな笑みに緩んでいた。

「だが、俺たちのところにソーマがやってきてから、それが変わった。狭い山々から解放され、広い平原へ帰ることができた。いつも陰鬱な表情ばかり浮かべていた氏族の者たちに笑顔が戻った。空腹を抱えていた子供らに、腹一杯食わせることができた。

 俺個人もそうだ。目の前の敵を殺すしか能がなかった俺が、分不相応にも今や大将軍だ。平原の外の世界を知ることができた。異種族の友人を得た。愛する女を妻に迎えられた。その妻と子をなした。その子供を抱いたときの歓喜はとうてい言葉では言い尽くせぬ。その妻と子らの未来を思い浮かべるとき、胸から湧き上がるこの暖かい感情。このすべてを俺たちはソーマから与えられたものだ」

 穏やかだったガラムの目が怒りに吊り上がる。

「だが、帝国と聖教の奴らは、ソーマを邪悪だと言う!」

 ガラムは穏やかだった口調をかなぐり捨て、激情のままに吠えた。

「ソーマの行いを邪道だと(ののし)る! ソーマの考えを神への冒涜(ぼうとく)だと否定する! ソーマを神敵と断罪しようとしている!」

 一気に言葉を吐き出したガラムは、そこでいったん言葉を切ると小さく息を吸った。そして、それを怒声へ変えて吐き出す。

「では、この俺の幸せが邪悪の産物なのか?! 俺の喜びが、神への冒涜だというのかっ?! 俺たちの明日が、許されぬ大罪だとほざくのかっ?! これは俺のすべてに対する侮辱に他ならぬ! そのようなこと俺は許せぬ! 俺は断じて認めぬ! 否定する!」

 一気にまくし立てたガラムは、肩を上下にして息を荒げていた。

 しばらくして荒げていた息が整ってから、ガラムは穏やかな笑みとともに言う。

「だからこそ、ソーマ陛下には帝国どもに勝利するだけでは駄目だ。陛下には善き国を作っていただかねばならぬ。陛下には善き王となってもらわねばならぬのだ。それでこそ陛下を邪悪と断じた帝国と聖教を否定できる。奴らこそ間違っていると断じることができるのだ。そのためにならば俺の命など惜しくはない。むしろ、そのために命を懸けられるのならば、これに勝る喜びはないだろう」

 ガラムの断固たる決意を前に、マルクロニスは言葉を失ってしまった。

 ふたりの間に、沈黙が舞い降りる。

 ややあってから口を開いたのは、ガラムであった。

「マルクロニス。おまえは速やかに、ここより退去せよ。民の避難とその誘導に努め、ひとりでも多くの民を救うのだ」

 それに対してマルクロニスは大きなため息を吐いた。

「お断りいたします、大将軍閣下」

 (いぶか)しげに目をすがめるガラムを前に、マルクロニスは言う。

「例外を作ってはならないとおっしゃられたのは、大将軍閣下ですぞ。ここで大将軍閣下だけ残して私が退去すれば、それこそ陛下は人間種を優遇したとそしられましょう。それよりも閣下と人間種である私がともに聖戦軍と戦ってこそ、聖戦軍が否定する我が国の国是である他種族との融和を明確に示すことになりましょう」

 マルクロニスの言葉はもっともである。しかし、それでもガラムは言わざるを得ない。

「だが、おまえまで俺に付き合う必要はあるまい」

 ここに留まり、命を捨てて聖戦軍を食い止めようというのは、ある種の我が儘のようなものだとガラムは思っていた。そんなものに付き合うことはないというガラムにマルクロニスは苦笑する。

「人間種ばかりのこの街で、いきなりやってきたばかりのあなたが指揮を執れますかな? それに以前より籠城戦の指揮は苦手だとおっしゃっていたではないですか」

 痛いところを突かれたガラムは顔をしかめた。

 そんなガラムにマルクロニスは苦笑を浮かべる。

「それに、今さらですな。上官の我が儘に付き合わされて死ぬ覚悟はホルメア国に所属していたときに、とっくに済ませておりますぞ。――では、大将軍閣下。私は籠城の準備があるので失礼します」

 そう言って退室しようとしたマルクロニスをガラムは呼び止める。

「待て、マルクロニス」

 どうかされましたかと肩越しに振り返るマルクロニスに、ガラムはわずかに逡巡(しゅんじゅん)してから口を開く。

「すまん。助かる」

 それにマルクロニスは、ひょいっと肩をすくめて見せた。

「それも今さらですな」

ガラム「《気高き牙》がいれば、ソーマは大丈夫」

マルクロニス「王佐殿がいれば、陛下は大丈夫」

アウラ「シェムルがい・れ・ば、蒼馬は大丈夫よねぇ」

蒼馬「シェムルがいれば私は大丈夫。シェムルがいれば私は大丈夫。シェムルがいれば私は大丈夫……」

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― 新着の感想 ―
シェルムってどのタイミングでマーマンに会いに行って死んだんでしたっけ。 落ち着いたら時系列が欲しいですね。 あとはシェルムが本当に死んでるのか。出来ればご都合主義で生き残りはせずしっかり死んでいて欲し…
うーん……反撃のターンになったら起こして
そうですね、シェムルがいれば大丈夫でした(過去形) ガラムまでいなくなってほしくないけど、でも精神的支柱をだるま落としにされて覚醒するソーマも見たいし……心がふたつある~
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