表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
239/540

第105話 猛毒の王

 破壊の御子への降伏。

 ポンピウスの持ち帰ったその話は、当然ホルメア宮廷に大激震を走らせた。いかな大宰相と呼ばれたポンピウスとて、いやポンピウスだからこそ、これほどホルメア宮廷を揺るがしたと言えよう。

 他の者が持ち込んだのならば、一顧(いっこ)だにされず棄却される議題である。議論することすら汚らわしく、それほどあり得ない話だった。

 たとえ財産は保証されるとはいえ、領土を召し上げられ、しかも貴族の爵位を名ばかりのものにすると言われて、はいそうですかと納得する貴族はいない。

 ましてや、降伏する相手はこれまで自分らが野蛮と(ののし)っていたゾアンと反乱を起こした奴隷たちなのだ。それに降るなど、もはや自己否定に等しい暴挙であった。

 また、ここに残っている重臣や諸侯らの多くは王都近辺に領地を持つ者たちである。つまりはホルメア国の拡大とともに新たに臣従した臣下ではなく、古の大国の時代から続く譜代(ふだい)の臣たちだ。当然、その気位も高く、ホルメア王家への忠義も(あつ)い者たちである。

 それだけに、ルオマの街の領主ミュトスの降伏を皮切りに西部諸侯らが立て続けに破壊の御子の軍門に降ったときは、誇りの欠片もないと悪し様に罵っていたものだ。それを今さら自分らも降るとはとうてい口にできなかったのである。

 しかし、それでもなお議論が続けられたのは、それを持ち込んだのが大宰相ポンピウスだからというだけではない。議論の俎上(そじょう)へと後押ししたのは皮肉にも連日のように伝わってくるロマニア国軍の横暴ぶりであった。

 破壊の御子の軍門に降り、これまでの特権を廃されても生き延びるべきか?

 それとも貴族の誇りを胸に玉砕するべきか?

 王都ホルメニアに残った唯一の王族であるワリナ王女を玉座に据え、その前で重臣並びに諸侯らは連日連夜にわたり激しく議論を繰り広げたのである。

 その最中には、興奮のあまり卒倒する者が出たばかりか、討論していた相手に殴りかかる者が続出し、中にはワリナ王女の御前で剣を抜いてしまい退出を命じられる者までもが出たのだから、いかに激しい議論がなされたかが知れよう。

 しかし、それでもなお結論は出なかったのである。

 結局、彼らに決断を促したのは、カリレヤ会戦における大敗の報せであった。

 ワリウス王ばかりか、あの救国の名将ダリウス将軍までもが首を取られたという報せに、かすかな希望の光もついについえた。あれほど激しく熱気が渦巻いていた議論の場には、あたかも水を打ったような静寂が訪れたのである。

 それを見計らい、ポンピウスが提言した。

「もはや、ここに至ってはワリナ王女殿下の御意に従うのが臣下の務めと心得るが、いかに?」

 それに、その場にいた重臣や諸侯らからはもはや異論はなかった。

 しかし、この成り行きに困惑したのは当のワリナ王女である。

 兄であるアレクシウスから嫌われていたため、ワリナ王女はこれまで国事に関わった経験などなかった。ましてや、いきなりこのような国の行く末を左右するような決断を求められることなど夢想だにしていなかったことである。

 どうして良いかわからず頭が真っ白になってしまったワリナ王女に、ポンピウスが声をかける。

「ワリナ王女殿下。いきなりこのような大事を任され、困惑するのはわかります。ですが、人を率いる者の心得は説かれておりましょう」

 そんなものは教えられていない、と思わず反駁(はんばく)しかけたワリナ王女であったが、ふと思い当たる。

 それは王族でありながら居ないものと扱われていた自分をただひとり気に懸けてくれた人の言葉だ。

「ダリウスおじさまは、こうおっしゃっておりました。『敗軍の将の価値とは、その首でどれだけの兵の命を救えるか』である、と」

 それに何の疑問も反論もせずに頭を下げるポンピウスに、ワリナ王女は自分の推測が間違えではなかったと確信する。

 それならば、もはや迷うことはなかった。

 国を率いる王族として、このままロマニア国に攻め滅ぼされるのと、破壊の御子に降るのと、どちらが多くの国民を救えるかなどもはや言うまでもない。

「私がすべての責を負います。ホルメアは破壊の御子ソーマ・キサキなる者へ降りましょう」


                    ◆◇◆◇◆


 それから数日後、ワリナ王女の姿は王都ホルメニアの西門の前にあった。彼女とともにいるのは、ポンピウスをはじめとした王都に残っていた重臣や諸侯たちだ。

 セルデアス大陸の西域では降伏を申し出た国主は、残った臣下をことごとく引き連れ、自ら城門まで勝者を迎え入れるのが習わしである。

 この際、王だった者は輿や馬などには乗ってはならない。王冠や装飾品はすべて外し、豪華な衣服も脱ぎ捨てておく。それらは後で訪れる勝者へ譲渡するために、侍従に預けられる。

 そして、王だった者は靴を脱いで素足となり、地面に平伏して勝者を待つのだ。

 これは王のものをすべて――すなわち国の主権を譲渡した上で、哀れな姿を晒して勝者の慈悲を乞うという儀礼的な意味を持つ。

 本来、降伏する王は全裸かそれに近い格好が望ましいとされている。だが、さすがに年若いワリナ王女にそのような姿をさせるのは不憫(ふびん)であると、ポンピウスらは一枚の無地の布に腕を通す穴を空けて身体に巻きつけさせていた。

 それは、豪華な衣装の下に身につける襦袢(じゅばん)(肌着)のようなものである。

 しかし、それもほんの気休めに過ぎない。

 王侯貴族の婦女子は、二の腕を露出するのもふしだらとされている時代である。そのため、肩口近くまで肌を露出しているワリナ王女の格好は、この時代の人にとっては全裸より多少はマシという恥辱的な格好であったのだ。

 だが、ワリナ王女はもともと青白い顔からさらに血の気を失せさせながらも、毅然と破壊の御子を待ち続けていたのである。

 そのワリナ王女の姿には、後ろに控えていた重臣や諸侯はそろって胸を痛めずにはいられなかった。

「ワリナ王女殿下。破壊の御子が参りました」

 緊張と羞恥のあまり卒倒しかけていたワリナ王女は、ポンピウスの言葉に我に返る。

 そして西の方角を見やれば、街道をこちらに向かってやってくる集団の姿が見て取れた。

 破壊の御子側の要望で、ロマニア国軍の目を引くのを避けるために旗などは掲げられていないが、集団の中にある遠目にもわかる巨体はディノサウリアンに間違いない。

 そして、この西域であれほどの数のディノサウリアンを従えているのは、噂に聞く破壊の御子ただひとりである。

「何と剛胆な」

 ワリナ王女の後ろで誰かがそう言った。

 つい先日まで激しく刃を交えていた敵の本拠地に乗り込むというのに、破壊の御子が引き連れてきた手勢は五十名にも満たなかったのだ。王都にいらぬ混乱を招かぬために破壊の御子が少数の手勢だけで先行してやって来るとは、あらかじめ聞かされていたが、まさかたったあれだけとは思いもしないことだった。

 確かに、この段になってから破壊の御子を裏切るようなまねをしても、もはやどうにもならない。かえって事態を悪化させてしまうだけだというのは誰にでもわかることだ。

 しかし、それを承知していたとしても、あれだけの手勢で乗り込んでくると、にわかに信じがたいことである。

 今まさに西域全土にその悪名を轟かせている破壊の御子ならば、こちらが今さら裏切るとは思ってもいないような、お人好しとは思えない。やはり野蛮なゾアンを従え、凶猛なディノサウリアンですら顎で使うと噂される破壊の御子だ。

 その剛胆さには、恐ろしさを感じるほどである。

 破壊の御子が近づいてきたのに、ワリナはその場で両膝を突いて平伏した。

「あの馬に乗っている若者が、破壊の御子です」

 同じように平伏するポンピウスの言葉に、ワリナ王女はわずかに顔を上げる。

 そして、ワリナは、きょとんとした。

 ディノサウリアンに囲まれ、ひとりだけ馬に乗ってやってきた人間の若者が、国の秩序を揺るがし、今や国そのものも滅ぼさんとする破壊の御子には、とうてい見えなかったのである。

 そのような大それたことをするような者というより、むしろただ優しいだけが取り柄の凡人にしか見えなかった。

 ひとりだけ馬に乗っていなければ、歳を食った小姓か若い侍従にしか見えなかっただろう。

 ワリナ王女は、本当にこの男が破壊の御子なのか(いぶか)った。

 そのワリナ王女の困惑に気づいたポンピウスが声をかける。

「見た目に(だま)されますな、ワリナ王女殿下。どうか直感を御信じください」

 ポンピウスの言葉が、ワリナ王女はすぐには理解できなかった。

 ところが、である。

 平伏する自分の姿に気づいた男が、その場で馬を下りた。すると、さもそれが自然の流れであるかのように、鎧の胸の部分が膨らんだ女性とおぼしきゾアンがひとり、その後ろに付き従ったのである。

 たったそれだけだ。

 たったそれだけだというのに、なぜだかワリナは欠けていたものがパチンッとはめこまれたような印象を受けた。

 それとともに、男から感じる印象が一変する。

 目には、先程と変わらぬ人間とゾアンのふたりにしか見えない。

 しかし、なぜかワリナには、それがたったひとり――たった一匹の生き物にしか思えなかったのだ。

 ゾアンを従えた男がこちらに向かって歩いてくると、次に黒い毛と赤い毛のゾアンの戦士がそれに続いた。

 すると、あれほど弱々しかった男の印象が一変する。あたかもふたりのゾアンの力強さをそのまま加えたような強さを感じさせるようになっていた。

 さらに、その後ろにドワーフやエルフ、ディノサウリアン、人間の将らしい者たちが続く。そうして、ひとりまたひとりと後ろに付き従える度に、破壊の御子の印象に彼らの強さが上乗せされていくのだ。

 目に見えているのは、複数の人の姿である。

 しかし、ワリナ王女には、やはりそれが一匹の生き物に感じられた。

 そのとき、ワリナ王女の脳裏にひとつの伝説が思い浮かぶ。

 それは、セルデアス大陸に伝わる蛇の伝説だった。セルデアス大陸において、蛇は神話の時代に神々の不老不死の妙薬を盗み飲んだとされている。そのため蛇は身体が古くなると、それを脱ぎ去り、新しい身体となって永遠に生き続けるといわれているのだ。

 そして、そんな蛇が百年生き続けると、その頭がひとつ増えるという。さらに百年経つと、もうひとつ。またさらに百年経つともうひとつ。そうして九百年生き続けて頭の数が十を数えるようになった蛇がさらに百年生き、その寿命がついに千年を迎えると最初の頭に王冠のような模様が浮かび上がるという。

 そうなった蛇はありとあらゆる毒を持つ生き物の王となるのだ。

 いくつもの頭を持ちながら、胴体はひとつ。

 多頭一身の化け物。

 その吐息だけで大地を枯らし、見つめるだけで巨象を石に変え、その毒牙は神々すらも殺すといわれる恐ろしい怪物。

猛毒の王(バジリコック)……!」

 自分の想像に震えるワリナ王女の前に、ついに破壊の御子が立ち止まる。

「あなたが、ワリナ王女でしょうか?」

 決して声を荒げたり大きな声を出していたりするわけではない。しかし、ワリナ王女にはそれは落雷のような衝撃をもたらした。

「僕が『破壊の御子』木崎蒼馬です」

 そこには人間の姿形をした猛毒の王がたたずんでいた。

長くなったけど、次話で話はドルデア王とソロンに戻ります。いよいよホルメア攻略戦だヽ(`д´)ノ

なお、作中のバジリコックは、こちらの世界の伝説に出る怪物とよく似た名前のセルデアス大陸独自のモンスターという扱いです。


ネタ――


蒼馬「マルコの新作お菓子。うまー(もぐもぐ)。――って、前からくるのはジャハーンギルさん!」

(回想)

ジャハーンギル「うまそうだな。我にも一口くれ」

蒼馬「ええ……! ひ、一口だけですよ?」

ジャハーンギル「(バクッ! もぐもぐ)」

蒼馬「ええっ?! ひどい、一口で全部食べちゃうなんて!」

(回想終わり)

蒼馬「あんなのは二度とごめんだよ。食べられちゃう前に全部口に入れちゃえ!(もぐもぐ)」

ジャハーンギル「……ん? 何か食べているのか?」

蒼馬「んんん!(頬いっぱいに膨らませて首を横に振る)」

ジャハーンギル「(じ~と口を見つめる)」

蒼馬「ぷい(横を向く)」

ジャハーンギル「(蒼馬の正面に回り込み、さらにじ~と口を見つめる)」

蒼馬「ぷい(逆を向く)」

ジャハーンギル「(また蒼馬の正面に回り込み、さらにじ~と口を見つめる)」


兵士A「見ろ! ソーマ様は、あのジャハーンギル殿を言葉も使わず、顎をしゃくるだけで動かしていらっしゃるぞ」

兵士B「何と! さすがは破壊の御子! ディノサウリアンを顎で使うとは恐ろしい!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ