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第86話 明かされる預言石の力

「人の潜在力を、引き出す?」


 俺の後ろで、シルヴィオが力ない声で言った。


「グラートさん。さっきから、何を言ってるんですか。意味がわかりませんよ」


 シルヴィオは預言石を見たことがないか。混乱するのも無理はない。


「ヴァレダ・アレシアのどこかに、預言石というものがかくされているのだ」

「よげん、せき?」

「預言石は、紫色にひかる石だ。この石を炎の中にいれると、炎の悪魔を生み出すことができるのだ」


 炎の悪魔のアレルは、ヒルデブランドが預言石を利用してつくりだしていた。


「石を炎の中にいれると悪魔になる!? 何を言ってるんですかっ」

「ちゃんと説明するのは、むずかしい。俺も、よくわかっていないのだ」


 深呼吸をして、気持ちを落ちつかせる。


「これは俺の想像だが、炎は俺たち人間のように意思をもち、もっと大規模な火災をもたらすほどの力をかくしているのだろう。その希少な力を、ヒルデブランド……いや、オドアケルの者たちは、預言石を使って引き出したのだろう」


 言いながら、なんという暴論なのだろうと思った。


 ゆらゆらと動くだけの炎が、人間のように意思などもつはずはない。


 ちいさい炎が、大規模な火災をもたらすほどの力をもつなんて、だれが信じるのだろうか。


 しかし、炎の悪魔のアレルは、そのような法則にしたがって誕生した。


 預言石が物の力を引き出すものであるのならば、やはり炎は意思や大きな力を潜在させているのだ。


「プルチアでも、岩の悪魔がいたよな」


 ジルダが言葉をそえるように言ってくれた。


「グラートも、おぼえてるだろ。あの金山をまもってたやつ」

「ああ。わすれるものか。あの岩の巨人に、俺は殺されそうになったのだ」

「あいつを見たときは、こんな魔物もいるのかよって思ったけど、グラートのさっきの説明を聞いたら、合点がいっちゃったよ」


 プルチアのあの魔物も、途方もない力をひめていた。


「あの岩の巨人を倒したときも、預言石のようなものを見たな」

「そうだったっけ?」

「ああ。たしか、あの巨人は預言石を核にしていたはずだ」


 よくよく考えると、岩の巨人と炎の悪魔であるアレルは、特徴に共通点がある。


 本来は意思をもたない存在であったこと。アルビオネの魔物すら凌駕する力をもっていたこと。


 そして、預言石を核としていたこと。


 これらの共通点が、偶発的にうまれたものだとは思えなかった。


「グラートさんとジルダの言ってることはよくわかりませんが、炎や岩が魔物になることがあるんですね」


 シルヴィオもやっと、預言石について理解してくれたか。


「そして、ここからが本題だが、預言石は人に転用できるのだ。その果てに誕生したのが、カゼンツァで戦ったルーベンと、この女だ」

「ルーベンとその女が、もとは炎や岩だったってことですか!?」

「いや、そうではない。ルーベンも、この女も、もとは普通の人間だ。だが、オドアケルのギルマスであるヒルデブランドに預言石をわたされたのだろう。

 この者たちは預言石で潜在力を引き出され、圧倒的な膂力や魔力を得たのだ」


 ビルギッタの妹は、その場でしゃがみながら、俺をにらみつけていた。


「ルーベンは、預言石を使ってドーピングをしていたと、カゼンツァで言っていた。この女もおなじであろう。ビルギッタも魔物を使役するすべに長けていたが、数匹の魔物を使役する程度であった。

 ビルギッタの能力と比較すれば、この女の力は――」

「わたしはベネデッタだ!」


 女が急に立ち上がって、俺に何かを投げつけてきた。


 真空波をとばす魔法は、ジルダも得意としているものだ。


「わたしたちは、お前のような不届き者を倒すために、ヒルデブランド様から力をさずかったのだ。力をさずかれなかった姉といっしょにするな!」


 ビルギッタの妹……いや、ベネデッタか。彼女が息をふきかえして、俺に魔法をはなってくる。


 彼女は気丈にふるまっているが、魔力が切れているのは明白だ。


「このやろ!」


 ジルダがとびだして、風の魔法で反撃する。


 銀の円盤のようなものが高速で飛来して、ベネデッタの腕を裂いた。


「ぐっ。痴れ者がっ」


 ベネデッタが後退して、血の流れる左の二の腕をおさえる。


「おとなしく縄につけ。人間の殺戮はこのまない」


 ベネデッタがまた膝をついて、俺を見あげるようににらんだ。


 オドアケルの他の者たちは、戦意を喪失しているようだ。


 民兵やストラも、すっかりおとなしくなった。


 ベネデッタだけは俺に敵意を向けていたが、配下の者たちに耳打ちされて、かたくにぎりしめたこぶしを下ろした。


「わかった。ならば、あの城はお前たちにくれてやろう」

「ふざけるな! アゴスティはもともと、お前たちのものじゃないっ」

「待て、シルヴィオ。やつらを刺激するなっ」


 シルヴィオが俺の腕をつかんでくる。


「グラートさんっ。なんで、あいつらを逃がすのですか! やつらは悪そのもの。今ここで止めをささなければいけないんです!」

「いや、それはだめだ。彼らも人間。敵対しているが、たしかな善意をもつ者たちだ。その者たちの命を過剰にうばうことは、俺の信条に反する」


 人間でも魔物でも、命を過剰にうばうのはよくない。


 ベネデッタが高らかに笑った。


「たいした信条だな、ドラスレ! あの城をお前たちにくれてやると言ったが、われらがだまって引きさがると思ったかっ」

「なんだとっ」

「お前がどう思おうが、わたしはお前をゆるさない。おのれの甘い考えで、みずから破滅を招くがいい!」


 ベネデッタが、上空でただようストラたちに合図をおくった。


 ストラたちは悲鳴のような声を発して、曇天のかなたへと去っていく。


「いつのまにか、空が……」

「お、おおっ」


 シルヴィオとジルダが、ぴりつく空を見上げている。


 これから、何が起きるというのだ。


 オドアケルと民兵たちは、ぞろぞろと戦場からはなれていく。


 ベネデッタと側近の二名だけは残って、ストラたちをあやつっているようだ。


「ぼくたちも、逃げた方がいいんじゃね」

「何を言ってんだ。なら、あいつらを倒せ!」


 ぶあつい雲のかさなる場所から、黒い影が姿をあらわす。


 それは二枚の翼をひろげて、ゆっくりとこちらに降りてきているようだ。


「あれは、なんだ」

「あれは……?」


 ストラとおなじ容姿?


 鳥の翼と、白い毛におおわれた身体。


 身体は人間のように細長く、首の先に人の頭のようなものがついている。


 体毛の色をのぞけば、ストラとほぼおなじ魔物だが――。


「なにあれっ。でかくね!?」

「ストラのボスかっ!」


 ストラの輪郭が、みるみると大きくなっていく。


 あの大きさは、炎の悪魔や岩の巨人に匹敵するのではないか!? 一匹のストラの十倍は優に超えているっ。


「ストラの女王のストロスだ。彼女に引き裂かれて、死ね!」


 ストロスが上空の一点で止まり、巨大な翼を大きくはばたかせた。


 俺たちのまわりをながれる空気が、急に旋回をはじめる。


 空気ははげしい気流となり、さらに竜巻へと一気に昇格していくっ。


「うわっ!」


 これは……まずい!


 突風が俺たちの足をからめとる。巨人のような力で。


 俺の身体は上空へと吹き飛ばされてしまった。


 視界がはげしく回転する。


 気づけば、アゴスティの城門の中がおがめてしまう高さまで、俺の身体は上昇していた。


 ストロスは、驚愕する俺を見て、あざ笑っている。


 女王と冠する通り、彼女の白い顔はうつくしかった。


 身体が下降をはじめる。


 地面に引っぱられるように、俺の重い身体はどんどん下降をはやめていく。


 頭から落ちたら、死ぬっ。


 ヴァールアクスの重さを利用して、落ちながら身体をたてに旋回させる。


 体勢をととのえて、俺は両足で着地した。


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