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転機

「現状を確認するために、まずは前提をおさらいしておこう。世界を占める3つの大企業は知っているな?」


「はい、兵器を主力とする鎧装連合、生化学を主力とする徳川ネオインダストリー、そして電脳関係を主力とするネオコード・インタラクティブ。これにWEM社を加えて4大企業とする場合もありますが、ここは鎖国状態なので除外ですね。一般的にこれらの大企業のみがそのままで呼ばれ、それ以外の企業は末尾に「コーポ」とつきます。逆に言うとコーポ、とあればどこかの大企業に属していることが確定します」


「そうだ。主にこれらの大企業と、関連会社(コーポ)という名の下部組織が無数に存在し、国家の代わりに世界を支配している。そして水面下では犯罪も辞さない姿勢で競争を行っているわけだ。では問題だ。大戦前のアメリカと同規模である我が社、徳川ネオインダストリーにて離反が発生した。これは何を引き起こす?」


「内戦です。」



 俺と蟻正は、髪の毛と計画を喪失した王我社長を置いて、再び車に乗り込んでいた。迷路の如き高速道路を抜け、スラム街へ向けて走りながら蟻正は話し始めた。俺が問いにしっかり答えているのを聞き、「正解だ」と言いながら彼は車の速度を上げた。



「各企業は土地、利権、技術を保有している。それが流出し失われるとなれば、軍事力をもってしてでも本社は止めようとする。逆にネオコード・インタラクティブなどにとっては非常に都合が良い。敵対する大企業が勝手に仲間割れし、勢力を落とすのだから」


「つまり内戦を引き延ばすために、様々な支援をする可能性が高いと」


「大戦を引き起こそうとする組織もあるだろう。ここ数十年、社会には閉塞感が漂っている。大規模な戦争は否が応でも民衆の心を別の方向にもっていくからな」



 俺は頷く。この任務は、もはやただの装置奪取では無くなった。装置を奪取し、研究データのログや護衛の人間を捕まえることで離反の証拠を掴む。主犯が捕まるかはさておきとして、幾つかの企業だけでも捕まえてしまえば見せしめとしては十分だ。王我社長のように、離反を断念させることも可能だろう。



 それに研究データには、完成時の権利関係を上手く処理するために、必ず関わった者の名前や記録は保存されている。仮に削除しようとしても、蟻正の腕であれば無理やり復旧させて白日の下に晒すことも容易だからな。



 確認は終わったのか、満足したかのように蟻正は口を閉じる。だが、昨日の暴力の件もあり、一方的に講釈されることに少しムッとする。



「とはいっても流石にあそこまでやる必要はないんじゃないですか、虐めかと思いましたよ……」



 意趣返しとして俺はそう切り出した。すると蟻正は、珍しくぎょっとした、本当に何かを気づかされたかのようになり、少し俯いた。



「……私はスラム街の生まれだ。どうしても頭の中に出てくる選択肢や成功体験は、ああいった過激な手段が多い。嫌なことを連想させてしまって、申し訳ない」



 これまた、意外な回答だった。「正義のため」とか言って、全肯定するかと思いきや、実はその真逆。頭を掻きながら、少し嫌味がてらに例の事実について俺は問いかけた。



「死刑囚って聞きましたけど、ほんとですか?」



 本来であればあまりにもデリカシーのない問いかけ。だが、蟻正は今俺に負い目がある状態だ。どうだ、怒るに怒れないだろう、というガキの思考回路である。



「ああ、そうだ。スラムで育った私にまともな職があるわけもない。私はまだ若いながら、治安維持部隊の下請けとしてスラム街の警備をしていた。劣悪な契約ではあったが真っ当な仕事だったからな。当然、犯罪よりはマシだと応募した。だが、理不尽は想定外の姿で現れ、全てを吹き飛ばす」



 蟻正は自動運転に身を任せ、窓の外に目を向けている。その表情は伺えないが、苦虫を嚙み潰しているのは容易に想像がついた。



「一人の仲間が、監視の仕事を適当にやった。真面目な奴で、手抜きなんてするやつじゃあなかったが、その日は結婚記念日らしくてな。つい気が緩んで、数十分だけ監視をサボって贈り物を探していたらしい。端末を触っていた数分の間に、鎧装連合の偽装式装甲車がそいつの担当監視区画を通過した」


「!?」


「機密を保有した人材の拉致、を行っていたらしい。結果として、監視を怠っていた本人が処理されただけなら良かった。あろうことか王我コーポは、責任逃れのために私たち全員を鎧装連合の支援者に仕立て上げた。ご覧のように敵勢力が多すぎて、全力を尽くしたが上手くいかなかったとアピールしたわけだ。そしてあっさりと、全員に死刑判決が下され、私たちは監獄都市に叩き込まれた」


「なんというか、不運ですね」



 そうとしか、回答ができなかった。外の企業が偶然拉致を行い、偶然結婚記念日と被り、その走行に気付けず、王我コーポの立場のために、死刑判決。ドミノ倒しの如き一連の動きで、彼は人生のどん底に。



「理不尽だ。想定外の姿で現れ、全てを吹き飛ばす」



 だが彼は、妙に理不尽という言葉は気に入っているようで繰り返す。その意図は、続く話ではっきりした。



「監獄都市で何年も過ごした後、私はイチロウさんに見いだされて脱獄した。その実力があり無実なのならば、監獄都市で生を終えないで欲しい、と」


「脱獄!?」


「理不尽そのものだったよ。あの変質者は一日かからずに、無数の罪人が諦めたルートを往復し、私を外に出してしまった。滅茶苦茶だ。急にパンツの異常者が現れて、私を地獄から抜け出させてくれた。まだ生き残っていた、無実の仲間も一緒にだ」



 どうやって抜け出したのか。金で何とかしたのか、と思いきやまさかの脱獄である。平然と犯罪を行っていくスタイルに唖然としながら、ようやく蟻正の立ち回りに納得がいった。



 つまり、蟻正はイチロウとBRIGADEを理想としているのだ。理不尽を押し通し、それを正義として社会に認めさせる力。そして、俺を殴った理由にも。単純に育ちが悪い、あるいはトラウマという言葉だけで片付けられるものではない。すなわち、



「理想が高いんですね」


「……だろうな」



 変質者が入隊を認めるほどの逸材にもかかわらず、戦闘に敗北し、しかも本気を出さない。蟻正の失望は相当なものだったのだろう。一方で、俺をまだ諦めていないという気概が受け取れる。



 彼の正義への拘りもそうだ。蟻正は正義に拘っているのではない。圧倒的な力をもって正義を押し通す姿を理想とし、それに向かってただ直進しているのだ。自身がいくら世界の闇に揉まれても、足りない部分を直視しても、監獄都市で見たその理想だけは、決して色あせないのだ。



 その姿が、妙に眩しかった。圧倒的な戦闘力を持つわけではない。とにかく全力を尽くして理不尽を押し通そうとするその姿は、力を抜いて不条理に屈する俺とはまるで逆だ。あのほぼ全裸マンとは異なり、総合力や脛の傷が俺と近しい大きさであり、だからこそ蟻正の言葉は心にくるものがあった。



 俺も、そうなってよいのだろうか。あまりにもリスクが大きいが、一方で試さなければ何もわからず、不条理に屈するままだ。迫害の恐怖は、ベールの如く道を覆い隠す。頭の中に、イチロウの言葉が浮かび上がってきた。



『おパンツの中にこそ、おち〇ぽがあるのですから』



 ……やっぱ沈んでてください。そのまま二度と出てこないで。

次話がハンマーメイズ側の回となり、そこからいよいよ装置争奪戦の2ラウンド目の開始です。

主人公、なんかまともっぽいこと言ってるけど、お前はお前で王我社長を肉壁にするから同類なんだよなぁ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 鎧装連合… WEM… 懐かしい…
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