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第95話 ヒルデブランドの幻影剣と闇の魔法

 するどくとがった幻影剣が、俺の頬を斬る。


 肩を裂き、腕も斬り裂かれそうだった。


「ドラスレさまぁ!」


 俺を遠くから呼ぶのは、ビビアナか。


 大剣のような幻影剣は、地面に落ちるとガラスのようにくだけ散る。


 その固い破片も八方からとび、俺の全身を容赦なく傷つけた。


「はーっ、はっはっは! ドラゴンスレイヤーよ。戦いに集中できていないと見えるな」


 城壁の上から、ヒルデブランドの高笑いが聞こえてくる。


「きみの相手は、そのレイスたちだけではない。ここが広い戦場であることをわすれてもらっては困るぞ」


 くっ。あの男の魔力は、絶大だっ。


 頭から、血がだらりと流れてくる。


 肩や腹からも血が流れ出て、シャツをべっとりと付着させる。


 まだ意識は保てているが、集中しなければあやういかもしれない……。


「そうら。もう一度、いくぞ」


 ヒルデブランドが右腕を天上へとのばす。


 三本の巨大な幻影剣が瞬時に具現化され、また高速で襲いかかって――くっ。かわせ!


 ぼうっとする意識を覚醒させる。


 重い身体を引いて、ヒルデブランドのはなった幻影剣の直撃をよけたが、ばらばらにくだけた破片がまた俺の身体を裂いた。


 とてつもない威力の魔法だ。


 この幻影剣は、やつの強大な魔力で具現化されたものなのだろう。


 シルヴィオも幻影剣をつくり出して戦うが、彼のつくり出す幻影剣とは……比較にならないっ。


 俺のまわりで飛んでいたレイスたちも、幻影剣によって斬り裂かれたか。


 身体を無残に裂かれたレイスたちは、その白い身体を地面に落とした。


 布のようにうすい身体は、少しずつ色をうしなっていき、やがて虚空と一体になった。


「ただの亡霊では、きみの相手にふさわしくないようだ。亡霊にも、やはり肉体は必要か」


 亡者をこれ以上もてあそぶな!


 上空を浮遊していたレイスたちが、ヒルデブランドの指示に従ってか、ゆっくりと地面に降りてくる。


 そして、あたりに転がる死体に白い身体をかさねていく。


 死体に乗りうつるつもりかっ。


 レイスたちは死体に顔をうずめ、死体と一体化していく。


「ひぇっ」

「そ、そんな……」


 ビビアナと兵たちも後ろで固唾をのんでいるか。


 全身を斬り裂かれた死体の腕が、ぴくりと動いた。


 命がうばわれてしまったはずの彼らが、手足をふるわせながら立ち上がっていく。


 前かがみになって砂でよごれた顔をさらすその姿は、どこかの廃村で見たゾンビそのものだ。


 近くに落ちている剣をひろって、俺に斬りかかってきたっ。


 力は、つよいっ。歴戦の戦士を超える力だぞ!


 だが、ヴァールアクスで受け止めれば、押し返せる――左から別のゾンビが襲いかかってきた!?


 二体目のゾンビは、戦斧で俺の脳天を斬りつけてきた。


 ヴァールアクスを横に伏せて、血で錆びた刃を受け止める。


「ドラスレさまっ」

「なんで、攻撃しないのですかっ」


 ビビアナたちが後ろで声をふるわせていた。


 この者たちは、ここで戦っていた民兵と王国の正規兵たちだ。


 ヒルデブランドにあやつられているとはいえ……無残に殺すことはできないっ。


 ゾンビたちの猛攻に、じりじりと後退を余儀なくされていく。


 死体に乗りうつらなかったレイスたちも、白い身体を俺にぶつけてくる。


「ふん。愚かな。何を戸惑っているか」


 城壁の上で、ヒルデブランドはなぜか苛立っていた。


「その者たちは、ここですでに朽ち果てた者たちだ。その動くむくろたちは、亡霊にあやつられた人形にすぎないのだ。

 そんな者たちを一刀で葬ることなど、ドラゴンスレイヤーのきみなら造作もなかろう」

「だまれっ。すでに命を落としているとはいえ、この者たちはヴァレダ・アレシアの礎を築く者たちだったのだ。命を賭して戦った者たちを無残に葬ることなど、できようか」


 先ほどのレイスたちもそうであったが……この者たちを手にかけることはできない。


 ヒルデブランドが右手を突き出す。


 紫色の珠が飛び出して、俺の前で爆発した。


 くっ。ヴァールアクスでとっさに防いだが……すさまじい威力だっ。


「ドラスレさま!」


 敵を爆破させる魔法かっ。直撃は受けなかったが、衝撃波を殺せずに吹き飛ばされてしまう。


 ゾンビとなった者たちは爆破の直撃を受けて、四肢をもぎとられていた。


「ドラスレさま!」

「だ、だいじょうぶですかっ」


 ビビアナと兵士たちが集まってくるが……来てはダメだ。


「お前たちは、逃げろ」

「えっ、で、でも……」

「あの男は、危険だっ」


 ヒルデブランド……あの男はやはり、ヴァールに引けをとらない者だった。


 火の手の上がるヴァレンツァではじめて会ったときから、あの男の危険な雰囲気は察知できた。


 ヴァールと戦えるほどの力と、ヴァレダ・アレシアの全土をつつんでしまうような野心をもちながら、そのふたつをあの細い身体にふうじ込めている。


 あのとき、全力で俺に挑んでこなかったのは、俺をヴァレンツァから追い出しても自分に意味はないと察知していたからだろう。


 だが、今はちがう。


 あの男は傲慢な野心をついにあらわして、俺に刃をむけてきている。


 あの男を倒さなければ、ヴァレダ・アレシアに平和はない。


 だが、俺は……あの男を倒せるのか。


「きみがやる気になれないというのであれば、強引にでもやる気を起こさせてやるのが一興か」


 ヒルデブランドが右手をあげて、パチンと指を鳴らした。


 紫水晶アメシストのような幻影剣が、城門の前から突然すがたをあらわす。


 幻影剣は次々とあらわれ、その流れが波のようにこちらへとむかってくるっ。


「逃げろ!」


 襲いかかってくる幻影剣を、ヴァールアクスでふり払う。


 出現していた幻影剣はヴァールアクスで粉砕できたが、俺の足もとからあらわれた幻影剣をかわしきれず、胸とアゴを斬られてしまった。


「ドラスレさまも、逃げてっ!」


 くっ。一方的な攻撃をゆるすな!


 右にとんで、ヴァールアクスをヒルデブランドにむかって払った。


 ヴァールの魔力が空を裂き、真空の波動を生みだす。


「なにっ!」

「いけっ」


 真空波がヒルデブランドの足もとを破壊した。


 彼は瞬時に右へとんだのか、真空波を直撃させることはできなかった。


 ヒルデブランドがふんでいた足場は、真空波で大きくえぐられた。


「くっ、ドラスレめ。こんな奥の手まで、かくしもっていたのかっ」


 ヒルデブランドが民兵たちに支えられながら、起き上がる。


「ドラスレ。きみはやはり危険だ。その命、ここでいただくことにしようっ」


 ヒルデブランドが両手を突き出す。


 針のような幻影剣が高速で地面に落ちる。


 細い幻影剣が次々に落下し、俺の前にまで迫って――これは、ヴァールアクスで破壊できないっ。


 左にとんで幻影剣をかわす。


「そこだっ」


 俺の前に飛来していたのは、爆発の魔法か!


 とっさに後退するが、間に合わないっ。


 爆風に巻き込まれて、俺は吹き飛ばされてしまった。


 起き上がる俺の背中をささえてくれたのは、ビビアナと兵士たちか。


「ドラスレさまっ。もう逃げましょう! このままでは、ドラスレさまが死んでしまいます!」

「そ、そうです! 逃げましょうっ」


 逃げるしか、ないのか。


 城門から、紫水晶の津波が押しよせてくる。


「逃げろ!」


 やつの魔力は無限かっ。こんなに強い魔法を、どうして連発できるっ。


「これで終わりだと思ったか。きみはもう逃がさんよ」


 ビビアナたちは逃げおくれてしまったか。


「はっ!」


 紫水晶の津波に突撃して、ヴァールアクスでそれを破壊する。


 津波の勢いをくじくことはできたが、俺も直撃を受けてしまった。


「ぐうっ」


 するどくとがった幻影剣の切っ先が、左の二の腕を貫通する。


 右足も、貫かれてしまったか……。


 頭が、朦朧もうろうとする。


 疲れか。それとも血を流しすぎたせいか。


 ヴァールアクスが、とてつもなく重く感じる。


 ヴァールアクスを地面に突き立てて、その場でヒザをついてしまった。


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