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破壊の御子  作者: 無銘工房
建国の章
297/550

第31話 内通者

 エラディアの言葉に、何を言うのかと思っていた蒼馬は拍子抜けした顔になった。

 ここは、もともと敵国であったホルメア国の首都である。当然、ホルメア国と敵対していた蒼馬に対しては根も葉もない悪評がずいぶんと広められていた。

 やれ凶悪な亜人類を魔術で従えているとか、やれ街中から若い娘を無理矢理に引き出して淫靡な宴を開く暴君だとか、やれ若い娘だけでは飽き足らずたくましい男まで餌食にするだとか、もう言いたい放題である。

 しかし、実際に蒼馬の治政に触れ、その人柄が知られるようになり、最近ではそうした噂も一時期よりかは下火にはなっていた。だが、庶民にとっては支配者の醜聞ほど面白いものはない。いまだに虚実入り交じった噂が流れていたのである。

 そのため、自分に対する善くない噂と言われても、蒼馬は今さらに思えた。

 そんな蒼馬へエラディアは真剣な面持ちで告げる。

「問題は、その噂の内容自体ではございません。いささか噂の広がり方に不自然さを感じるのです」

 蒼馬とワリナ王女の関係は旧ホルメア国の民にとっても気になることだ。そんな噂ならば一気に広まるのは当然と言えた。

 だが、ふたりが一緒に食事を摂るようになったのは、ごく最近のことである。それにしては噂の広まりが早すぎるようにエラディアには思えたのだ。

 また、ふたりの食事の噂となれば、当然その発生源は、その場に居合わせたワリナ王女付き侍女たちだろう。それならば、まずは侍女らの間で広まり、その後に侍女の実家や王宮出入りの御用商人らから王都の民へと広まるのが自然である。

 ところが、噂は王宮や離宮よりも早く王都の民へと広まっていたのだ。

「そして、そこにきてこの度のアッピウス侯爵の挙兵。いささか都合がよろしすぎはいたしませんか?」

 ようやく蒼馬は、エラディアが言わんとしていることに気づいた。

「このアッピウス侯爵の挙兵とその噂が連動している。つまりは、この王都にアッピウス侯爵の協力者が潜んでいるってことか」

 それにエラディアは「御意にございます」と頭を下げた。

 いったい何者かはわからないが、アッピウス侯爵と同調する勢力が王都に隠れていたとすれば一大事である。

 北部諸侯の制圧に全兵力を投入したところで、手薄となった王都で反乱を起こすかもしれない。だが、だからといってその異変に備えて兵を置けば、それだけ辺境諸侯軍の制圧に投じられる兵が減る。それでは無駄に兵を損なうばかりか、下手をすれば各個撃破されてしまうだろう。

 では、こちらから出兵せずに王都ホルメニアにこもってアッピウス侯爵らを迎え撃つのはどうかと言えば、それは下策に蒼馬は思えた。

 何しろ誰ともわからぬ裏切り者を抱えたままの籠城戦など愚の骨頂だ。ましてやホルメア国の旧臣や諸侯だった者たちの中には、いまだに蒼馬への不満をくすぶらせている者も多い。蒼馬が籠城という消極的な戦いを選べば、そうした者たちが北部諸侯の優勢と見て彼らへ参軍しないとも限らなかった。

 内通者の存在が疑われたとたん、アッピウス侯爵の無謀とも思えた挙兵が俄然(がぜん)、脅威と映り始める。

「アッピウス侯爵の道理に合わない行動も、この王都に潜む内通者の行動に期待してのものだとすれば腑に落ちる。そうなると問題なのは、その内通者が誰なのか? その勢力はどれぐらいなのか? そして、その狙いは何なのか? ってことになるね」

 蒼馬の問いかけに、またもやエラディアが「恐れながら」と声を上げる。

「内通者の目星はついております」

 その場に居合わせた者たちは、唖然とした。そんなみんなの注目を集めながらエラディアは苦笑とともに言う。

「最近、この王宮内の衛兵たちに不審な動きがございます」

 王宮の警備は蒼馬の身辺ならばディノサウリアンやエルフの女官らが固めているが、その他は以前どおりホルメア国の兵士だった者たちによって任せられていた。

 しかし、そうした衛兵たちが少しずつ配置変えされ、特定の者が王宮の重要な箇所に配されているとエラディアは言う。

 だが、この王宮に勤める衛兵の数は、決して少なくはなかった。とうてい、その顔まで覚えきれるものではない。それなのに、そんな衛兵ひとりひとりにまで注意を払っているとはさすがだと蒼馬は感心する。

 すると、エラディアはコロコロと笑いながら言う。

「いつ何時、襲いかかってくるやもわからぬ相手です。その動向に注意を払うのは当然にございますわ」

 それは衛兵たちが元は敵国の人間だったという意味だけではない。故郷の森を焼かれて、長らく性奴隷として苦難の日々を強いられたエラディアたちエルフ女官からすれば、人間の男など潜在的な敵にすぎないのだ、という意味も含まれていた。

 そのようなことを汚れも知らない乙女のような笑顔で、さらりと言うのである。

 相変わらず心臓に悪いなと内心でぼやく蒼馬に向け、エラディアは笑顔を引っ込めてから言葉を続ける。

「そうした衛兵らの後ろを探れば、ある人物に行き当たりました。そればかりではございません。先頃の豚――失礼、ヴリタス殿下や聖教の騒動、財務官吏たちの職務怠慢、諸侯らの嫌がらせ。こうした裏にも、その姿が見え隠れしているのでございます」

 そこでエラディアは、あえて間を置いてから次の言葉を放つ。

「ホルメア国の元宰相メンダックスの姿が」

 皆は驚きの声を上げる――ようなことはなかった。

 誰もが「メンダックスとは誰だ?」と顔に疑問符を浮かべて互いの顔を見合わせる。メンダックスを知る蒼馬ですら、そんな大それたことをしていた事実とその姿がすぐには結びつかず、しばらくきょとんとしてしまった。

 そんなみんなの反応にエラディアは苦笑しながら言う。

「戴冠宝器破壊の後の宴で、皆様に媚(こ)びを売っておりました貧相な男にございます」

 それにようやくガラムたちもメンダックスを思い出し、「ああ」と声を上げて手を打った。

 その中で、ジャハーンギルがあっけらかんと言う。

「ならば、そいつを締め上げれば良いではないか?」

 まったくもって、そのとおりである。愚直だが、かえって的を射たジャハーンギルの指摘に、しかしエラディアは苦笑を返す。

「そうしたいのは山々なのですが、あくまで確証のない疑惑に過ぎません。――ですが、ソーマ様のお許しがいただければ、いかなる手段を用いても口を割らせて見せますが?」

 エラディアの言葉の後半は、蒼馬に向けられたものだった。蒼馬は即座に「それはやめて」と制止する。そうしなければ、この恐ろしい女官長は乙女の笑顔のまま、メンダックスを拷問にかけかねない。

 蒼馬に制止されるのを承知していたエラディアは小さく一礼して承諾の意を示してから、困り顔を作って言う。

「あの者は、まるでネズミのようにコソコソと辺りを嗅ぎ回る小心者にございます。下手に騒ぎ立てれば、それだけで物陰に隠れてしまいます。そうならないためにも、私の判断で確たる証拠を握るまでは遠巻きに監視するだけに留めておりました」

 せっかく足跡を見つけたのに、それを騒ぎ立てて肝心なネズミを逃しては元も子もない。その判断に問題はなかったと蒼馬が認めると、エラディアは「ありがとうございます」と感謝の言葉を言ってから続けた。

「かえって事が露見する危険を冒してまで噂を広めたところから、そうしなければ反乱の成功がおぼつかない小勢なのでございましょう。おそらくは王都に潜む内通者は、メンダックスとその手勢だけと思われます。そして、それだけの小勢で反乱をたくらむとすれば、自ずとその狙いは絞られます。さらに、直近の行動から推察すればメンダックスの狙いは――」

 皆の注目を集めながら、エラディアは断言する。

「ソーマ様か、ワリナ元王女のいずれか、または双方」

 ざわっと空気が揺れた。

 もはや蒼馬の重要性は言うまでもない。蒼馬に何かあれば、すべてが瓦解(がかい)してしまう。そして、ワリナ王女の重要性もまた言わずもがなである。彼女を無理矢理にでも立てて元ホルメア国諸侯へ決起を促(うなが)せば、比較的に蒼馬へ友好を示すホルメア国西部諸侯とてゆらぐ。王族には、それだけの権威と影響力があるのだ。

 事の重大さに、しばしその場はざわめき続けた。

 辺境諸侯軍への対応ばかりか内通者への対策と、みんなは口々に意見を出すがなかなか良い案が出ない。

 もはや疑惑だの確証だのと言ってはいられない。すぐさまメンダックスを捕縛して拷問にかけてでも口を割らせるべきではないかという意見まで飛び出すようになった頃、エラディアが口を開く。

「ソーマ様。私に、良い考えがございます」

 そして、エラディアは自分の考えを披露した。

 それを聞き終えた蒼馬は腕組みをして、むむっとうなる。

「確かに、それがうまくいけば北部諸侯を全力で叩きつつ、王都で何かやろうとしている人を炙り出せるかも」

 しかし、それには問題がひとつあった。

「でも、本当にそんなものがここにあるの?」

 エラディアの提案は、あるものを利用するのを前提としたものだったのだ。

 それは漫画や小説などのフィクションにおいては王城には定番のものである。しかし、それが本当に実在するかどうかとなると、蒼馬は懐疑(かいぎ)的であった。

 それにエラディアは笑顔で請け負う。

「人間は偉くなれば、その気位はエルフに似て、その行いはドワーフに似ると申します。ましてや、この王都はホルメア国以前の古王朝から引き継がれたものとか。ならば、必ずやひとつやふたつは存在しましょう」

 だが、それでも蒼馬に疑念が残る。

「だけど、今からそれを探せる?」

 すでに北部諸侯は兵を挙げたのだ。もはや悠長に事を構えられる余裕はない。そして、肝心なものは、誰にも見つからないようにしっかりと隠されているものだ。それを今から探して間に合うのか、蒼馬は不安を覚えていた。

「勝手ながら、私の裁量で以前より探しておりました。ですが、いまだ見つかっておりません」

 エラディアの答えに、蒼馬は「やっぱりか」と失望を隠せなかった。しかし、エラディアはにっこりと笑って続ける。

「ただ、それを知る人物に心当たりがございます」


                  ◆◇◆◇◆


 蒼馬の許しを得たエラディアは、すぐさま馬車を用意すると、それに乗って王都の一角にある、とある屋敷へと赴(おもむ)いたのである。

 この先触れもない突然のエラディアの訪問に、その屋敷の家人らは大いに驚いた。何しろ相手は恐ろしい破壊の御子の周辺を牛耳る女官長である。その不興を買えば、いかなる災いが降りかかるかも知れない。

 家人らは平身低頭になってエラディアを客間に通したのである。

 通された客間で待つことしばし。慌てふためいていた家人とは対照的に、落ち着いた雰囲気を漂わせる子供のように小柄な禿頭(とくとう)の老人が客間の扉を開いて入ってきた。

 エラディアは椅子から立ち上がると、その老人へ向けて優雅に一礼する。

「何の先触れも遣(つか)わさなかった突然の訪問にもかかわらず、こうしてお会いいただき、深く感謝いたします」

 そして、エラディアはにこりと微笑みを投げかけ、その名を呼ぶ。

「大宰相ポンピウス閣下」

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