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爬鎧類戦争(ハガイルイセンソウ)  作者: ヒレカツ寺本
第二章
16/16

一方で

よろしくお願いします

 



 人間は愚かだ。それは人間も認めている。じゃあ、なんで悔い改めないのだろう。“このままでは地球環境が取り返しのつかない事になる”とか、“なぜ戦争は無くならないのか”等々、何十年も言っている。しかし何も変わっていない。人類全員で取り組まなきゃ永遠に解決する訳ないのに、一部で議論されているだけで、みんなほったらかし、身勝手なもんだ。


 そんな事をぼんやり考えながら、アストンは遠くに見える山々の緑を眺めていた。空は青々として、柔らかな風が春の香りを纏い、身体を撫でてくれる。極上の毛布を掛けられた様な心地良さだ。これで眠くならない者がいるだろうか。よし、ここは人間の愚かさなど一旦置いておいて、この極楽浄土を満喫するとしよう。嗚呼、なんて気持ちいいんだ。蝶々も心地良さそうに舞っている。天気の良い午後のひと時、うとうとするこの時間、幸せだ。そんな事を思いながら、しばらく夢心地でいると、突然。


「アストン! アストン!」


 誰かが呼ぶ声。


「アストン! アストン!」


 ずっと呼んでる。嫌な雑音だなーと、嫌々目を開けてみる。しばらく、と言っても三〜四秒程だが細目で見ていると、ぼやけていたピントが徐々に目の前の物体に合う。スーザン先生だ。


「キェーーーッ!」


 変な声が出てしまったアストン。


「キャーッキャッキャッキャッ」


「ヒョーッヒョッヒョッ」


 クラスメイトたちが奇声をあげて笑う。


「おはようアストン。授業中よ、大丈夫?」


 すでに彼の目の前まで来ていたスーザン先生は、怒ると言うより、少しあきれた感じで言った。そうだ授業中だ! アストンは先生を見上げて言葉を探した。


「はい、すいませんスーザン先生」


 絞り出した声は、突然現実に戻されてびっくりしたのと、みんなに笑われて恥ずかしいという感情でかなり小声になってしまっていた。スーザン先生はグッと顔を近づけてきた。いい香りがする。


「先生の授業つまんない?」


「いや、違います。今、先生の言葉を噛み締めていたんです」


「本当に?」


「本当に」


 立て直す為に、とっさに言い訳が出た。が、先生が畳み掛けてくる。そして何故か反復するアストン。


「目を閉じて?」


「目を閉じて」


「こんな長い時間?」


「こんな長い時間」


「いびきかきながら?」


「いびきかきながら」


 ‘しまった! いびきかいてたか。ほんの一瞬ウトウトしただけだと思っていたのだが’と思うアストン。


「アストン、君は居眠りが多いわね。今、君達にとってとても大事な授業をしているの、集中して!」


 そう言うと、スーザン先生は、シャーッと冗談まじりの威嚇をして、体をひるがえし、長い尻尾をくねらせながら黒板の方へ戻って行った。その後ろ姿は妖艶で、美しい赤みがかった鎧を纏ったスーザン先生は、トカゲ族界でベスト10に入るセクシーティーチャーだとアストンは思っている。ダダ漏れの色気に、ほとんどのオスはやられてしまっている。


 深い森の奥の奥、少し開けた原っぱに黒板だけ置いた青空教室で、勉強に励む爬鎧類。人間がなかなか足を踏み入れない山奥で、のちにヨロイと呼ばれるようになるずっと前から、トカゲ族の文明は栄えていたのである。


 怒られたのに何故かちょっと嬉しいアストン。その余韻に浸っていると、右側から突き刺さる視線を感じる。そっとそちらを向いてみると、隣の席のメラニーがこの世の底辺の者を見下す様な冷え切った眼でこちらを見ていた。ビクッとするアストン。そしてメラニーが口を開く。


「あんたさぁ、何で怒られたのにニヤニヤしてんのよ」


 ‘おおー、ダメだ、やっぱりニヤけてたか’と思いながら、何か言い返してみるアストン。


「うるさいなー、別にニヤけてないし」


 説得力も勝てる言い訳も何も思い浮かばないから、彼にはこのくらいの言葉しか出ない。


「気持ち悪い」


 気持ち悪いの最後のいの字を言う前にメラニーはプイっとそっぽを向いてしまった。


「怖っ」


 不意に恐怖が口に出たアストン。メラニーに何かした訳でもないのに、この仕打ち。なぜだ。不思議だ。悩むアストン。メラニーは、鎧も綺麗でかわいいが、かなり気が強いメスである。姉貴肌的な所があり、面倒見がいい為、メス達には人気だが、勝気な性格のせいで、オス達はおっかながって近寄らない。オス達は裏で彼女をボスと呼んでいる。


「アストン、集中して!」


 右側からバカにしたような声が聞こえた。アストンの右前の席のジェットが先生の声色を真似て、からかってきたのだ。ジェットとアストンは、生まれた日が同じで、その日からずっと一緒にいる一番の親友だ。


「うるせー!」


 アストンはジェットに一言そう言い返し、照れ隠しにシャーッと威嚇した。そしてすぐに黒板に目をやると、ずいぶん授業は進んでいた事に気づく。スーザン先生は黒板にチョークを走らせながら話す。


「このまま人間をほっておいてはいけないの」


 そう、今は人間学の授業だ。


「環境汚染に生物乱獲、地球資源の大量消費、数えきれないほどの悪行を人間はしてきたの。そしてこれからもしていくでしょう。だから私たちトカゲ族が早く止めなきゃいけないの」


 口なめらかなスーザン先生。すると質問が。


「先生!」


 優等生のドナルドだ。彼はクラス一の優等生で、いつもカリカリ勉強している。でも決して出来の良さを鼻にかける事もなく、みんなに勉強を教えてくれたりする優しくていい奴だ。ただ、運動神経はちょっと鈍く、走り方が滑稽なのだ。


「何? ドナルド」


 スーザン先生が優しく聞き返す。


「人間の愚行はわかるのですが、しかし我々トカゲ族は人間の言葉を話し、人間の文化を参考にして発展してきたんです。そこにはそれなりの恩義もあるでしょうし、そんな僕らの手本でもある人間を止めようとしているとは少し矛盾しているように感じますが」


 ガリ勉ドナルドの質問に、スーザン先生は


「いい質問ね、ドナルド」


 と言いながらチョークを置いて、話を続けた。


「確かに、私たちトカゲ族は人間を参考にしてきたわ。文字や言葉、文化等、あらゆる事を取り入れてきた。そう、人間が創り出した元々あるものを利用してきたからこそ、人類が何千年もかけて築き上げてきた事を、我々は数十年で成し遂げここまで繁栄させてこれたのよね。それは感謝しているわよ。でもね、ちょっと度が過ぎたと言うか、近年の人間の行動には目に余るものがあるわよね。このままだと地球が終わってしまう可能性があるの。だから、人間さん今までありがとう。これからの地球は我々トカゲ族が引き継ぎますから、安心して絶滅してくださいねって事なの」


 強めの辛辣な意見をさらりと言うスーザン先生。


「だったら今すぐに攻めに行けばいいじゃん」


 突然ジェイソンが口を挟んできた。ジェイソンは、帽子をかぶっているのに[帽子が無い! 俺の帽子が無い]と大騒ぎしながら探すような、おっちょこちょいなのに、いつもイキがってる奴だ。イキがってもなぜかサマにならず、みんなに面白がられてしまう、ちょっと可愛げのある奴なのである。そんなおっちょこジェイソンにも、スーザン先生は優しく話す。


「そうよね。すぐにでも戦うべきね。もし、トカゲ族が人間と戦う事になったらジェイソン、あなたはどうする?」


「そりゃ俺も戦うよ」


 即答で返すジェイソン。


「さすがジェイソン。頼もしいわ」


 スーザン先生がニコッとすると


「俺もすぐ戦いに行くぜ!」


 ジェットが言う


「僕も行く!」


 アストンも


「俺だって絶対行くよ!」


「俺も」


「僕も」


 本気なのか、先生に褒められたいだけなのか、ほぼ全員の男子が戦闘参加を表明した。


「はいはーい、よくわかりました。みんなすごいわね。こんなに勇敢な戦士がたくさんいて、先生安心した。みんながすぐにでも戦う覚悟がある事はよくわかったわ。でもね、今のトカゲ族の現状からすると、そう簡単にはいかないのよ」


 そう言うとスーザン先生は再びチョークを手に取り、黒板に文字を書きながら話を進めた。


「今すぐに人間と戦うにしても、我々の兵士の数が圧倒的に少ないの。人間界と比べてみると、今現在日本の軍隊の人口は予備兵を入れて約二十五万人。それに対し、トカゲ族の兵隊は約五万人と、五分の一程しかありません。それを早く増強しなくちゃいけない訳ね。まあ、でも計算上は、あと数年でこの差は埋まる事になります。なぜならトカゲ族は人間の六倍の速さで成長するからです。それはみんなも知ってるわよね」


「知ってる。あと、メスが子供を産む数が、人間より多いんだよね」


 ジェイソンが、自慢気に言う。


「そう、よく知ってるわねジェイソン、でもメスじゃなくて女性ね」


 ジェイソンの方に目をやり訂正するスーザン先生。


 トカゲ族の世界では、オスメスは男性女性。一匹二匹は一人二人、と、人間が人間を差す時の表現方法が推奨されている。普段から、オスメスや、匹などの言い方は頻繁に使用されているが、それらの言い方は、人間が他の生き物に対して使うもので、相手を見下した言い方に聞こえてしまう。その為、近年では、少々下品な言い方とされているのである。なので、上品な言葉使いを心がけているスーザン先生は、丁寧な“女性”という言い方をするのである。


「今ジェイソンが言ったように、トカゲ族の女性は人間の何倍も子を産みます。人間は数人しか産めませんが、トカゲ族の女性は生涯に数十から数百もの子を産みます。そして、今や天敵のいない我々は、近年劇的に数を増やしているんです」


 言い終わると、スーザン先生は少し考える仕草をしてから問いかけた。


「えーっと、みんなはマザーの事は知っているわよね?」


 皆を見渡すと、メアリーと目が合い、視線が止まる。


「メアリーは、マザーとはどういう人物だと思ってる?」


「はい。マザーは、トカゲ族が始まった最初の人です」 


 答えるメアリー。


「そう。マザーとは、始まりの人物、トカゲ族を創った女性です。全てのトカゲ族はこのマザーの子孫なんです。私も、あなた達もね」


 黒板に書いたマザーという文字に白線を引いて強調したスーザン先生。


「この人がいなければ、トカゲ族はこの世に存在しなかったんです。まあ、マザーの事は、別の機会にしっかり勉強しますが、今日教えたいのは、マザーにはいくつかの教えがあるということ」


「それ、もう知ってる。毎日いろんな大人達から聞かされてるよ」


 またジェイソンが入ってきた。


「そうよね、よく聞く“人間には絶対に見つかるな”とか“何時もトカゲ族の為に生きよ”っていうのもマザーの教えよね」


 スーザン先生が言うと、


「あと、“人間に見つかったら必ず殺せ”だろっ」


 ジェットが言う。 


「そうそう、それもマザーの教えね。実はその数々の教えには最終目標があってね、その目標を達成する為にトカゲ族は存在しているの。そして、マザーの思いを胸に数十年前トカゲ族は世界中に散らばっていったの。それからも各国の仲間と密に連絡を取り合い、着々と準備を進め、その時を伺っているの。今、君たちが、こうして勉強しているのも、立派な準備の一つね。この、勉強の時間は、とても大切な時間なの。だから我々の未来の為にも、授業中は寝ないで頑張ってね」


 とスーザン先生は、チラッとアストンを見る。チクリと釘を刺されてバツが悪くなり、恥ずかしすぎて周りにシャーシャーと威嚇するアストン。続けるスーザン先生。


「今みんなはトカゲ族の基礎となる知識を勉強していますが、君たちも三歳になれば全員が軍事訓練に参加して、それぞれの能力に合った部署に配属されていきます。そこで専門知識を徹底的に叩き込まれ、皆がトカゲ族を支える存在になるのです。そしてマザーと私達の最終目標を全員で協力して達成するのです」

  黒板につらつらと書かれた文字の最後の部分を丸で囲み、そこをバンと叩き振り返るとスーザン先生は、そこに書かれた文字を言葉にした。



「人類からの地球奪還。近く、実行に移します」

ありがとうございます

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