第41話:勇者の幻影と己の証明
中央動力炉の最深部。そこは、静寂と、そして圧倒的なエネルギーに満ちた、神聖な空間だった。
巨大な球体の炉心が、今なお青白い光を放ちながら、静かに、しかし力強く脈打っている。かつて、この都市の全てを動かしていたであろう、古代文明の心臓部。
その炉心の前に設えられた祭壇の上に、それはあった。
一つの小さな、しかし、尋常ではない存在感を放つ腕輪――最初のレガリア、「力のレガリア」だ。
だが、そのレガリアを守るように、一体の騎士が、静かに佇んでいた。
これまでのゴーレムやセンチネルのような、無機質な機械の兵士ではない。黄金の光を放つ、半透明の霊体。その姿は、荘厳な鎧をまとい、光で作られた大剣を携えている。そして何より、その立ち姿、その纏うオーラは、皮肉にも、今ここにいるアレンのそれに、酷似していた。
「……勇者の、戦闘データ……」
私は息を呑んだ。これは、古代文明が遺した、最強の防衛プログラム。「勇者」そのものを模倣して作られた、最強の番人――「勇者の幻影」だ。
幻影は、言葉を発しない。ただ、レガリアに近づく侵入者を排除するという、絶対的な使命に従い、その光の大剣を、まっすぐにアレンへと向けた。
次の瞬間、幻影の姿が消え、アレンの目の前に、閃光となって現れた。
キィィィンッ!
アレンが、咄嗟に大剣で受け止める。凄まじい衝撃に、アレンの足が床を削りながら、後方へと押しやられた。
「こいつ……俺と、同じだ!」
アレンが驚愕の声を上げる。
幻影の剣技は、覚醒後のアレンの動きと、寸分違わぬものだった。力も、速さも、そして、その戦い方さえも、まるで鏡に映したかのように、同じ。
幻影は、アレンが次にどう動くかを、完全に予測しているかのようだった。アレンが剣を振るえば、それよりもコンマ数秒早く、カウンターを合わせてくる。アレンが守りに入れば、その最も脆い一点を、正確に突いてくる。
「アレン殿!」
レオナルドの治癒魔法が、アレンの傷を癒していく。だが、幻影の正確無比な攻撃は、回復の速度を上回り、アレンの体には、少しずつ、しかし確実に、傷が増えていった。
(ダメだ……このままでは、ジリ貧になる……!)
私は、この絶望的な戦況を、必死に分析していた。なぜ、幻影は、アレンの動きを完全に読めるのか。
それは、アレンが「勇者」という、古代文明が作り出した「規格」に沿った存在だからだ。彼の戦闘パターン、思考ルーチン、その全てが、あらかじめデータとして、あの幻影にはインプットされているのだ。
つまり、アレンが「勇者として」戦い続ける限り、この戦いに、決して勝利はない。
勝利の鍵は、ただ一つ。
勇者という「規格」を、アレン自身の「個性」と「意志」で、超越すること。
「アレン!」
私は、力の限り叫んだ。
「その動きでは勝てません! あなたは、ただの勇者という名の、プログラムされた兵器ではないでしょう!?」
私の声に、アレンが、はっと顔を上げる。
「思い出して! これまでの、わたくしたちの旅を! あなたが、あなた自身の意志で振るってきた、その剣の意味を! アイアンロックの、ポート・ソレイユの、人々の笑顔を守った、あの時の力を! あなただけの戦い方を、今ここで、見せるのです!」
私の言葉が、アレンの魂に、火を灯した。
彼の脳裏に、これまでの旅の記憶が、鮮やかに蘇る。イザベラの策略、レオナルドの支援、出会ってきた仲間たちの顔、そして、守ってきた人々の笑顔。
それらは全て、ただの「勇者」のデータには、決して存在しない、彼だけの、かけがえのない宝物だった。
「……そうか。そうだよな……!」
アレンの纏う黄金のオーラが、その輝きを、さらに増した。それはもはや、規格化された勇者の力ではない。アレンという、たった一人の人間が持つ、魂の輝きそのものだった。
彼の動きが、劇的に変わった。
セオリーを無視した、大胆なフェイント。
レオナルドの回復を信じ、あえて背後をがら空きにしての、捨て身の突撃。
幻影は、その「データにない動き」の連続に、初めて、対応できなくなった。その完璧だった剣筋に、ほんのわずかな、しかし致命的な、乱れが生じる。
その一瞬の隙を、アレンは見逃さなかった。
彼は、幻影の懐へと、一直線に踏み込んだ。
「俺は、兵器なんかじゃねえ! 俺は、イザベラを守る、ただの勇者だッ!!」
その一撃は、もはや、ただの力の斬撃ではなかった。
イザベラを守りたい、という、彼の、たった一つの、純粋で、揺るぎない意志が乗った、魂の一撃だった。
黄金の光が、幻影の光を、完全に飲み込んだ。
光の大剣が、ガラスのように砕け散り、勇者の幻影は、まるで満足げに頷いたかのように見え、そして、静かに光の粒子となって、霧散していった。
最後の試練は、「勇者の力を超え、一人の人間として、己の意志を示せるか」というものだったのだ。
静寂が戻った祭壇で、私たちは、祭壇に安置されていた「力のレガリア」を、手に入れた。
アレンが、その腕輪を、自らの腕にはめる。
すると、腕輪は彼の肌に吸い付くように馴染み、彼の体中を巡る力が、より穏やかに、より強力に、そして、より彼自身のものになっていくのを、私たちは感じた。
「なんだか……力がもっと、俺の言うことを、聞いてくれるようになったみたいだぜ!」
アレンは、嬉しそうに笑った。
最初のレガリアを手に入れたことで、彼は、「兵器」としての運命から一歩抜け出し、自らの力と向き合う、本当の第一歩を、今、踏み出したのだ。




