第110話 ホルメニア攻防戦3-太鼓の拍子
「何ですと?」
ピアータの問いに、ダライオスは小走りのままホルメニアの城壁を仰いだ。
すると、ダライオスの目にも城壁で盛んに動き回る人間やドワーフやエルフたちらしき姿は見えた。
ところが、ゾアンの姿だけが見当たらない。
そんな馬鹿なと思い、改めて城壁を見回したが、やはり見つからなかった。
ひとりやふたりならばともかく、数千人はいるはずのゾアンを遠目だからといってすべて見落としてしまったとは、とうてい考えられなかった。
まさか、破壊の御子はゾアンたちを連れてきていない?
そんな馬鹿な、とダライオスは自分の考えを即座に否定する。
破壊の御子あるところに、ゾアンあり。
そう言っても良いほど、破壊の御子とゾアンの関係は深いと聞く。破壊の御子にとってゾアンとは、初めて自分に従った種族であり、他の種族を従えた今なお破壊の御子の主戦力を担い、もっとも頼りとしている兵たちに間違いない。
そのゾアンたちを置いて自分たちロマニア国軍との戦いに挑むとはあり得ないことだ。
それならば、ゾアンはどこにいる?
平原に住んでいたゾアンたちは、その脚力を活かした野戦を得意とするが、その反面で砦や城にこもって戦うのも、それらを攻めるのも苦手としていると聞く。
それならば、こちらが城攻めで疲弊するのを待ってからの反撃のために、今は王都の奥に引っ込んでいるのか?
いや、それはない、とダライオスは考え直す。
反撃しようにも、その前に王都が攻め落とされては意味がない。いくら城での戦いが苦手なゾアンとて、投石程度はできるはずだ。それなのに数千人ものゾアンをまったく使わずにおくとは思えなかった。
そこでダライオスは、ある可能性に気づく。
「……! まさか?! いや、しかし」
しかし、すぐにそれを自身で否定する。
なぜならば、ゾアンは破壊の御子の主戦力なのだ。そして、今破壊の御子がいるのは、つい先日まで敵地だったホルメニアである。それは考えにくいことだ。
だが、そのダライオスにピアータは諫言する。
「大将軍閣下、失礼ながら常識で物事をお考えなさいますな。あやつは――破壊の御子は、我らの常識の外にいる奴ですぞ!」
ピアータの言わんとしていることはわかる。
しかし、今ダライオスが思い浮かべたことは、あまりに彼の常識から外れたものであり、それをそう簡単に受け入れられるものではなかったのだ。
そうしてダライオスが苦悩しているときである。
前方のロマニア国軍の中から大きな太鼓の音が轟いた。
それは全軍へ後退を告げる太鼓の音である。
さすがのドルデア王も一兵たりとも城壁にすら寄せつけないホルメニアからの激しい反撃の前に、その怒りに燃え上がっていた頭もいくぶん冷めていた。そこへ太陽が西に傾き始めたのも加わり、今日中にホルメニアを陥落させるのは無理だと諦めたのだ。
しかし、今日一日で落とせないとなると、兵を休ませる宿営地を設営しなければならない。怒りに任せていきなり王都を攻めさせてしまい宿営地の設営を怠っていたのに、ドルデア王は早めに兵を引き上げさせる決断を下したのである。
また、このときドルデア王は比較的に疲労が少ない重装歩兵を選び出して城門の正面に配置し、王都からの追撃にも備えるのも忘れなかった。
そうしたドルデア王の判断は、一時期は血迷っていたとはいえ、この状況にあっては十分に堅実といえるものだった。
ところが、ピアータとダライオスは顔色を変える。
「大将軍閣下! 急がねば!」
「うむ! 手遅れにならんうちに陛下にお会いせねば!」
ロマニア国軍の中にあって、たったふたりしか共有されていない危機感に促され、ピアータとダライオスはさらに足を速めようとした。
しかし、それはすでに手遅れである。
王都ホルメニアの楼門から、太鼓の音が鳴り響いた。
◆◇◆◇◆
それより少し前、ロマニア国軍が兵を退き始めたのを見たシェムルは、蒼馬に声をかける。
「ソーマ! ロマニアの奴らが兵を退き始めたぞ」
それに、蒼馬はこくりとうなずいた。
「よし! シェムル、みんなに号令を!」
「ああ! わかった!」
シェムルは腰に吊していた太鼓を手に取ると、それを力一杯叩き始めた。
◆◇◆◇◆
王都ホルメニアより程近い場所に小さな森があった。そこは街道からは離れているため、普段は誰も近寄らない森である。
しかし、今その森の中には人目をはばかるようにして止められた数台の馬車と十数人の男女の姿があった。
一見すると、それらは戦場となったホルメニアから逃れてきたどこかの旅芸人の一座のように見える。また、誰かに何者かと問われれば、彼らはそう答えたであろう。
だが、王都ホルメニアで繰り広げられている戦いを見やる彼らの顔には戦への怯えはなく、またそれを見る目は旅芸人と言うにはあまりに険しく鋭いものだった。
ホルメニアからシェムルの太鼓が鳴り響くと、男のひとりが幌がかけられた馬車の荷台の中へ声をかける。
「おい。起きろ、飲んだくれ」
すると、幌をかぶされて馬車に積まれた大道具の間で、ボロ布の山がゴソッと動いた。
「ああ。何だ? くれた酒は俺のだ。返さないぞ」
それはボロボロの布を頭からひっかぶった人であった。大道具の陰にいて姿形ははっきりしないが、声からしてまだ若い男のようだ。
その男は左手を伸ばして薄暗い荷台に転がっていた酒瓶を手探りで見つけると、それに口をつけて咽喉を鳴らして飲む。
その態度に、声をかけた男は苛立ちを込めて言う。
「酔っ払っていないで、この太鼓が何を指示しているか教えろ」
それにボロ布をかぶった男は、気だるそうに顔を上げた。そして、しばらく耳を澄ましてから言う。
「太鼓の拍子は、三種類だな。まずひとつは――」
そこで、その男は左手でボロ布の上から右肩の辺りをぐっと掴む。
「――『その牙で噛み砕け』。次は『その爪で切り裂け』。最後は『そのたてがみで威を示せ』だ。拍子こそ違うが、伝えていることは一緒さ」
それはどういうことだと促された男は、小さく含み笑いを洩らしてから答える。
「それぞれの氏族の戦士に、その力のすべてを発揮せよという意味の言葉だよ。つまりは、総攻撃の号令だ」
ボロ布をかぶったまま顎をしゃくるように動かし、ホルメニアの方を示す。
「ほぉら。あいつらがやってくるぞ」
その言葉に応えるように、どこからか重苦しい地響きのような音が聞こえてきた。
◆◇◆◇◆
長い行軍から休みなく行われた攻城戦に、へとへとに疲れ切っていたロマニア国軍兵士がその音を聞いたのは、先程まで自分らが攻め立てていたホルメニアの城壁から鳴り響く、聞いたこともない太鼓の拍子が打ち鳴らされてしばらく後のことである。
それは、何かを叩くような重い音が無数に重なってひとつとなったような音である。それが地響きのように、どこからか聞こえてくるのだ。
それには、疲れ切って剣や槍を杖にして歩いていたロマニア国軍兵士も、いったい何が起きているのかと、うなだれていた顔を上げて周囲を見回す。
すると、王都の南の平野から大きな土煙が上がっているのが見えた。
それはいったい何かと目をこらして見ると、しだいにその姿が明らかになってくる。
激しく巻き上がる砂塵の中にロマニア国軍兵士らが見たのは、四つ足となって身体を激しく動かして大地を疾走する人間とも獣ともつかない姿の者たち。
すなわち――。
「ゾ、ゾアン……!」
ロマニア国軍の兵士から、愕然とした声が洩れた。
また、それは王都の南側――ロマニア国軍の左翼だけではない。右翼でもまた同様のことが起きていた。
それらは王都の外に伏せられていたゾアンたちである。
その数は、南北を合わせればおよそ五千。
すなわち現在蒼馬が動かし得るゾアンのほぼすべてであった。
「破壊の御子という奴は、正気か! 自殺願望でもあるのかっ?!」
その報せを聞いたダライオスは思わず叫んでいた。
「自分の主力を城の外に置き、わずかな手勢で敵地であった城に乗り込んでいたというのか?!」
蒼馬の反撃開始!ヽ(`д´)ノ
今回もかなりムチャなことをしている蒼馬ですが、ちゃんと理由があります。
―ネタ―
〈目の氏族〉の戦士A「他の氏族は、かっこいい総攻撃の拍子があってうらやましいな」
〈目の氏族〉の戦士B「うちらの『その目で見よ』は、おもに巫女たちの言葉だしなぁ」
〈目の氏族〉の戦士A「しかし、俺たちは目だ。目で総攻撃の符丁に使える良い言葉なんてないだろ?」
〈目の氏族〉の戦士B「確かに。目で叩けとか言われても、逆にこっちが痛そうだ」
〈目の氏族〉の戦士C「ふっふっふっ。こんなこともあろうかと、俺はソーマ様に、目を使って敵を倒す勇ましい言葉がないか聞いておいたぞ」
〈目の氏族〉の戦士A&B「おお! でかした! それを符丁に使おう!」
どんどこどこどこ!
〈目の氏族〉の戦士たち「「うおおおおぉぉ~~!」」
シェムル「何だ? この『目から怪しい光』という拍子は?」
蒼馬「えっ?! あわわわ! やめさせて、やめさせて!」




