追放少女と擬態
契約を交わしてから、数刻。
凪咲とスライムは人気のない草原に腰を下ろしていた。
「ねえ、なぎさ」
小さなスライムが、凪咲を見上げる。
「わたし、人間になりたい、なれるって、聞いたことある、でも、そのためには」
言葉を選びながら、もじもじと身体を揺らすスライム。
凪咲は首を傾げた。
「そのためには?」
「人間のからだを、ちゃんと、ぜんぶ知る必要があるの、だから」
そこで一拍置いて、スライムは意を決したように叫んだ。
「なぎさの、からだにさわらせてほしいの!!」
「え?」
突拍子もない提案に、凪咲はぽかんと口を開けた。
だが、スライムの瞳には真剣な光が宿っている。
下心など微塵もない。純粋に、ただ夢を叶えたくて、必死なのだ。
(ま、まあ……さわるくらいなら、いいか……)
「わ、わかった、好きにしていいよ」
軽い気持ちで許可を出した、その瞬間だった。
ぬるり――。
「うひゃっ!? ちょ、ちょっと、いきなり背中は反則……!」
スライムが柔らかな身体を変形させ、凪咲の背中にぴとりと這い寄る。
くすぐったい。
尋常ではないくらい、くすぐったい。
「ひゃ、あっ、あはっ、だめ、そこっ!」
凪咲は耐えようとするが、くすぐりに弱い彼女の背中を、スライムは執拗に這い回る。
まるで子犬がじゃれるように、ぺたぺた、ぬるぬる、ぺたぺた――。
「が、がまん、がまん……これは、契約の、た、た……」
顔を真っ赤にしながら、必死に堪える凪咲。
そんな努力の甲斐あって、しばらくすると、スライムの身体がふわりと変化した。
ぴちゅん、と小さな音を立て、そこに現れたのは――
凪咲にそっくりな小柄な少女の姿だった。
肌はほんのり透き通り、髪も少しぷるぷるしているが、ぱっと見た限り、完璧な人間の形。
「やったぁ……!」
スライムが、自分の手足を見て嬉しそうにはしゃぐ。
「でもね、なぎさ、このかたち、忘れちゃうの、だから、いちにち一回、また……」
「……また、触るの?」
こくり、とスライムはうなずく。
凪咲は顔を引きつらせた。
(これから毎日、あのくすぐったさに耐えるのか……)
だが、今さら断るわけにはいかない。
これは、自分たちが一緒に生きるための、大事な「契約」なのだから。
「……わかった、が、がんばるよ」
スライムの手を取り、小さく握り返す。
ふにゅ、とやわらかな感触が返ってきた。
こうして、少女とスライムの奇妙な「生活」が始まったのだった。




