第72話:王都への集結
私の、三つの駒は、チェス盤の、最後のマス目へと、向かって、動き始めた。
西の辺境から、王都へ。
アレンとレオナルドの旅路は、もはや、ただの二人のものではなくなっていた。彼らの後には、彼らの起こした、ささやかな、しかし、本物の奇跡を、その目で見た、何千という、民衆が、ついてきていた。
それは、武器を持たない、しかし、何よりも力強い、希望の、大行進だった。
古い信仰が、死に、新しい信仰が、生まれる、その瞬間を、彼らは、自らの足で、歴史に、刻みつけようとしていたのだ。
王都では、アーサー殿下が、私の指示通り、最後の、政治的な、布石を、打っていた。
彼は、来るべき「大いなる奇跡」の儀式に、王都中の、全ての貴族、全ての名士が、参加するよう、巧みに、誘導した。
「聖女様の、完全なる復活の、証人となりましょうぞ!」
彼は、そう、謳いながら、水面下では、貴族たちに、噂を、流す。
「……これは、聖女様が、その真価を、問われる、最後の、機会となるやもしれぬ……」
期待と、疑念。その両方を、最大限に、煽り、彼は、舞台の、観客を、集めていた。
さらに、彼は、王都の、衛兵隊の、指揮権を、王太子派の、狂信的な、騎士団長から、王国そのものに、忠誠を誓う、穏健派の、将軍へと、一時的に、移譲させることに、成功した。
来るべき、混乱の、後に、民を、守るための、布石だった。
そして、運命の儀式の、前夜。
アレンとレオナルドの一行は、ついに、王都の、城壁の、外へと、到着した。彼らは、武器を掲げることなく、ただ、静かに、祈りを捧げ、夜を明かす。その、あまりに、平和で、しかし、威圧的な、存在感に、王太子は、衛兵を、派遣するが、聖者とその信徒の集団に、下手に、手出しはできず、ただ、遠巻きに、監視することしか、できなかった。
同じ夜。
私は、闇に、紛れて、一人、王都の、中へと、潜入していた。
アーサー殿下が、用意した、隠れ家で、私たちは、最後の、作戦会議を、行う。
久しぶりに、顔を合わせた、アーサー殿下は、その顔つきから、迷いが消え、次期国王としての、風格さえ、漂わせていた。
私は、彼に、明日の、段取りの、全てを、伝えた。
「……全て、貴女の、描いた通りに」
彼は、私に、深く、頭を下げた。
アーサー殿下が、去った後。
私は、一人、部屋の窓から、夜の、王都を、見下ろしていた。
ライトアップされた、王城。そして、その隣に、聳え立つ、大聖堂。
かつて、私の、全てだった、世界。そして、私の、全てを、奪った、世界。
胸の奥で、古い、傷が、ちくり、と、痛んだ。
だが、私は、もう、あの頃の、無力な、令嬢ではない。
私は、指につけられた、シンプルな、金属の輪――仲間との絆の証である、調和のレガリアを、そっと、撫でた。
痛みは、消え、そこには、ただ、冷たい、鋼のような、決意だけが、残った。
これは、復讐ではない。
解放だ。この国を、そして、何よりも、私自身を、過去の呪縛から、解き放つための、最後の、儀式なのだ。
夜が、明ける。
運命の、朝が、来た。
王都の、中央広場。
かつて、私が、断罪され、その名を、地に、落とされた、まさに、その場所に、人々が、集まり始めていた。
聖女の、奇跡を、信じる者。
聖女を、疑う者。
そして、西から来た、新しい、聖者の噂を、確かめにきた者。
全ての、視線が、思いが、この、一点に、集中していく。
大聖堂では、衰弱した、リリアーナが、侍女たちの手によって、純白の、儀式服を、着せられていた。その顔は、まるで、死人のように、白い。
城壁の外では、レオナルドが、民衆と共に、静かな、朝の、祈りを、捧げている。
そして、広場を見下ろす、一軒の、宿屋の、最上階。
私は、チェスの、名手のように、盤上を見下ろし、静かに、その、始まりの、鐘の音を、待っていた。
最後の、幕が、上がる。
悪役令嬢による、この国、最大の、茶番劇の、そして、救済劇の、幕が。




