第6話 棒引き
王宮の中庭になかなか良い陽だまりを見つけて昼寝をしていたジャハーンギルだったが、それに飽きてきたところに聞こえてきた喧噪が気になり、こうしてやってきたのだ。
そんな彼を見つけるなり「黒壁」の将校のひとりが声を上げる。
「ややっ! そこにいるのは、コンテ河の橋の上で暴れてくれたディノサウリアンではないか」
その言葉に、僚友のひとりがうなずいた。
「確かに! こいつには私の僚友らが何人も頭をカチ割られているんだ。仇を討ってくれる!」
そう言って腕まくりをしてジャハーンギルへと歩み寄った。
しかし、仇を討つとはいっても、そこは酒宴の席である。当然、刃傷沙汰ではない。その男は適当な木の棒を見つけると、それをジャハーンギルへとずいっと突きつけた。
「さあ! 俺と勝負だ!」
棒引きである。
互いに一本の太い棒の両端を掴み、押したり、引いたり、ひねったりして相手の手から棒を奪えば勝ちという力比べの遊びである。
その将校は、人間としては剛力の持ち主と言っても良かっただろう。しかし、相手はディノサウリアンである。とうてい相手になどならない。ジャハーンギルが片手で握った棒をくいっとひねるだけで棒を奪われたのみならず、その勢い余ってでんぐり返しをするように地面に転がってしまった。
その姿にドワーフやゾアンばかりか、僚友たちの間からも笑い声が上がる。
「なんと、情けない。俺が相手をしてくれる!」
そう言って出てきた男もまた、ジャハーンギルがくいっと手をひねるだけでゴロゴロと転がってしまった。みんなが大笑いする中で、その男は地団駄を踏んで悔しがる。
「ええい! くそっ! ひとりじゃ無理だ。おまえたちも手を貸せ!」
その呼びかけに、ならば俺がとふたりの男が立ち上がる。
今度は三対一の対決となった。
さしものジャハーンギルも屈強な男三人を同時に相手となれば、片手だけでは分が悪いと思ったのだろう。今度は両手でしっかりと棒を握って棒をひねる。
男が三人まとめてゴロゴロと転がった。
その姿に、またもや爆笑が起こる。
「ならば、おまえらがやってみると良い!」
転がされた男が、ちょうど目の前で大口を開けて笑っていたズーグへ指を突きつけて、そう言った。
「おうよ! 俺たちのすごさというのを見せてやろう!」
ズーグは自分の氏族の中から、特に力自慢で知られる男ふたりを選び出すと、彼らとともに棒をしっかりと握ると、牙を剥いて笑う。
「さあ! 今度はおまえが転がる番だ!」
ズーグの挑発に、ジャハーンギルがぐいっと棒をひねる。
ズークたちは、ゴロゴロと転がった。
しかし、さすがはソルビアント平原を代表する戦士のひとりズーグである。一瞬だけだが、ジャハーンギルの怪力に抵抗していた。
だが、それがかえってジャハーンギルの本気を出させてしまったのが不運である。これまでよりも力を込めて棒をひねったため、ズーグは勢いよく転がされてしまう。ズーグの身体はボーリングのボールとピンさながらに、近くに積み上げられていた空の酒樽へと頭から突っ込んでなぎ倒してしまった。
「いったい、何事だ?!」
そこへ、ちょうど近くを通りかかっていたガラムが激しい物音を聞いて駆けつけてきた。
そして、ガラムは唖然とする。
部屋には飲み干したと思われる木の酒樽が山と積まれ、その間には死屍累々といった有様で酔いつぶれている人間とドワーフとゾアンたち。その部屋の中央では、他種族のガラムもそれとわかるぐらい得意げな顔をし、鼻息も荒いジャハーンギル。そして、なぜか酒樽の山の中に頭から突っ込み、こちらに尻を向けている赤毛のゾアンは、どう見てもズーグである。
この狂気としか思えない有様に困惑しつつも、とりあえずガラムはズーグを助け起こした。
ガラムの助けを借りて酒樽の山から頭を引き抜いたズーグは、ぶるぶると頭を振るう。すると、酒樽に突っ込んだときに頭からかぶってしまった酒樽に残っていた酒がしぶきとなって辺りに飛び散った。
それから自分を助け起こしたガラムとようやく視線を合わせる。
「おう、大族長様ではないか!」
その酒臭い息に、据わった目。明らかに酔っている。仕方ない奴だ、とガラムはひとつため息を洩らす。
「騒ぎもほどほどにしておけよ」
そう言い残して立ち去ろうとしたガラムだったが、その肩をズーグがむんずと掴む。それもただ肩を掴んだにしては力が入りすぎている。正直、痛い。
文句を言おうとするガラムの気勢を制するかのように、ズーグは牙を剥いて笑う。
「なあ、大族長様も一緒に遊ぼうではないか」
ズーグの気迫に押され、ガラムも渋々と棒引きに加わった。
今度はズーグを入れた先程の三人に加えて、ソルビアント平原最強の勇者と呼ばれるガラムである。
さしものジャハーンギルも、これまでどおりとはいかない。ひとりと四人の棒引きは、しばし膠着した。
しかし、やはり蒼馬の軍団最強の戦士ジャハーンギルだ。
その鋭い牙が生えた口をぐわっと開いて吠えたかと思うと、その怪力で一気に棒をひねった。これにはさすがのガラムたちもひとたまりもなかった。ゴロゴロと転がされてしまう。
ジャハーンギルは奪い取った棒を誇らしげに掲げると、ムフーッと鼻息を荒げた。
そんなジャハーンギルの前で、ため息をついてガラムは立ち上がる。
まったく、くだらない。
ガラムは、そう内心でぼやいた。
ロマニア国の大将軍ダライオスとの戦いを通じ、自らの未熟さを痛感したガラムは、今まさに自己研鑽の最中にあったのだ。
これまでのように、ただ目の前の敵を打ち倒すだけではいけない。たとえ自分は戦えなくとも、他の種族を含む多くの戦士たちを指揮し、全体の勝利を目指さなくてはならないのだ。
そのためにも、人間のマルクロニスなどに集団での戦い方を教わり、妹のシェムルに乞い、――そのときの妹の得意げな顔が何とも腹立たしいが!――文字を学んでいる。
とにかく、やらねばならないことは限りない。それなのに時間とは有限である。とにかく、わずかな時間も惜しいのだ。
それなのに、無駄に時間を費やしてしまった。
そんなことを思いながら部屋を出ようとしたガラムの背後で、周囲の喝采に気をよくしたジャハーンギルが吠えた。
「我、ばんぷふとー!」
ガラムの足が、ぴたりと止まる。
それに気づかずジャハーンギルは、さらに得意げに言う。
「我は、強い! 我に敵なし! 我、最強!」
ぶわっと、ガラムの全身の毛が逆立った。
それから湧き上がる感情を抑えるかのように、その場でゆっくりと深呼吸してから、ガラムは振り返る。
「おい、人間たち」
ただ呼びかけただけである。
しかし、その声に含まれたただならぬ気配に、酔っていたはずの「黒壁」の将校たちまで、しゃんと背筋を伸ばした。
そんな人間たちに向けて、ガラムはぶっきらぼうに言う。
「おまえたちから代表をふたり出せ。こちらは俺とこれが出る。ドヴァーリン、おまえもだ」
これ呼ばわりされたズーグは文句を言おうとしたが、ガラムの目の輝きに言葉を呑み込んだ。
そうして、ガラムとズーグとドヴァーリンに、「黒壁」の将校から選ばれた男がふたりの合計五人とジャハーンギルの棒引きが始まった。
セルデアス大陸に住まう七種族で最強と呼ばれるディノサウリアン。さらにその中においても圧倒的な力を持つジャハーンギルは、まさに最強の中の最強である。
しかし、それに挑むガラムたち五人も、それぞれの種族を代表する強者だ。
その棒引きは、拮抗した。
ジャハーンギルが尻尾の先まで力を入れて棒をひねれば、ガラムとズーグは毛を逆立て、ドヴァーリンと人間が顔を真っ赤にして抵抗する。
いったいどちらが勝つのかと皆が見守る中で、ついに音を上げたのはガラムたちでもジャハーンギルでもなかった。
それは、双方が奪い合っていた木の棒である。
人の腕ほどの太さがある棒だった。しかし、双方の力についに耐えきれず、ミシッと音がしたかと思うと、次の瞬間には大きな音を立てて木の棒が炸裂するかのような勢いで砕けたのである。
これにはジャハーンギルもガラムたちもたまらない。互いに体重をかけて渾身の力で奪い合っていた棒が、いきなり砕けたのだ。棒引きをしていた全員がいっせいにゴロゴロと転がってしまった。
この思わぬ結末に、しばし部屋はシンッと静まり返る。
その中で、砕けた拍子に宙高く待った木の棒の欠片がクルクルと回転しながら弧を描き、尻餅をついたジャハーンギルの頭にぽこりと落ちた。
次の瞬間、どうっと笑い声があがる。
「くそっ! さすがに強いな、貴様! 道理であいつが簡単に殺されたはずだ!」
最初にジャハーンギルに挑みかかった男が酒杯をずいっと差し出しながら、そう言った。それをジャハーンギルはひょいと掴むと、パカッと開けた口の中に酒を流し込む。
「おお! こやつは力だけではなく、酒も強いと見える! ディノサウリアンとは、皆が貴様のように強いのか?!」
それにジャハーンギルは酒臭い息を鼻からブフーッと吹き出し、こう言った。
「我、ばんぷふとー!」
それに「黒壁」の将校たちは、「おおー!」と感嘆する。言葉の意味はよくわからないが、何だかすごいようだ。
そうしてジャハーンギルが囲まれている脇では、最後の棒引きで一緒に転がされた男がズーグに愚痴をこぼす。
「あのとき、おまえら三人がいれば、あのディノサウリアンを何とかできただろうに」
それにズーグは、首を横に振る。
「やめておけ。あれには、三人の息子がいる。戦場であいつを見かけたら、俺は真っ先に逃げるぞ」
「ほう。愚直に突っ込んでくるしかないゾアンが逃げるのか?」
これまで重装槍歩兵の密集陣形に真正面から突撃し、さんざん痛い目に遭わされてきたのを当てこすられ、ズーグは顔をしかめて言う。
「今度は、あいつを先頭に突っ込ませるぞ」
あいつとは、もちろんジャハーンギルのことだ。それに「黒壁」の将校は、乾いたパンを咽喉に詰まらせたような顔になる。それから情けない顔を作ると、ぺこっと頭を下げた。
「それだけは勘弁してくれ」
それに周囲の誰ともなく、笑い声をあげた。
その中で、ガラムは近くに転がっていた酒杯を拾い上げる。その酒杯に酒をなみなみとついでから、右手で高く掲げた。
「今ここにいない戦友と、今ここにいる強敵に」
それに種族を問わず、その場にいる全員がいっせいに酒杯を高く上げた。
酒宴は、その夜遅くまで続けられたのである。




