第98話:古き守護者と魂の対話
霧と岩でできた、大地の精霊。
眠れる巨人の地を、永劫の時から、守り続けてきた、古き守護者、「ガイア・スピリット」。
その、顔のない、顔が、静かに、私たちを、見据えている。
そこには、敵意も、悪意も、ない。ただ、古く、そして、どこまでも、中立的な、世界の理そのもののような、静かな、意志が、あった。
アレンが、大剣を、構える。
だが、ガイア・スピリットは、動じない。物理的な、攻撃が、通用する、相手ではないことは、明らかだった。
『……汝らは、何者か』
その声は、風の、音でもあり、岩が、擦れる、音でもあった。私たちの、魂に、直接、響いてくる。
『なぜ、この、聖なる、眠りを、妨げる』
レオナルドが、一歩、前に出た。
「我らは、旅の者。この地に眠る、大いなる力を、悪しき者の、手に、渡らぬよう、封印するために、参りました」
その、敬虔な、言葉に、ガイア・スピリットは、わずかに、その、霧の、頭を、傾けたように、見えた。
『……封印、だと? 人の子よ。汝らは、常に、そうだな。自らが、生み出した、力を、恐れ、そして、封じようとする。だが、力とは、それ自体に、善も、悪も、ない。ただ、そこに、存在するだけだ。それを、どう使うかという、汝らの、魂の、在り方が、問われているに、すぎぬ』
その、あまりに、根源的な、言葉に、私たちは、何も、言い返すことが、できなかった。
ガイア・スピリットは、私たち、一人一人の、魂を、見透かすかのように、その、視線を、向けた。
『勇者よ。汝の、魂は、力強い。だが、その、力は、破壊のためだけに、あらず。その、底には、どこまでも、温かい、守護の、光が、眠っているな』
『聖者よ。汝の、魂は、清らかだ。だが、その、慈愛は、ただ、与えるだけでは、ない。時には、厳しく、断ち切ることの、意味も、知っている』
そして、その、視線が、私に、注がれた。
『……そして、賢者よ。汝の、魂は、複雑だ。光と、影。破壊と、創造。その、全てを、内包している。汝こそが、最も、人間に、近い、魂の、在り方だ。故に、汝は、最も、過ちを、犯しやすく、そして、最も、偉大な、奇跡を、起こしうる』
ガイア・スピリットは、私たちに、最後の、問いを、投げかけた。
『汝らは、本当に、この、「帰還の道」を、閉ざすことが、世界にとって、善いことだと、信じておるのか?』
『いつか、この世界が、再び、過ちを、犯し、新たな、勇者を、必要とする、時が、来たなら? あるいは、元の世界に、帰りたいと、心から、願う、魂が、現れたなら?』
『汝らは、その、未来の、可能性さえも、自らの、手で、摘み取ってしまうのか?』
その、問いに、私たちは、答えられなかった。
私たちの、行動は、本当に、正しいのか。それは、ただの、私たちの、傲慢なのではないか。
その、迷いが、私たちの、心を、揺らがせた、その瞬間。
アレンが、大剣を、地面に、置き、そして、言ったのだ。
「俺は、もう、勇者じゃねえよ」
その、あまりに、単純で、しかし、力強い、言葉。
「俺は、ただの、アレンだ。イザベラと、レオナルドと、一緒に、この世界で、生きていきたいだけの、ただの、男だ。だから、もう、俺みたいな、奴は、必要ない。この世界は、もう、大丈夫だ。俺たちが、そうするんだからな」
その、揺るぎない、答え。
それは、彼が、この旅の、果てに、見つけ出した、彼自身の、魂の、在り方だった。
その、答えに、呼応するように、レオナルドも、そして、私も、続いた。
「我ら人間は、過ちを、犯します。ですが、その度に、立ち上がり、手を取り合って、より、良い、明日を、目指す、力も、持っています」
「わたくしたちは、もう、一人の、英雄に、全てを、押し付けるような、未来は、選びません。この、水晶は、希望では、ありません。過去の、過ちへの、甘えですわ」
私たちの、三つの、魂が、一つになった、その、揺るぎない、答え。
それを、聞いた、ガイア・スピリットは、長い、長い、沈黙の後、ゆっくりと、その、霧の、体を、解き始めた。
そして、その、中心に、鎮座していた、「共鳴の水晶」への、道を、私たちに、開いたのだ。
『……よかろう。汝らの、覚悟、確かに、受け取った』
『汝らの、魂が、曇らぬ限り、この、世界に、光は、あり続けるだろう』
『行け。そして、汝らの、物語を、完成させるがよい』
それは、世界の、理そのものが、私たちを、認めた、瞬間だった。
最後の、試練は、戦闘ではなかった。
私たちの、魂の、在り方を、この世界に、証明することだったのだ。
私は、仲間たちと、顔を、見合わせ、そして、最後の、役目を、果たすため、共鳴の水晶へと、静かに、歩みを進めていった。




