第102話 異質
ポンピウスは、恐ろしかった。
それは、蒼馬が提案した降伏条件に対してではない。
この破壊の御子という青年そのものに恐怖を感じていた。
すべての人を平等とする。
それが破壊の御子が掲げている思想だ。
確かに、聞こえは良い思想である。
だが、それは血統や神性によって正当性を保証していた既存の統治機構の否定だ。その思想を掲げる破壊の御子は、血統や神性に代わる新しい統治機構を築かなければならない。
そして、それはおそらく各種族の代表者たちによる合議制となるであろう。
ポンピウスは、そう推測した。
合議制による統治は、西域にも実例がある。たとえば隣国のジェボアは王を戴いているものの、その実は商人ギルドの十人委員たちによる合議制だ。
しかし、それはジェボアだからこそ可能なのである。
商人たちは他国での戦争は歓迎するが、自国が巻き込まれるのは喜ばない。そのためジェボアは近隣諸国には宥和政策を採り、対立を避けて友好関係を築いている。だからこそ多忙な十人委員の豪商らが集まり合議によって決する余裕があるのだ。
ところが、破壊の御子は違う。
今は一応ロマニア国と盟約を結んでいる破壊の御子だが、ここでホルメア国が降伏して約定どおりともにロマニア国軍を撃退すれば、ロマニア国と完全に決別することになる。
そうなれば、ロマニア国は破壊の御子を決して許さない。もはやどちらかが滅びるまで終わらない戦いへ突入してしまう。
そのような緊迫した戦時に、悠長に合議で物事を決める余裕はない。
それでは、どうすればよいか?
緊急時の措置として、誰かひとりに国の全権を委ねるしかない。
そして、国の全権を預かるのは誰になる?
もちろん、破壊の御子に決まっている。
破壊の御子は王政を廃すると称しながらも、自らが絶対王政の王に等しい存在となるのだ。
いや、それよりもタチが悪いだろう。
王に絶対的な権力を与える絶対王政といえど、本当に何もかも王の好き勝手にできるものではない。あまり好き勝手に振る舞えば、国内の有力者や諸侯らに反感を買う。そして、そうした者たちが結託して反旗を翻せば、いかな強権を握る王とて座を追われる。
そうならないために絶対王政の王といえども、有力者や諸侯らの顔色を窺いつつ許される範囲で権力を振るうものなのだ。
ところが、破壊の御子が作ろうとしているのは、すべての人が平等という国である。
それでは本当に、ありとあらゆる国の権限と力が破壊の御子ひとりに集中してしまう。そして、それを破壊の御子が思うままに振るっても、それを掣肘できるだけの力を持つ者が存在しないことになる。
そうした懸念に、破壊の御子自身は法によって権力者も束縛するという法治という考えを表明している。
その理念は良い、とポンピウスも思う。
だが、その法を定めているのは誰か?
もちろん、この破壊の御子という青年自身である。
つまり、その気になればこの青年は、自分に都合がよい法を定められるということだ。そして、悪法も法である。法を第一義においた国ならば、いかな悪法といえどそれに従わなければならない。
そして、その先に待ち受けるのは、絶対王政などとは比較にならない、国の完全な私物化だ。
破壊の御子が作る国は、法という強靱な鎖によって結束した破壊の御子を頭とする一個の恐ろしい怪物になり得る。それこそ西域すべてを飲み込み、破壊するほどの強大な怪物にすらなり得る可能性を秘めているのだ。
しかし、それすらも破壊の御子の恐ろしさの片鱗でしかない。
破壊の御子の恐ろしさは、その思考そのものだ。
単に蒼馬がワリナ王女を娶り、ホルメア国を奪うと言った方がポンピウスは理解できたであろう。
もしくはホルメア国を完全に廃して、自分を王とする国を建てると言った方が、ポンピウスも受け入れやすかったであろう。
さもなくば、かつて奴隷だった者たちを貴族とし、ホルメア国の諸侯らを奴隷に落とすと言われた方が納得できたであろう。
この時代、身分制度とは世界の秩序なのである。その頂点に立つ王とは、国そのものである。そして、国とは世界そのものなのだ。
それは子供でも知っていることである。それこそ太陽が東から昇り、西へ沈むのと同じくらい当然のことなのだ。
しかし、それを否定する。
それを乗っ取るのでもなく、奪い取るのでもなく、成り代わるのでもなく、ただ滅ぼし、その上に人をすべて平等とする国を作るという。
その思考が、ポンピウスには理解できなかった。
それでも、もしこれが激しい怒りをもって国を滅ぼすと言い放つのならば理解できたであろう。どす黒い憎悪をもって王族を地に落とすと言うのならば納得できたであろう。
しかし、この破壊の御子を名乗る青年は、何の気負いもなく、当然のことを告げるかのようにそれを語ったのである。
そう。この青年にとっては、それはごく当たり前のことなのだ。
国が亡ぶのも、身分という秩序を壊すのも。
この青年は我々とは根源から異なっている。
ポンピウスは、そう確信した。
人の思考や判断の根源となるもの――いわば常識や価値観というものが、我々とはまったく違っているのだ。
見た目は、そこいらにいる若者と変わりない。せいぜい何不自由ない生活を送ってきた人が良いだけが取り柄の大店の次男坊ぐらいにしか見えなかった。
ところが、その中身と言えば、異質そのものだ。
どうしてそのような常識を得たのか? なぜ、そのような価値観を備えているのか?
もはやそれはポンピウスの理解の範疇を超えるものだった。
人の皮を被った名状しがたい何かと言われても、今のポンピウスならば納得したであろう。次の瞬間、蒼馬の頭が真っ二つに裂け、そこから真っ黒な汚泥とともに無数の触手が飛び出してきても、ポンピウスは驚きつつ「やはり、そうだったか」とかえって安心したかも知れない。
いずれにしても、そのような者が人間の顔をして、人間の言葉をしゃべり、人間のものとしか見えない手を差し伸べ、自分に降伏すれば助けてやると言うのである。
確かに、あのダリウス将軍すら退け、ホルメア最強の「黒壁」すらも打ち破った破壊の御子ならば、勢いに乗る今のロマニア国軍ですら蹴散らすのも不可能ではないだろう。
だが、そうしてロマニア国軍を撃退したからといって、それが本当に助かったと言えるのだろうか?
ロマニア国軍の暴虐から逃れようとして、自分たちはさらに恐ろしい異質な何かに取り込まれてしまうのではないか?
そんな未知のものへの恐怖と、異質なものに対する嫌悪感をポンピウスは覚えていたのである。
あのダリウスが、この青年を怪物とすら呼んでいたのにポンピウスは今さら心から共感を覚えた。
この破壊の御子が恐ろしいのは、ただ敵に打ち勝つ戦略に優れているだけではない。ただ街を発展させる莫大な知識を有しているからでもない。
この破壊の御子の恐ろしさとは、異質さなのだ。
それこそこの世界を滅ぼすほどの異質さ。
それが破壊の御子の本質なのである。
これはダメだ。このようなものに好きなようにさせたら、ホルメア国ばかりか西域すべてが滅茶苦茶にされてしまう。
もはや交渉は決裂させるしかない。
ポンピウスは、そう思った。
そのときである。
「よろしいかな、ポンピウス殿」
それまで交渉の成り行きを黙って聞いていたソロンが声を上げた。「何か?」と目で問うポンピウスに、ソロンは手にした杖で蒼馬のそばに控えているシェムルを示す。
「そこにおるゾアンの娘――」
いきなり自分のことを言われたシェムルは、何だとばかりにムスッと顔にシワを寄せた。しかし、ソロンはそれに頓着せずに言葉を続ける。
「その娘は、破壊の御子を最初に受け入れ、それ以降ずっとともにおる者よ。その者の話を聞くのも面白いと思いますぞ」
ポンピウスは、眉をピクリと動かした。
「この者が、例の……」
驚くポンピウスの視線を受けたシェムルは、きょとんと首をかしげた。
蒼馬君、コズミックホラー的な邪神疑惑浮上




