第22話:魔法至上主義国家の門
ポート・ソレイユの喧騒を後にして、私たちの旅は新たな局面を迎えていた。目的地は、大陸中央に位置する、謎多き「魔法学術国家・エルドリア」。私たちは、ポート・ソレイユで新調した、快適な居住スペースと頑丈な車体を持つ特注の馬車に乗り込み、緑豊かな街道を進んでいた。
「イザベラ、見てみろ! この馬車、揺れなくてすげえ快適だ! ベッドで寝てるみたいだぜ!」
「ええ。ですがアレン、あなたが寝返りをうつたびに、地震のように揺れるのだけは、どうにかなりませんこと?」
「うーむ、それよりレオナルド殿。先ほどの町で仕入れた燻製肉、そろそろ食べ頃では?」
「おっと、そうでした。では、ランチにいたしましょうか」
相変わらずのやり取りに、私は小さくため息をつく。だが、この平和な日常が、かえって私の思考をクリアにしてくれるのも、また事実だった。
数週間の旅を経て、私たちはついにエルドリアの国境に到達した。
そこにあったのは、石造りの頑丈な関所だけではなかった。まるで陽炎のように、淡く揺らめく巨大な半透明の壁――「魔力障壁」が、国境線を守っていたのだ。
入国審査は、これまでのどの国よりも厳格だった。白衣に身を包んだエリート然とした魔術師が、水晶玉のような魔道具を私たちにかざし、尊大な態度で尋問してくる。
「……ふむ。こちらの神官は、異端の神聖魔法か。そして、そこの大男にいたっては、マナの反応がほぼ皆無。まるで蛮族だな」
魔術師は、アレンとレオナルドを、あからさまに見下した目で見た。エルドリアが「魔法至上主義」の国であるという噂は、どうやら本当らしい。
「わたくしは、商人ギルドに所属するイリスと申します。エルドリアの魔術ギルド様とは、学術交流、並びに、我が商会が独占的に扱う『魔力鉄鉱』の取引について、お話を伺いに参りました」
私は商人としての笑みを浮かべ、ポート・ソレイユの二大商会会頭と、アイアンロック協同組合長の署名が入った推薦状を提示した。私の言葉と、その背後にある巨大な商業的価値を前に、魔術師は渋々といった様子で、私たちの通行を許可した。
エルドリアの国内に足を踏み入れた瞬間、私たちは息を呑んだ。
道端の街灯は、火ではなく、光る魔石によって灯されている。畑では、農民に代わって、土塊で作られたゴーレムが黙々と作業を続けていた。すれ違う人々のほとんどが、日常生活の中で、ごく当たり前のように魔法を使っている。まさに、魔法文明の国だった。
だが、その華やかな光景の裏には、深い影も存在していた。
私たちは、魔力を持たない、あるいは魔力が極端に弱い人々が、「劣等民」と呼ばれ、社会の底辺で蔑まれながら生きている姿を、何度も目の当たりにした。この国では、魔法の才能が、身分や人権そのものを決めているのだ。
首都を目指す道中、私たちは日が暮れたため、とある小さな村で宿を取ることにした。
だが、その村は、活気というものから完全に見捨てられていた。人々は生気がなく、畑の作物は枯れ、村全体がどんよりとした空気に包まれている。
宿の主人に話を聞くと、村は長年、近くの森から発生する「魔力汚染」に苦しめられているという。作物は育たず、原因不明の病にかかる者も多い。エルドリアの正規の魔術師に何度も助けを求めたが、「汚染地域の浄化は、お前たち劣等民に使うにはコストが高すぎる」と、冷たく見放されたのだと、彼は涙ながらに語った。
その夜。私たちの宿に、村の長老だという老人が訪ねてきた。彼は、レオナルドが施した簡単な治癒魔法や、アレンの持つ常人離れした雰囲気から、私たちがただの商人ではないことを見抜いていた。
「旅の方々……。どうか、この村をお救いくだされまいか」
長老は、床に頭がつくほど深く、私たちに懇願した。
「汚染の原因は、おそらく、あの森の奥深くにある、『古代の魔術研究所』の跡地にあると、わしらは睨んでおります。ですが、そこは危険な魔物も多く、我々では近づくことすらできんのです」
『古代の魔術研究所』。
その言葉が、ポート・ソレイユで聞いた『禁術』の噂と、私の頭の中で、ピシリと音を立てて繋がった。
この依頼は、単なる村助けではない。エルドリアという国の、最も深い闇の核心に触れる、最初の鍵になるかもしれない。
「……わかりましたわ。その依頼、お引き受けしましょう」
私は静かに、しかし力強く答えた。
「ただし、これもビジネスです。この村を救うことで、あなた方からわたくしが得られるものは、金銭だけではなさそうですからね」
私の本当の報酬は、金ではない。この国が隠そうとしている、「真実」という名の情報だ。
魔法至上主義国家の闇、見捨てられた村、そして古代の研究所。新たな謎を前に、私の策略家としての血が、静かに、しかし熱く滾り始めていた。




