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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
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第25話 聖地

 燃え盛るような夏の気配がやや衰えを見せ始めたソルビアント平原を旅する集団があった。

 その先頭を歩くのは、二十名を超えるゾアンの戦士たちである。いずれも鮮やかに染め上げたツタで編んだ胴鎧を身に着けた屈強な戦士たちだ。

 その中でも特に目を引くのは、その体躯のみならず、ただ歩いているだけだというのに、その一挙手一投足からも只者ではないと思わせる黒毛と赤毛のゾアンの戦士――ガラムとズーグである。

 そして、そのふたりの後ろに続くのは、一台の幌馬車だ。

 地面のわずかな凹凸でも激しく車体を揺らす幌馬車を曳いているのは、荷竜と呼ばれる大きなトカゲだ。その手綱を握るのは、明るい栗色の毛をしたゾアンの女戦士――シェムルである。

 ゾアンたちから《気高き牙》という(あざな)で呼ばれるほど誇り高い彼女が御者の真似事までする幌馬車に乗っているのは、もちろん彼女の「臍下の君」である木崎蒼馬である。

 蒼馬が乗る幌馬車の後ろには、荷物を満載にした大きな荷車が、荷竜よりも巨大な生物に曳かれていた。

 そして、その後ろとなる集団の最後尾にはゾアンとはまた異なる屈強さを誇るドワーフの戦士たちが続く。これを率いるのは、豊かな髭を胸元まで伸ばしたドワーフの名工にして戦士長のドヴァーリンである。

 すでにボルニスの街を出てから、五日目。

 蒼馬たちがこのような大所帯で何日も平原を旅しているのは、数週間前にボルニスの街を訪れたひとりのゾアンの戦士が届けた一報からであった。


              ◆◇◆◇◆


 その戦士がボルニスを訪れたのは、蒼馬が孤児院や学校の設立のために奔走していた頃である。

 そのゾアンの戦士は〈目の氏族〉の使者を名乗り、蒼馬をはじめシェムルやガラムやズーグらのゾアンの主だった面々を前に一礼をすると、次のように言った。

「巫女頭様より、願わくば皆様には早急に聖地へお出でいただきたいとのことです」

 それに不思議そうに首を傾げたのは、ガラムである。

「ボロロまでは、まだ日もあるのではないか?」

 ゾアンの大祭ボロロが開かれるのは、本来は昼と夜の長さが同じになる春分の日である。しかし、今回は例外的に秋分の日に開催されるのだが、それにしてもまだひと月以上の余裕があった。

「はい。――実は、すでに聖地には多くの人々が詰めかけております。本来ならばそれを取り仕切る我ら〈目の氏族〉も、大祭ボロロを開くのは数十年来のこと。お恥ずかしい限りですが、いくつか騒動も起きており、氏族の族長の方々には早めに聖地入りしていただきたいのです」

 ボロロが開かれなくなったのは、三十年近く前にゾアン全氏族連合がホルメア国軍に大敗してからである。そのため、多くの者が父祖の話だけしかボロロを知らず、混乱するのも無理はない話だった。

 こうして、蒼馬たちは急遽予定を繰り上げて、ゾアンの聖地に向かうことになったのである。

 とは言っても、シェムルたちに聞けば、ボルニスの街から聖地まで行くには一週間近くはかかる。それではひと月以上先のボロロを終えて街に戻って来るのには、二ヶ月近くかかることになってしまう。

 それだけの長旅の準備が必要なのはもちろんだが、その間に蒼馬が街を不在となってしまう対策も取らなければならない。蒼馬は、そうした準備や対策の協議などに慌ただしく追われることになったのである。

 すると、どこからかそれを聞きつけたヨアシュが、ボルニスの領主官邸にふらりと立ち寄った。

「ヨーホー! ソーマ様、ぜひこれをお納めください!」

 そう言ってヨアシュが領主官邸の庭まで曳き入れたのは、小さな家ほどもある荷車であった。荷車には荷物が山と積まれ、その上に幌がかけられている。

 しかし、それよりも蒼馬の目を引いたのは、その荷車を曳く巨大な生物であった。

「こ、こいつは何ですか……?!」

 それは、オオサンショウウオによく似た生物だった。しかし、その大きさは小型のダンプカーほどもある。そして、カバかサイのような寸胴な胴体を支える四本の足は、前脚に比べ後脚が太く長く、お尻を突き上げるような不格好な体勢だ。その尻にある丸く大きな傷跡は、おそらくは荷車を曳くために邪魔な尻尾を断尾した痕だろう。

 驚く蒼馬に、ヨアシュは自慢げに言った。

「おや、ご存じない? 確かに、この辺りでは珍しいでしょう。遠い南方に生息する大型の荷竜で、私たちは大竜と呼んでいるものです」

 首ではなく腰のあたりに梶棒と横木をかけられた大竜に、蒼馬はおっかなびっくり近づくとしげしげと観察した。

「なんで口を縛っているんだろう?」

 オオサンショウウオに良く似たひし形の平たい頭は、革紐で固く縛られ、口が大きく開けられないようになっている。

「この大きな口では人でも一口にパクリだろ。そうならないようにではないか?」

 シェムルの答えに、まさかと思った蒼馬だったが、脇から「そのとおりだよ」と答えが返ってきた。

 そう言ったのは、ここまで大竜を曳いてきた中年の男である。ヨアシュは、男を竜丁だと紹介してから、こっそりと蒼馬に耳打ちする。

「竜丁は、王侯貴族にも礼を取らずとも良いという特権があるので、無礼はご容赦を」

 中世の頃にも、特殊技能を必要とする職人などにそうした特権を与えていたというが、おそらく竜丁もそうしたものだろうと蒼馬は納得した。

 そんなやり取りをしているふたりの前で、竜丁の男は大竜の口を縛り付けていた革紐をほどいてやる。それから首筋を平手で二度叩くと、大竜はバカっと大きな口を開いた。

 そして、次の瞬間、大竜の咽喉が大きく鳴ったかと思うと、口から大量の吐しゃ物が流れ出す。

 その突然の出来事に、蒼馬は驚いて小さな悲鳴を上げると飛び退いた。

「ほら、見てごらん」

 鼻の粘膜を突き刺すような、ツンッとした刺激臭に顔をしかめながら竜丁に言われて吐しゃ物を見た蒼馬は驚いた。湯気を立てる吐しゃ物の中に、動物の骨のようなものと、そして大量の毛の塊があった。

「消化しきれない毛や骨だよ」

 ちょうどそこへ竜丁の手伝いの少年が、殺したばかりの子牛を一頭引きずってきた。少年が大竜の前に子牛を置くと、竜丁は再び首筋を平手で叩いてやる。すると、大竜は大きな口を開いて、子牛をパクリッと丸呑みにしてしまった。

 大きく咽喉を波打たせながら子牛を呑み込む大竜の姿を感心して見つめていた蒼馬に、竜丁は得意げに説明する。

「こうして子牛を一頭与えておけば、十日かそこらは水だけでも働いてくれるのさ」

 蒼馬は、なるほどと感心した。ひっきりなしに飼葉を与えなくてはならない牛や馬などに比べ、こうして一度餌をやるだけで十日も働いてくれるのは便利だ。

「でも、これじゃあ本当に人を丸呑みしちゃいそうだ」

 他愛もない冗談として蒼馬は言ったのだが、それに竜丁は笑って答えた。

「実は、こいつを飼っている厩舎には、どこにも必ずこんな話が伝わっているのさ」

 とある大竜の厩舎に、ひとりの美しい金髪の少年が見習いとして雇われていた。とてもまじめに働く子で、厩舎の竜丁らからはとても可愛がられていた。

 ところが、ある日忽然とその少年が姿を消してしまう。心配した竜丁らが必死に探したが、いくら探しても見つからない。とうとう竜丁らは少年を探すのを諦めて、仕事が辛くて逃げ出したのだろうと噂をしていた。

 それからしばらくして、竜丁が大竜に餌をやろうとしたのだが、一匹だけなぜか餌を食わない。

 さては何か変なものでも食ったのではないかと思い、その大竜に吐かせると、その吐しゃ物の中にきれいな金髪と見習いの衣服が出てきたという。

 そんな話を聞かされて目を真ん丸にして驚く蒼馬とシェムルに、竜丁は大きな口を開けて笑った。

「あくまで噂さ。めったに、そんな事故は起きないよ」

 めったに、ということは、可能性は低いが起こり得るという意味だ。蒼馬とシェムルは、そろって大竜から一歩後ろに下がったのだった。

 そこに、「えへん」とワザとらしい咳払いが聞こえた。

「大竜もよろしいのですが、荷の方にも興味を持っていただきたいものですね」

 すねたように口先を尖らせるヨアシュに、蒼馬は慌てて詫びる。もちろん、すねて見せたのはヨアシュのご愛嬌(あいきょう)だ。気を悪くした様子もなく、ヨアシュは芝居がかった口調で言う。

「各地から取り寄せた葡萄酒に麦酒! そして、ジェボアの海で取れた魚や貝の干物に、自慢の魚醤! 干した果実! 金属製の鍋釜! 他にも平原では見られないものばかり、いろいろと取り揃えております」

 ヨアシュは気取った仕草で、一礼をした。

「ソーマ様は、ゾアンたちの王になられるとか。それならば、手ぶらではいけません。ぜひこれらの品をお持ちください!」

 これらは、ヨアシュからの蒼馬の族王襲名のお祝いを兼ねた平原のゾアンへのお土産というわけだ。しかし、ヨアシュがただでものをくれるわけがない。蒼馬はすぐにヨアシュの狙いに察しがついた。

「え~と、つまりはゾアンの人たちにジェボアの商品を紹介してくれってことですか?」

「ヨーホー! バレてしまいましたか」

 相変わらずの抜け目のなさに、蒼馬は呆れるやら感心するやら苦笑いするしかなかった。

 しかし、ヨアシュの考えは、蒼馬にとっても悪いものではない。

 今後、すべての種族が平等に暮らす国を作るためにも、人間とゾアンの交流は欠かせないものだ。しかし、今はまだ長年の確執が残っており、街では互いに無視か不干渉という態度を取っている。何かゾアンと人間の確執を乗り越えるきっかけがあればと思っていたが、交易がそのきっかけになるかもしれない。

 それに、と蒼馬は荷車を振り返る。

「おお! 酒か、酒か! これは良い!」

 さっそく荷車に積まれた酒の品定めをしているズーグの姿があった。酒樽に鼻先を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでいる。

 それをガラムが険のある口調で咎めた。

「おい、ズーグ。それはソーマのものなのだぞ」

 狩猟種族であるゾアンにとって、手に入れた獲物は一番偉い者が分配するのが定めだ。下の者が勝手に獲物に手を触れるのは非礼とされている。

「おう! もちろん、今は匂いだけだ。だが、結局は振る舞われるのだろ? ――なあ、ソーマ殿!」

 そこまでズーグに期待を込めて言われれば、ヨアシュの申し出を断れるはずもない。蒼馬がうなずくと、ズーグはうれしそうに荷車の中を漁り始めた。

「ズーグよ! だからと言って勝手に漁っては――」

「おい、ガラム。こいつを見ろ。こんなデカい魚は初めて見たぞ!」

 小言を言うガラムに、ズーグは大きな魚の干物を投げ渡した。それを受け取ったガラムは言葉を詰まらせ、顔をしかめる。何しろ平原では、これほど大きな魚は見たことがない。いったいどのような味がするのか興味がないと言えば嘘になる。

 物珍しいものを見つけては歓声を上げるズーグと、干物を見つめて難しい顔で黙り込むガラムの姿に苦笑をひとつ洩らしてから蒼馬も荷車に山積みにされた荷物を見上げた。

「でも、これだけの荷物をどうやって運ぼうか……」

 領主官邸で飼われている大型の荷竜を使っても、これだけの荷物を運ぶには二台か三台に分けなくてはならないだろう。すでに自分らの荷物を載せる荷馬車に荷竜を一頭確保しているため、さらに予定外の荷竜を旅に連れて行ってしまえば、残された街での荷運びに支障が出かねない。

 それを心配していた蒼馬に、ヨアシュは自分の胸をひとつ叩いて見せた。

「ご安心ください。この大竜と荷車を丸ごとお譲りしましょう!」

 これには、蒼馬も驚いた。

 こんな大きな荷車一杯の商品に加え、珍しいと本人も言っていた大竜もつくのだ。おそらくは、これだけでもひと財産だろう。そんなものをポンッともらって良いものかと迷う蒼馬に、ヨアシュは安心させるように笑って見せた。

「私のゾアンとの交易にかける期待に比べれば、この程度は安いものです」

 ヨアシュにしてみれば、まだ他の商人の手がついていないゾアンとの交易は、莫大な利益が望める新規事業である。そのためと思えば、これぐらいの投資はささいなものだったのだ。

 こうしてヨアシュのおかげで予想外の手土産も用意できた蒼馬は、エラディアとマルクロニスに街の留守を任せると、秋分の日をひと月も前にしてボルニスの街を出立することにしたのである。

 しかし、その出立のときに、予期せぬ騒動がひとつ起きた。

 いざシェムルが御する幌馬車に乗って街を出ようとしたとき、街に残るはずのジャハーンギルが、無言で荷台に乗り込んできたのである。

 これからボロロが開かれる秋分の日がいよいよ近づけば、今はまだ街に残っているゾアンたちもすべて聖地に向かうことになる。今なお蒼馬の最大の兵力であるゾアンがごっそり抜けてしまえば街は手薄となり、それをきっかけに反乱が起きないとも限らない。

 そうした反乱を抑止するため、蒼馬は留守中にディノサウリアンたちによる街の定期巡回をお願いしていた。身長が二メルト(約二メートル)を優に超えるディノサウリアンたちが集団で街をのし歩けば、これほど効果的な示威行為はないからだ。

「親父が行くなら、俺も行くぞ」

 そう言ったのは、ジャハーンギルの三人の息子たちの長兄メフルザードである。

 シャムシールのように湾曲した片刃の剣を二本背中に負ったメフルザードは、父親に続いて荷台に乗り込もうとした。

 そのとたん、激しく鞭を打つような音がし、それとともに、荷台に乗り込もうとしていたメフルザードが、ゴロゴロと地面に転がり落ちて来る。

 その痛そうな音に思わず首をすくめてしまった蒼馬が幌馬車の荷台を見ると、そこには荷台の中で腹這いになったジャハーンギルが、実の息子を叩き落としたと思われる尻尾をゆらゆらと動かしていた。

 あんな大きな音が鳴り響くほど強く尻尾で叩かれて大丈夫なのかとメフルザードを見やるが、ふたりの弟によって両脇を固められて引きずって行かれる彼が元気いっぱいに抵抗している姿に、何となく「ディノサウリアンって怖いなぁ」と場違いな感想を抱く。

「きさまっ! これはソーマが乗る馬車だぞっ!」

 図々しく幌馬車に乗り込んでしまったジャハーンギルに、シェムルは食ってかかった。それに、ジャハーンギルは薄目を開いて、蒼馬を見やる。すると、ずりずりと狭い幌馬車の荷台の脇にその巨体を寄せると、近くに置いてあった毛織物を勝手に引っかぶり、あくびをひとつ洩らして昼寝を始めてしまう。

 それにさらに食ってかかろうとしたシェムルを蒼馬は「まあまあ」と言ってなだめる。

 普段からも蒼馬の下にいるディノサウリアンを統率しているのは、実際のところジャハーンギルの二男のニユーシャーと末っ子のパールシャーのふたりだ。ジャハーンギルは戦以外のことには、あまり興味を示さず、普段からこうしてゴロゴロと昼寝ばかりしている。そんな彼が抜けても、大差ないだろう。

「では、後はよろしくお願いします」

 ジャハーンギルの空けた場所に乗り込んだ蒼馬は、見送りに来たエラディアとマルクロニスにそう声をかけてから、聖地へと向かったのである。

 そして、街を出てから、ちょうど一週間後。

「見ろ、ソーマ。あれがゾアンの聖地ロロだ」

 シェムルが指差す先に、ロロの姿を捉えた蒼馬は感嘆の声を上げた。

「へぇ。あれは聖地ロロか……」

 ついにゾアンの大祭ボロロが開かれるゾアンの聖地ロロを蒼馬は間近にしたのである。

 ゾアンの聖地ロロ。

 それは「世界樹の切り株の化石」とも呼ばれる自然が生んだ驚異の地形である。

 そこで手荒な歓迎を受ける蒼馬たち。

 そして、彼らの前に巫女頭が姿を現す。


次話「巫女頭」

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