第81話 ルーベンの怪力の正体は
「よっしゃ。これできれいになったな!」
ルーベンが仲間や兵のいなくなった戦場に満足して、槌を突き立てる。
彼の前には、巨大な岩が落下したような、大きな穴があいていた。
「おりょ!? ドラスレ、てめぇだけはしぶとく残ってやがったのかよ」
ルーベンが、大きな穴のむこうで立つ俺に気づいた。
「あたり前だ。この程度の攻撃ならば、ヴァールから何度も受けてきた」
「ヴァール? なんだ、そいつは」
「ヴァールはアルビオネのブラックドラゴンだ。俺が前に都で倒した魔王だ」
「へぇ~。そんなやつがいたのかぁ」
ルーベンはその場でしゃがんで、適当に相づちをうつ。
戦闘狂のわりには、ヴァールを知らないのか。
「ま、いいや。よくわかんねぇから」
この男は、あっさりしている。すがすがしいほどに。
オドアケルの者たちは、どちらかというと陰湿な者が多かった。
だが、この男はちがう。ヴァレダ・アレシアの表を歩くタイプではないが、暗殺のような汚い手段をこのむ者でもない。
「お前のこの力は、どうやって手に入れたのだ」
ルーベンが気だるそうに顔をあげる。
「そんな重い武器を平然とふりまわし、一撃でこれほどの破壊力を生み出してしまうのだ。鍛錬しただけでは、この力を手に入れることはできないだろう」
ルーベンが、「がはは」と笑った。
「それを、あんたが言うかぁ?」
「俺の力は、生まれつきだ。お前もそうなのか?」
「へぇ、あんたはなんもしないで、そんなバカ力が出せるのかぁ」
ルーベンが、不敵な笑みを浮かべる。
「なんもしてねぇよ、と言いてえところだが、そりゃウソさ。ちょっとしたドーピングをしてるんだよ」
ちょっとしたドーピング?
「それは、なんだ」
「けけけ。これ以上はおしえらんねぇよ!」
ルーベンが目の前の落とし穴を迂回してくる。
「うらっ!」
彼の重たい槌が上空からふりおろされて、ヴァールアクスの柄と交差する。
「うちにはよぉ、とんでもねぇ石をもってるやつがいるんだよ」
「とんでもない、石だと」
「ああっ。紫色の、まがまがしいやつさ!」
ルーベンが力まかせに槌をふりはらう。
彼の攻撃を相殺しきれず、俺は吹き飛ばされてしまった。
紫色の、石だと――。
「死ねやぁ!」
気づいたら、ルーベンが俺の目の前まで距離をつめていた。
槌が俺の頬を吹き飛ばす寸前に、俺は槌を左手で受け止めた。
「ぐ、ぐぐ……このっ、バカ力がっ」
「わるいが、力くらべなら、俺は負けんっ」
槌を押すルーベンの力は、すさまじい。
少しでも力をぬいたら、俺の首は吹き飛ばされてしまう。
「ルーベンよ。お前が言う、その紫色の石というのは、預言石のことか?」
「よげん、せき?」
「預言石は、物の潜在力を引き出す物質だったはずだ。お前たちの仲間であるヒルデブランドが、預言石で炎の悪魔をつくりだしていた」
ルーベンが地面をけって後退する。
「お前、あのお方を知ってるのか」
「あのお方? ヒルデブランドのことか」
「そうだ」
「あの男とは、前にヴァレンツァで相対した。都の騒乱のうらでうごいていたのが、ヒルデブランドだったのだ」
あの男は、ヴァレンツァで対面したときに、何かを話していた。
突然だったから、ほとんどおぼえることができなかった。
しかし、とんでもないことを言っていたように思える。
「ドラスレさんよ。あんたはやっぱり、この世界で生きちゃいけない人間のようだぜ」
ルーベンの顔つきが、変わった。
「それは、どういう意味だ?」
「どういう意味もねぇ!」
ルーベンが槌を低くかまえて、右に一閃してくる――衝撃で斧をもつ両手がふるえる。
「あんたはっ、俺たちの闇の底にふみこもうとしてる。あんただけは、見のがすことはできねぇ!」
ルーベンが槌を捨てて、俺に急接近する。
徒手空拳に戦法を切り替えて、俺に果敢になぐりかかってくる。
この男は、かなり戦い慣れている。
「こたびの住民反乱は、どうやらヒルデブランドが関わっているようだな。あの男は、何をたくらんでいる」
「うるせぇ!」
ルーベンの俺の眼前に突き出されたこぶしを受け止める。
「宮廷をかき乱したと思ったら、次はラブリアの住民を扇動か? 不要な乱をおこして、何がおもしろいのか」
「だまれ! 騎士になったてめぇなんぞが、俺らの気持ちなんてわかるものかっ。この国にはなぁ、俺らみたいに、食うに困ってるやつらが大勢いるんだよ!」
この男のたましいのさけびは、ひとつも間違っていない。
ヒルデブランドというあの野心家は、ヴァレダ・アレシアの国民たちのあらたな英雄となる男なのか?
「グラートさん!」
後ろから声をかけたのは、シルヴィオか。ジルダもいる。
ふたりは砂ぼこりで服をよごしているが、けがはしていないようだ。
シルヴィオとジルダが、じっと俺を見つめる。いつわりの撤退をするタイミングだということか。
「ルーベン! お前たちの気持ちはわかった。今日は日が悪い。明日にまた相まみえよう!」
ルーベンをけりとばして、背をむける。
「あっ、逃げるか!」
ルーベンは血相を変えて、俺を追ってくる。いいぞ。
「ふざけるなっ。ドラスレ、逃げるな!」
「ダメだ。今日は俺に分が悪い。戦う日をえらぶのも戦士には必要なのだ」
うそをつくのはつらい。だが、陛下に忠義をつくすのが俺の使命だ。
「うそつくなっ。さっきから、ピンピンしてるじゃねぇか!」
「そうではない。陣地で病とたたかっておられるロンゴ殿が、不安でしかたないのだ」
「だったら、なおさら逃がすか!」
ルーベンが大声で、遠くへ吹き飛ばされていた兵たちを叱咤する。
民兵たちは態勢をととのえて、俺たちにぶつかってきた。
「グラート。いい感じなんじゃね?」
俺のそばで風の魔法をはなつジルダが、ほくそ笑む。
「そうだな。うそをつくのはつらいが、これも俺の使命だ」
「グラートはまじめすぎるんだよ。戦いなんて、勝てばいいんだよ!」
即座に言い切れるジルダが、うらやましいな。
「ジルダの言う通りです。ラブリアの市民と戦うのはつらいですが、耐えるしかありませんっ」
シルヴィオが幻影剣で発生させた風圧で敵を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた兵は後ろの兵をなぎ倒して、敵の一隊が切りくずされていった。
「そうだな。乱を起こした民の気持ちは悪でないが、反乱自体は悪だ」
ロングスピアを突き出してきた兵の頬をなぐりとばす。
ヴァールアクスでかたい地面をたたき割って、多くの兵をまとめて吹き飛ばした。
「くそっ。なんてバカ力なんだ、てめぇは!」
ルーベンが俺になぐりかかってくる。槌をさっき捨ててしまったのか。
ルーベンの力は素手でもすさまじい。
だが、俺も斧を手ばなして全力で受け止めれば、押し負けることはないっ。
「くそっ。なんで、勝てねぇ」
「お前に、まよいがあるからだろう。俺は、ヴァレダ・アレシアと陛下をおまもりすることに、ひとつもまよっていない」
「なん、だと……」
「お前は、まよっているのではないか? どのような理由があろうとも、民を戦いに駆り立てるようなことは、よくないのだと」
この男はオドアケルの手先だが、邪悪な存在とは思えない。
飢餓や貧困にくるしむ者たちを思う気持ちも、うそではないと見た。
「ふざけるな! 勝手に決めつけるなっ」
「俺が見当違いのことを言っているのなら、一笑に付せばいいだろう。それなのに、なぜ怒るのだ」
「てめぇが、意味わかんねぇことばっかぬかしてるからだ!」
ルーベンの左足をついて、俺を全力でけりとばした。
お前の渾身のけり……受け止めたぞっ。
「く……っ」
「邪気のない者を斬るのは惜しい。俺は、お前を殺すことはできない」
「う……うるせぇ!」
ルーベンは目を見開いて、俺になぐりかかっていた。
こぶしの風圧だけで、まわりの兵たちが吹き飛ばされていたが、それすら気がつかない。
敵の兵たちが、だんだんと慌ただしくなってきた。
俺とルーベンの戦いについていけず、疲れはててしまったのか――。
「グラートさん!」
シルヴィオがまた、遠くから俺を呼んだ。
「作戦は成功ですっ。ロンゴ殿の率いる本隊が、カゼンツァに侵入したとのことです!」
なにっ。ロンゴ殿が大役をつとめてくれたのか!
敵の兵から聞こえてくる動揺も、カゼンツァの奇襲を知らせるものだった。
カゼンツァの伝令が、本陣の危機を本隊に知らせたのか。
「ルーベン、撤退しろ! お前たちの負けだっ」
「なんだとっ」
「ロンゴ殿のひきいる本隊がカゼンツァに入り込んだ。カゼンツァはじきに占拠される。そうなれば、お前たちも退路をうしなうぞ!」
ルーベンが地面をけって後退した。
「な、何を言ってやがんだ。ロンゴのクソデブ野郎は病気なんだろ」
「すまない。あれはうそだ。厄介なお前を俺がおびき出して、その隙にロンゴ殿がカゼンツァを奪う手筈だったのだ」
ルーベンの顔から、さっと血の気が引いていく。
後ろから駆けつけた伝令からも撤退を催促されて、顔がさらに青くなった。
「お前たちは、俺たちを……だましたのか」
「兵は詭道だ。すまない。俺も国をまもる者として、お前たちから勝たなければならないのだ」
「だ、だけど、こんなの……」
この男とは、もう一度、何も背負わずに戦いたい。
この男をロンゴ殿の手にかけさせるわけにはいかない。
「ルーベン、はやく撤退しろ! ロンゴ殿の追っ手がじきにくるぞっ」
ルーベンはにぎりしめたこぶしを下ろして、俺をにらみつけていた。
だが、まわりの兵からも撤退をうながされて、ひろい戦場からはなれていった。




