第8話 安堵
弔辞をすませたソロンは、翌日から王都で活発に動き回り始めた。
アウレリウスだった頃の友人や知人など交流のあった者たちの家々を回り、またロマニア国に訪れていた諸国や地域の有力者たちの弔意の使者と対談し、懇親を深めていったのである。
当然、これに武闘派と呼ばれる将軍諸侯らは憤慨した。
ソロンの行動は現在のロマニア国の内情を探る諜報活動であり、また新興国であるエルドア国の存在を西域の諸国の中で確固たるものとするための外交であったからだ。
しかし、そうとわかっていても、武闘派の将軍諸侯らにそれを止める手立てはなかった。
すでに、暴発した青年将校らがソロンの暗殺を企てたのをパルティスが諫めたという話は、公ではないものの周知のものとなっていた。そして、その事件の中でパルティスがソロンの身を匿い、その身を預かると断言したこともまた知れ渡っていたのだ。
第一王子のゴルディアに続いて、第二王子であるパルティスまでもが身の安全を保証したとなれば、いかに武闘派と呼ばれる血気盛んな将軍諸侯とてソロンへ迂闊には手を出すことはできなくなっていたのである。
そうして歯がみするしかない武闘派の将軍諸侯らを前にし、ソロンは今日もまた古い友人の家々を尋ね回っていた。
しかし、そうして尋ねた古い友人がすべてラウゼンのようにソロンを歓迎してくれたわけではない。むしろ、ソロンを裏切り者と口汚く罵り、追い返そうとする者が大半であった。
その日、ソロンが尋ねた友人もまた、そんなひとりである。
「何をしに来た、この裏切り者め」
尋ねてきたソロンの顔を見るなり、挨拶の言葉も抜きで、いきなりの暴言である。
しかし、それも無理はない。もちろん、ソロンが名と国を捨てねばならなかった経緯も熟知している。生きる上で他国に仕官するのもやむを得まい。そうした点については理解も同情もしよう。
だが、あえて故国の敵に回り、かつての親友であったドルデア王を罠にはめて死なす要因を作ったのはロマニア国で禄を食む者としては、断じて許せないものだった。また、武闘派の将軍諸侯の手前、ソロンと親しくするのは自身の家としてもよろしくない。
おまえと話すこともなければ語らうこともないと、そうけんもほろろに自分を追い返そうとする友人に、ソロンは申し訳なさそうに頭を下げてみせる。
「いやいや、別に旧交を温めに来たわけでもロマニア国の内情を聞き出そうとしに来たわけでもない。ただ昔の借りを返しに来たまで」
それに友人は、はてと首をかしげた。
ソロンに借りと言われたが、それに心当たりがなかったからだ。
そんな友人へソロンが手を差し出した。
すると、その手のひらに乗っていたのは、数枚の銀貨である。
これはいったい何だと目で問えば、ソロンはニカッと笑って言った。
「以前、酒代を借りたであろう」
そう言われてみれば何度か酒をたかられた記憶がおぼろげながらある。
「互いに、良い歳よ。こうして顔を合わせられるのは、これが最後。二度と会う機会はあるまい。そう思えばせっかくのこの機会。借りたものをお返ししようかと思って推参したまでよ」
ソロンの殊勝な言葉に、友人はむむっとうなった。
たかが銀貨数枚である。貴族にとっては、はした金に過ぎない。ところが、そのはした金に過ぎない借りを返しに罵倒されるのを承知で来たというのだ。
その殊勝な態度と、酒代を貸した記憶を掘り起こしたときに芋づる式に浮かび上がったソロンとの思い出の数々が友人の胸を郷愁となって打つ。
口をへの字に曲げて押し黙ってしまった友人に、ソロンは銀貨を押しつけてから、ぺこりと頭を下げる。
「さて、これでいつ野垂れ死のうと心残りはない。――おまえには迷惑だろうが、息災を祈っておるぞ。では、これにて失礼する」
そう言って屋敷から立ち去ろうとするソロンの背中に、友人は思わず声をかけてしまう。
「待て、アウレリウス」
立ち止まり、肩越しに振り返ったソロンに、友人は取り繕うに咳払いをひとつしてから、ことさら渋い顔を作って言う。
「如何に恨みの尽きぬ裏切り者とは言え、遠方より尋ねてきたかつての友人をそのまま追い返したとあれば当家の沽券にも関わる。末期の酒を飲ませてやる故、少し寄っていけ」
しかし、それをソロンは辞退する。
「いやいや。わしなどを招いては、喧嘩っ早い奴らに目を付けられる。絶縁されようとも、おまえはわしにとってかけがえのない友。その友に迷惑などかけられぬわ」
ソロンの口振りに友人は、ムッとする。
「私が武闘派などと称する連中に臆して友を追い払ったなどと思われることこそ心外。これは是が非でも招かれてもらおう」
そういうなりソロンの腕を掴んで強引に屋敷に招き入れた。友人に腕を引かれながら、ソロンはニカッと満面の笑みを浮かべる。
「では、ありがたく馳走になりましょう」
◆◇◆◇◆
その後、ドルデア王の遺体を王墓へと移す本葬の儀も滞りなく終えた。
唯一混乱があったとすれば、ドルデア王の遺体が納められた棺を担ぐ王族の中に、ソロンの姿があったことだろう。
これに武闘派の将軍諸侯の身ならず、多くのロマニア国臣下が驚いた。
これは一体いかなることか?!
多くのロマニア国の将軍諸侯らは、本葬の儀を取り仕切る神官へ詰め寄った。しかし、ソロンが王族とともに棺の担ぎ手に加わったのが、パルティス王子の強い要望によるものだと聞かされると、皆はそろって頭を抱えてしまったという。
さらにパルティスは本葬の儀を終えた翌日には早々にエルドアへ帰国するというソロンのために、盛大な宴を開いたのである。
父にも等しいアウレリウスへの情も今宵限り。明日以降は敵同士となる。自身のアウレリウスへの未練を断ち切るため、今宵は盛大に飲み明かしたい。
これが、パルティスの言い分である。
この酒宴には、多くの武闘派の将軍諸侯らも参加した。それはソロンの帰国を祝うわけではない。このロマニア国での最後の夜に、何とかソロンの落ち度や失態を見つけ、それを口実に責めを取らせようという魂胆であった。
しかし、そうした将軍諸侯らの失言を誘う言葉や挑発をソロンはのらりくらりとかわしたのである。それどころか、逆に将軍諸侯らの方がソロンにやり込められてしまいパルティス王子の前で赤っ恥を掻く始末であった。
さらには、したたかに酔ったパルティスがソロンを「亜父(父についで尊敬する者)」と呼び始め、父に対する礼まで取るのを目の当たりにさせられ、将軍諸侯らはこれに地団駄を踏んだものである。
そうして狂乱と混沌の酒宴を終えた翌日の朝。
あれほど酒を飲んだのに、それを微塵も残さずにけろりとした顔でソロンは王都ロマルニアの外にある街道にいた。
夜遅くまで別れの宴を催し、深酒が過ぎたパルティスは今朝は二日酔いでいまだ寝台の上でウンウンとうなっている。そのパルティスの代わりにソロンを見送りにきたのが、ゴルディアだった。
「短い間ではございましたが、お世話になりました」
わずかな警護の騎士と従者のみを従えて見送りにきたゴルディアに、ソロンは深々と頭を下げた。
そのソロンへゴルディアは心配げな顔を作り尋ねる。
「エルドアへは、いかようにして帰るつもりか?」
来たときはエルドア国の一団を警戒していたがために、かえって単身だったソロンを見逃してしまった。しかし、すでにソロンが単身で訪れたことは知れ渡っている。もし、ソロンを害してやろうと企む輩がいれば、その帰途を狙って襲撃してこないとも限らなかった。
「もし良ければ、私の警護の騎士数名を国境まで護衛につけてやるが?」
そう心配するゴルディアに、ソロンは「ご安心くだされ」と微笑みながら言う。
「実は、ソーマ様よりの弔意の品を運んで参りましたジェボアの商人とともにエルドアに帰ろうかと思っております」
思いもよらない名前が飛び出たのにゴルディアは驚く。
「ジェボアの商人だと……?」
「御意にございます」
ソロンは蕩々と説明する。
いかに弔意の品を運ぶとは言え、敵対するエルドア国の兵士が国に入ってくれば、ロマニア国の人々も心穏やかではいられないだろう。それで無用な諍いなどが起きれば一大事。そこで弔意の品のひとつとして取り寄せた真珠や大陸中央渡来の品々を運んできたジェボアの商人に頼み込んで、エルドア国で用意した弔意の品ともども、そのままロマニア国まで届けさせたという。
ソロンが指し示す先へ目を向ければ、確かにジェボアの商人ギルドの旗を掲げる隊商の姿が見受けられた。おそらくはソロンを待っているのであろう。すぐに出立できる装いのまま、その場にジッと留まっている。
「そ、そうか。――確かに単身よりか、ジェボアの商人ギルドの隊商に頼るのが良いだろう」
ゴルディアは、わずかに言い澱みながら、そう言った。
ジェボアの商人ギルドは、ジェボア国を実質的に支配している組織である。その影響力たるやジェボアのみならず、西域全土にまで及ぶ。財力ともなれば、言わずもがなだ。
また、商売の自由を守る組織なだけあって、ギルドに所属する商人らに危害を加える者を絶対に許さない。ギルドの隊商を襲撃した野盗などがいれば、その影響力と財力を駆使して必ずや報復を遂げることでも知られていた。
そんなジェボアの商人ギルドの隊商とともにいれば、不埒なまねを考えている者がいても決して手が出せないだろう。
「それでは、殿下。これにて失礼いたします」
まだまだ名残惜しいがジェボアの隊商を待たせているため、行かねばならないとソロンは別れの言葉を告げた。
「う、うむ。――アウレリウス。おまえも息災でな。たまには遊びに来い。歓迎するぞ」
ゴルディアの別れの言葉を受けたソロンはロバの背に乗ると、小者ひとりを連れてジェボアの商人ギルドの隊商へと向かっていった。
ソロンの姿が隊商の中にまぎれて見えなくなってからしばらくすると、隊商はゆっくりと動き始めた。西へと向かう隊商の姿を見やっていたゴルディアに、少し離れたところで控えていた警護の騎士が声をかける。
「殿下。集めておいた傭兵どもはいかがいたしましょう?」
ゴルディアはひとつ大きなため息を洩らす。
「ジェボアの商人ギルドと事を構えるわけにはいかん。――適当な仕事を与えて報酬を支払ってから帰せ」
そう言い伝えると、ゴルディアは待たせてあった馬車に乗り込む。
わずかな振動をともない動き出した馬車の小窓から外を覗くと、ソロンが加わったジェボアの隊商の姿がはるか遠くゴマ粒の集まりのように見えた。
それを見つめながらゴルディアは、ぽつりとこぼす。
「……遠いな」
そして、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「我が覚悟も師の策には及ばず、その刃もまた師の衣にすら触れることができぬ、とは……」
◆◇◆◇◆
ゴルディアが屋敷に戻ると、そこでは侍従や召使いともに、ひとりの女性が待ち構えていた。
「お帰りなさいませ、殿下」
それはゴルディアの妻アデリアである。三十年以上連れ添った妻に、ゴルディアは優しい顔で気遣う。
「もう起きていて大丈夫なのか? 無理はするなよ」
アデリアは、実父のダライオスが卑劣な手段で殺された心痛から体調を損ね、事件直後は寝込んでいたのである。ようやく起きられるようになってからも、顔の曇りは晴れずにいたのだが、最近になってようやく笑顔を見せてくれるようになっていた。
「もう大丈夫でございます。いつまでも悲しんでいれば、私が父に叱られてしまいます。――お召し物をお預かりいたしましょう、殿下」
笑顔を向ける妻に、ゴルディアは外出用の上着を渡した。それから居間に向かうと、そこにある椅子に腰を落とすようにして座る。すると、これまでため込んでいた疲れが一気に溢れ出し、身体に倦怠感が襲いかかってきた。
そんな疲れた良人をねぎらうために、アデリアは手にした上着を侍女へと預けると、香草茶を用意し始めた。
目の前の小さな卓の上に妻が茶器を用意する光景を何とはなしに見やっていたゴルディアに、アデリアは柔らかく微笑みながら声をかける。
「善うございましたね、殿下」
突然の妻の言葉に、ゴルディアは眉を寄せた。何か善いことがあっただろうかと記憶を探るが、それらしいものは思い浮かばない。
「何がだ?」
訝しげに尋ねるゴルディアに、アデリアは答える。
「陛下が身罷られて以来、殿下は常に険しいお顔をされておいででございました。特に最近では、陛下の後を追って自害なされるのではないかと心配するぐらい」
アデリアの言葉に、そんなにひどい顔をしていたのかとゴルディアは自分の顔をぺたぺたと手で触る。そんなゴルディアに、アデリアは愛情のこもった眼差しを向けたままクスクスと小さく笑う。
「ですが、今はお疲れのようですが柔らかいお顔になっておられます。アウレリウスという方が無事に帰国されたのに、よほど安堵されたのでございましょう」
ゴルディアは目を瞬かせて驚いた。その姿にアデリアは再びクスクスと笑ってから、ポンッと手を打ち合わせる。
「そうだわ。アウレリウス様より、エルドアの菓子をいただいております。せっかくなので、それを一緒にいただきましょう」
そう言うとアデリアは、いそいそと菓子を取りに居間から出て行った。
菓子を取りに行くぐらいは召使いに任せれば良いのに、ダライオスのところのお転婆娘と呼ばれた気質は、いまだ残っているようだ。
そんなことを思いながら愛する妻を見送っていたゴルディアだったが、ひとりになると先程の妻の言葉が脳裏に浮かび上がる。
「そうか。私は安堵していたのか……」
ゴルディアは、ふっと自嘲の笑みを浮かべた。
「これでは私もアウレリウスをお人好しとは言えんな」
~ネタ~
シェムル「新章に入ってから出番がないな」
蒼馬「そうだね……」
作者重大発表! 作品名「破壊の御子」改め「わし、異世界に転生しちゃったけどジジイになっちゃったので知識無双で後輩異世界転移者を影から助ける老後ライフ」!
蒼馬「えええええぇぇぇ~~!!!」
・・・・・
・・・・
・・
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蒼馬「(ムニャムニャ)やっぱり、なろう主人公。ステータス、スキル、教えてよ~」
シェムル「ソーマが気持ち悪い寝言を言っているぞ。おまえが悪い。何とかしろ」
ソロン「ありゃ、病気じゃろ。わしにもどうにもならんわ」




