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第33話:闇に響く声、錨の覚醒

ヴェリタスの絶対的な力の前に、私の意識は、冷たい闇の底へと沈んでいった。

これまでの旅路が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。断頭台の上で諦めていた命。アレンとの出会い。アイアンロックでの小さな革命。ポート・ソレイユでの華やかな戦い。

全てが、無駄だったというのか。

どんなに策略を巡らせても、どんなに知恵を絞っても、神を名乗る、たった一人の天才の前では、全てが児戯に等しかった。

アレンを守ると誓ったのに。彼の魂の自由を守ると、心に決めたのに。それすらも、わたくしには、できなかった……。


(……申し訳ありません、アレン……)


無力感に苛まれ、魂が闇に溶けようとした、その時だった。


『――イザベラ……』


闇の最も深い場所から、微かな、しかし聞き慣れた声が響いた。

アレンの声だ。

ヴェリタスによって魂を奪われかけている彼が、最後の力を振り絞って、わたくしに呼びかけている。


『イザベラが……いなきゃ……ダメだ……。俺、一人じゃ、どうしたらいいか……わかんねえよ……』


それは、助けを求める、迷子の子供のような、か細い魂の声だった。

その声が、絶望に凍りついていた私の心臓を、強く、強く揺さぶった。


(……何を、しているの、わたくしは)


そうだった。わたくしは、彼の『魂の錨』なのだろう?

錨が、自ら沈んでしまって、どうする!

策略が通じないのなら、知恵が及ばないのなら、それでもまだ、わたくしには、わたくしにしか、できないことがあるはずだ!


私は、心の底から、魂の全てを振り絞って、叫んだ。


『アレン!』


その叫びは、物理的な声にはならなかったかもしれない。だが、それは、魂と魂を繋ぐ、見えない絆を伝って、彼の元へと届いたはずだ。


『しっかりなさい! あなたは、誰かの道具になるために、この世界に来たのではありません! あなたは、あなた自身の意志で、その足で、旅をすると決めたのでしょう!』


闇の中で、彼の魂が、私の叫びに、ぴくりと反応した。


『わたくしが、許さない! あなたの魂は、誰にも渡さない! あなたは、わたくしが選んだ、たった一人の、最高の勇者なのだから!』


その瞬間だった。

私とアレンの魂が、強く、強く、共鳴した。

ヴェリタスによってアレンの体から引き剥がされかけていた魂が、わたくしという強力な『錨』に引かれ、凄まじい勢いで、彼の肉体へと引き戻されていく。


「なっ……!?」


アレンの体を包んでいた光が、激しく明滅を始める。ヴェリタスの顔に、初めて、焦りの色が浮かんだ。


「なぜだ!? なぜ、魂の抽出が完了しない!? この小娘が、邪魔をしているというのか!」


アレンが、うめき声と共に、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、まだヴェリタスの魔力の残滓が揺らめいているが、確かな光が戻りつつあった。


「……イザ……ベラ……」


そして、次の瞬間。

アレンの体から、これまでとは比較にならないほど、純粋で、強大で、そして温かい、黄金色の魔力が、奔流となって溢れ出した。

それは、暴走時の禍々しいものではない。澄み切った、清らかな、まさしく『勇者』の力。


わたくしという『錨』によって、彼の魂が、初めて、この世界に完全に定着したのだ。


黄金色の魔力は、ヴェリタスが作り出した重力魔法の空間に、瞬く間に拮抗し、やがて、空間そのものに、ピシリ、と亀裂を走らせ始めた。


「馬鹿な……! 未完成のはずの勇者が、真の力を……!?」


驚愕するヴェリタスの前で、アレンは、ゆっくりと、しかし、確かな足取りで、立ち上がった。

そして、その黄金色に輝く瞳で、アカデミー総長を、まっすぐに見据えた。


「お前……」


その声は、いつもの能天気なものではない。絶対的な自信と、揺るぎない意志に満ちた、真の勇者の声だった。


「イザベラに、何をした?」


絶望の闇は、破られた。

目の前に立つのは、もはや不安定な魂を宿した器ではない。

私の、そして、この世界の希望を背負った、一人の、完全なる勇者だった。


わたくしたちの戦いは、まだ、終わっていない。

本当の戦いは、ここから始まるのだ。

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