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神を喰らって神剣になった私と冷徹な死神~妹に裏切られ神の贄にされた令嬢は帝都の軍人に溺愛される~  作者: あさづき ゆう
第三章 結衣の変化

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結衣の中にいるもの

 目を開けると、そこはいつもの部屋ではなく医務室だった。

 仕切りの布がまくられ、誰かがそばに来る。結衣は首をゆっくりと動かし、そちらへ目を向けた。丸い眼鏡をかけた、五十歳ぐらいの男性だ。やや長めの髪を後ろにひとつに縛り、白衣を着ている。彼は結衣と目が合うと、優しい笑みを浮かべた。


「あ、起こしてしまったかな?」

「いいえ。今目が覚めました。それで、ここはどこでしょう?」

「医務室。勝手に隊長の部屋に入るわけにいかないから、ここに連れてこられたんだ。気分はどうかな?」


 結衣は聞かれるまま、素直に答えた。


「気分は悪くないです。でも動きにくい」


 腕を動かすにも、ギシギシいう。


「そうだろうね、君が倒れてすでに三日たっているんだ」

「三日!?」


 想像以上に意識を失っていたことに愕然とした。言葉をなくしていると、医師は子どもに問うような柔らかな口調で尋ねた。


「驚くのも無理はない。ところで、倒れる前のことを覚えているかな?」


 結衣は記憶をたどり寄せ、直前までの行動を思い出した。


「あの時、狭間さんと話していて、真人を追いかけようとして」


 そうだ、あの時、屠神の記憶が流れ込んできたのだ。その情報と屠神の感情を処理しきれず、あっという間に飲み込まれた。


「ああ、嫌になっちゃう。そうだわ、私、体を明け渡してしまったんだわ」


 自分の不甲斐なさに情けなくなりながら、項垂れた。医師はははは、と愉快そうに笑う。


「その自覚があるなら、まだまだ大丈夫だと思うね」

「どうしてそう言えるの?」

「隊長に頼まれて、私も文献を調べていたんだよ。屠神ではないけど、星辰の同化については資料があった」


 星辰――帝のことだ。ドキリと胸が鳴り、緊張する。


「最初のころは混ざり切れなくて、乗っ取られてしまうものらしい。そこから、徐々にひとつに混ざっていくようなことが記されていた」

「その書き方だと、私はまだ同化しきれていないの?」


 自分の髪をひとつまみする。そこはすでに結衣が人ではなくなった証拠がある。医師はうーんと首をひねった。


「容貌の変化が一番わかりやすい。だけど、それだけではないようだ」

「この後、どんな風になっていくのか――」


 結衣はとにかく現状を知ろうと、質問を重ねようとしたが、途中で言葉が切れた。


「結衣さん? どうかしましたか?」

「真人の気配を感じる」


 結衣はすぐさまベッドから降りると、慌てて部屋から飛び出した。自分がどんな格好をしているかなんて、気にならなかった。着物の裾を持ち上げ、裸足のまま廊下を走る。迷うことなく、玄関へと向かった。


(真人が近くにいる!)


 どんどんと近くなる気配に、結衣の心が喜んだ。早くそばに行きたい、ただそれだけだった。

 長い廊下を走り、角を曲がれば、そこには先ほど遠くから見ていた真人がいた。薄汚れているのは、急いで戻ってきてくれたからなのか。置いていったことを詰問しようと思っていたのに、そんな気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。すぐそばにいる。それだけで、心が一気に満たされる。


「真人!」


 結衣の呼びかけに、彼は変わらぬ様子で顔を上げた。そして、力いっぱい彼に飛びついた。


「結衣、お前、そんな恰好で……!」


 真人は結衣の姿を見て、慌てて自分の上着を脱いで着せた。それを見ていた浅羽が顔を引きつらせる。


「うわー。隊長、ちょっとそれ、汚れていますぜ」

「ないよりはいい」

「そういう問題じゃないでしょうよ」


 二人のやり取りに、ようやく結衣の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。彼に違和感を覚えた。


「ケガ、している?」


 真人が口を開きかけた時に、浅羽が先に話した。


「ずばっとやっちまっています」


 驚きに目を見開けば、浅羽が頷く。


「隊長だと問題ないしか言わないんで。正直、なんで平気な顔をしているのか謎です」

「見せて!」

「……薬を塗ったから大丈夫だ」

「そういう問題じゃない!」


 結衣は蒼白になりつつも、怒鳴った。そして、強引に怪我をしている腕を掴み、袖をまくる。腕には訪台がきっちりとまかれていて、しかも護符までついている。


「穢れも貰っているの?」


 当主教育での知識を絞り出し、対処方法を思い出そうとする。真人は結衣の目から隠そうとするが、結衣は頑として譲らない。真人は素直に答えないのはわかっている。だから、浅羽に目を向けた。


「どこまで処置しているの?」

「正式な手順は踏んでいますよ。ただ、護符による浄化なんで、時間がかかります」

「わかったわ」


 結衣は小さく頷くと、護符の上に手を乗せた。目を閉じて自分の中にいるはずの屠神に呼び掛ける。


(これ、あなたならどうにかできるでしょう?)


 誰に教わったわけでもない。でも、結衣は確信していた。イライラしながら、心の中で声をかけ続ける。そうしているうちに、心の奥底に震える何かがいた。


 ――もうひとりの私、強引ね。


(早く反応してよ。真人のけがを直したいの)


 ――簡単よ、呪文を唱えなさい。

 ――穢れを清め給へ、悪しき気は滅び給へかし。


「穢れを清め給へ、悪しき気は滅び給へかし」


 そう唱えれば、手のひらから淡い光が広がった。それを確認してから、結衣は何度も呪文を唱えた。十分に光が溜まったところで手をどかし、ふっと息を吹きかける。光が強く広がった後、消えた。


「これでよし」


 結衣は目を細め、真人の腕を確認すると満足そうに呟いた。そして、巻いてある包帯をほどく。そこにあったはずのひどい傷は全くなく、健康な肌が見える。


「どう? 痛くない?」

「……そうだな」


 真人は呆気にとられた顔をしたが、すぐに確認する。しばらく動かしたり触ったりしていたが、問題なさそうだ。


「すいごいじゃないですか! え、どうやったんです?」


 浅羽が驚きに素っ頓狂な声を上げた。


「このぐらいは当然よ」


 気をよくした結衣が胸を張ると、真人に手首を掴まれた。


「どういうことだ?」

「どう、って……私が屠神だったというだけのことよ」


 手首を掴む手が強くなる。その痛みに顔をしかめた。


「お前は余計なことをしなくていい」

「そういうわけにはいかないじゃない。あなた、屠神ナクシテ、コレカラドウスルツモリナノ?」


 真人の否定する言葉に、結衣は笑みを消した。そして強い眼差しで彼の目を見つめる。


「誰だ」

「フフ、ズット、アナタノソバニ、イタジャナイ。コノ体、トテモイイワ。アリガトウ」


 真人は一度目を伏せてから、結衣を引き寄せた。バランスを崩し、彼の胸へと飛び込む。


「眠れ」


 その一言で、結衣の体から力が抜けた。床に崩れ落ちないように真人が結衣を支える。結衣は真人に寄りかかったまま、すぐに目を開けた。額を抑え、ゆっくりと顔を上げる。


「真人、どうしたの? そんな怖い顔をして」

「お前、さっきおかしかった」


 じっと結衣を観察したまま、そう告げる。結衣は驚きに目を瞬いたが、すぐに何でもないと笑った。


「ああ、彼女が出てきちゃったのね。ちょっと焦って、失敗しちゃったわ」


 軽くそう言ったにもかかわらず、真人の表情は硬い。そして、ゆっくりと結衣の頬に触れた。優しい手つきであったが、結衣の中にあるものを確認しているかのようだった。


「あれと接するのはやめろ」

「あら、無理を言うのね。彼女は私の中にいるのよ?」


 彼の熱い手が気持ちよくて、結衣は自分の頬をほんの少し擦り付ける。真人はそれを避けることはしなかった。


「わかっている。だが、あれは駄目だ。今日みたいなことは絶対にするな」

「治療のこと?」

「それだけじゃない。あれを介して、俺のそばに来ようとするな」


 真人にじっと見つめられて、結衣は驚いた。気づかれないと思っていた。嫌と言ったらいいのか、それともとぼけたほうがいいのか。一瞬の迷いが、言い訳を見失わせた。うまい言葉が見つからないまま、自分の気持ちをそのまま伝える。


「ねえ、もうあんな風においていかないで。そうしたら、あんなことはしないわ」


 真人は結衣の頬から手を外し、ため息をつく。


「いつからだ」

「何が?」


 何を知りたいのか、わかっているけど知らないふりをする。だがそんなことで誤魔化される真人ではない。


「あれと接触したのは」

「……彼女と私は同じものよ。だって、真人がそう言ったんじゃない。私はあなたの神剣だと」

「そうだ、お前は俺の神剣だ。だったら、勝手なことをするな」


 結衣は真人が何をこだわっているのかがわからなかった。真人の心を推し量ろうと、瞬きもせず見つめた。二人の空気がピンと張りつめる。


「はいはい、痴話げんかはそこまで。真人はさっさと治癒師に見てもらう。そして、報告書を作って提出すること」


 ぱんぱんと手を叩きながら、狭間が割って入った。真人は何か言いたそうな顔をしたが、ため息をついて結衣と距離を取った。結衣はその距離にわずかに眉を寄せる。


「真人、またあとで話しましょう」


 真人はそれには答えることなく、治療室へと向かった。残された結衣は彼の後ろ姿をじっと見送る。


「はあ、なんだかこじれそうな予感がする」


 狭間は不穏な空気を感じたのか、そうこぼした。真人と一緒に行動していた浅羽が大きく頷く。


「あれ、絶対に納得していないっすよ。隊長、一度懐に入れてしまうと、とことん甘やかす性格ですからねぇ」


 甘やかされていた自覚がある結衣は苦笑した。


「でも、ずっと甘えたままじゃいられないわ」

「随分と自覚したんだな」


 不思議そうに狭間に聞かれて、肩をすくめた。


「私だって、ちゃんと考えるのよ」

「そうみたいだ。そうだ、前に話していた件だけど。いつでも出かけられるから。僕か、もしくは隊員の誰かを連れていくといい」


 ぱっと結衣の顔が喜びに輝く。


「許可が出たの?」

「そりゃあ、出るさ。帝が一番、結衣の覚醒を願っているんだから」


 結衣はそれもそうね、と頷いた。


ここまでお付き合い、ありがとうございます!

現在ここまでしか書けておらず、更新が止まります。


来月には連載を再開(予定……(;・∀・)しますので少しお待ちいただけると嬉しいです!

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