第70話 スノムタの屈辱10-破壁
ヒュアキスが乗る馬の足元に転がってきたのは、一個の大きく丸い石だった。
大きさは人間の頭部よりやや大きいぐらい。自然石ではありえない、ほぼ完全な球状をしたその石は、下敷きにした雑草を黒く焦がしているところから、十分に熱せられた焼き石に間違いない。
それを見下ろすヒュアキスの脳裏に、古い記憶が甦る。
それは、今見下ろしている丸い石とよく似た石が小山のように積み上げられた前で、自分が誰かに質問している光景であった。
それはいつ、どこでだっただろうか?
その辺りにある自然石をそのまま使えば良いのに、なぜ手間暇をかけて石を丸く加工するのかと尋ねる自分に、その相手はこう答えたのだ。
石が丸ければ地面に落ちてもすぐに止まらず、転がって近くにいる敵を殺傷するのだ、と。また、石を焼くのは落下の衝撃で石が砕け散っても、その小さな破片だけでも殺傷力を持たせるためだ、と。
そう答えてくれたのは、誰だったか?
次の瞬間、ヒュアキスの脳裏に電撃のような衝撃が走る。
「あれは、ロイロップスの砦で……投石機?! そうだ、投石機を扱っていた兵長だ!」
ヒュアキスは音を立てて顔を上げると、敵本陣となった砦を凝視する。
「まさか、奴らは……?!」
◆◇◆◇◆
ガイウス連隊長は、目を覚ました。
突然受けた激しい衝撃によって、どうやら意識を失っていたようだ。気づけば地面に仰向けになって倒れている。
いったいどれほど気を失っていたのだろうか。感覚的には、それほど長くはない気がする。
下半身に重いものを乗せられた圧迫感を覚え、視線を下げると、そこには血の泡を噴いて息絶えた馬の死骸が乗っかっていた。太い馬の首がくの字に折れ曲がっているところから、よほどの衝撃が加えられたのだろうと察せられる。
何とか馬の死骸の下から抜け出して身体を起こそうとしたガイウス連隊長であったが、力を込めたとたんに下半身に激痛が走る。
落馬した際に腰を打ち付けたのか、下半身が動かない。その痛みをこらえながら何とか上半身だけでも起こして周囲を見渡せば、率いていた兵たちは混乱の最中である。
「いったい何があった?! 誰か状況を報告せよ!」
それに近くにいた兵のひとりが慌てて駆け寄ってきた。怪我を心配する兵の言葉を遮ってガイウス連隊長が声を強めて現状の報告を求めると、その兵は必死の形相で説明する。
「おそらくは、投石機による攻撃と思われます!」
「投石機だと?!」
「はっ! 我が連隊の被害は甚大です!」
その兵が答えるとおり、連隊の状況は最悪だった。
いかにゾアンの投石すらものともしなかった重装槍歩兵たちの盾といえど、あくまで人間が持てるものにすぎない。そんな盾が大きな石を数百メルトも飛ばしてくるような投石機の石を受け切れるはずもなかった。投石は構えられた盾を薄氷のように打ち砕き、その向こうにあった兵士の身体を身に着けていた鎧ごと粉砕したのである。
このとき、蒼馬が用意した投石機の数は、何と五十台以上にも及ぶ。
しかし、いくら目標が三千人からの横陣といえども、まったくの試射なしでぶっつけ本番の投射である。用意した投石機の六割ほどしか敵に命中させられなかった。
ところが、攻撃を受けた「黒壁」側が密集陣形を取っていたのが幸いした。
兵が過密状態となっているところへ投石が命中したのである。直撃した兵士のひとりかふたりは即死させられ、さらにその周囲にいた四、五人の兵士が巻き添えを食って負傷してしまったのだ。
また、直撃しなかった投石も、その大半が密集陣形に届かずに手前に落ちている。
そうした投石の多くは、その場に落ちて終わりではなかった。丸く加工された石は投げられた勢いのまま転がって重装槍歩兵の壁へ突っ込むと、あたかもボーリングの球がピンをなぎ倒すように重装槍歩兵の足を砕いたのである。
このように投石機によるたった一回の一斉投射によって、「黒壁」は一瞬にして二百人以上の死傷者を出してしまったのだ。
ガイウス連隊長は吠える。
「投石機ぐらいで、何を混乱している!」
僚友らからは敵を見かければ飛びかかる人喰い鬼と呼ばれるガイウス連隊長だが、蛮勇だけで「黒壁」の連隊長になったわけではない。すぐさま状況を理解すると、最善の指示を出す。
「すぐさま敵本陣へ攻め込め! 投石機ならば、射程の内側に入ってしまえば良いのだ!」
撤退は考えられない。自分らの後ろには後列の重装槍歩兵がいるのだ。今さら撤退しようとすれば後続とぶつかり、かえってこの場に留まることになってしまう。
それに、この時代の主流である投石機は、石を山なりの曲射で放り投げるものだ。そのため、後退するよりか、かえって着弾点より手前に入ってしまった方が安全なのである。
「隊列を乱してでも良い! いや、バラバラの方が投石による被害が少ない! とにかく兵を前進させ、砦に取りつかせよ!」
指示を受けて混乱する連隊に号令をかけに行こうとした兵士だったが、その足が止まる。
「れ、連隊長殿! あれを……!」
驚愕に震える兵の指が示したのは、敵本陣となる砦であった。
いまだ馬の死骸に乗られて下半身が動かせないガイウス連隊長は、何とか上半身をひねって、そちらを見る。
「な、なんだと……?!」
ガイウス連隊長が見守る中で、先を尖らせた丸太を地面に突き立てて造られた砦の壁が、ゆっくりと倒れていくのだ。遠くから見ているせいなのか、それとも極度の緊張状態ゆえにそう見えるのか、壁は恐ろしいほどゆっくりと倒れていく。
しかし、壁が倒れ切ると、それが目の錯覚でも緊張状態ゆえの現象でもなかったとわかる。
何と、地面に倒れた壁が、バラバラと砕け散ったのだ。その破片を見れば、丸太の壁と思われていたものが、その実は中身をくり抜いた上辺だけの薄い板に過ぎなかったとわかる。倒れるのがゆっくりだったのも、面積の割に重さがなく、空気の抵抗を受けていたせいだったのだ。
そして、あらわになった砦の内側の光景に、ガイウス連隊長は絶句した。
そこにあったのは、ずらりと並べられた投石機の群れである。
それらは、オナガーと呼ばれる種類の投石機であった。動物の腱や髪の毛などをより合せてつくった縄の束をねじり、その反発を利用して一本の腕木から石を投射する投石機であるオナガーが、壁の内側の敷地を埋め尽くすように並べてあった。そればかりか、先程倒れた壁で隠れていたが、敷地には木製の台が何段にも築かれており、その上にも所狭しと投石機が置かれている。
そして、さらにその手前にはずらりと数十頭の牛が並ばされていた。
それは大竜とともに資材や糧食の輸送用に使われていた牛たちである。しかし、輸送用だった牛たちは、今や身体の各所に鋭く尖った木の杭を縄で縛りつけられ、その尻には柴の山が乗せられていた。
「まさか、奴らめ……!」
ガイウス連隊長の最悪の予想に応えるかのように、松明を片手にしたドワーフや人間たちが現れると、次々と牛たちが背負った柴の山に火をつけていく。
足が遅いのを牛歩と喩えるように、普段は歩みの遅い牛だが、文字どおり尻に火が着いた状態ではわけが違う。牛たちは悲鳴のようないななきを上げると、口からよだれを飛び散らせるように頭を激しく振りながら走り始めた。
しかも、突進してくるのは牛だけではない。その牛に、先端を尖らせた丸太に簡単な車輪を付けたものが縄でつながれていた。それが狂奔する牛たちに曳かれて、ガラガラと凄まじい音を上げながら走ってくるのだ。
「あれは、衝車か……!」
ガイウス連隊長の呟きのとおり、それは城塞などの壁を粉砕し、突入口を空けるために使われる破城槌と呼ばれる攻城兵器の一種である衝車であった。
牛に曳かれた衝車が「黒壁」に突っ込んで来る。
荒れ狂う牛たちは重装槍歩兵らをその角で突き飛ばし、蹄で蹴りつけ、その巨体で押しつぶしていく。その混乱しているところへダメ押しとばかりに後からやってきた衝車が突っ込み、さらに何人もの重装槍歩兵たちを吹き飛ばすのだった。
その光景に、ガイウス連隊長は激昂する。
「投石機に衝車だと?! ふ、ふざけるな!」
その時、こちらに向けて駆けてくる一頭の牛が足をもつれさせて転倒した。しかし、その牛に曳かれていた衝車の勢いは止まらず、牛とつながれていた縄を引きちぎり、こちらに向けて走り続ける。
そして、その衝車は、まるで引き寄せられるかのように倒れたガイウス連隊長へとまっすぐに向かってきた。
「我らが『黒壁』だから、壁を粉砕するのに攻城兵器を使ったとでも言うのか?! そんなガキの屁理屈のような手で、我らが――我ら『黒壁』がやられるというのか?!」
自分に迫る衝車を睨みつけながら、ガイウス連隊長は叫ぶ。
「ふざけるなぁーっ!!」
そう叫んだガイウス連隊長の身体は、衝車に撥ね飛ばされて宙高く舞った。
◆◇◆◇◆
「敵の投石機と衝車による攻撃によって、我が軍の被害は甚大!」
「重装槍歩兵連隊、混乱しております! ガイウス連隊長殿がおられたところへ投石が着弾したとの報告もあります!」
「敵の衝車が横転し、障害物に! 進路をふさがれ、思うように進軍できません!」
次々と自分のところへもたらされる急報に、ヒュアキスは驚愕に目を見開いた。
ヒュアキスの位置からは投石機で埋め尽くされた砦の詳細は見えなかったが、それでも これほど広範囲にわたって同時に投石が行われたのを見れば、それが一台や二台の投石機ではないことぐらいはわかる。
だが、わからないのは、いったいどこからこれほどの投石機と衝車を持ってきたのか、だ。
敵が一夜で砦を建設して以来、ここは常に遠巻きながら偵察兵によって監視し続けられてきたのだ。その監視の中で、これだけ大量の攻城兵器を持ち込めば、嫌でも目につく。それなのに、これまで一度としてそのような大量の攻城兵器が運び込まれたという報告は受けていなかった。
それなのに、どうやってこれほどの数の攻城兵器を運び入れたというのだ?
そこまで考えてから、ヒュアキスは「もしや」と気づいた。
運び入れたのではなく、あそこで造ったのか?
しかし、すぐに新たな疑問に突き当たる。
これだけの数の攻城兵器を造るには、相当な量の資材が必要だ。それほどの資材を運び込めば、偵察兵が異常に思わぬはずがない。
だが、すぐにヒュアキスは自分の考えを否定した。
違う! 奴らは我々の目の前で、堂々と資材を運び入れていたではないか! ただ、それを我々が攻城兵器に結び付けなかっただけなのだ。
そうだ。奴らは木材や石など大量の資材を運び入れていたではないか。砦を造るためといって、大量の資材を!
いつから我々は、あそこで砦を造っていると思い込んでしまっていたのだ? どうして、そう思ってしまったのだ?!
過熱して発火しそうなほど脳を酷使し、これまで知り得た情報を精査したヒュアキスは、思い出す。
反乱奴隷たちが砦を造っているという情報源は、確か行商人たちだったはずだ。
そうだ、橋を利用した行商人らから聞いたのだ。一夜で造られた砦はハリボテであり、本当の砦は今造っているのだと。だから、我々はあの大量の資材を砦の建設に使うものだと思い込んでいたのだ。
では、行商人らにそれを教えたのは、誰だった?
そして、ヒュアキスは、あっと声を上げる。
「砦がハリボテであり、本当の砦を造っている最中だと自慢していたのは、敵の兵士……!」
ヒュアキスの血走った目が、限界まで見開かれる。
「我らは敵兵が意図的に広めた噂話を鵜呑みにしてしまっていたのかっ!」
敵兵の自慢話は、てっきりワリウス王への挑発とばかり思い込んでいた。
いや、実際に挑発という意味もあったのだろう。
しかし、本当の狙いは、そうではなかったのだ。
「奴らの本当の狙いは……!」
◆◇◆◇◆
「早くっ! 外装はまだ取れませんか?!」
壁が倒れたその内側では、蒼馬が声を張り上げていた。
その声が向けられたのは、ドワーフたちである。彼らは、遠目では岩に見えるが、その実は糊で解いた砂を塗った薄い板でできた砦の周囲で、必死の形相で作業を続けていた。
そのうち同胞のひとりから何か報告を受けたノルズリが、ホッと安堵の表情を浮かべてから蒼馬に向けて叫ぶ。
「すまん! 縄が絡まっていたのが原因じゃ。今、そいつを切断したところじゃ!」
それを聞いた蒼馬も、ホッと胸を撫で下ろす。しかし、そう落ち着いてもいられない。すぐさまノルズリに命じる。
「急いで! 外装を解除し次第、攻撃を!」
「おう! ――急ぎ、すべての縄を切断しろ! 外装を解除するんじゃ!」
蒼馬の命を受けたノルズリの号令に、ドワーフたちはいっせいに縄を切断した。
◆◇◆◇◆
その光景は、ヒュアキスの目にも見えた。
砦の壁が、崩れたのである。それまでは岩と思っていた壁は、薄い木の板となって音を立ててバラバラと剥がれ落ちていく。
それを凝視しながら、ヒュアキスは怨嗟のこもった声を洩らす。
「奴らめ! 奴め! 『破壊の御子』め! 貴様は、最初から砦など造っておらなかったのか!」
そして、剥がれ落ちた壁の下から現れたのは、三つの巨大な物体。
「貴様の目的は、砦の建設ではなかったのだな! 貴様の本当の目的は――」
それは、三基の平衡錘投石機である。すでに三基の平衡錘投石機は、巨大な錘を振り上げ、いつでも投石を発射できる状態であった。
「――我々を粉砕するための攻城兵器を造ることだったのかっ!!」
そのヒュアキスの叫びに応えるように、平衡錘投石機の巨大な錘が音を立てて落ちた。
投石機や衝車の攻撃によって「黒壁」重装槍歩兵たちを粉砕した蒼馬。
しかし、それで終わりではない。
蒼馬「攻城兵器による攻撃は、あくまで敵を混乱させ、その足を止めるにすぎません」
この攻城兵器による攻撃すら、蒼馬の真の狙いの一端に過ぎなかった。
蒼馬「僕の狙いは、ただひとつ! ホルメアの武の象徴である『黒壁』の殲滅!」
そして、そのために蒼馬が用意した策。
蒼馬「これを僕は『ゾアンの顎』と命名しました」
次話「スノムタの屈辱11-顎」
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蒼馬「敵は最強軍団『黒壁』か。どう戦おう……(´^`;)」
蒼馬「そうだ! 壁なら攻城兵器で叩き潰せばいいじゃん!(°∀°)アヒャ」
シェムル「そんな安直な……(´・ω・`)」
ヒュアキス&ガイウス (#゜Д゜)゜Д゜)……
というのが今回の内容です。
気づいた人もいたけど、一夜城すら今回の策の伏線だったのだよ(゜∀゜)フハハハハハッ!
ついでに、第1章32話で初めて「黒壁」という名が出ましたが、すでにこの時から彼らは攻城兵器で叩き潰される運命にあったのだよ(゜∀゜)アヒャヒャヒャヒャッ!
そして、蒼馬の真の狙いは、これからだからなぁ!
先読みされたって悔しくないんだからなぁヽ(`д´)ノ ウワァァァン




