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破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
203/548

第69話 スノムタの屈辱9-黒壁(後)

 その光景は、はるか後方の第五軍を率いるアレクシウスの目にも映っていた。

 戦車に建てられた櫓の上に設けられた椅子に座ったアレクシウスは、背もたれに背中を押しつけるようにしてのけ反ると笑い声を上げる。

「何と無様なものではないか!」

 種族を問わない国を作るなどと豪語していても、苦境に陥ればこの体たらくである。ゾアンどもは協力を誓った他の亜人種どもを見捨てて逃げるという畜生にも劣る醜態を晒しているのだ。

「弓を使う騎兵に、ゾアンどもの投石となかなか楽しませてもらったが、しょせんこの程度か」

 何と無様なものではないかと、アレクシウスはさらに笑う。

 弓騎兵にしろゾアンの投石部隊にしろ、もっと広い戦場であったのならば、話ももう少し違ったのであろう。

 しかし、自分らの後方に動かせない砦を本陣に置いたのが、そもそもの間違いなのだ。

 そんなことも理解せずに、このような開けた場所を戦場に選んだ「破壊の御子」とやらの無能さに笑いがこみあげてくる。

 そして、そんな奴に大敗し、今なおもその危険性を訴え続けるダリウス将軍の滑稽さも際立つというものだ。

 やはりあの老人は、そもそも大将軍などという器ではなかったのだ。

 そう思えば多少は寛大な心も持てるというものである。

「まあ、この『黒壁』を鍛えたことぐらいは評価してやらんでもない」

 アレクシウスは、今まさに敵の本陣へと攻め寄る「黒壁」を満足げに見やった。

 ヌミトス将軍が率いる国軍の重装槍歩兵たちを苦しめた投石すら一蹴し、整然と隊列を組んだまま前進する「黒壁」によって、ゾアンたちがなす術もなく後退している。

 その光景は、まさに圧巻であった

 大軍という数の力によって、敵を圧倒する。

 これこそアレクシウスが求める戦いの形であった。

「見よ、破壊の御子! これが我がホルメア最強の軍団『黒壁』よ!」

 アレクシウスは大きな笑い声を上げたのである。


                    ◆◇◆◇◆


 ホルメア国討伐軍の誰もが勝利を確信する中で、第二軍の後方にいるヒュアキスはひとり違和感を覚えていた。

 ダリウス将軍閣下を破った奴が、この程度なのか?

 ヒュアキスの心の奥底から、何かがしきりとそう訴え続けていたのである。

 だが、いくら冷静に戦況を見直しても、何らおかしなことはなかった。

 自分は最善手とまではいかないまでも、決して悪手は打っていない。

 それに、反乱奴隷どもが兵数で劣りながら、あえて多勢が利する平野での決戦を望んだのも、すべては機動力の高い弓騎兵とゾアンの投石部隊を活用するために他ならなかったのだろう。だが、そのいずれも破れた今、もはや「破壊の御子」に打つ手はあるまい。

 勝敗は決したも同然である。

 ――そう。決したはずなのだ。

 やはり、ヒュアキスの中で何かが引っ掛かっていた。

 先程から自分の心の奥底で危険を訴え続けている違和感。

 これと似た違和感をどこかで経験したような気がする。あれはいつだったか……?

 そう追憶に(ふけ)るヒュアキスの脳裏に、なつかしい光景が浮かび上がった。

「確か、あれは閣下との演習のときに……」

 副官であったヒュアキスは、幾度となくダリウス将軍の軍事演習の相手を務めてきた。そうした軍事演習においてヒュアキスは、将軍の策を見破り、またはその手を読んで、今度こそ自分が勝ったと思うことも度々あった。

 しかし、すると決まってダリウス将軍は返し手や罠を用意しており、ヒュアキスは一度として勝てはしなかったのである。

 そうして敗北にガックリとうなだれる自分に、ダリウス将軍はこう声をかけたものだ。

「相手の策を見抜き、自分は敵を上回った。自分の予想どおりの展開になった。そう思うと人はそれにだけに目を奪われてしまい、それこそが正答だと思い込む。そして、それ以外の可能性を無意識に切り捨て、本来は気づけたはずの罠にかかってしまう。

 逆を言えば、敵が求めるものや展開を用意することで、敵をこちらの思惑どおりに動かすこともできるのだ」と。

 すなわち「ダリウスの指南書」に(いわ)く――。

「『敵を動かさんと欲すれば、まず敵が欲するところを()せ』」

 思わず自分の口を突いて出た言葉に、ヒュアキスはギョッとした。

 そして、自分の違和感の正体に気づく。

 それは演習でダリウス将軍の罠にかかる寸前に、自分が感じていたものである。

「まさか……!」

 ヒュアキスの全身の毛孔が開き、一気に冷や汗があふれ出す。

 しかし、すぐに「俺は何を馬鹿なことを考えているのだ」とヒュアキスは頭を激しく振って、その考えを否定する。

 戦場を見れば敵の主力であったゾアンたちは逃走し、こちらの兵が敵本陣へ攻め寄せているところだ。もはやこの戦況は覆せない。覆せないはずなのだ。

 敵は、ダリウス将軍閣下ではない。自分の考えすぎだ。

 ヒュアキスは、自分へそう言い聞かせた。

 だが、その違和感は消えることはなかった。


                    ◆◇◆◇◆


 ガイウス連隊長が率いる「黒壁」の密集陣形が迫って来るのに、砦の中に戻った蒼馬を出迎えたのは、ホルメア国のマーベン銅山から救出したドワーフたちの戦士長ノルズリである。

「準備はできている?」

 開口一番に、そう尋ねる蒼馬にノルズリは胸をどんっと叩いて請け負う。

「おう。いつでもよろしいですぞ!」

 ノルズリの言葉に蒼馬はひとつうなずいてから命じる。

「では、お願いします!」

「承知した。――全員、配置につけ!」

 ノルズリの言葉の後半は周囲にいたドワーフたちに向けられたものだった。それを受けて周囲にいたドワーフたちがいっせいに動き始める。

 その喧噪の中で、ノルズリは蒼馬に向けて感謝の言葉を述べた。

「ホルメアへの積年の恨み。それを晴らす好機を我らにお与えくださったことに、感謝いたしますぞ」

 それに蒼馬は首を横に振る。

「感謝は、すべてが終わった後にしてください。今は、敵を叩くのが先です」

「ホッホッホッ! それもそうですな」

 ノルズリは髭を振るわせて笑った。

 その時、頭上からその目を活かして敵の動きを見張っていたハーピュアンのピピが声を上げる。

「敵、重装槍歩兵たちが目印の位置に間もなく到達します!」

 それにノルズリは笑いをおさめると、同胞のドワーフたちに「準備は良いか!」と声をかける。すると、ドワーフたちは緊張した面持ちで「おうっ!」と唱和した。

 そうしたドワーフたちを背に、蒼馬は開きっぱなしの砦の入り口から外を見る。そこでは真っ黒な壁を思わせる重装槍歩兵の密集陣形が、緩やかな傾斜を上り、こちらに向けて迫ってくる姿が見えた。

「ホルメアの最強の軍団『黒壁』か……」

 こちらへ向かってくる「黒壁」を見やりながら、蒼馬は右腕をゆっくりと振り上げると、ひとりごちる。

「『黒壁』と名乗るのならば、こちらもそう対処するまで」

 そのつぶやきが消えるか消えぬうちに、ピピが叫んだ。

「敵、入りました!」

 蒼馬は右腕を鋭く振り下ろす。

「――やってください!」


                    ◆◇◆◇◆


 敵の頭目が逃げ込んだ砦へと攻め寄せる「黒壁」の重装槍歩兵の最前列に、馬を並べて立ったガイウス連隊長は、その太い右腕を振り回しながら声を張り上げる。

「ハハハハハッ! 攻めよ、攻めよ! 憎き『破壊の御子』の首を取れ! 閣下の御前にお持ちするのだっ!」

 そう叫びながらも、さすがにガイウス連隊長もおかしいと思い始めていた。

 敵は何を手間取っているのか、いまだに砦の扉が閉まろうとする気配すらない。

 しかし、今さら何かができるとも思えなかった。

 こちらは三千もの重装槍歩兵である。これを足止めするには、生半可な手では不可能だ。

 この渡し場を制圧されて以来、遠巻きだが常にここは見張られていた。そうした見張りの目を誤魔化して、数千人を足止めできる落とし穴や(ごう)を掘るような大規模な土木作業が行えるはずがない。また、今も見渡す限り柵などといった障害物の姿も見えない。

 さらに敵の主力であるゾアンが逃げ出したとなれば、もはや敵に打つ手はないはずだ。

 自分の気の迷いと割り切ると、ガイウス連隊長は再び兵に号令をかける。

「攻めよ、攻めよ! 敵を粉砕せよ!」

 そう声を張り上げたガイウス連隊長の視界の片隅に、一瞬、何かがよぎる。

 それに、何だ? と思うガイウス連隊長であったが、次の瞬間、激しい衝撃とともに意識を吹き飛ばされてしまった。


                    ◆◇◆◇◆


 まず聞こえてきたのは、立て続けに鳴り響く重苦しい衝撃音であった。それにわずかに遅れて人間の悲鳴や怒号が巻き起こる。

 それは後列にて指揮を執っていたヒュアキスの耳にも届いた。

「いったい何が起きたっ?!」

 しかも、悲鳴や怒号は、一か所ではなく中列全体から聞こえてくる。

 これは偶発的に発生した不慮の事態ではない。明らかに、敵の作為によるものだ。

 そう判断したヒュアキスだったが、すぐに困惑する。精強無比で知られる自分ら「黒壁」の重装槍歩兵による密集陣形に対して、これほど広範囲にいっせいに効果的な打撃を与える手段がとっさに思いつかなかったからだ。

 とにかく中列の状況を把握しなければならない。

「ガイウス連隊長からの連絡はないのかっ?! ――伝令兵! 伝令兵っ! すぐさま中列の状況を確認せよ!」

 中列は激しく混乱している様子だ。これでは中列からの報告は、すぐにきそうもない。ヒュアキスは手許の伝令兵をすぐさま前へ向かわせた。

 その間にも、中列からは断続的な衝撃音と悲鳴が聞こえてくる。

「くそっ! いったい前線で何が起きているのだ?!」

 そのヒュアキスの疑問に答えるように、中列の重装槍歩兵の壁を割って、何かがこちらに飛び出してきた。

 それはゴロゴロと大きな音を立てて、ヒュアキスの乗る騎馬の足元まで転がってくる。

「こ、これは……!」

 それは大きな丸い石だった。

ガイウス「そんなガキの屁理屈のような手で、我らが――我ら『黒壁』がやられるというのか?! ふざけるなー!」

ヒュアキス「奴らめ! 奴め! 『破壊の御子』め! 貴様の目的は最初から――」


次話「スノムタの屈辱10-破壁」


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