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第26話:尊大なる貴族と首都の門

見捨てられた村を後にしてから数日、私たちが進む街道の風景は、日に日にその様相を変えていった。道は、まるで磨かれた石のように滑らかに舗装され、夜になれば、道端に立つ水晶の柱が自動的に明かりを灯す。頭上を、魔力で動く小型の飛空艇が、時折静かに横切っていく。エルドリアの高度な魔法文明は、訪れる者の度肝を抜くには十分だった。


そんなある日の午後、私たちの馬車は、道端で立ち往生している、ひときわ豪華な一台の魔導馬車に遭遇した。馬車の周囲では、絹のようなローブをまとった数名の魔術師が、頭を抱えている。


「くそっ、なぜだ! 魔力循環器が、うんともすんとも言わん!」

「このままでは、日が暮れてしまうぞ!」


馬車の中から、いかにも癇癪持ちといった甲高い声が響いた。

「まだか! この役立たずどもめが! 我がロード・エルヴィンを、いつまでこのような場所で待たせる気だ!」


ロード・エルヴィン。その名には聞き覚えがあった。エルドリア魔法省の幹部の一人であり、国内でも有数の力を持つ有力貴族だ。

私は、これを天啓だと判断した。この国のエリートと、コネクションを作る絶好の機会だと。


私たちが馬車を降りて近づくと、エルヴィン本人であろう、痩身で神経質そうな男が、忌々しげに私たちを一瞥した。


「なんだ、貴様らは。下賤の者どもが、気安く我らの前に姿を現すな。さっさと道を譲らんか」


特に、魔力を持たないアレンに向けられたその視線は、汚物でも見るかのように冷たい。典型的な、選民思想に凝り固まったエリート魔術師だ。


「これは、エルヴィン様でいらっしゃいますか。わたくし、商人ギルドに所属するイリスと申します。お困りのご様子、もしよろしければ、何かお力になれるやもしれません」


私は、最も丁寧で、かつ媚びすぎない笑みを浮かべて、彼に話しかけた。


「ふん、商人が我に何の用だ。貴様らのような者に、この高度な魔導機関の不調が分かるとでも言うのか」

「いいえ、魔術のことは、とんと分かりません。ですが……」


私は、後ろに控えていたアレンを示した。


「わたくしの護衛は、少々腕力に自信がございまして。もしよろしければ、次の町まで、この馬車を彼が押していきましょうか?」

「押すだと? この魔導馬車を? 馬鹿も休み休み言え」


エルヴィンは鼻で笑った。私はアレンに目配せする。アレンは心得たとばかりに、道端にあった、大人数人がかりでなければ動かせないであろう巨大な岩を、ひょいと持ち上げてみせた。


「なっ……!?」


エルヴィンと、彼の護衛魔術師たちが、信じられないものを見る目で固まる。

私はさらに続けた。


「それに、こちらのパートナーは、神聖魔法の使い手。あなたのそのお顔の色、少々お疲れのようですが、彼の癒しの力があれば、長旅の疲労もすぐに取れるかと存じますわ」


レオナルドが、にこりと微笑み、その手から清らかな光を放ってみせる。エルドリアでは異端視される神聖魔法。だが、その癒しの効果は本物だ。エルヴィンの目に、驚きと共に、わずかな興味の色が浮かんだ。


そして、私は最後の一手を打った。


「実を申しますと、わたくし、アイアンロックという町で産出される、最高品質の『魔力鉄鉱』の独占販売権を持っておりますの。従来の鉱石とは比較にならないほどの、高い魔力伝導率を誇る逸品です。あるいは、エルヴィン様のその素晴らしい魔導馬車の機関も、この鉱石をお使いになれば、より安定し、力強いものになるやもしれませんわね」


『魔力鉄鉱』。その言葉は、魔法省の幹部であるエルヴィンにとって、無視できない響きを持っていた。彼の態度が、明らかに軟化する。


「……ふむ。面白い者たちだ。よかろう。その大男、本当にこの馬車を押せるというのなら、試してみるがいい」


結果は、言うまでもない。アレンは「うっし、まかせとけ!」と、巨大な魔導馬車を、まるで手押し車でも押すかのように、軽々と動かし始めた。私たちは、アレンが押す馬車に乗り込んだエルヴィンと共に、次の町へと向かった。


町に到着する頃には、エルヴィンの私への態度は、尊敬に近いものへと変わっていた。彼は、私のビジネスの手腕と、私が連れている規格外の仲間たちに、強い興味を示したのだ。


「イリス殿、だったな。礼を言う。もし首都アルカナ・フェリスに来ることがあれば、必ず私の館を訪ねるがよい。歓迎しよう」


そう言って、彼は自身の紋章が入った銀のカードを私に手渡した。強力なコネクションという、何物にも代えがたい「鍵」を手に入れた瞬間だった。


数日後、私たちはついに、エルドリアの首都、アルカナ・フェリスの威容を目の当たりにした。

大地に根差した下層街区から、空中に浮かぶいくつもの島々が、虹色の光の橋で結ばれている。街の中心には、天を突くほどの巨大な塔――王立アカデミーが聳え立ち、街全体が、まるで一つの巨大な芸術品のようだった。


だが、私は知っている。どんなに美しい街でも、その影には必ず、深く暗い秘密が眠っている。


(エルヴィン卿というカード、そして魔力鉄鉱という取引材料。これらを使って、この街の心臓部に、どう食い込んでいくか……)


光り輝く魔法都市の空を見上げながら、私は静かに、次なる策略を練り始めていた。

「勇者」の真実を解き明かすための、新たな舞台の幕は、今、上がったのだ。

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