第82話 カゼンツァの住民反乱を鎮圧したが、次なる報せが
民兵たちがまもっていたカゼンツァは、陥落した。
ロンゴ殿が指揮していた少数の本隊がカゼンツァを急襲して、カゼンツァの城門がすぐにひらかれたのだという。
ロンゴ殿はすぐに入城して、反乱の首謀者であるカルボネを捕らえた。
民たちは急速に勢いを落とし、ルーベンたちオドアケルの救援者も姿を消した。
ラブリアで起きた住民反乱は、これで無事に終結した。
「この椅子に、こうやって座れる日がまた来るとはな。感動した!」
兵を引き上げてカゼンツァの城へ入ると、玉座でロンゴ殿が喜色を浮かべていた。
「反乱鎮圧、おめでとうございます」
「うむ。ここから追い出されたときは、ここにまたもどれる日が来ると思えなかったからな。この椅子にあらためて座れると、感慨深いものが込みあげてくる。いやぁ、よかった!」
荘厳な玉座の間は、民兵たちが荒らしたのだろう。もとのかたちをとどめていなかった。
床のじゅうたんはなく、赤い壁掛けもほとんど破られているか、とりはずされていた。
金のロウソク立てや、シャンデリアもない。絵画などの装飾品も、すべて盗まれてしまったのか。
「やはり、ドラスレ殿を招集してよかった。さすがだ」
ロンゴ殿が前のめりになって、にやりと笑う。
「そんなことはありません。ロンゴ殿のお力があってこそですよ」
「ふふ。そなたは謙遜するのがうまい。そのすました顔で、心の中ではどのようなことを考えてるのかな」
ロンゴ殿は、俺をうたがっているのか?
「ご冗談を。わたしは飢えにくるしむ民が心配なだけです」
「民だと? そんな者たちのことは、どうでもよかろう」
ロンゴ殿は言下にこたえたな。だから、民が反乱を起こしたというのに……。
「わたしが言ってるのは、そなたの本心だ。そなたはこれほど力をもってるのに、ヴァレンツァの騎士団長の就任をことわったのだろう? すなおに引き受けてしまえばいいものを」
ヴァレダ宮廷騎士団の話を、どこで聞きつけたのか。
「その件につきましては、回答をひかえさせていただきます。陛下の期待をことわったこと、今でも後悔しております」
「ふん。別にはなさなくてよい。無欲を建前にしたいのだろうが、わたしはだまされん。そなたがじきに醜い本性をあらわす日を、心待ちにしてるぞ」
ロンゴ殿は、先ほどから何を言っているのだ。
騎士団長の就任をことわったのは、宮廷のあらたな火種を生まないようにするため。
民を配慮するのも、平和な国をつくるために必要なのだが……。
玉座の間から退室して、城下にある客室へとむかう。
やはり荒らされていた客室で、シルヴィオとジルダがヒマをもてあましていた。
「おう、グラート。どうだったぁ?」
「特筆するようなことはない。ロンゴ殿は城をとりもどして、よろこんでおられた」
「そっかぁ」
ソファに寝っ転がっていたジルダが、むくりと起き上がった。
「なんか、複雑だよなぁ。反乱を起こした人たちを、ぼくたちがつかまえちゃったから、その人たちはまた飢えることになるんだろ?」
「そうなるかもしれない」
「はぁ……。やっぱり、複雑だよなぁ」
ジルダの言う通りだ。だからといって、わざと負けるわけにはいかない。
「いや。グラートさんが勝ったのは、まちがいじゃなかったんだ。これで、よかったんだ」
暖炉のそばで立ちつくしていたシルヴィオが、決然と顔をあげた。
「そうだ。乱がヴァレダ・アレシアの各地で起きれば、無関係の民たちがさらにくるしむことになる。止むに止まれず行われた住民反乱といえども、そのまま放置しておくわけにはいかない」
「そうです。国が荒れたら、俺の弟や妹もくるしむことになる。こうするしかなかったんだ……っ」
シルヴィオも、身を切る思いでこの反乱鎮圧の軍にくわわっていたのだな。
「ふたりとも、まじめだよなぁ。よその土地のゴタゴタなんて、ほうっておけばいいのに」
ジルダはテーブルに置かれたガラスの大きな器に手をのばして、オレンジの皮をむいている。
「ジルダはオレンジが好きなのだな」
「おう! これ、めっちゃうまいぜっ」
オレンジやリンゴは、アダルジーザも好きだ。
「これ、うちでもつくれねぇの?」
「オレンジをサルンで栽培するのか? さぁ。そのあたりの知識はないから、俺にはわからないな」
「へぇ。グラートでも、知らねぇことがあるのかぁ」
ジルダが、オレンジのまるい実をほおばる。
もごもごと頬をうごかして、しあわせそうな顔をした。
「ドラスレ様っ。いらっしゃいますか!」
外のとびらが、短い間隔で何度もノックされる。
とびらを押しあけた男は、伝令か? 黒い服に革の胸当てをつけている。
「ごくろう。俺がドラゴンスレイヤーのグラートだ」
「ああっ。あなた様が!」
「どうした。何があった?」
前にサルンにおとずれた若い使者に似ている。ベルトランド殿が遣わしたのか?
シルヴィオとおなじくらいの年齢の男は、はぁ、はぁと肩で息をしていた。
「カゼンツァの住民反乱が落ちつかれましたら、至急、アゴスティにむかうようにとのご命令です!」
なんだと!?
「アゴスティ?」
「なんだよ、そこ」
シルヴィオとジルダもあつまってきた。
「それは、どういう意味だ」
「そこでも、なんか問題になってんの?」
「は、はいっ。アゴスティでも住民反乱が起きたそうで、至急、ドラスレ様の救援をもとめておられるとのことですっ」
住民反乱が立て続けに起きたのか……。
それは、妙だ。いくらなんでもタイミングが一致しすぎている。
「アゴスティという都市は、ここから近いのか?」
「は、はい。おそらく……」
この若い兵は、ヴァレダ・アレシアの東についてあまり知らないか。
「わかった。カゼンツァの住民反乱を鎮圧したゆえ、すぐにアゴスティへむかうとベルトランド殿へつたえてくれ」
「はっ。ありがとうございます!」
若い兵がかかとを合わせて敬礼した。
「お、おい。グラート。ほんとにその街に行くのかよぉ」
ジルダが嫌そうに言葉をこぼす。
「本当だ。陛下とベルトランド殿のご命令とあらば、行くしかあるまい」
「そ、そうだけどさぁ」
ひとつの戦いがおわったばかりなのだ。ジルダが嫌がるのも無理はない。
「グラートさん。その、アゴスティという街にすぐむかうのですか」
シルヴィオはまっすぐに俺を見てくれるが、その顔には疲れの色がうかがえる。
「そうしたいところだが、明日まで休養をとろう。お前たちも疲れているだろう」
「はい。さすがに連戦になりますから……」
疲れていたら本来の力が引き出せない。
陛下の命令であったとしても、一日くらいなら休んでもいいだろう。
「はぁ。よかったぁ」
「戦いがおわったばかりだから、さすがにこたえますね……」
シルヴィオとジルダが、ソファに倒れ込む。
このふたりがこんなに疲れているのだから、都からつれてきた兵はもっと動けないだろう。
「アゴスティという街がどこにあるのかもわからない。これから、ロンゴ殿に確認してこよう」
「はっ。それなら、俺がっ」
「シルヴィオ、むりするな。ジルダもそこで休んでいるんだ」
「は、はいっ」
立ち上がっていたシルヴィオが、しゅんと肩をおとした。
* * *
「アゴスティでも住民反乱が起きたというのか!?」
城にもどってロンゴ殿に面会すると、彼も愕然と顔色を変えた。
「都から、そのような連絡が入ったのかね!?」
「はい。ただちに救援にむかえとのことです」
「そ、そんな……」
ロンゴ殿が玉座にへたり込む。
「ここの住民反乱を鎮圧したばっかりなんだぞ。いくらなんでも、むちゃだ……」
ロンゴ殿が色をうしなってしまうのは、むりもない。
「こんなに立て続けに反乱が起きるなんて、おかしいと思わんか。この国で、いったい、何が起きてるんだ」
「わかりません。しかし、アゴスティの住民反乱は、カゼンツァの住民反乱とつながりがあるように思えます」
ここの住民反乱でオドアケルが裏で糸を引いていた。
今回の住民反乱は、俺たちの想像より複雑なのかもしれない。
「ドラスレ殿の言う通りかもしれん」
「これはわたしの推測ですが、オドアケルが各地で住民を扇動しているのかもしれません。そうなれば、他所でも住民反乱が起きる可能性があるのかもしれません」
「他でも住民反乱が起きるというのか!?」
しまった。ロンゴ殿を不要に刺激してしまった。
「こんな不毛な戦いを、何度もくり返せというのか。信じられん……」
ロンゴ殿が額に落ちた雫をハンカチでふいた。
「ドラスレ殿。すまないが、われらはすぐに救援なんて出せんぞ。戦いがおわったばかりだからな」
「存じています。ですから、わたしだけで先行したいと思います」
「そうか。かたじけない」
ロンゴ殿の額から、また雫がこぼれ落ちた。
「それで、アゴスティの場所をロンゴ殿からお聞きしたく思い、登庁しました。わたしはヴァレダ・アレシアの東の地理に疎いのです」
「あ、ああ。おしえるのはかまわないぞ。地図をわたしてやろう」
「はい。ありがとうございます」
この戦いは、まだしばらくかかりそうだ。
この戦いの果てに何があるのか。無事にサルンへ帰れればいいが……。