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第73話:偽りの奇跡、崩壊の鐘

運命の日。王都の中央広場は、息苦しいほどの、期待と、疑念と、そして、かすかな希望に、満ちていた。

かつて、私が、罪人として引き回された、その同じ石畳の上に、今、アルビオンの、全ての民の、視線が、注がれている。


やがて、大聖堂の、巨大なバルコニーに、王太子が、その姿を現した。その顔は、王族としての、威厳に満ちているはずが、どこか、狂信的な、熱に、浮かされている。

彼は、朗々と、演説を始めた。聖女リリアーナの、神聖さを讃え、巷に流れる、不敬な噂を、一蹴し、そして、今日、この場所で、全ての疑いを晴らす、大いなる奇跡が、行われるのだと、高らかに、宣言した。


その言葉に応えるように、純白の儀式服に身を包んだ、聖女リリアーナが、バルコニーへと、姿を現した。

完璧な化粧が、その、病的なまでの、顔色の悪さを、隠している。遠目には、神々しく、そして、儚げな、聖女そのもの。だが、その瞳の奥に、深い、恐怖の色が、宿っているのを、宿屋の窓から、魔法の望遠鏡で、彼女を観察していた、私は、見逃さなかった。


リリアーナが、天に、両手を掲げる。

そして、か細い、震える声で、祈りの言葉を、紡ぎ始めた。

彼女は、自らに残された、借り物の力の、その、最後の一滴までを、振り絞っていた。

広場の空気が、わずかに、震える。そして、天から、弱々しい、しかし、確かに、聖なる光が、降り注いだ。光は、広場の中央に、特別に用意された、黒く枯れ果てた、大地の一角へと、集束していく。


民衆から、おお、という、どよめきが、上がる。

黒い土が、わずかに、動き、そこから、数本の、弱々しく、そして、ひょろりとした、青白い、芽が、ゆっくりと、顔を出したのだ。

それは、かつての彼女の奇跡とは、比べ物にならないほど、貧相で、哀れな、光景だった。

だが、それでも、奇跡は、奇跡。

ほんの、一瞬だけ。このまま、彼女は、この賭けに、勝ってしまうのではないかと、民衆の誰もが、思った、その時だった。


「――今ですわ」


宿屋の窓辺で、私は、静かに、呟いた。

私の、合図。

アーサー殿下の、派閥が、動いた。

広場に、整然と、進み出てきたのは、アーサー殿下の、腹心である、白髪の、老将軍が率いる、一団の、騎士たちだった。彼らは、武器ではなく、巨大な、そして、豪奢な、一つの、長持を、担いでいる。


「何奴! 儀式の、邪魔をするな!」


王太子が、バルコニーから、ヒステリックに、叫ぶ。

だが、老将軍は、それを、完全に、無視し、民衆に向かって、朗々と、言い放った。


「アルビオンの民よ! 長きにわたり、我らは、偽りに、欺かれていた!」


将軍が、合図をすると、騎士たちが、長持の、覆いを、取り払った。

その中に、鎮座していたのは、かつて、私の家、ヴァイスハイト公爵家から、没収された、伝家の宝物。

大地そのものの、生命力が、凝縮されたかのような、巨大な、緑色の、宝玉――『大地の心臓』だった。

宝玉は、穏やかで、しかし、力強い、生命の光を、脈打つように、放っている。


「聖女の力など、最初から、存在しなかった! 彼女の奇跡とは、この、ヴァイスハイト家に伝わる、宝玉の力を、大聖堂の、魔術装置を、通して、ただ、盗み、我が物として、見せていただけにすぎぬ!」


将軍の、衝撃的な、告発。

その、言葉を、証明するかのように。

真実の、力の源が、白日の下に、晒されたことで、聖女リリアーナが、かろうじて、維持していた、偽りの奇跡が、完全に、崩壊した。

天からの、弱々しい光は、消え失せ、大地から、顔を出した、哀れな芽は、まるで、幻であったかのように、一瞬で、黒い、塵と、なって、消え去った。


広場を、死のような、沈黙が、支配する。

希望が、絶望へ。そして、信仰が、裏切りへと、変わった瞬間だった。


「あ……あ……」


リリアーナが咽び泣いた。

全ての、嘘が、暴かれ、力の、全てを、失った彼女は、その場に、崩れ落ち、意識を、失った。


「嘘だ……。嘘だ、嘘だ、嘘だ! 捕えろ! あの者どもを、捕えろ!」


王太子が、狂ったように、叫ぶ。

だが、彼に、従う、衛兵は、もう、いなかった。衛兵たちは、ただ、呆然と、真実の宝玉と、崩れ落ちた聖女を、見比べている。

彼らの、忠誠心は、完全に、崩壊した。


民衆の、沈黙が、やがて、怒りの、マグマとなって、爆発しようとした、まさに、その時だった。

どこからか、聞こえてきた。

清らかで、そして、どこまでも、優しい、聖なる、歌声が。


広場にいた、全ての人間が、その声のする方へと、振り返る。

王都の、正門から、一つの、行列が、静かに、広場へと、入ってくるところだった。

その、先頭に立つのは、みすぼらしい、しかし、清らかな、ローブをまとった、一人の、神官。

その手からは、本物の、温かい、癒しの光が、溢れ出している。

レオナルド。

そして、その隣には、黄金の髪をなびかせ、彼を守るように、立つ、一人の、勇者。

アレン。


偽りの聖女が、舞台から、落ちた、その、まさに、同じ瞬間に。

本物の聖者が、その、舞台へと、静かに、上がってきたのだ。


悪役令嬢の、描いた、完璧な、脚本。

その、最終幕が、今、始まろうとしていた。

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