第109話 ホルメニア攻防戦2-見えざる敵
ダリウスの遺産を受け取り、急ぎ王都ホルメニアを包囲しているであろうロマニア国軍本隊と合流するつもりで駆けつけたピアータだったが、そこで繰り広げられていた光景は彼女の予想とは大きく違うものだった。
快進撃を続けてきたとはいえ、連戦と長い行軍によって将兵たちは大きく疲労している。それならば当面は敵の攻撃が届かない距離に陣を張って将兵らを休ませ、その間に攻城の準備やら開城の交渉などをするのが定石だ。それを敵の城にたどり着いたばかりで、いきなり攻城戦を始めるなど愚の骨頂でしかない。
その程度がわからぬ父王でも大将軍でもないはずだ。
それなのに今やロマニア国全軍が王都ホルメニアを落とさんと激しく攻め立てているのである。
もしや自分があずかり知らぬところで王都を攻め落とせるような好機でも見つかり、それで無理を押して攻め立てているのかと思えば、それも違うようだ。
遠目にも王都を攻める兵たちに精彩が欠けているのが見て取れた。兵たちの動きは鈍く、彼らが上げる鬨の声にもまとまりがない。もはや誰の目から見ても、兵たちの体力が限界であるのは明らかである。これではとうてい王都の堅固な城壁など乗り越えられようはずはない。
また、投石機や衝車などの攻城兵器の準備も整っていないのか、そうした攻撃も散発的である。これでは期待するほどの効果を上げられるはずもない。むしろ王都側の投石機のよい的になり、残骸を晒している始末である。
それとは逆に、ホルメニアからの反撃は後の余力など考えていないような苛烈なものだった。投石も矢も惜しみなく使われるばかりか、それらを使う兵たちの意気も軒昂だ。
それを前にしては、疲れ切ったロマニア国軍が城壁に触れることすらできずにいるのも当然である。
「姫殿下! 城壁の旗をご覧ください!」
乳姉妹であり副官のデメトリアの言葉にピアータが目を向ければ、城壁にこれでもかと立ち並べられているのは朱で殴り書きにされた奇妙な紋章の旗である。そして、その中でもさらに目を引くのは、楼門でこれでもかとその存在を誇示するかのように大きく振られる漆黒の大旗。
その旗をピアータはもちろん知っていた。
「あの紋章。――破壊の御子! あいつか?!」
密かに尊敬していたダリウス将軍すら翻弄した希代の策士。ホルメア最高の将軍をも恐れさせた強敵。そして、師がその名誉と命をかけても倒さんとして、ついぞ打ち倒す事が叶わなかった宿敵だ。
そんな強大な敵を間近にしたピアータの背中に、恐怖とも歓喜ともつかない震えが走る。
「いったい、いかなる手妻を用いて我が軍より先にホルメニアを落としたのでしょうか?」
デメトリアの問いに、ピアータは「わからない」と首を横に振る。
「私はてっきり王都を包囲した我が軍の後背を突くか、伸びきった補給線を断ちにくると読んでいたのだがな」
このホルメニア攻囲戦を破壊の御子が傍観するだけとは、ピアータも思っていなかった。
おそらくは伸びきった補給線を断ちに来るか、王都を包囲するロマニア国軍の後背を直接突いてくるものと予想していたのである。
そのためピアータはここに来るまで王都を迂回してロマニア国軍の後背に回ろうとしている軍勢がいないか、ララたちを使って偵察しながらやってきたのだ。
ところが、まさかその破壊の御子が王都ホルメニアに直接乗り込んでいたとは予想できなかったことである。
「なるほど。ダリウス閣下が苦戦なされたわけだ。ことごとくこちらの予想を裏切る!」
そう言いながらピアータは、しかしと考える。
破壊の御子が動かせる兵力は、およそ七千から八千程度。さらに、すでに聞き知っているコンテ河手前でのホルメア国軍との戦いに勝利し、西部全域を掌中に収めた今、その総兵力は一万を超えるだろう。
だが、そのすべてを動かせるものではない。
新たに破壊の御子の旗の下に加わったホルメア国軍の敗残兵や西部諸侯たちの中には、心ならずと思っている者も多いはずだ。そうしたいざというときにどう転ぶかもわからない者たちを抱えている上に、いまだ彼らに指揮系統の統一も軍令を周知させる猶予もなかっただろう。そんな状態で、彼らを動員するとはさすがに考えにくい。
それを踏まえて考えれば、むしろ掌握した西部の治安維持に既存の兵を割かねばならなくなってしまった破壊の御子が実際に動かせるのは、せいぜい五千もいれば良い方だろう。
そうピアータは読んでいた。
それだけにピアータは疑問に突き当たる。
「王都に立て籠もるのが、あの破壊の御子の策なのか?」
確かに王都の堅固な城壁の中に五千もの兵が入れば、力押しで攻め落とすのは不可能と思って間違いない。それに攻めるロマニア国軍は、伸びきった補給線を抱え、さらにはホルメア国北部諸侯らに後背を脅かされる恐れがある。
そんな泥沼のような攻城戦になるのがわかれば、遠からずロマニア国軍は王都より兵を退き、すでに制圧したホルメア国東部の完全な掌握と守りに入るしかないだろう。
そうなれば王都だけは守られる。
だが、それだけだ。
そんなものが――それだけのものが、あの破壊の御子の策であるとは、ピアータはとうてい思えなかった。
いったい破壊の御子は何を狙っているのだ?
しばしピアータはホルメニアの城壁とそれを攻め立てるロマニア国軍を眺めていたが、ふとあることに気づいた。
「どういうことだ? 姿が見えんぞ」
ピアータは、そこにいるべきはずの者たちの姿が見えないのに眉をひそめた。そして、それが自分の見間違えや勘違いではないのを確かめるために、デメトリアにも確認させる。
「言われてみれば、確かにそれらしき姿が見えません」
すると、やはりデメトリアもそう言う。
「姫殿下、ララたちを出しましょうか?」
デメトリアの提案に、しかしピアータは首を横に振る。
「いや。その余裕はない。この場から見える範囲でかまわぬから、ララたちに探させろ」
その命令を携えて駆けていった従兵が、しばらくして戻ってくるとピアータに報告する。
「姫殿下。門楼の上にいる破壊の御子とおぼしき男の周囲に数人と、城壁の一角にいるエルフの中にひとりしか見当たらないそうです」
「やはりそうか……!」
ララたちの目をもってしても見つけられないというのならば、少なくとも見える範囲にはいないということだ。
自分の勘違いではなかったことに、ピアータはむしろゾッとする。
何が起きているかは、まだわからない。
しかし、破壊の御子が何かをしかけてきているのだけは間違いなかった。
「姫殿下。これはいったいどういうことでしょうか?」
デメトリアが困惑するのも無理はない。普通に考えれば、それはありえないことだったからだ。
「私もわからん! ――だが、今は考えている暇はない。一刻も早く父上にお会いするぞ!」
そう言うなりピアータは自分が乗る馬を走らせた。
百華隊を率いたピアータが目指したのは、ロマニア国軍の後方である。当然、そこには自分の父親であり軍の総大将でもあるドルデア王がいるはずだ。
破壊の御子がいったい何を目論んでいるかは定かではないが、一刻も早く対処しなければならないと判断したピアータは、まず父王に直訴するのが早いと思ったのである。
ところが、本陣についたピアータを迎え入れたのは、父王ではなくダライオス大将軍であった。
「ピアータ姫殿下。よくぞご無事で戻られました」
「大将軍閣下……?」
自分の姿にホッと安堵するような表情を浮かべるダライオスに、ピアータは困惑に眉を寄せた。
落ち着いて本陣に翻っている旗を見上げれば、ロマニア国旗と並ぶのはダライオスの旗である。父王の旗を探せば、驚いたことに前線近くにあった。
「なぜ大将軍閣下が、後方に? 父上は、なぜあのようなところに?」
そのピアータの問いに答える余裕がダライオスにはなかった。
「詳細は後ほど。――帰参したばかりで申し訳ござらんが、姫殿下にはなにとぞ陛下の勘気をお鎮めいただきたい」
陣内のために下馬したピアータを連れ、ダライオス自らが先導して前線へと向かう。その途中、将兵らの間を小走りに駆けながら、ダライオスはこれまでのいきさつを簡単にピアータに説明した。
「何と! 父上とアウレリウスなる者とは、そのような経緯が……」
ピアータもまた時折父王が洩らすその名を聞き知っていたが、その過去を聞くのは初めてであった。
ダライオスは盛大に苦虫を噛みつぶした顔になる。
「左様。陛下にとってアウレリウス殿は、隠しておきたい恥部であり今なお癒えぬ古傷であったのでしょう。それをまさか当人によって暴かれ、さらに塩を擦り込まれたとあっては……」
その怒りたるや身体から火を発するほどであり、せめて攻めは諸将らに任せて後陣に下がって欲しいと嘆願したダライオスを後方に下げ、自らが攻城の指揮を執っている始末である。
ようやくピアータは、なぜロマニア国軍がこのような無謀な攻城戦を始めたかを理解した。それと同時に、これが破壊の御子の手によるものだとすると、やはり自分の予感が正しかったことを確信する。
ピアータは駆けながらダライオスに声をかけた。
「ところで大将軍閣下。お訊きしたいことがございます」
それに「何か?」と問い返すダライオスに、ピアータはホルメニアの城壁の上に動く敵兵を見つめながら尋ねる。
「閣下は、敵の中にゾアンたちの姿をご覧になられませんでしたか?」
ダライオス「……! まさか?! いや、しかし」
ピアータ「破壊の御子は、我らの常識の外にいる奴ですぞ!」
蒼馬「よし! シェムル、みんなに号令を!」
シェムル「ああ! わかった!」
謎の男「太鼓の拍子は、三種類だな。まずひとつは――」
次話「ホルメニア攻防戦3-太鼓の拍子」




