第104話 伝言(後)
「そう思うなら、そう言えば良いのではないか?」
シェムルは、こともなげに言った。
「言うとは?!」
「これではダメだ、と言うのだ。もっとちゃんとやれと叱れば良い」
一瞬、ポンピウスは何を言われたかわからなかった。
「叱る、ですか?」
そう確認するポンピウスにシェムルはうなずいてみせる。
「そうだ。それでも反省しないようならば、ぶん殴ってやれば良い」
「ぶ、ぶん殴る?!」
ポンピウスはたまらずに素っ頓狂な声を上げた。
それにシェムルは自慢げに胸を張って見せる。
「そうだ。悪いことをしたら叱られるし、殴られる。当然ではないか。特に我が『臍下の君』の暴走癖といったら、氏族の悪ガキよりもタチが悪い。だから、私が常にそばにいて、悪いことをやらないように見張らなければならないのだ」
自分が世界を破壊するやも知れないと危惧する破壊の御子を悪ガキと同列に扱われ、ポンピウスは呆気に取られてしまう。
そこへ、ぶふっと噴き出す音がした。
その音がした方を見やれば、そこでは今までずっと黙って話を聞いていたソロンが、ついに我慢しきれずにカラカラと笑い出していた。
そのソロンの姿に、いくぶん冷静さを取り戻したポンピウスは考え直す。
シェムルの言葉は乱暴だ。
だが、真理である。
一度受け入れたからと言って、何もすべてを唯々諾々と受け入れなくてはならないわけではない。どこかおかしいと思えば、それを指摘すれば良い。間違いだと思えば、それは違うと言えば良い。そして、過ちがあれば改めさせれば良い。
それは絶対王政や神権によって成り立つ国家では、不可能なことである。絶対であるが故に為政者が完璧であらねばならない国においては、決して許されないことなのだ。
しかし、破壊の御子が提唱する誰もが平等である国は違う。そうした為政者の過ちを誰もが指摘でき、それを改めさせられることができるものなのだろう。
まさか、それをゾアンに教えられるとは。
ゾアンたちをいまだ狩猟に明け暮れる野卑な連中と思っていた自分の不明をポンピウスは心底から恥じたのである。
だが、実はシェムルの考えは、逆にそうした狩猟に明け暮れ平原を放浪するゾアンだからこそのものとも言える。
狩猟種族であるゾアンたちは、〈たてがみの氏族〉や〈尾の氏族〉などの例外を除けば、族長は世襲や血統ではなく、そのとき最も優れた戦士が務めることになっている。
それは、安定して食料が得られない厳しい狩猟生活だからこそ、無能なリーダーを容認できるだけの余裕がないからだ。
そのため、ゾアンたちは自分と氏族の運命すべてを委ねるにたる能力を有するかだけを基準に人を選び、その者に従う。そして、その者が大きな過ちを犯せば、自らで処罰しなくてはならない。
善意によるものでも人々に悪い結果をもたらすことを平原のゾアンたちは「ランカカの過ち」というが、その言葉の由来となったランカカを処罰したのは同じ氏族のものたちである。
いわばゾアンたちは完全実力主義による民主的な制度を備えていたのだ。
だからこそゾアンは、異世界から訪れた人間である蒼馬を受け入れられたとも言えるだろう。
自分を見るポンピウスの目の色が変わったのに気づいたシェムルは、視線を逸らして言う。
「それに、そもそもこいつは、怖いと言ってもそれほど大した奴ではないぞ。平原のように寛大な心を持つ私ですら、たまに『こんなのが私の「臍下の君」で良いのか?』と思うぐらい、情けない奴なのだ」
おそらくはポンピウスに真剣に答えているうちに気恥ずかしくなったのだろう。シェムルは蒼馬をネタに茶化し始めた。
しかし、そんなことで自分を茶化されてはたまらない。蒼馬は抗議の声を上げる。
「ねえ、シェムル。いちおう僕にも面子とか威厳というものが大事だと思うんだけど」
蒼馬の言い分をシェムルは鼻で笑う。
「おまえに面子や威厳なんてものがあったのか? この前なぞ『ダリウス将軍が来るよぉ。僕は負けちゃうよぉ。もうダメだぁ』と青い顔をしてピーピーと泣いていたくせに」
つい先日、討伐軍をダリウス将軍が率いてくるものだとばかり思っていたために要らぬ心配から体調まで崩してしまったのをあげつらわれて、蒼馬は羞恥に頬を赤くしながら抗議する。
「さすがにピーピーと泣いてはいないよ」
「そうか? 『ダリウス将軍がくる~。負けちゃう~』と夜も眠れていなかったではないか」
そこまで情けないことを言った覚えはないが、不安のあまり夜も眠れなかったのは事実である。
シェムルにやり込められて、蒼馬は悔しそうに口を閉ざした。
「ちょっとよろしいか?」
そこに蒼馬とシェムルの掛け合いを傍観していたポンピウスが声をかける。
「ダリウスが来るとは、いったいどういうことですかな?」
ポンピウスの問いに、蒼馬は少しだけ躊躇ってから問い返す。
「ラビアン河の渡し場での策は、ダリウス将軍が考えたものですよね?」
隠していた真実をずばりと言い当てられたポンピウスは、とっさに言葉を返せなかった。
そのポンピウスの態度に、やっぱりと自分の推測の正しさを改めて確信した蒼馬は、さらに言い募る。
「ラビアン河の渡し場での策だけじゃありません。ダリウス将軍が僕らに対して様々な策を講じていたことはわかっています」
蒼馬は、ふっと遠い目になる。
「僕は、怖かった。ダリウス将軍が本当に怖かった。五年前もです。五年前、僕は本当にいくつもの幸運に恵まれて、たまたま勝っただけなんです。それなのに将軍を謹慎だなんて、ワリウス王は何を考えたのか!」
それから蒼馬は、ワリウス王の処断がいかに愚かなことであったか、そのような屈辱的な仕打ちを受けてなお、ダリウスがホルメア国のためにどれほどの手を講じていたか、そしてそれに自分らがどれだけ苦しめられたか、拳を振るって熱弁した。
「今だって、そうです! なぜ僕らがホルメアの脅威であると証明された今なおロマニア国を撃退する軍の指揮権を預けないのです?! これまで何度もロマニア国の侵略を防ぎ止めた実績があり、僕らがホルメア国の脅威となるという先見の明を示したダリウス将軍ですよ! 少なくとも戦の経験がないワリウス王が指揮するより、マシでしょ?! いえ、比べるのもダリウス将軍に失礼というものです! それなのに、ワリウス王は何を考えているのか……!」
蒼馬はまるで我がことのように悔しがっていた。
「だからこそ、僕はこうして動こうと決断したんです! こんな愚かな王ならば、絶対に負ける! ホルメア国が滅びる! そう思ったからこそ、こうして行動したんです!」
不遇の人や落ちぶれた人に同情する日本人の気質――判官贔屓だけではなく、敗者の健闘も讃える近代のスポーツマンシップを知る蒼馬にとって、それはごく当然の発言であった。
ところが、いまだ勝敗こそがすべてであり、敗者を貶めることで勝者の偉大さを喧伝するこの世界において、それは考えられない発言である。
それだけに、それを聞いていた「黒壁」の将校アドミウスの胸を突いた。
ホルメア国では誰も彼もが、破壊の御子の脅威を訴え続けるダリウスを嘲笑い、哀れみさえしていた。それまでの武名が高かっただけに、地に落ちたダリウスの名にはまるで腐肉にたかるウジ虫のようにさかしら顔の者たちが群がり、ダリウスの失態を得意げにあげつらったのだ。
それはダリウス将軍を慕うアドミウスら「黒壁」の将校にとっては、我が身を切り刻まれるような苦痛であった。
しかし、ここにこれほどダリウス将軍を認める男がいた。
しかも、それはダリウス将軍をして生涯最強の宿敵と認めた男なのである。
アドミウスは思わず熱くなった目頭を押さえた。
そして、ポンピウスもまた驚いていた。
破壊の御子にとって、ダリウスは激しく戦った敵であり、その後も様々な策を使って妨害してきた邪魔者のはずである。それなのに、そのような相手をまさかこれほど評価していたばかりか、その力を惜しみ、その不遇に憤るとは想像もしなかったことであった。
その時、ポンピウスの脳裏に親友の声がよみがえる。
『もし、おぬしの前にわしについて意外なことを申す者が現れた時は、その者への伝言を頼みたい』
それは最後の別れの時、ダリウスがポンピウスに告げた言葉である。
これが、そうか!
ポンピウスは、今がそのときだと確信した。
「ダリウスより、あなたへの伝言を預かっております」
意外な人の名前が出たのに蒼馬は警戒する。
「ダリウス将軍から?」
「ええ。あなたとは言いませんでしたが、おそらく間違いないでしょう」
ポンピウスは、そこでひと息つくと、残りの言葉を一気に言った。
「『一足先に逝き、我が人生最強の軍団を率いて待つ。貴殿も万全の軍勢を整えてから参られよ。そして、そこで改めて雌雄を決せん』と」
ポンピウスの言葉と同時に、蒼馬の目の前に一瞬幻が浮かんだ。
それは黒い鎧の重装槍歩兵を含む数万のホルメア国の兵を背にして立つ、老いた獅子を思わせる老将の姿であった。
蒼馬は知りようもなかったが、それは奇しくもダリウスが最期に見た幻に酷似していた。
蒼馬は、苦笑いする。
「うわぁ。でっかい釘を刺されたかな」
「ん? 釘を刺すとは、なんだ?」
蒼馬が口にした聞いたこともない慣用句にシェムルが興味を覚えて口を挟む。
「ええっと。悪いことにならないように念を押すとかいう意味かな?」
「ふむ。それならば、このあたりの人間は『証文を二枚書かされる』と言うらしいぞ」
商人ギルドの力が強いジェボアが隣国にあるホルメア国ならではの言い回しである。しかし、それはあくまで人間の言葉であった。それをゾアンのシェムルが知っていたのに、蒼馬は感心する。
「へぇ~。よく知っているね、シェムル」
「ふふん。私だって、いろいろ勉強しているのだ」
シェムルは得意げにその豊かな胸を張ると、口許をピクピクと動かした。
そんなやりとりをするふたりを眺めていたポンピウスもまた察していた。
ダリウスは、破壊の御子は確実に勝利できると確信できるだけの準備をしてからではないと自ら攻めてくるような奴ではないと語っていた。それを承知していれば、あえて破壊の御子へ万全の軍勢を整えてからなどと伝える必要はないはずである。
しかし、それをあえて伝えた。
そして、現状を鑑みれば、破壊の御子が軍勢の強化を図るのにもっとも簡単な方法は、ホルメア国を受け入れることである。
ならば、あの伝言に隠されたダリウスの意図は明白だ。
もし、ホルメア国が降伏を申し出たならば、それを受け入れてやって欲しい。
その言葉をポンピウスは、ダリウスの声として聞いた。
「まったく、あの頑固者が。お節介にもほどがある……」
最期までホルメア国の臣としてワリウス王に殉じると思い定めたダリウスには、とうてい破壊の御子への降伏など口にはできなかったであろう。
それでも残されたポンピウスが万が一破壊の御子への降伏を選択した場合に備え、このような伝言を残していたのである。
しかも、あの世で軍勢を率いて待つなど、降伏したホルメア国を粗略に扱おうものならただではすまさぬという念の押しようだ。
破壊の御子ならずとも苦笑したくなるだろう。
そして、そんなダリウスの想いに気づける相手ならば、降伏しても良いとポンピウスは考えていた。
しかし、それでもこの世界の異分子である破壊の御子に国をゆだねるのには、どうしても恐怖を覚える。
だが、とポンピウスはちらりと蒼馬とシェムルを見やった。
ここへ自分を案内するとき、ソロンは「破壊の御子」でなく「ふたり」に引き合わせたいと言っていた。
なるほど、このふたりならば良いかもしれない。
破壊の御子にではなく、このふたりならば。
ポンピウスは、そう思った。
「ソーマ・キサキ殿」
ポンピウスは、深々とその禿頭を下げる。
「ホルメア国は、貴殿に降伏いたします。ワリナ王女殿下と諸侯らは、この私が何としてでも説得いたしましょう」
蒼馬「ダリウス将軍はすごいんだぞ! だから僕が警戒していたのも無理ないの! 馬鹿王子を取り逃がしたのも仕方ないの! 全部、ダリウス将軍がすごすぎるから!ヽ(`д´)ノ 」
シェムル「あー、わかった。わかった┐('~`;)┌ヤレヤレ」
ポンピウス(自分が勝った相手をそこまで賞賛するとは、何と謙虚な!)
アドミウス(そこまで閣下を高く評価していたとは! くっ・・・)
くっとしてコロリと蒼馬に好意を抱いたアドミウスさんは、セルデアス大陸初の「くっコロ」と呼ばれるのであった。
姫騎士ではなく、おじさん黒騎士のくっコロなんて需要がなくても供給するのが破壊の御子クオリティー。
作中に出た「ランカカの過ち」については、胎動の章34話けじめを参照




