第99話 瀕死のドラスレとオドアケルの襲撃
ビビアナに指示した通り、三日間、洞窟に潜伏して身体をやすめた。
その結果、なんとか動けるようになるまで回復した。
ビビアナや兵士たちが、懸命に看病してくれたおかげだ。
四日目の朝に、やっと自分の足で洞窟の外に出ることができた。
洞窟の前の、森がひらけた場所。
ビビアナや兵士たちと食事をとる広場で、全身に朝陽をあびる。
陽の光は、気持ちがいいな!
うす暗い場所でじっとしているのは、つらい。だんだんと、気分も暗くなってしまう。
「あっ、ドラスレさま」
茂みのこすれる音とともに正面の森から出てきたのは、ビビアナと三人の兵士だ。
「やぁ。おはよう」
「おはようございますっ」
「こんな朝から食料をさがしに行っていたのか? えらいぞっ」
「えっ、あ、ありがとうございますっ」
ビビアナがなぜか、肩をふるわせながら言う。
「そんなにかしこまる必要はあるまい。お前たちには感謝している」
「いや、だって……ドラスレさまに、そうやって褒められたことありませんから」
ビビアナが、兵士たちと顔を見あわせて苦笑する。
「そんなにきびしく当たっていたか。次からは気をつけよう」
「い、いえっ。そんなっ。あたしたちが、足を引っぱってるのが悪いんですから」
ビビアナや兵たちは、足など引っぱっていない。皆、心強い仲間だ!
「今日はウサギ二匹くらいしか獲れなかったんですけど、ごはん食べますか?」
「いただこう。たくさん食べて、力をつけたい」
「わかりました!」
ビビアナたちに食事の用意をまかせる。
洞窟の前で作業をする兵士たちは、十名くらいしか数えられなかった。
「兵は、ずいぶんと数が減ってしまったな」
「はい……あ、あのっ、すぐに、きっと帰ってきますからっ」
ビビアナは俺を気づかってくれるが、一度去ってしまった兵は、もとの部隊にもどらないだろう。
戦いにやぶれて流浪の集団となった部隊から、兵はひそかに脱走していく。
落ち目になった部隊にのこっていてもメリットはないのだから、兵の脱走を止めるのはむずかしい。
俺の今の状態では、多くの兵に毎日の食事を用意することができない。
兵たちの気持ちも考えたら、脱走を咎めてはいけないのだと思う。
「ビビアナ。きみは俺を気づかっているのだろうが、俺のことは気にしなくていい」
「は、はぁ」
「部隊から去っていく者を咎めるつもりはない。皆の幸せを、ただねがうばかりだ」
「わ、わたしはっ、どこにも行きませんよ!」
彼女の突然の言葉に、思わず面を食らってしまった。
「わたしは、ドラスレさまを置いて、無責任に逃げたりしません! だって、そんなの……あんまりじゃないですかっ」
ビビアナ。きみは……。
炊事をしていた兵たちも、一様に目をまるくしていた。
「あ、あのっ」
ビビアナは異変を即座に察知して、顔を真っ赤にした。
その様子がおかしくて、心の底から笑ってしまった。
「すす、すみませんっ。その、変な意味じゃないですからっ」
「わかっている。きみの言いたいことは、ちゃんと理解しているつもりだっ」
「ううっ。だったら、どうしてそんなに笑うんですかぁ」
ビビアナは耳の先まで赤く染め上げていた。
この者は、やはり嫌いになれないな。
「いや、すまない。きみの心くばり、感謝する」
* * *
あたたかい食事を食べおえて、しばらく休んでからビビアナと兵たちをあらためて招集した。
「皆もわかっているであろうが、ここでじっと潜伏しているわけにはいかない。身体を回復させて、隊と兵站をととのえないと、ラヴァルーサをいつまで経っても奪還できないからだ」
ビビアナたちは俺の前にすわり、真剣な様子で俺の言葉を聞いている。
「アゴスティやカゼンツァはちいさな都市だ。その上、先の戦いで疲弊しているから、隊をととのえる場所として適していない。よって、これからヴァレンツァまでもどろうと思う」
ビビアナたちの顔色が、変わった。
「ヴァレンツァって、西にある都ですよね。と、遠くないですかっ」
「遠いだろうな。馬で駆けても五日はかかる」
「もどるだけでも、大変な気がしますけど……」
彼女たちがとまどうのは、あたり前だ。
「ビビアナの言う通りであるが、俺たちは戦いに次ぐ戦いで疲れはてている。ラヴァルーサをまもるヒルデブランドと再戦するためには、しっかりと準備をしなければならないのだ」
思えば、今回の戦いは情勢に絶えずふりまわされていた。
カゼンツァの反乱からはじまり、アゴスティの援軍。そして、ラヴァルーサの激戦。
状況がさだかではない上に連戦だったのだ。不利な戦いをしいられるのは、しかたのないことだったのだと思う。
「ドラスレさまの、治療もしないといけないですもんね」
「そういうことだ」
「では最終的には、サルンというドラスレさまの土地までもどるんですね。わかりました!」
サルンまでもどったら、さすがに時間がかかりすぎてしまう。
「いや、サルンまでもどるのは止めよう」
「ええっ。じゃ、じゃあ、ドラスレさまの治療は、どうするんですかっ」
「そこでだ。だれか、早馬でヴァレンツァとサルンにむかってほしいのだ。ビビアナが乗っていた馬は、まだ元気だろう」
「えっと。じゃあ、あたしがっ」
従騎士のビビアナにまかせる仕事ではない。
「いや、きみはだめだ。スカルピオ殿から、きみのことをたのまれている。きみは、俺の近くにいてもらおう」
「そ、そうですかっ。わかりました」
兵の中でも若い者をえらんで、先にヴァレンツァへむかってもらうことにした。
「これから歩いて、ヴァレンツァまでもどるんですかぁ」
「いや。さすがに歩いてヴァレンツァまで帰れない。カゼンツァに寄って、ロンゴ殿から馬を借りよう」
「ロンゴ様は、ラブリアを治めてる方ですよね。馬なんて借りれるんでしょうか――」
細く研ぎすまされた何かが、とんでくる!
とっさに身体をひねって、細長い殺意をかわす。腰が悲鳴をあげる。
「ど、どうしたんですかっ」
後ろの岩壁に突きささったのは……矢かっ。
「敵襲だっ。そこの岩陰にかくれろ!」
森から矢が連続ではなたれる。
容赦のない射撃が、逃げおくれた兵の背中を射抜く。
「ああっ、アマデオさん!」
「だめだ、ビビアナっ。飛び出したら殺されるぞ!」
岩陰から飛び出そうとするビビアナの肩をつかむ。
射られてしまった者よ……ゆるせっ。
ヒルデブランドがつかわした追っ手に、気づかれたか。
「ドラスレ。いるんだろ。出てこいよ、ききっ」
広場をかこむ茂みから、忍びのような者たちが姿をあらわす。
彼らは一様に黒装束を着て、黒いマスクで鼻からアゴまで隠していた。
しかし、頭巾はかぶっていない。長い髪を首のあたりでくくっているところを見ると……女かっ。
「やぁーっと、見つけたよ。ヒルデさまを傷つけたやつは、どんなやつだろうと死刑! ききっ。お前ら全員、まとめて殺してやっからっ」
妙な口調で話しかけてくる女が、彼女たちの後ろからあらわれた。
まず目についたのは、あざやかなピンク色の胸あて。
黒のワンピースのような服の上に、派手な胸あてをつけているのだ。
背はジルダとおなじくらいか。だが頭にも、派手なピンク色のリボンがついている。
リボンは頭の後ろから生えて、ネズミの耳のように大きな円をえがいていた。
「ドラスレ。いんだろ!? このサンドラちゃんが、相手してやるっつってんだよ」
あのネズミの耳の女は、サンドラというのか。
ビビアナたちに動かないように指示して、岩陰から姿をあらわした。
「ききっ。やっと観念したのか、ドラスレっ」
「観念などしていないが、俺が出なければ、お前たちは総攻撃をしかけてくるのだろう?」
「ききっ。よくわかってるね。お前の言う通りだよ」
サンドラがダガーをとりだして、気味の悪い声で笑った。
「ヒルデさまは、めっちゃ怒ってるぜ。なんとしてもお前を殺して、その首をもってこいってさ」
「そうか」
「あれぇー? なんか、思ってた反応とちがーうっ。なに澄ましてんの? つまんねぇ!」
このサンドラという女は、妙な雰囲気をまとっている。
俺を下からのぞき込んで、街の不良のような顔でにらんでいた。
「お前、ヒルデさまに指名手配されたんだぜ。もっとびびれよ!」
「びびることなど、ひとつもない。俺はかつて、この国のトップから命を狙われていたからな」
サンドラの顔が怒りでゆがんでいく。
おとなしくしていれば、白くてきれいな顔立ちなのだが……もったいない。
「ああっ、もういい。つまんねぇ! こいつをはやくぶっ殺せぇ」
オドアケルの女たちに、サンドラが傲岸に指示した。




