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破壊の御子  作者: 無銘工房
興亡の章
331/548

第9話 過ち

 ジェボアの商人ギルドの隊商(キャラバン)とともに王都ロマルニアを離れたソロンは、ラビアン河を船で渡り、今やロマニア国の支配下にあるマサルカ関門砦を無事に通り抜けた。そこからさらに西へと隊商とともに進むと、すぐに小さな川に突き当たる。

 そこが現在のロマニア国とエルドア国の国境だ。

 国境となる川に架けられた木の橋を渡れば、そこはもうエルドア国である。そこには国境を警備するために作られた砦があった。

 しかし、砦といっても、いたって簡素な造りのものである。街道を遮るように立てられた柵と門の向こう側には、兵が詰める宿舎と物見台があるだけだ。それは、あまり強固な砦を立てようとしてロマニア国と要らぬ緊張を生み出さないようにという配慮からであった。

 その砦に入ったソロンは、おっと小さく目を見張る。

 そこにいたのは国境を越える旅人や行商人の身元を詮議する国境の兵士ではなく、見るからに精鋭部隊と思える勇壮な装備を身につけ、整然と並ぶ屈強な兵士たちであった。

 そして、その先頭に立つのは、ひとりの若い男だ。

 すぐ脇にはゾアンの娘をひとり従え、その背後には黒地に銀糸で数字の8と∞を組み合わせたような印章を刺繍した巨大な旗――ソーマの黒旗をはためかせているとなれば、それが誰かは決まっている。

 ロバから下りたソロンは一礼した。

「これは、これは。ソーマ陛下御自らお出迎えいただけるとは、望外の喜び」

 蒼馬はソロンの無事の帰還を喜ぶ。

「ご無事で何よりです。我が宰相」

 すると、すかさずソロンが突っ込みを入れる。

「誰が、宰相じゃ。誰が!」

 さりげなく既成事実を作ろうとする蒼馬に、ソロンは呆れ返る。

 何しろ、元ホルメア国の大宰相ポンピウスにも蒼馬は似たような言葉をかけていたのだ。それをソロンは「何と尻の軽い奴じゃ」となじった。

 すると、蒼馬はけろりとした顔で言う。

「それで私の仕事の負担が減るなら、いくらでも尻軽になりますよ」

 それから蒼馬はやや真剣な面持ちを作ってから続ける。 

「だけど、本当に無事で良かった。ゴルディア王子とパルティス王子のふたりが擁護してくれたとは話に聞いていましたが、心配していましたよ」

 それにソロンは、たいしたことではないとばかりに手を振る。

「心配しすぎじゃ。こんなもの、ただの帰郷よ。わざわざこうして出迎えにこんでもええわ」

 この無礼な物言いに蒼馬は気にも留めなかったが、近くに控えていたシェムルが代わりに食ってかかる。

「地方巡視のついでだ、ついで! 誰がおまえを出迎えにわざわざ来るものか! このクソジジイ」

 たとえ一時は激しく怒っても、それにいつまでもこだわったりはしない。竹を割ったようなさっぱりとした気性のシェムルだが、なぜかソロンに対してだけは常に敵意を剥き出しにするのであった。たいていのことは蒼馬が頼めば受け入れてくれる彼女も、どういうわけかソロンへの態度を改めて欲しいと言っても(かたく)なにそれを拒否するのだ。もはや、とことんふたりの気性が合わないと諦めるしかない。

 もっとも、今回ばかりはシェムルの言葉にも一理あった。

 いかに有能とは言え正式な臣下でもないソロンを王となった蒼馬がわざわざ出迎えに来たというのは、いろいろと体裁が悪い。そこで新たな国境となった土地と砦を巡視するという建前で出てきたのは本当である。そのため、蒼馬はシェムルをたしなめずに苦笑を浮かべるに留めた。

 それに、このままここで立ち話に時間を費やすよりかは今宵の宿泊地となるガッツェンの街へ向かった方が良いだろう。

 そう考えた蒼馬はソロンへロバに乗るように促すと、自身も愛馬に(また)がり、ガッツェンの街へと向かった。

「久しぶりのロマニア国は、どうでした?」

 ソロンが乗るロバに馬を並べながら、蒼馬は尋ねた。

「ああ。やっぱり故郷はええのぉ。老いた身体には、やはり故国の土と水が合うわい」

 自分の質問の意味をわかっていながら空惚けるソロンに、蒼馬は苦笑を浮かべた。その代わりに蒼馬の馬の手綱を取るシェムルの咽喉から、ぐるぐると不穏な音が洩れる。口にせずともその目は「それならとっととロマニアへ帰れ」と言っていた。

 そんなシェムルの反応を楽しげに見ていたソロンだったが、すぐにその笑みを引っ込めると真剣な面持ちで言う。

「ちょいと雲行きがあやしいのぉ。ゴルディア王子とパルティス王子との間で、王位継承争いが起きかねん雰囲気じゃ」

 ソロンが訪ねた友人知人たちが口を揃えて、ゴルディアとパルティスの間で王位を巡る争いが起きかねないと心配していたのだ。

 ドルデア王へ過剰におもねるところはあったが、それでもゴルディアの政務における能力は高く評価されていた。長子ということもあり、ゴルディアが次代のロマニア王になるのは間違いないと目されてきたのである。

 それが揺らいだのが、先のホルメア国への征西におけるガッツェンの街での退去の一件だ。

 あれによってゴルディア王子は武闘派と呼ばれる将軍諸侯たちの信頼を失ってしまった。それがさらに、かねてから流布していた「高齢のドルデア王がゴルディアに王位を譲らないのは王にするには頼りないと思っているため」という噂に真実味を帯びさせ、ついにはゴルディアの王位継承者としての基盤をも揺るがしているという。

 そこにきてドルデア王が自身の後継者を明確にしないまま亡くなったため、武闘派の将軍諸侯からの信望が厚い第二位王位継承権者であるパルティスが急浮上してきたのだ。

 そこで、ソロンはかすかに眉をしかめる。

 カッとなりやすいところはあったが、ドルデア王は老獪(ろうかい)な狼とも呼ばれた思慮深い人であった。そのドルデア王が高齢である自身の後継問題に何の手も打っていなかったとは思えない。遺書のひとつぐらいは残しておくのが自然である。

 ところが、いくら友人知人に聞いて回っても、それらしい話は一向に出てこなかったのだ。

 それにソロンは違和感を覚えていた。

 しかし、ドルデアも征西までは、かくしゃくとしていたという。それ故に自身の健康を過信し、老いを甘く見ていたのやも知れぬ。

 とにかく現状では判断するための材料が少ない。今はその程度の判断に留めるしかないとソロンは割り切った。

「今はまだ公のものではないが、ゴルディア王子の即位に懐疑を唱え、パルティス王子を推す声が上がり始めておる。そのため、ゴルディア王子とパルティス王子をそれぞれ推す者たちの間で、険悪な雰囲気が漂っているらしい」

 今はまだ水面下で牽制し合っている状況だが、今後の展開次第では国を割っての争いに発展しかねないとソロンは懸念を示した。

 隣国の騒動は領土拡張の野心に燃える王ならば朗報だろう。だが、あいにくとそんな野心は持たない蒼馬にとってみれば、それは要らぬ騒乱の種でしかない。

 それに、この三年の間で幾度かの交渉を経て蒼馬もまたゴルディアの気質をおおよそ掴んでいた。

 ゴルディアは直感より理性を優先し、感情よりも利害を重視する人間だ。ゴルディアとならばエルドアとロマニアの共存共栄の道も拓けるのではないかと蒼馬は考えていたところである。

「できればゴルディア王子にロマニア王になってもらった方が仲良くやっていけそうなんだけどなぁ」

 ぼやきを洩らす蒼馬に、ソロンはカラカラと笑い声を上げた。

「とんでもないわ! わしが見る限り、ゴルディアほど明確にエルドアを敵と見なし、滅ぼそうとしている者はおらんぞ」

 ソロンは、そこでニヤリと笑って見せる。

「何しろ、わしを殺そうとしおったからな」

 突然の話に、蒼馬はびっくり仰天した。「ゴルディアとやらめ。しくじるとは情けない」とボソッとこぼすシェムルを諫めるのも忘れてソロンにどういうことかと問いただす。

「ゴルディアは、父の仇だからといってわしを討とうするような短慮な奴ではない。また、情があるからとて、大事に際してその情を切り捨てられぬ奴でもない。明確にエルドアを敵と見なしているが故に、その力を削ぐのを目的にわしを狙ったのよ」

 ゴルディアにとってソロンは師であるのみならず、自分の気質を理解し、その行動や判断の傾向を熟知されている相手だ。また自分が得意とする分野においては偉大な先達であり、越えられぬ壁でもある。

 それだけに、ゴルディアがエルドア国を滅ぼそうと思ったとき、ソロンは大きな障害となるのは間違いなかった。

 そのため、弔辞に訪れたのを好機とし、自分の殺害を目論んできたのだとソロンは言う。

「しかし、まだまだ甘い」

 ソロンは、ニヤニヤと笑う。

「自分の手を汚すのを恐れず、その罪を武闘派の連中に押しつけるぐらいの厚顔無恥さを覚えれば、ゴルディアも良き王になるのじゃがな。まあ、それでもずいぶんと肝が据わってきたものだ」

 自分を殺害しようとした弟子の成長ぶりを自慢げに語るソロンに、蒼馬は「いつまで経っても、この世界には馴染めそうもないなぁ」としみじみと思った。

「それじゃあ、ゴルディア王子が王になったらロマニア国と戦いになるのか」

 うんざりしたように蒼馬がこぼすと、とたんにソロンは顔をしかめる。

「それが、そうとも限らん。ことが戦となるとゴルディアは、どうにも決断力に欠けるところがあるのよ。基本、あやつは人やものを活かそうと考える。それだけに戦を好いておらぬ。その上、なまじ頭が良いだけに様々な被害や損失を想定し、かえって自縄自縛に陥るのじゃよ」

 ソロンはため息をひとつ洩らす。

「単に戦いとなる可能性というだけならば、ゴルディアよりもパルティスが王権を取ったときの方が(あや)うい」

 そうなんですかと驚く蒼馬へ、ソロンは顔をしかめたまま頭をガリガリと掻く。

「パルティスは、良くも悪くも真っ直ぐというか直情的と言うか、単純と言うか、短絡的と言うか……。まあ、あんまり考えずに思いついたまま行動する奴でな。周りからエルドアに攻め入ろうと言われれば、ふたつ返事で攻め入りかねん」

 蒼馬は、まさかと思った。

 ことは国同士の戦である。街中での無法者同士の喧嘩ではないのだ。数百、数千もの人が犠牲となるであろう戦いをふたつ返事で決めてしまうとは、蒼馬にはにわかに信じられなかった。

「じゃから、それをやりかねんのよ、あの王子様は」

 ソロンは苦い顔で言った。

「その上、将軍諸侯どもからやけに好かれる妙な人徳もあってな。あの王子様が一声かければ、(またた)く間に数千の兵が集まるんじゃから、なおタチが悪い」

 ソロンの言葉に、蒼馬はさらに困惑する。

 戦となれば兵をただ集めるだけでは足りない。集めた兵に必要な軍事物資を用意したり、進撃路を策定したり、補給路を確保したりと、そうした準備の方が実際に矛を交える以上に大変なことも多いのだ。

 それはどうするのだと指摘すると、ソロンは視線を宙に向ける。

「かつてドルデアに王子たちの教師を頼まれたときの話よ。ふたりに国内で反乱が起きたと仮定し、その対策を尋ねたことがある」

 そのときゴルディアは、反乱を起きた原因や場所、敵の数などソロンへ詳細に尋ね、それを討伐するにはどれだけ兵を集め、どうやって進軍させ、それにどれだけの日数がかかり、どれだけの糧食が必要かと、事細かに計画を立てたものである。

 ところが、それと同じ問題を出されたパルティスの答えは、次のようなものだった。

「すぐさま私が自ら槍を手に討伐に向かう」

 これにソロンが「兵はいかがされる?」と尋ねると、これまたパルティスは即答した。

「兵は私を追いかけてきて、すぐに集まるだろう!」

 ソロンは「ならば武具や糧食は何とされる?」とさらに問うた。すると、パルティスは答えた。

「何とかなる!」

 これにソロンが「何とかでは困ります」と言うと、パルティスはしばらく悩んでから、あっけらかんと答えたものである。

「では、アウレリウス。おまえに任せる! 善きに計らえ」と。

 ソロンが語ったパルティスの逸話に、蒼馬は唖然としてしまった。

 そんな蒼馬にソロンはカラカラと笑い声を上げる。

「わかったか? パルティスとは、そういう奴なんじゃよ。それに妙な人徳があるおかげで、周りがいろいろと手助けする。結局は、それで何とかなってしまう」

 ソロンは、唇を吊り上げてニィッと笑う。

「まさに、希代(きたい)の名君か暗君の器じゃわい」

 周囲に忠臣や賢臣がそろえば名君になり、佞臣(ねいしん)奸臣(かんしん)が集まれば暗君ともなる人物だと、ソロンはパルティスをそう評した。

 これに蒼馬は驚いた。聞いた限りでは、とうてい王としての重責を背負う自覚がある人物とは思えなかったからだ。

 素直にそう言った蒼馬をソロンは「わかっとらんな」と笑う。

「王たる者は、国の方向性を示せば良い。些事など臣下に丸投げすれば良いだけの話よ。まあ、パルティスも自身が槍を持って討伐に向かうと言わずに、将軍の誰かに任せるといえば満点の回答だったんじゃがな」

 そこでソロンは意味ありげな笑みを浮かべて蒼馬を見やる。

「それがわかっとらんどこぞの小僧は何でもかんでも自分でやろうとするから、『宰相がいないと大変だよぉ』などと泣き言を洩らすはめになるんじゃよ」

 身に覚えがありすぎる蒼馬は、うっと言葉に詰まった。

 すぐに気まずい雰囲気を誤魔化すように咳払いをひとつしてから、蒼馬は話題を変える。

「話を聞いた感じだと、パルティス王子が軍を率いて、それをゴルディア王子が後方から支援するのが一番危険な気がしますね」

 聞いた限りではパルティスの能力は軍事に特化している。それを内政の手腕に定評があるゴルディアが後方から支援すれば、パルティスはその能力を存分に発揮できるだろう。

「ゴルディア王子とパルティス王子が協力して、この国に攻め入る可能性は?」

 蒼馬の問いに、ソロンは「ふむ」と小さく洩らすと自分の髭をゆっくりと撫でさすった。

「幸いにも、その可能性は低かろうな」

 ゴルディアとパルティスの当人同士の関係は決して悪くない。ゴルディアはたとえ相手を憎んでいても必要ならば、その感情を押し殺すことができる人間だ。パルティスに至っては、兄のゴルディアを尊敬こそすれ憎むような性格ではない。

 しかし、問題なのはふたりの取り巻きである派閥の者たちだ。

 それぞれの派閥にとって、自分らが擁立(ようりつ)している王子を王に即位させるのが最大の目的である。それは王子自身の忠誠心からだけではない。それ以上に自分らが擁立する王子が王となれば、それはとりもなおさず取り巻きである自分らが次代の王国の要職に就けることに他ならない。そうした大きな利害がからむだけに、互いの派閥が手を組むのは難しかった。

 そして、そうした派閥の意向は擁立される王子としても無下(むげ)にはできないものだ。

「王位継承争いに決着がつくまでは、ふたりが手を組むのはまずあり得まい」

 ゴルディアが王となって将軍となったパルティスを支援するか、逆に王となったパルティスがゴルディアの支援を受けるか、いずれにしろ玉座が明確に定まるまでは起きえないだろうとソロンは言った。

 それからソロンはふと何か思い出した顔になる。

「それと気になることがひとつある」

 何ですかと目で尋ねる蒼馬に、ソロンはやや声をひそめて言う。

「大将軍ダライオスに何かあったやも知れん」

 ソロンはダライオスともまた旧知の仲である。そのダライオスが病に伏せっていると聞き、その病気見舞いに屋敷を訪れたのだ。ところが、裏切り者の顔など見たくもないと、けんもほろろに追い返されたのである。

 これにソロンは違和感を覚えていた。

 ダライオスは大将軍としてだけではなく、戦神と称せられるほどの英雄でもあり、ロマニア国軍全将兵たちの支柱である。その健康状態が思わしくないというだけで将兵たちが動揺しかねない。また、敵意ある隣国の中には、ダライオスが戦場に立てないのを好機と見て、良からぬ策謀を仕掛けて来る恐れすらあった。

 それほど大将軍ダライオスの健康状態はロマニア国にとって大事なのである。

 それだけにソロンが知るダライオスの性格ならば、病を押してでも見舞いに訪れたソロンと面会して、その健勝を示したことだろう。

 そうしなかったのが、かえってダライオスの病の重さを物語っている。そこで、ソロンは「いや」と自分の考えを否定した。

「おそらくは危篤(きとく)――もしかすれば、すでに亡くなっている可能性もある。そうなると、これはただロマニア国軍が動揺するというだけの問題ではない。もしかすると、ロマニア国自体に何か善からぬことが起きている可能性がある」

 ソロンから、いつもの(ひょう)げた雰囲気が払拭し、西域にその名を轟かせた賢人の顔を覗かせる。

「ドルデア王の死は致し方ない。その直後にブルーセス侍従長が死んだのも偶然と言えるかもしれん。しかし、ここにダライオスまで死んでいたとなると、ただ事ではないぞ。ことによると、侍従長と大将軍は暗殺されたのかも知れぬ」

 これに蒼馬も「確かに」とうなずいた。

 国の重要人物が立て続けに三人も亡くなるのは、偶然の一言では片付けられない大事だ。そこに何かがあったと思った方が納得できる。

「ロマニア国内で、すでに玉座を巡る暗闘が始まっているとでも?」

 ロマニア国軍の柱石たる大将軍ダライオスを暗殺するとなれば、よほどのことである。それこそ玉座を巡る戦いでもない限りは、起こりえない事態だ。また、ダライオスは今や劣勢と思われるゴルディア王子の義父であり、後見人でもある。ダライオスを排除することでゴルディア王子の力を弱めんとするパルティスの派閥の仕業とも考えられた。

 しかし、それをソロンは否定する。

「パルティス王子の派閥に属する武闘派の将軍諸侯にとっても、ダライオスは偉大な大将軍。とても暗殺までしようと考えたとは思えん。また、ダライオスだけならばまだしも、ブルーセス侍従長まで暗殺された可能性があるのが、どうにも納得いかんのじゃ」

 ブルーセス侍従長は、以前から「私が仕えるのはロマニア国王のみ」と言い切っていた人物である。ゴルディアとパルティスのどちらの陣営にも属さず、どちらが王になろうと誠心誠意をもって仕えると暗に公言して中立を保っていたのだ。

「中立であるブルーセス侍従長を殺めて何の得がある? 何の得もないばかりか侍従長を殺めた疑いを持たれるだけでも派閥にとって大きな傷となる。王位継承を巡る王子たちの派閥が手を下したとは、とうてい思えん」

 ソロンは首を大きく横に振ってから、眉間にシワを寄せる。

「ならば、誰が何の目的でブルーセス侍従長を殺した? ダライオス大将軍も、そやつの手にかかったのではないか?」

 ソロンは吐き捨てるように言う。

「あまりにも、きな臭い。しかし、その肝心な火元がまったくわからん。それがわしには気に食わんのよ」

 そう言って苦虫を噛みつぶしたような顔になるソロンに、蒼馬は思いついたことを言ってみる。

「ゴルディア王子とパルティス王子とは別に、ロマニア国の王位を狙う第三勢力の仕業というのは?」

 すると、ソロンは「ないない」と手を小さく横に振る。

「他の弟王子や妹姫たちは、とっくに臣籍に下ったり、降嫁したりと王位継承権を放棄しておる。その上、大半が王位継承権争いに巻き込まれては大変と、ゴルディア王子とパルティス王子のいずれかへの支持をとっくに表明しておった。今のロマニア国に第三勢力と呼べる者たちは……」

 そこでソロンがおかしな顔をした。

 蒼馬が「何か心当たりが?」と尋ねると、ソロンは苦笑を浮かべて言う。

「いや。大した話ではない。わしも気になって、ロマニア国内で第三勢力となるような連中がいるか友人らに()いてみたのじゃよ。すると数人から、おかしな話を聞かされてな」

 ソロンはいったん言葉を切り、少し間をおいてから言う。

「ピアータ姫派が出てくるかもしれん、とな」

 蒼馬は、わずかに眉をしかめた。

 ピアータ姫。

 その名には、蒼馬も聞き覚えがあった。他国からの使者と謁見するため、西域諸国の主立った人間の名前はエラディアから叩き込まれている。

 その記憶によれば、それはドルデア王の末の姫の名であった。ドルデア王が年老いてからできた娘であり、それこそ目に入れても痛くないほど溺愛していたと聞く。そうした父王の溺愛から我がまま放題に育ち、今では暇を持て余している貴族の次男坊や三男坊たちを連れて将軍のまねごとまで始めた、とんでもないお転婆な姫だそうだ。そして、ついた渾名が「じゃじゃ馬姫」である。

「そのピアータ姫が王位継承争いに加わってくると?」

 蒼馬が確認すると、ソロンは苦笑のまま首を横に振る。

「いや。あくまで冗談よ。そんな冗談が出るぐらいには、若い将兵らから人気が高いらしいがな。――しかし、溺愛していたドルデアが亡くなったのだから、もう少しおとなしくして、いずれの有力諸侯のところへ降嫁するなり他国に嫁いでもらいたいとぼやいておっただけよ」

 そこでソロンは目を悪戯っぽく輝かせて蒼馬を見やる。

「わしにその話を振ったのも、小僧の妃候補にという思惑もあったんじゃろう。――どうじゃ、小僧? なかなかに可愛い姫であるらしいぞ」

 蒼馬はしばし目を宙に漂わせて、これまで聞いたピアータ姫の逸話からその容姿を想像した。すると、どうしても思い浮かぶのは筋骨隆々としていて、挙げた敵の首級を片手にガハハと高笑いしていそうな雌ゴリラのような姫の姿である。

 どう考えても、可愛い姫という姿が思い浮かばない。

「……えっと、遠慮したいかな? 初夜で寝首を掻かれて、それを手土産に国へ凱旋されそうだよ」

 蒼馬が苦笑とともに言うと、ソロンもまた「違いない」とカラカラと笑い声を上げた。

 その後、蒼馬とソロンは第三勢力の存在の有無についてあれこれと議論を重ねたが、結局は何の答えも出せなかった。とにかく今はロマニア国の情勢を注視し、何が起きても即座に対応できる態勢を整えておくしかないという結論となったのである。


                  ◆◇◆◇◆


 このとき、蒼馬とソロンはひとつの(あやま)ちを犯していた。

 それは、気づけたかも知れない危険をふたりとも見過ごしてしまったことである。

 しかし、それを責めるのは酷であろう。

 そもそもロマニア国の中ですら、その者を正しく評価している人間は、ほんの一握りにも満たないのだ。それ以外の大半の者たちは、ただのお転婆や奇行が過ぎる姫という評しか下していなかった。

 そして、いまだ情報伝達手段が限られ、その多くを人の伝聞に頼らざるを得ない現状では、そうした誤った伝聞からその者の脅威を正しく読み取れという方がどだい無茶な話である。

 いかに異世界の知識を誇る蒼馬といえど、この世界すべてを見通せる力はない。いかに後世では大賢と讃えられるソロンといえど、その目は万物を見通す神の目ではなく、その耳もまた森羅万象の声を聞く神の耳ではない。

 そのため、ふたりは見過ごしてしまったのだ。

 ピアータ・デア・ロマニアニスという異才の存在を。

 遠くない将来、蒼馬はその過ちの代償を支払うことになるのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ピアータ姫もそうだけど、やっぱ国外の蛇がまじて気づかれてないの恐ろしすぎるわ。
[一言] ソロン「あれれ、わし、また何かやっちゃいましたかのう?」 ソーマ「さすソロ!」
[良い点] ソーマがエルドアに来た他国の要人の暗殺を指示し更に実行犯を処刑したらシェムルから殴られますね [一言] ダリウスの首を取ったピアータの名があまり広まっていないのはなぜなのでしょう? 高い地…
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