第90話:一夜だけの都と歌う真珠
約束の、二週間が、過ぎた。
その夜、私たちの、目の前で、世界は、その、神秘の、素顔を、現した。
東の空に、昇った、満月は、まるで、巨大な、サファイアのように、静かで、美しい、青色の、光を、放っていた。
伝説の、「青い月」。
そして、その、月の、引力に、引かれるように、眼下の、海が、あり得ない、速さで、引いていく。ゴウゴウと、音を立てて、潮が、沖へと、遠ざかり、普段は、深い、海の底にあるはずの、広大な、海底が、その姿を、現す。
「王の干潮」。
やがて、水が、完全に、引いた、その、海底から、一つの、壮麗な、都市が、ゆっくりと、その、威容を、現した。
真珠と、珊瑚、そして、自ら、光を、放つ、未知の、鉱石で、作られた、美しい、建造物の、数々。数千年もの間、魔法の、障壁によって、守られてきたのであろう、その、都は、傷一つなく、完璧な、姿で、そこに、存在していた。
そして、私たちが、待つ、岬から、その、都の、正門まで、一本の、光の、道が、すっと、伸びてくる。
それは、私たちを、招き入れるための、招待状だった。
私たちは、畏敬の念と、共に、その、光の道を、歩き、幻の、水中都市へと、足を踏み入れた。
都の、中では、その、住人である、「海人」たちが、私たちを、静かに、出迎えてくれた。
彼らは、輝く、鱗と、優雅な、鰭を、持つ、美しい、半人半魚の、一族。
その、指導者である、コーラリアと、名乗る、気品あふれる、女王は、私たちに、穏やかに、告げた。
「お待ちしておりました、地上の、救世主たちよ。星と、潮が、あなた方の、来訪を、告げておりました」
その、一夜、私たちは、海人の、都で、夢のような、時間を、過ごした。
レオナルドは、光る、海藻や、海の、果実を使った、生まれて初めて、口にする、独創的な、料理の、数々に、感動し、涙を、流していた。
アレンは、水の、流れを、模したという、海人の、優雅な、武術、「潮流の舞」を、教わり、力だけではない、戦い方を、学んでいた。
そして私は、女王コーラリアと、語り合った。地上の、それとは、全く、異なる、海の、民の、歴史と、哲学。そして、歌で、物質を、形作るという、彼らの、不思議な、魔法について。
やがて、夜が、明け始め、潮が、再び、満ちてくる、気配がした頃。
コーラリア女王は、私たちに、一つの、贈り物を、差し出した。
それは、人の、頭ほどの、大きさのある、虹色に、輝く、巨大な、真珠だった。
「あなた方の、旅は、地上の、傷を、癒しました。ですが、海もまた、魔王の、絶望によって、深く、傷ついていたのです。あなた方の、世界の、再生の、おかげで、海の、魂もまた、癒され始めました。これは、全ての、海の、民からの、感謝の、贈り物です」
彼女は、言った。
この、「歌う真珠」は、千年の間、この都の、喜びと、悲しみの、全ての、歌を、吸い込んできた、記憶の、結晶だと。
私たちの、家に、これを、置けば、穏やかな、海の、歌が、常に、流れ、そこに、住む者に、安らぎと、幸福な、夢を、もたらしてくれるだろう、と。
私たちは、その、あまりに、美しく、そして、尊い、贈り物を、深い、感謝と、共に、受け取った。
名残惜しい、別れを、告げ、私たちは、光の道を、戻る。
背後で、都の、門が、静かに、閉じられ、魔法の、障壁が、再び、輝きを取り戻す。
そして、壮麗だった、真珠の、都は、再び、満ちてきた、潮の、中に、その姿を、消していった。
まるで、一夜の、夢のように。
私たちの、手の中に、残された、穏やかな、歌を、ハミングするように、奏で続ける、美しい、真珠だけが、その、夢が、本物であったことを、証明していた。
私たちの、家は、また、一つ、世界の、神秘の、欠片で、その、魂を、満たしたのだった。




