第98話 ドラゴンスレイヤー、ジャガイモを初めて食す
「それでは、そのサルンという場所に行きましょう!」
ビビアナの提案に、目を思わず見開いてしまった。
「待て。それは、急すぎる」
「ど、どうしてですかっ。善は急げと、スカルピオ様が言ってました!」
ビビアナは、向こう見ずな性格なのだな。
その勢いのよさは、嫌いではないが。
「きみとスカルピオ殿の言葉にまちがいはないが、俺はほとんど動けないのだ。この状態では、戦いはおろか、馬に乗ることすらままならない」
「そ、そうですけど、じゃ、どうすればいいんですかっ」
「そうだな。応急処置でいいから、身体がうごけるようになればいいのだが」
食料といっしょに、薬もわずかだが運んでいるはずだ。
「隊で常備している薬で傷口をふさいで、三日ほど待機……といったところか」
「三日待機ですね。わかりました」
ビビアナが兵たちに俺の指示をつたえてくれる。
「食料は、まだ尽きていないか? あと、敵の追っ手は?」
「食料は……そろそろ尽きるかもしれません。敵の追っ手は、わかりませんっ」
敵に見つからないように息を潜めているから、食料の確保が急務か。
「食料がないのであれば、森から集めてくるしかないな。狩りはできるか?」
「狩り、ですか? できるのでしょうか……」
ビビアナは騎士見習いか。わりと裕福な家庭で育ったのだな。
「できなくても、やるしかない。シカでもウサギでもいい。食べられそうな動物を捕まえてくるのだ」
「ええっ! できませんよ、そんなこと……かわいそうっ」
食料が尽きかけているこの状況で、よく悠長なことが言えたものだ。
「ビビアナ。きみはこれまで、肉を何度も食べてきただろう。その肉は、猟師が森で捕まえた動物を、城の専属シェフがさばいたものだ」
「そ、そうですけど……」
「俺たち人間は、動物を食べなければ死んでしまうのだ。食べられる者に罪はないが、これは自然の摂理なのだ。だから、犠牲になった者たちの分まで、俺たちは生きていくのだ」
ビビアナは泣きそうになりながらも、俺の言葉をまっすぐに聞いていた。
かなり未熟な者であるが、見どころはありそうだな。
「そう、ですね。ドラスレさまの、言う通りですっ」
「戦いになれば、食料なんて必要最低限の分しかもちはこべない。今のように食料が欠乏すれば、その場で食料を確保するしかない。
そうなれば、森や川で狩猟や釣りをして食料を得るしかないのだ。当然、近隣の村への略奪は厳禁だ」
「はい、わかりました」
横になっている俺のそばに、黄色の大きな実のようなものが転がっていた。
これは……グルリアス高原を降りるときに農民からもらったジャガイモか。
「ちょうどいい。このジャガイモも食べてみよう」
ビビアナは、わかりやすい顔で拒否をしめしていた。
「こ、これを……食べるんですかぁ」
「そうだ。これをくれた農民は、とてもおいしいものだと言っていた。食べるものもないのだから、ちょうどいいだろう」
ジャガイモはいくつかわけてもらった。バッグに詰めてあるはずだ。
「これを、かじるんですかぁ」
「いや……さすがに水で表面のどろを落とした方がいいのではないか?」
ジャガイモをもらったときに、調理法まで聞いた気がするが、あの農民はなんと言っていたかな。
このジャガイモは……根菜か? 固さや重さから考えて、ニンジンとおなじ種類だと思われるが……。
とりあえず、シチューやポトフみたいに煮ればいいか。
「ニンジンは、調理する際に芽と皮をとりのぞくだろう。これもおなじように芽と皮をとりのぞいて、肉といっしょに煮てくれ」
「芽と皮をとって、肉といっしょに煮るんですね。わかりました」
ビビアナが律儀に俺の言葉を復唱した。
* * *
陽が落ちた頃に、狩猟に出かけていた兵たちがもどってきた。
近くの森で大きなシカが一頭、そして数種類の山菜が手に入ったようだ。
川も近くにながれていたようで、数匹の小魚も釣れたようだった。
ビビアナをはじめとした炊事を担当する班がシカを屠り、火をたいて大きな鍋にお湯をつくる。
細かくきざんだ肉や魚。山菜。そしてジャガイモを混ぜれば、即席の煮込み料理の完成だ。
「ドラスレさま。食事ができました」
ビビアナがシチュー皿に煮込み料理をよそって、俺にはこんできてくれた。
「ありがとう。腹が減って、我慢ができないところだった」
皆が薬で治療してくれたため、身体を起こすことはできるようになった。
シチュー皿に入れられた料理は、ポトフのような見た目だ。
大きな肉と覇を競うように、黄色の大きなジャガイモが存在感を主張していた。
においは、それほど悪くない。肉のくさみが、少し目立つか。
「味はどうだ? おいしいか?」
「えっ、あ……その」
ビビアナがなぜか言葉をつまらせる。
「どうした。皆はまだ食べていないのか?」
「は、はい。その……あ! ドラスレさまに、いの一番に、食べていただこうと思いまして」
元気よく言いながら、ビビアナの唇がひくひくと動いていた。
「うそを申すな。ジャガイモが食べたくないのなら、素直にそう言えばいい」
「す、すみませんっ」
このジャガイモが、そんなに嫌なのか?
黄色く輝く実が、とてもおいしそうだが。
スプーンを受けとって、ジャガイモの実を裂いてみよう。
根菜だからか、実はかなり固い。生で食べるのは、むずかしそうだ。
黄色のニンジンのような野菜なのか? 味は、どうか。
「ど、どうですか」
やはり、ニンジンのように固い。しかし、おもしろい食感だ。
味は、思ったほどクセがない。アクのようなものがあるが、麦のような、ほどよい甘味が感じられる。
「おいしいぞ。麦とまではいかないだろうが、普通に食べられる味だ」
「そ、そうなんですねっ」
ビビアナの後ろで、兵士たちもシチュー皿をもったまま、俺を見ているな。
「皆も早く食べるのだ。腹のふくれる、よい料理だ!」
兵士たちが、ざわつきはじめた。
俺に聞こえないように、小声で話をしはじめた。
だが、しばらくして、何人かがジャガイモを食べはじめた。
「お、うめぇ!」
「ほんとか!?」
うまいだろう。あの農民が言ったことは、ただしかったのだ。
うまいという声につられて、他の兵士たちもジャガイモをむしゃむしゃと食べはじめた。
不安だった彼らの表情が、子どものような笑顔に変わっていく。
「なんだよこれっ。めっちゃうまいじゃねぇか!」
「こんな野菜、はじめてみたぜっ」
「俺も!」
底まで下がりきっていた彼らの士気も、これでいくらか回復できるか。
「み、みんな、よく食べられますね……」
ビビアナだけは、かたくなにジャガイモを拒んでいた。
「きみもいいから食べろ。腹が満たされるぞ」
「えっ。ええ……っ」
そんなに顔をしかめるほど食べたくないのか?
「兵たちは皆、おいしそうに食べているだろう。きみも早く食べるのだ」
「そ、その……毒があったり、しないですよね」
「グルリアス高原の農民たちが食べているのだ。毒なんて、あるわけないだろう」
食にかけては、かなり慎重なのだな。
ビビアナは細かく切ったジャガイモをすくって、じっとその実を見つめていた。
そのまま、しばらく石像のように身体を硬直させていたが、やがてスプーンを口もとへとはこんだ。
目を強くつむりながら、口をもごもごと動かすが……。
「お、いしい……かも」
すぐに目を開いて、またスープの中に入っているジャガイモを見だした。
「そうだろう。これは、いい食べ物だ」
「そう、ですね」
彼女がまたジャガイモを口へはこぶ。
もごもごと口を動かして、
「おいひぃ」
「みっともない顔をするなっ」
頬を赤くするほど、気に入ってくれたようだ。
「こんなにおいしい食べ物が、あったんですねぇ」
「そうだな。めずらしい食べ物だが、これで食いつなぐのは良策かもしれない」
このジャガイモで、食いつなぐ、か。
ラヴァルーサやカゼンツァは、作物が育ちにくい土地だ。
粟や稗で食いつないでいくのは問題があるから、今日の住民反乱へとつながってしまったのだろう。
このジャガイモは、グルリアス高原で自生していたものだろう。
ラヴァルーサやカゼンツァでジャガイモを栽培することができれば、民たちの食料事情も変わってくるのではないか?
「おいひぃ」
「まだ食べていたのか……」
ビビアナは幼女のような顔で、口にふくんでいたジャガイモをのみ込んだ。