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極悪非道

『離反』

企業が国家の代替をしている現代において、企業の離反とはすなわち国家からの独立そのものである。一部地域が奪い取られる、程度であればまだしも、数多の利権と技術が力づくで奪われる場合、それは戦争に直結する。王我コーポと同じレベルの大きな関連企業が複数関わってくるならば、第4次世界大戦の火種にすらなりうる、大問題なのは間違いない。

 朝11時。蟻正の車に乗り、俺は王我コーポの本社ビルに来ていた。というのも、これには理由がある。監視カメラを確認したところ、あの装置を積んだトラックがスラム街の外にまだ出ていないらしいのだ。まだスラムに潜む理由は2つ。一つは空路を使うために飛行船の到着を待っているというもの。もう一つは追跡を躱すべく隠しルートを通っており、そのため時間がかかってしまった、というもの。いずれにせよ、治安維持部隊、すなわち王我コーポの『協力』が必要だという蟻正の判断であった。



 徳川ネオインダストリー自治区の中心に王我コーポの本社ビルはある。だがその巨大なビルは、少し妙な見た目をしていた。



 一見灰色と白の、コンクリートでできた清潔なビルだ。が、よく見ると各階層の間にうっすらとした隙間が見える。最上階の上には牛の角のような形状な、4本の塔が接続されていた。



「あれは、積層式建築ですか」


「最近のものは概ねそうだ。自治区中心で工事をすると騒音やら通行止めやらで多額の費用を他社に収める必要があるからな。ロケットで各階層を空に飛ばして、一段ずつ重ねて固定するやり方が多い」



 昔の技術であればともかく、2160年であればこれらは容易だ。唯一騒音だけは解決しない問題ではあるが、兎に角自治区内での工事を最低限に収めることができるのが最大の売りであった。ただし、強度や防犯対策という意味では大きく劣っている。



 だが、徳川ネオインダストリーのお膝元でドンパチやらかすような異常者がいるわけもなく建物自体に防弾対策はあまり必要とされていない。代わりに入り口での十全なセキュリティチェックを行うのが恒例であった。


 

 合理的といえば合理的ではあるのだが、本社がこれでよいのか、という気持ちがある。だが、屋上にあるあのロケットを再点火すれば、移設も容易、と言われると流石に否定はできないところだった。



『王我コーポ設立30年! 急速な成長を続けよう!』



 壁には太った男、王我社長の写真と棒グラフが張ってある。蟻正は丁寧に王我コーポについての講釈を始めた。



「王我コーポは本来武器や強化外骨格のメーカーだ。だが買収により治安維持部隊を手に入れることで、武器の違法売買を無理やり合法化し、莫大な利益を得て成長した。従来は売買を禁止されていた装甲車やヘリ、軍用ハイパーリムがスラムに流れたことで、死者や犯罪の悪質さも高まった」


「止めなかったんですか、本社は?」


「そもそも治安維持部隊は簡単な法律の改変を許されている。だが、あれだけ危険な法律を通すには数多の手引きを行う必要があったはずだ。そして、通った理由も今わかった」



 ここに来る際に車で聴いた話だ。すなわち徳川ネオインダストリーからの離反。その一環として、スラムと自治区の戦力のパワーバランスを破壊したかったのだ。仮に軍事行動をとる場合、直ぐに武器が入手可能になるというメリットもある。



 つまり王我コーポの協力者、ではなく離反の協力者がいたわけだ。それだけ大規模になれば話はわかりやすい。



 ビルの中に入ると、早速3列のセキュリティチェックゾーンがある。空港のそれと同じであるが、違うのは脇に屈強な改造人間が3人立っていることだ。彼らの通信機が光っているところを見るに、待機している人間はもっといるだろう。曲者がいれば即座に逮捕できるわけだ。


 周囲は通勤時間を過ぎたからか、人はまばらだ。その列の中の一つに、蟻正は入る。X線検査機と、金属探知機のゲートが行く手を阻んでおり、隣には手荷物を入れるための樹脂製の籠が置いてある。音声ガイダンスが流れるが、あろうことか蟻正はそれをガン無視した。



「所持品をこの中にお入れください」


「知るか。時間がない」



 が、当然のように無理やり通過しようとする。ゲートが直ぐに閉じ、サイレンが周囲に鳴り響いた。何事かと改造人間がわらわらとよってくる。



「そこの男、何をしている!」



 警備の改造人間が蟻正に叫ぶ。当然の質問だ。戦闘用の義手をつけたまま、拳銃とバリカンを車内に持ち込もうとする男がそこにいる。だが、蟻正は平然とした様子で端末を取り出した。



「BRIGADEだ。重大事件の参考人として、今すぐ王我社長に取り調べを行う」


「何言ってんだ、あんなの都市伝説じゃないか! それに今すぐってどういうことだ、横暴すぎるぞ」



 後ろにいる俺もうんうんと頷く。横暴の星から来た横暴星人は、端末を無言で改造人間の前に押し出す。恐る恐る手元のリーダーで照会を行った改造人間は、直ぐに目を見開くこととなった。彼は数十秒悩んだ後、震える手でゲートの扉を開く。それを見て同僚が叫ぶが。扉を開く手は止まることがなかった。



「おい、何してる!」


「……本物だ。権限もある。無理やり止めると、俺たちの首が飛びかねないぞ……」



 照会の結果、本社直属であり、捜査権があると判断したらしい。一転彼らは勢いを無くし、視線を下に向けながら「……通っていただいて問題ありません。社長は緑生化学コーポの社長と会談中ですので、待っていただけると幸いです」とだけ告げた。



「だから今来たんだろうが」



 蟻正はふん、と鼻を鳴らし、ずかずかと俺の腕を掴んで中に連れていく。スタンバトンも背中にしまったままであったが、誰一人それを指摘することもできず、俺たちはあっさりと社内に入ることに成功した。



 滅茶苦茶である。まともな警察機関がやってよい立ち回りではない。これではまるでマフィアのやり口だ。蟻正はずんずんと室内を歩き、エレベーターのボタンを押す。ボタンは最初赤色の表示を示していたが、蟻正の目に数字が投影されるとともにふっと青色に変化する。



『権限がありません。29階社長室はご利用いただけま……feavinraewopgnv……権限、確認しました』



 そして平然とハッキング。だめだこの組織、終わってやがる。もう俺たち一級の犯罪者だ。遠くを眺めながら俺もエレベーター内部に乗り込む。静かにエレベーターは上昇し、最上階まで登って行く。



「こんなの、駄目じゃないんですか?」



 俺の至極当たり前な質問に、蟻正は「これが、BRIGADEの最大のメリットだ。『悪』を前に足踏みする必要がない」と回答する。



「今回、王我コーポが離反に関わっている可能性が高い。これだけの重大事件、仮に何点か『不手際』があっても、任務に成功さえすれば全て見逃される。いや、見逃させてきた」


「失敗したら?」


「それはない、イチロウさんがいるからな」


「あの変質者」


「それには同意するが、一方で実力は確かだ。ハンマーメイズくらいの相手であれば、瞬殺することができる。だから、あの人に認められているお前の退社は避けたいと思っている」



 平然と、蟻正はそう語った。だが、ハンマーメイズを瞬殺? 悪い冗談だ。もしそうなら、あのパンツ男はECR1桁台でなければ説明がつかない。一方で、BRIGADEの滅茶苦茶さにはようやく納得がいった。



 任務成功率100%、必ず社の利益になるように行動する。これを淡々と積み重ねた結果の信用が今の出来事なのだ。言い換えれば、俺も100%任務を達成できるのであれば、これだけの異常な立ち回りが許される。社の利益のためなら違法ハッキングも強制捜査も、ありとあらゆる無茶が通る。



 考えているうちに扉が開いた。この王我コーポ本社ビルの最上階。広々とした空間には社長の趣味なのだろう、やたらと豪奢な家具や装飾品が設置されている。壁際にはこれでもかと賞状と社の功績を記した紙が、額縁に入って並んでいる。よほど腕の良い者が調整したのか、下品さを一切感じない、洗練された雰囲気があった。だが、その中心にいる者だけは例外であった。



 面接でも見た太った男、王我社長はソファに座り、嗜虐的な笑みを浮かべながら土下座している誰かを見下す。そして見下されている人物こそ、ニュースで時たま見かける緑生化学コーポの社長であった。彼はやせ細っており、髪の毛もほとんど無くなっている。焦燥している、という表現が正しいだろうか。室内に叫び声が響き渡る。



「どうかお願いします、わが社の借金の返済期間を!」

「いや、駄目だ。ミュータントもどきに貸せる金はない。1年以内の返済、これは絶対だ。株の過半数取得を諦めれば支払えるのだろう? まあ、経営権を手放し野垂れ死にするのが嫌なら、せいぜい頑張ることだな! ……ん、なんだ?」



 蟻正の動きは素早い。二人が会話している所に一切迷わず突撃し、王我社長の元にたどりつく。そして迷わずバリカンを取り出し、王我社長のインプラントの髪を切断し始めた。王我社長も逃げようとするが、当然不可能。戦闘用の義手で押さえつけられ、バリバリと髪の毛が食われていく。



 呆然としている緑生化学コーポの社長と、王我社長に対して、蟻正は語り掛ける。



「『わかっている』ぞ。私がこんな暴挙をしている理由が分かるよな。お前が沈黙することになるか、もしくは明らかになるが許されることになるからだ。なぁ、離反者」



 初めは怒りの表情で叫んでいた王我社長も、3文字を聞いて顔を青ざめさせる。離反者。単なる隠蔽だけでなく、その先まで読まれていたのか、という驚愕に王我社長の顔は染まる。



「あの装置を『医療器具』という名目で自治区内に持ち込み、組み立てようとしたんだな? なるほど、あれ単体では兵器にはとても見えない。だから銃器クラスの火力をもつ『PCP』を内部に持ち込んで、暴れようとしたわけだ。目的はなんだ、対空兵装を奪って反撃を防ぐ? それともそれ自体をどこかに売りに行く?」


「い、いや」


「わかっているのか。企業が国家の代替をしている今、本社からの離反とはすなわち旧世代の国家分裂に相当する。お前は今、戦争を引き起こそうとしているのだ」



 言葉が続くにつれ、どんどん王我社長の顔色と毛量は儚くなっていく。緑生化学コーポの社長の前ということもあり、弱みを握られる前に早く話を終わらせたかったのであろう。



 それに何より、この態度は「まだ決定的な証拠は持っていない」という意味である。本当に証拠があるならば、提示するか、もしくは捕まえてから話をすればよい。蟻正はバリカンで嫌がらせをしながら、その実「まもなく証拠を手に入れる。だが今、急いで手を引けばギリギリ言い逃れすることも可能かもな」と話しているのだ。王我社長は意味を理解して、あっさりと白旗を上げた。



「儂は何も知らん! だが、今日の16時くらいに大型飛行船がスラムに入るという通達は受けている! 勿論正規の手続きを得たものだがな!」



 それ以上は無理だと言わんばかりに王我社長は目を閉じる。その言葉に、蟻正は「ビンゴ」と笑いながらバリカンを止めた。

『情報収集』

とりあえず一番知ってそうな人から情報を聞く、これ基本。

ちなみにこの一連の行動により、件の装置回収について治安維持部隊の行動は封殺されました。これだけ脅されて動けるかと言うと……、うん。



よければブクマ、評価等よろしくお願いいたします!!!

次話は再度スラムに突入、『エデンの子供たち』を追い詰めていきます。


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