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第35話:真実への羅針盤

星読みの塔での死闘から、数週間が過ぎた。

アカデミー総長マスター・ヴェリタスの反逆と、その恐るべき計画の全貌は、オルダス卿の手によって魔法省と王族に報告され、エルドリアは国中を揺るがす大スキャンダルに揺れた。ヴェリタス派や過激派の残党は、オルダス卿が主導するアカデミー改革派と、ポート・ソレイユから駆けつけた二大商会の協力によって、迅速に一掃された。


オルダス卿は、アカデミーの暫定的なトップに就任し、長年この国を蝕んできた「魔法至上主義」の見直しと、他国との積極的な交流を掲げ、開かれた学問の府としての再建に乗り出していた。エルドリアは、大きな痛みを伴いながらも、新しい時代へと歩み始めたのだ。


そして、私たちはといえば、アカデミーの賓客として、穏やかな日々を過ごしていた。


「イザベラ、このアカデミーの食堂、すげえな! 魔法で味が変わるスープとかあるぜ!」

「ええ、ですがアレン。この前の夜、わたくしに抱きつかれたことを思い出しては、一人で赤くなっているのは、なぜかしら?」

「うぐっ……! そ、それは……あの時はいろいろあったからな!」

「お二人とも。それより、こちらの『光るキノコのリゾット』を召し上がってみてください。口の中で、オーロラが踊るようですぞ……!」


レオナルドは、すっかりこの国の魔法食材の虜になっていた。アレンは、真の勇者として覚醒したというのに、その自覚は全くなく、相変わらずのマイペースぶりだ。だが、その変わらなさこそが、今の私には何よりも愛おしかった。


そんな穏やかな日々の中、オルダス卿や魔法省からは、何度も、この国に残って最高顧問になってほしいと、破格の条件で要請された。だが、私はそれを丁重に断り続けていた。私たちの旅は、まだ終わっていないからだ。


私は、オルダス卿の特別な許可を得て、ヴェリタスが遺した研究資料や、星読みの塔の最奥に眠る古文書の調査を続けていた。そして、ついに、一つの衝撃的な記述を発見したのだ。


「……これだわ」


それは、禁術「勇者召喚」の、原典ともいえる記録だった。

そこには、こう記されていた。『本術式は、遥か西の大陸に存在せし「古代魔導文明」の遺産たる、石板の記述を解析、再現したものである』と。


そして、その記録は、こう締めくくられていた。

『かの古代魔導文明は、突如として現れた「魔王」と称される存在との大戦の末、その超高度な文明と共に、歴史から忽然と姿を消した』


魔王。

その言葉が、全てのピースを繋ぎ合わせた。

なぜ、勇者が必要だったのか。なぜ、これほどの禁術を生み出してまで、異世界から魂を召喚する必要があったのか。

全ての答えは、その滅びた「古代魔導文明」の地にある。


そして、アレンをこの世界に呼び寄せた、あの「神」を名乗る声の正体も。


その日の午後、私は仲間たちを集め、告げた。

「次の目的地が決まりましたわ」


私の言葉に、三者三様の顔が、私に向けられる。


「西の大陸。そこに眠るという、滅びた『古代魔導文明』の遺跡を目指します。そこに、アレン、あなたの……そして、この世界の成り立ちに関わる、全ての謎を解く鍵があるはずです」


私の真剣な眼差しに、アレンは一瞬きょとんとした後、いつものように、にかっと笑った。


「なんだかよくわかんねえけど、要するに、すげえ冒険が待ってるってことだな! 面白そうだ! イザベラが行くなら、俺もどこへだって行くぜ!」


その言葉に、嘘も、迷いも、一切ない。彼が、私の『勇者』で、私が、彼の『錨』なのだから。


「未知なる古代文明の食文化……! なんと、そそられる響きでしょう! このレオナルド、どこまでもお供いたしますぞ!」


レオナルドの動機は相変わらずだったが、その頼もしさは本物だ。


こうして、私たちの新たな方針は決まった。

エルドリアを旅立つ日。オルダス卿やエルヴィン卿をはじめ、多くの人々が、私たちを見送りに来てくれた。


「イリス殿、アレン殿、レオナルド殿。この国の恩人であるあなた方に、最大の感謝と祝福を」


オルダス卿の言葉に送られ、私たちは、西へと向かう船に乗り込んだ。

私の旅は、もはや、断罪から逃れるための逃避行ではない。

アレンという、かけがえのない存在を守るためだけでもない。

この世界の根源に秘められた「真実」そのものを、この手で解き明かすための、壮大な探求の旅。


悪役令嬢イザベラは、新たな、そしておそらくは最後の羅針盤を手に、世界の謎が眠る、未知なる大陸へと、その船首を向けたのだった。

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