第16話 英断
ふたりの王子の王位継承争いは狂言である。
パルティスのその言葉に、ゴルディア派の将軍諸侯らも、ようやく気づいた。
今の討伐軍が倍の兵数となろうとも長期にわたって支え続けられるほどの過剰な物資は、パルティス王子の軍勢との合流を考慮して準備されたものだったのだ。
確かに征西を行うほどの大規模な徴兵と軍の編成、さらには兵糧や軍事物資の徴集をすべて隠し通すのは不可能である。
ましてや相手は、その目は夜の闇を見通し、街々にはその耳となる使い魔を放っていると噂される破壊の御子だ。それこそロマニア国すべてに信じ込ませるぐらいでなければ、とうてい騙せはしないだろう。
ようやく状況が理解できたゴルディア派の将軍諸侯らだったが、それでもなお納得いかないことがある。
「貴卿らは、本当にこのゴルディア殿下の策に乗ったというのかっ?!」
そのゴルディア派の将軍の悲鳴のような問いが向けられたのは、パルティス派の将軍諸侯たちである。
いくらゴルディア王子とパルティス王子が申し合わせた上でのものとは言え、自身らがパルティス派の立場であれば、このような狂言には乗れるものではない。
事実として、ゴルディア王子とパルティス王子のふたりの王位継承権者が並び、どちらを王に戴くかで国論が真っ二つに分かれていたのである。
そんな状況では狂言のつもりで反乱を起こしても、もしゴルディアが約束を違えればパルティスは本当に反逆者となってしまう。
そうなってからパルティスが狂言であったと訴えたとしても、後の祭りだ。ゴルディアに知らぬ存ぜぬを押し通されてしまえば、残されるのは反乱を起こした事実のみ。たとえ、それからゴルディアを打ち破って王位についたとしても、簒奪者という一生消えぬ汚名を被ることになるだろう。
また、計画どおりに征西を実行したとしても、その軍の生命線である補給を握るのは、やはりゴルディアだ。ゴルディアがその気になれば、パルティスたちは敵地エルドア国で糧食を断たれたまま孤立してしまう恐れがある。
ましてやエルドア国にはゴルディアの師とも言うべきアウレリウスがいるのだ。先のドルデア王の葬儀のためにロマニア国を訪れた折、ひそかにパルティスを亡き者にするため示し合わせていないとも限らない。そうであれば、エルドア国への征西そのものがパルティスに対する罠という恐れすらあった。
このように疑おうと思えば、それこそキリが無い。
そのような状況で、こんな狂言に乗ってエルドア国に攻め入らねばならないというのに、パルティス派の将軍諸侯らの意気たるや軒昂そのものだ。
このゴルディア派の当然の疑問に、パルティス派の将軍諸侯はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
「それについてはゴルディア殿下も、ご考慮されておるぞ」
そう言うパルティス派の将軍諸侯らが視線を向けたのは、ピアータであった。
パルティス派とは異なり、ピアータはあまり浮かぬ顔のまま懐から丁重な手つきで取り出したのは一巻の羊皮紙である。
その羊皮紙をまとめている房紐の色に、ゴルディア派の将軍諸侯らはギョッと目を剥いた。
房紐の色は、紫である。
一軍を国から預かる将軍の兜の房がそうであるように、紫は国王自らが認めたものであることを示すときに使われる色だ。そして、ドルデア王が亡くなった今、ロマニア国でこの色を使えるのは国王代行をしているゴルディアただひとり。
ゴルディア派の将軍諸侯らが見守る中でピアータは房紐を解いて羊皮紙を広げると、そこに書かれていた文章をひと息に読み上げる。
「我が弟パルティスが父の仇である破壊の御子を討ち取った暁には、我ゴルディアは王位継承権の放棄を正式に宣言し、臣籍へと下ることを誓う」
セルティウスを除くゴルディア派の将軍諸侯は愕然とする。
さらにダメ押しとばかりに、ピアータは文章が書かれた面をゴルディア派の将軍諸侯らに向けて羊皮紙を掲げ持った。
ゴルディア派の将軍諸侯は、目をひん剥いて食い入るように羊皮紙を凝視する。
「た、確かに、これはゴルディア殿下の筆跡と印……!」
「馬鹿な?! ゴルディア殿下は王位継承権を本当に放棄されるおつもりか?!」
ゴルディア派にとっては、まさに驚天動地の出来事である。にわかには信じがたい。
「だが、モンティウス宰相とピアータ姫殿下のご署名もあっては……!」
ゴルディアの署名だけならば偽造や捏造と言い張れるかもしれない。しかし、宰相と妹姫までもが保証人として名を連ねているとあれば、もはや疑いを挟む余地はなかった。
ある者は愕然とし、またある者は悄然と肩を落とし、またある者はそれでもなお信じたくないと頑なに首を振る。
そんなゴルディア派の将軍諸侯らに、セルティウスは諭すように言う。
「諸卿らも、これで理解したであろう」
セルティウスとて、彼らの気持ちは痛いほどわかる。
自分らはゴルディア王子こそが次代のロマニア国王になられると信じればこそ忠誠を尽くしてきたのだ。それを利己的と誹る気にはなれない。自らの栄達はひいては家の栄達へとつながり、それは子々孫々へと受け継がれていくものである。
家族や子孫や領民のことを思う領主ほど、栄達を求めるものなのだ。
それだというのに自分らが担ぎ上げていたゴルディアが、自ら王位継承権を放棄しようというのである。ゴルディア自身が言っていたように、まさに捧げた忠誠に泥を投げ返すような卑劣な裏切りであった。
セルティウスもまた、裏切られたと思う気持ちはある。
しかし、それでもゴルディアは「頼む」と自分へ頭を下げたのだ。臣下ではなく友として頼むと言われたのだ。ならば、それに応えねばならない。
「ゴルディア殿下は、さほどエルドア国を滅ぼさねばならぬと御覚悟されたのだ! それは亡きドルデア王陛下の遺恨を晴らすためだけではない! 今エルドア国を滅ぼさねば、ロマニア国に大いなる災いをもたらす! そう思えばこそ、殿下は御覚悟を決められたのだっ!」
セルティウスは踵を返してパルティスへと向きなおると、その場に片膝をついて頭を垂れて恭順の意を示した。
「ゴルディア殿下の命により、これより我らはパルティス殿下の麾下に加わりましょうぞ!」
ゴルディアへの忠誠心の篤さでは、誰もが認めざるを得ないセルティウスである。それだけ今回のゴルディアの決断によって、もっとも手痛く裏切られたのもまたセルティウスであった。
そのセルティウスが、そう言うのである。
ゴルディア派の将軍諸侯らはセルティウスに続いて、ひとり、またひとりとパルティスへと恭順の姿勢を取った。
そして、ゴルディア派の将軍諸侯らがひとり残らずパルティスの麾下に降ったのを見届けたパルティス派の者たちは得意絶頂のしたり顔で言う。
「さすがゴルディア殿下。ご英断でございましたな」
「然り、然り。こうしてロマニア国が一丸となれば、破壊の御子など恐れるに足りませんぞ」
「これもすべてはゴルディア殿下のご英断あればこそですな」
優越感がにじみ出るパルティス派の言い草に、セルティウスは殺意すら覚えていた。
今後ゴルディアは、支持者だった者たちから卑劣な裏切り者と罵られ、それ以外の者からは即位に恐れをなして弟へ玉座を譲った腑抜けと嘲笑われることだろう。
英断などと言う言葉も、それを当てこすってのものなのだ。
ところが、それを真に受ける者がいた。
「うむ。まさに、兄上の英断である!」
それは、パルティスであった。
さらにパルティスは、誇らしげであった顔をしかめて言う。
「やはり、私より兄上に王になっていただいた方が良いのではないだろうか?」
これにパルティス派の将軍諸侯は慌てふためいた。
「いやいやいや。それはなりませんぞ、殿下」
「そのとおりでございます! それでは、えっ……と、そう! かえってゴルディア殿下のご英断にケチをつけることになってしまいます!」
「左様、左様。ゴルディア殿下とて、ご自分の決断を撥ね除けられたとあっては立つ瀬がございますまい」
せっかく自分らが擁立するパルティスがロマニア王になれるのだ。パルティスを思いとどまらせようと、将軍諸侯らは必死に言いくるめた。自分を支持する者たちに囲まれて、口々にそう言われればパルティスも納得せざるを得ない。
パルティスは「そうか」と短く呟くと、不承不承ながらも納得したようだった。
その様子にパルティス派の将軍諸侯らは、ホッと胸を撫で下ろしたのである。
このようなパルティス派の醜態を目の前で晒されたセルティウスは、屈辱と怒りに身体を震わせずにはいられなかった。
元を正せばゴルディアが王位継承権を放棄せざるを得なかったのは、すべてはパルティス派たちのせいなのだ。
そもそもパルティス自身には、先程の言葉でもわかるように王位への執着はない。それどころか兄であるゴルディアが即位し、自身は臣籍に降るのが当然であろうとさえ言い切っていたのである。
ところが、それに水を差したのが武闘派と言われる将軍諸侯たちパルティスの支持者であった。
彼らはガッツェンの街での失態をあげつらい、ゴルディアでは国がまとまらないと訴えたのだ。いかにパルティス自身にはゴルディアへ他意がなくとも、自分を支持する者たちが口を揃えてそう言えば、それを無下にはできない。
そんな兄への想いと自分の支持者の願いとの板挟みになり、途方に暮れてしまったパルティスへ止めを刺したのが、パルティスの義父でもあるモンティウス宰相であった。
モンティウス宰相は、先頃その死が公表されたダライオス大将軍が実は病死ではなく暗殺であり、その現場にはゾアンの山刀が落ちていたことを教えたのである。
さらには、その事実をゴルディアの命によって伏せられていたことをゴルディアにはエルドア国と敵対するつもりがないと臭わせつつ告げたのだ。
これにはパルティスも驚き、そして激怒した。
そして、ついにパルティスは「兄上に背くのは不本意なれど」としながらも「エルドア国を滅ぼさぬ限りは、兄上を王とは認められぬ」と公言し、王位継承の対立候補として名を上げたのである。
しかし、根は単純なパルティスだ。ゴルディアが余人を交えずに腹を割って話せば説得することもできただろう。だが、当然それはパルティス派からも警戒されており、ゴルディアが公の場以外でパルティスと会うのは困難であった。
刻一刻とエルドア国の力が増す中で、ロマニア国は国論を二分する王位継承争いによって、かえって国力を落としている。そんな祖国の状況に焦りすら覚え始めたところに妹姫ピアータが立ち上がったのを受け、ゴルディアはついに自身の王位継承権を放棄するという捨て身の切り札を使う決心をしたのだ。
それほどの覚悟の上での決断だというのに、それを顧みるどころか気づきもしていないパルティス派の将軍諸侯の態度に、セルティウスはこの場で全員の首を刎ねてしまいたい衝動に駆られていた。
しかし、それもゴルディアの覚悟を思えば堪えるしかない。
セルティウスは奥歯が砕けよとばかりに歯を食いしばって耐えるしかなかった。
そんなセルティウスの心情に気づいたのは、ピアータである。
「パルティス兄上。この者たちが申すとおり、ゴルディア兄上のご決断は、まさに英断と呼ぶべきものにございます」
ピアータは恭順の姿勢を取り続けるセルティウスたちを手で示した。
「それだけに、セルティウス卿たちを頼むと申されたゴルディア兄上に報わねばなりますまい」
ピアータの言葉に、パルティス派の将軍諸侯は余計なことを言うなと言わんばかりに顔をしかめた。ところが、パルティスはピアータの言葉に「まさに、そのとおり」と大きくうなずいた。
「ピアータは女子ながら、その才覚は素晴らしく、此度の征西ではその意見を重用して欲しいと兄上からも言われていたが、その言葉のとおりであるな!」
パルティスは恭順を示すセルティウスらに向けて言う。
「セルティウス卿。私は兄上との約に従う。決してそなたらを粗略には扱わんぞ。これよりエルドア国征伐の間、貴卿には私の隣に立つのを許そう!」
総大将となるパルティスの隣に立つとは、すなわち副将として遇するということだ。
これにはパルティス派の将軍諸侯らも慌てる。
「お、お待ち下さい、パルティス殿下!」
「それはなりませぬぞ!」
せっかくゴルディア派を押しのけて優位に立てたのだ。その優位をより確固たるものにするべく、これから行われるエルドア国征西ではゴルディア派だった将軍諸侯らは手柄が挙げにくい後方などに押し込める計画である。それだというに、そのゴルディア派の筆頭であるセルティウスが副将となっては、エルドア国征西の功績を半分近くゴルディア派に持って行かれることになってしまう。
口々に翻意を促す将軍諸侯らに向けてパルティスは胸を張ると、鼻息も荒く言う。
「兄上は亡き父とロマニア国を想い、これほどの重大な決断をなされたのだ! ならば、私はそれに応えねばならぬ。そうでなければ将軍諸侯らは私に失望するだろう。そして、何よりも私は私自身を許せなくなってしまう!」
こうなったパルティスには何を言っても無駄である。
パルティス派の将軍諸侯らは、いっせいにため息を洩らした。
もはや異論が出ないのを確認してからパルティスは、武将らしい凜々しい表情になるとセルティウスへ問う。
「セルティウス卿。渡河のための船の用意はできているか?」
セルティウスは「御意」と短く答えてから続けて言う。
「ゴルディア殿下に手抜かりはございません。破壊の御子の目を誤魔化すために、各地より少しずつ集められた船が明朝、日の出とともに渡し場にいっせいに集結する手筈となっております」
セルティウスの答えに、パルティスは満足げにうなずいた。
「うむ。さすがは、兄上だ!」
それからパルティスは皆に向けて言う。
「速やかに全軍に伝えよ! 敵は同胞にあらず! 敵はエルドア国。そして、破壊の御子だと! これより我らは全軍をもって、憎き父の仇である破壊の御子と、その国エルドアへ向けて進軍する!」
これに将軍諸侯らは「おう!」と、いっせいに唱和した。
そして、この翌日、パルティス王子率いるロマニア国軍がラビアン河を渡り、エルドア国へと侵攻したのである。
ロマニア国の内情や登場人物、その背景を長々と書かせてもらいましたが、それもこれで終わり!
諸君! いよいよ戦いのときだ!ヽ(`д´)ノ
~没ネタ~
パルティス「何と! 父上ばかりか大将軍閣下まで、エルドアに殺されたとっ?! この怒り、そして何よりも仇を討てぬ自身の不甲斐なさが許せぬ! よし! おふたりの墓石を不甲斐ない私への鉄拳と見立て、仇を討つまで毎日額を打ち付けてくれる!(ガンガンガンガンッ!)」
モンティウス「おやめください! 額から流血がぁ! ああっ! 墓石が傾いてしまっているぅ~!!」
~没ネタのネタ~
ジャハーンギル「我ならば、一撃で砕ける! ムハー(゜∀゜)=3」




