第28話 ボーンズの悲劇5-入城
勇壮な太鼓の拍子を打ち鳴らしながら、こちらに向かって街道を進んで来るのはわずか二百程度の集団である。太鼓の拍子に合わせて行軍する様は遠目からでも兵の練度の高さを窺わさせた。
しかし、その集団が掲げているのは聖戦軍のものでも聖教のものでもない。
それは間違いなくエルドア国の国旗。
そして、大将軍の所在を示す大将軍旗であった。
「何だっ? どういうことだっ?!」
マルクロニスは困惑した。
旧ロマニア国領東部に点在する村々への避難の勧告や領主や郷士である騎士たちへの参戦の要請や迫る来る聖戦軍への対処などなど、大将軍として多忙を極めるガラムだ。
混迷するボーンズの街の状況を伝えて対処を求めはしていたものの、そのガラム当人が街へやって来るとは予想外である。ましてやあのようにわざわざ行進の太鼓を打ち鳴らすなど、あえて衆目を集めるようなまねをするガラムの意図がわからなかった。
そのため、やってきたのはガラムに偽装した聖戦軍ではないかとすら疑ったマルクロニスであったが、その集団が街の間近まで来れば、それがゾアンたちであることが見て取れる。人間種以外の種族を劣等種として迫害する聖教の教えに従って発した聖戦軍に、ゾアンたちが属するはずがない。そして、それにもましてその先頭に立つ黒毛のゾアンは、紛れもなく大将軍ファグル・ガルグズ・ガラム当人に間違いなかった。
マルクロニスは防壁に集まっていた兵たちへ指示を飛ばす。
「攻撃はするなっ! つがえた矢を弓からはずせ! 敵ではない! 大将軍閣下だ! 急ぎ開門せよ!」
マルクロニスは防壁の階段を駆け下りながら感情のままに吐き捨てる。
「大将軍閣下は、何を考えておられるのだ?!」
この街へ聖戦軍がいつ姿を現してもおかしくない状況である。その中でエルドア国軍を代表する大将軍がやってくるなど危険極まりなかった。マルクロニスが求めていたものは、この事態を治めるための指示である。ガラム当人を呼んだつもりは決してないのだ。
マルクロニスが街門のところまでくると、ガラムを先頭としたゾアンの一団が整然と行進しながら門をくぐり、街の中へと入ってくるところだった。
「大将軍閣下! 如何なるおつもりですかっ?!」
詰め寄るマルクロニスにガラムは一瞥をくれると、「後で説明する」とだけ口にし、ゾアンの戦士団を率いて街の中央へと行進を続けた。
さらにガラムを問い詰めようとしたマルクロニスだったが、聞き慣れない行進曲と騒ぎを聞きつけた街の住人らが何事かと集まり始めていた。彼らの目の前でガラムと言い争うのは得策ではないと判断したマルクロニスは、しぶしぶと口を閉ざした。
街の中央にある広場についたガラムは、集会などのために広場に設置されていた壇の前にゾアンの戦士たちを整列させると、自身はその壇上に立つ。
広場にはすでに騒動を聞きつけやってきた街の住民らが多く詰めかけており、ガラムたちを遠巻きに取り囲み、何事かと注視していた。
その住人らへ向けてガラムは声を張り上げる。
「俺は《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラム! エルドア国の王ソーマ陛下より、エルドア国全軍を預かる大将軍に任じられた者である!」
エルドア国ではゾアンを大将軍に任じていると噂には聞いていたものの、その当人を初めて目にしたボーンズの街の人々の間からざわめきが湧き上がった。
そんな彼らを睥睨して静まらせると、ガラムは続けて叫ぶ。
「皆へ告げる! おそらく数日中には聖戦軍の先遣隊がこの街にやってくる! そして、その本隊もまた遠からず、ここへ押し寄せてくるはずだ!」
改めて突きつけられた事実に、今度は住人らの間にどよめきが起こった。それを圧するようにさらにガラムは声を張り上げる。
「諸君らも、すでにこの街の領主のことは聞き及んでいよう!」
それは、まずい。
マルクロニスは、そう思った。
おそらくすでに街の大半の人々は領主が自分らを見捨てて逃亡した挙げ句、聖戦軍に捕まり、拷問の末に首を落とされたという噂は聞いているはずだ。だが、今はまだあくまで噂である。しかし、その噂を公に認めてしまえば、ただでさえ低い街の人々の士気はどん底まで落ちてしまう。
そんなマルクロニスの懸念を裏切り、ガラムはとんでもないことを言い出した。
「そうだ! 領主は諸君らを救うために、聖戦軍へ直談判に赴いたのだ!」
マルクロニスは、「そんなわけあるものか!」と口から飛び出しかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
マルクロニスが知る限り、そのような事実はない。
仮に、領主が本当にそのつもりだったのならば、筆頭家臣である陪臣騎士に何も告げずに出て行くわけがなかった。また、交渉の手札となる私財を持ち出すのはわかるが、妻子をともなって危険な聖戦軍との交渉へ赴く理由がない。
真っ赤な嘘である。
しかし、その虚偽をガラムは公然と押し通す。
「彼は勇敢にも聖戦軍のところへ乗り込み、財貨を支払うので街の人々を見逃して欲しいと交渉へ行ったのだ! 相手は残虐非道な聖戦軍である! 交渉が成功する見込みなどほとんどない! それでもなお彼は、諸君を――街の民を守るために、その命を懸けて行ったのだ!」
そこでガラムは無念でならんとばかりに首を振る。
「だが、その結果は皆も知っての通りだ! 奴らは非道にも、交渉にやってきた者は傷つけないという不文律を破り、領主を捕らえると拷問の末に斬首し、その首をこの街に投げ込んだ!」
ガラムは怒りをあらわに叫ぶ。
「何たる非道! 何たる悪逆! 命を懸けてこの街を守ろうとした彼の勇気に唾を吐きかけ、諸君を救おうとした彼の優しさを足蹴にし、その尊厳すら踏みにじるものだ!」
そこでガラムはいったん口を閉ざした。自身が言った言葉が聴衆らに十分染み渡るのを待ってから、ガラムは口を開く。
「俺は、それが許せぬ!」
ガラムは激しい口調で聴衆へ言葉を叩きつけた。
「俺は聖戦軍の行いが許せぬ! 俺は聖戦軍の非道さが我慢ならぬ! そう思うのは、俺だけかっ?! いや、違う! 皆も同じではないのかっ?!」
問いかけられた聴衆の間から、ちらほらと同調する声が上がる。しかし、それだけでは足りぬとばかりにガラムはさらに問う。
「諸君らは、許せるのか?! 何の罪もない諸君らを襲い、奪い、犯し、殺そうとする聖戦軍を! 諸君らは、我慢できるのかっ?! 家を焼き、村を潰し、街を破壊しようという聖戦軍に?! ――どうだっ?!」
ガラムの問いかけに、先程より多くの人々が同調の声を上げる。さらにそれに釣られて、その周囲の人々が声を上げていき、それは次第に広場に集まっていた聴衆すべてへと広がった。
「そうだ! 俺も許せぬ! 俺も我慢がならん!」
義憤の声を上げる聴衆らに同調することで、ガラムはさらに聴衆らを煽り立てた。
内側から湧き上がる激情に一気に聴衆らの圧力が上がる。
「だが、聖戦軍は強大だ」
それを打ち消すようにガラムが平坦な声で告げる。
「聖戦軍の数は百万! 如何な強固な防壁を有するこの街とて、聖戦軍に襲われればひとたまりもないだろう。防壁は打ち壊され、乗り越えられ、恐ろしい聖戦軍が街の中へと雪崩れ込む。非道なる聖戦軍は家々を焼き払い、財を奪い、女を犯し、子供をさらい、おまえたちを殺す。もはやそれは避けられぬものなのだ」
改めて突きつけられた非常な現実に、聴衆らは言葉を失った。
先程までとは打って変わって静まり返る聴衆らに、ガラムは穏やかな口調で語りかける。
「だからこそ、俺は――」
そこでわずかに一拍の間を置いてからガラムは言葉を続けた。
「――死ぬためにやってきた」
思いもかけぬガラムの言葉に、聴衆らは自分の耳を疑った。
戦うためでも、救うためでも、逃がすためでもなく、死ぬためにやってきたというガラムに聴衆らは困惑する。
聞き間違えではないのか。別の意味があるのではないか。
戸惑う聴取らに、聞き間違いでも別の意味があるのでもないというようにガラムは同じ言葉を繰り返す。
「俺は死ぬためにやってきたのだ。諸君らとともに聖戦軍と戦い。そして、諸君らとともに死ぬためにやってきたのだ」
動揺する聴衆らにガラムは穏やかに語りかける。
「聖戦軍には敵わぬからといって、唯々諾々と奴らの非道に従うのか? その強大さとその威に恐れをなし、悄然と奴らの暴挙を受け入れるのか?」
ガラムはカッと目を見開いた。
「そんなものは、俺には許せぬ! そんなことは、俺には我慢ならん!」
ガラムは大げさな身振り手振りを交え、聴衆らに吠える。
「たとえ敵わぬとも、奴らに我らがただ食われるだけの家畜ではないと示すのだ! たとえこの命を失おうとも、奴らに俺たちの尊厳を見せつけねばならんのだっ!!」
そして、ガラムは一際大きく吠える。
「俺は諸君らとともに戦うために、ここにきた! 俺は諸君らと、ともに死ぬために、ここにきたのだっ!!」
広場がしんっと静まり返っていた。
誰もがガラムの言葉に圧倒され、聴衆からはしわぶきひとつ上がらない。
そんな聴衆らを睥睨したガラムは、もっとも手前に立っていた人間の青年を指さし、声をかける。
「そこのおまえ。名は何という?」
突如指名された青年は驚きのあまりしどろもどろになりながら返答する。
「ト、トマスと言います。街の雑貨屋の息子のトマスです」
「そうか。トマスよ。この街に聖戦軍がやってくる。そのときおまえはどうする? 怯えたネズミのように巣穴に逃げ込むか? それとも勇敢な戦士として戦うか?」
穏やかなガラムの問いかけに、トマスと名乗った青年は即座には答えられなかった。そして、しばらく逡巡してから、勇気を振り絞って口を開く。
「た、戦います。怖いけど、戦います!」
ガラムは満足げにうなずいて見せた。
「そうか。ならば、おまえは戦士だ。勇敢な戦士トマスよ。今よりおまえは、この《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラムの戦友である!」
本来ならば遠くから眺めるだけがせいぜいという大将軍自身から、その名を呼ばれた上に戦友とまで言われたトマスは興奮に頬を紅潮させた。
さらにガラムは聴衆の前列に立っていた若者たちを次々と指名し、同じような言葉をかけていく。ガラムに名を呼ばれた若者たちは、例外なくトマスと同様に激しい興奮とともに喜色を浮かべる。そして、その興奮はしだいに他の聴衆らへと感染する。ガラムに呼びかけられずとも、自ら名乗りを上げ、戦うと宣言する者たちが続々と現れた。
そんな聴衆らに向けて、ガラムは握り締めた拳を高々と天へと突き上げる。
「勇敢なる戦友たちよ! 俺とともに戦おう! 俺たちは食われるだけの家畜ではない! 我らは尊厳ある人であると示せ! そして、傲慢なる聖戦軍の鼻を明かしてやろう!」
聴衆らは一斉に拳を突き上げ、唱和したのであった。
◆◇◆◇◆
「何と言うことをされたのですかっ?!」
マルクロニスは激高していた。
そこはボーンズの街の領主官邸の一室である。
あの後、冷めやらぬ熱気がいまだに渦巻く広場から、群がる人々をかき分けてガラムを連れ出したマルクロニスは、極秘の作戦の打ち合わせがあると人払いをした領主官邸の一室でガラムとふたりっきりになるなり怒鳴り声を上げたのだ。
「大将軍閣下! あなたは自分がなされたことを理解されているのですか?!」
怒声を上げるマルクロニスに、ガラムはひたりと彼の目を見据えて答える。
「理解しているつもりだ。――こうしなければ、この街は戦えぬ。それではソーマ陛下の計画が根底から覆されてしまう」
ガラムの言うことは正しい。あのままでは街は時間稼ぎをするどころか、ひともみに押しつぶされていただろう。だからこそ大将軍であるガラムに何らかの対処を求めたのだ。
「確かにあなたによって、この街は戦えるようになった!」
しかし、マルクロニスが求めていたのは、このような対処法などでは決してない。
「ですが、それはあなたが街の人々の支柱になったからです! 今さらその支柱を抜き取れない! 大将軍閣下がいなければ、この街の状況は余計に悪化するのですぞ!」
マルクロニスの怒声に、ガラムは当然だとばかりにうなずく。
「俺はここに残って戦う」
「それこそあり得ない」
マルクロニスは大将軍への敬意を払うのも投げ捨てて鼻で笑った。
「あなたはこの国の大将軍なのですよ。こんなところで死んで良いわけがない」
もはやあなたに何を言っても無駄だといわんばかりに言い捨てると、マルクロニスは踵を返した。
「急ぎ、陛下へ急使を立てます。陛下ならば何か手を講じてくださるはずです」
しかし、それをガラムは断固たる声音で止める。
「それは許さん」
いつにない強い意志を感じさせるガラムの声に、マルクロニスは足を止めて肩越しに振り返った。それにガラムは、さらに強い口調で告げる。
「こと軍事においては、陛下よりも大将軍である俺の命令が優先される。これは陛下自身が定められた法だ」
「ですが、それと同時に上位の者が正しい判断を下せなくなっていると判断した場合は、その場にいる将の過半数の同意を得られれば、その罷免を求められるともあります。幸いなことに、ここにいる将は私ひとり。大将軍閣下が冷静な判断力を失ったと見なし、陛下へ上申するに何ら問題はありません」
しばしふたりは睨み合う。
ややあって先に目を伏せたのはガラムであった。ガラムは盛大なため息とともに言う。
「わかった。――今は大将軍などと祭り上げられてはいるが、もともと俺は一介の戦士にすぎん。こと軍事軍略についてはおまえの方が詳しいだろう」
ガラムは再びマルクロニスの目をひたりと見据える。
「だが、俺の考えを聞け。その上で俺の判断が間違っているというのならば陛下に上申し、俺を罷免した上で好きなようにしてもらおう」
マルクロニスは疑わし気に目をすがめてガラムを見やっていたが、彼もまた盛大なため息とともにガラムへ向き直る。
「良いでしょう。大将軍閣下が、どのような言い訳をするかお聞かせください」




