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戦闘開始!

 スラム街の影。誰も知らない、瓦礫が積み重なった汚い道路を、『エデンの子供たち』は通過していた。4人の研究者と8人の護衛がトラックと装甲車に分かれて乗り込み、飛行船との合流地点に向かって走り続けている。無線で彼らは緊張を和らげるかのように、無理やり明るい口調で話し続ける。



「今日の16時に、指定地点に向かえば飛行船が回収しにくるんだな」


「おう、そこまで逃げ切ればもう安心だ。俺たちは匿われて、誰も痕跡を追うことができない」


「ちっ、もっと研究を進めたかったのに。誰かスポンサーが漏らしたに違いないぜ」



 彼らにとって、今回の逃走劇は予定外もいいところであった。何者かに研究の存在をバラされ、捜査の手が及ぶ前に逃げなければならない。唯一の救いは治安維持部隊の協力があることだ。



 だが、それも先ほど打ち切られると連絡があった。遂に首元まで魔の手が迫っている、と彼らは感じる。さらに蟻正の狙撃により一人が脱落しており、戦力に余裕がないというのが実情だった。



 『エデンの子供たち』は宗教である一方で、研究者集団としての側面が強いのも特徴の一つである。彼らは天国を技術により地に降臨させる、という教義の元、非合法な人体実験を行っていた。故にここにいるメンバーは研究者4人のみが信者であり、それ以外は雇われた護衛でしかない。



 『エデンの子供たち』の研究者たちは、白衣を兼ねた白いローブに身をまとい、宙を見つめたまま沈黙を続けている。護衛たちは研究者たちを気持ち悪いものを見るかのような目で見つめた後、再び会話を再開する。



「他のルートで逃走した教団の研究者は?」


「連絡があった。一人を除き、全員が脱出に成功した」


「その一人は?」


「『パンツ一丁の変質者が!』という意味のわからん叫びと共に連絡を絶った」


「違法ドラッグが趣味の奴だったし、幻覚でも見てるのだろう。まあ、証拠はこのトラックに集約してある。俺たちさえ捕まらなければ、どうとでもなる」


「そして成功報酬の大金が入るってわけだ」



 彼らは低い声で笑い、トラックの中を覗き込む。その中には商品化に成功した、40個の円形水槽が置かれている。水槽は培養液で満たされており、プカプカと脳の切れ端が螺旋を描きながら生成されていた。全てには生前の名前が記載されている。その隣には臓器と機械を組み合わせ『PCP』を生み出す装置があった。この2つこそが、彼らが保有する最重要機密である。



 話を聞いていた研究者の一人が宙を見つめるのをやめ、ぼそりと呟く。



「最悪のパターンは、『PCP』を奪われ、徳川ネオインダストリーに規制されることだ。今、『PCP』はどの法令にも違反しない、合法の医療器具だ。離反に際しては、セキュリティチェックに引っかからずに使える殺傷兵器。ナイフや拳銃よりもよっぽど脅威になる兵器だ」


「それは初期構想じゃなかったか?」


「だが、現状、超能力による遠距離攻撃が可能な製品は数例しか存在せず、再現性がない。強度も汚染適正6を超えることもなく、当面はセキュリティチェックに引っかからない、暗器としての利用が最適だ。だが『PCP』や製造装置を回収されてしまうと、そのメリットが全て失われる」


「ぐだぐだいってんじゃねえよ、要はアタシたちが勝てばいいんだろ?」



 その通信を聞きながら、トラックの上で胡坐をかくハンマーメイズはつまらなさそうに言った。



「逆に考えろ。自身の破滅がかかっている状況で、上はこれだけの手勢しか手配しなかっただろ。つまり雇い主はこれだけの手勢でも対抗できる程度の戦力しか「派遣させない」という意味だ。ぐだぐだ言わずに目の前の危機に対して仕事をしな」



 ハンマーメイズの言葉に全員が黙る。彼女の全身のハイパーリムがこけおどしでは無く、無数の戦闘により得た負傷と金銭を示していることは、ここにいる全員が良く知っていた。だからこそ一つ疑問が残る。



「昨日現れた、あの敵はなんでしょうか?」



 強盗の類とは異なる、明確にこちらを殺しに来ていたトラックと装甲車。トラックの方はよくいる運送屋の類だろうが、スポーツカーに乗っていた2人は明らかに毛色が違った。片方は正規の訓練を受けているスナイパー。カーチェイス中でも狙撃を成功させる、異常な射撃精度を保有している。そしてもう一人、猿の如く機敏に飛び回り、電撃でハンマーメイズを苦しめた男。こいつとの戦闘のせいで『PCP』は一個廃棄となり、ハンマーメイズは新しい物を装着せざるをえなかった。



「治安維持部隊に足止めを食らっているはずだから、即日来るのは妙ではあるな。どこかの特殊部隊なのは間違いないが、明らかに変な手段を使っている。どうせ私たちと同じ、非合法の部隊だろうな。まあ、前回と同じく―――!」



 ハンマーメイズがそう楽観的に呟いた瞬間、警告音が鳴り響く。揺れる車体にバランスを崩しながら、車体の前に何があるかを見て顔を青くする。



「対戦車地雷!?」



 T字路の左右を塞ぐように設置された白銀の対戦車地雷は、ヒットした瞬間、トラック内部の試験装置を粉々に破壊する威力を保有している。たまらず停止するトラックの揺れに、ハンマーメイズは一瞬たたらを踏む。同時に、崩壊したスラムの建物の屋上から犯人が襲い来る。とんとトラックに飛び降りてきた男は隙を見逃さず、ハンマーメイズの肩にスタンバトンを叩きつけた。



「がっ……」



 一撃目の『崩し雷』が叩き込まれる。ハンマーメイズは電流に身を焼かれながら、闖入者を見て笑う。そこにいたのは昨日戦った少年。異常な身体能力と電流でこちらを苦しめる、特殊部隊の精鋭の一人。槌を持ち上げ、ハンマーメイズは全てのハイパーリムを戦闘モードに移行する。



「今度こそ楽しませろよ、クソガキ!」


「言ってろ戦闘狂」

『エデンの子供たち』

天国を合成しようとする集団。そのためには、人間の転化を行う必要があり、故に超能力者の研究は不可欠である。今回の事件は『エデンの子供たち』と離反したい企業の、『PCP』量産という点で利害が一致したがために発生した。


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