第80話 カゼンツァ攻略のドラスレ囮作戦
俺が想定した通り、カゼンツァの反乱軍は夜襲をまたしかけてきた。
夜襲を続けて、俺たちを疲弊させたいのだろう。
ルーベンは意外にも、夜襲をしかけてきた別動隊の中にいなかった。
別動隊のほとんどは民兵で、捕らえても何も情報を引き出せなかった。
「反乱軍どもめ。調子に乗りおって!」
ルーベンの夜襲を受けてから、十日が経った。
ロンゴ殿が指揮官用のテントで怒りをあらわにしていた。
「落ちついてください。あと少しの辛抱です」
「ドラスレ殿。そなたはどうして、そんなに冷静でいられるのか。われわれ騎士が、農民なんぞになめられているのだぞ!」
ロンゴ殿は騎士の位にしがみつく、凡庸な方でしかないか。
「わたしはもともと平民でしたから、カゼンツァの民兵に侮られても、それほどつらくありません」
「そなたは、本当にアルビオネのドラゴンを倒した方なのか? そんな方だったら、もっと悔しくなるだろう!」
ロンゴ殿がこぶしをかたくにぎる。
どんっ、とテーブルをつよくたたいた。
「困りましたな」
民兵といえども、おのれの生死をかけて戦っているのだ。
そんな彼らの必死さが見えないから、ロンゴ殿は彼らの怒りを買ってしまうのだろうが。
「十日、じっくりと休んで、兵の休養がとれました。カゼンツァに攻め入るのは明日です。明日まで耐えるのです」
「皆まで言われなくても、わかってる。だから、こうして耐えしのんでるのだろう」
「こちらの用兵を、敵にさとらせてはいけません。明日の朝まで、静寂をたもつのが得策でしょう」
ロンゴ殿が率いる本隊は、日の出とともに動かす。
俺が率いる別動隊は本隊といつわり、オドアケルの者たちをカゼンツァから引きはなす。
明日の作戦が失敗したら、戦いのさらなる膠着はさけられないだろう。
「ドラスレ殿。そなたのはたらきに期待してるからな」
「承知しております。おまかせください」
* * *
日の出とともに兵に食事をとらせ、陽が東の空の高いところまでのぼった頃に陣を発った。
ロンゴ殿の率いる少数の本隊は、すでにカゼンツァの近くの山林にかくれている。
俺に従う兵たちの顔にも力がもどったようだ。今のところは、順調だ。
「この作戦、うまくいきますかね」
シルヴィオが俺に駒をよせる。
「それは、わからないな。勝敗は時の運だ」
「しかし、この作戦に失敗したら、おなじ手は二度と使えません。そうなれば、敵の籠城はさけられませんよ」
シルヴィオの言う通りだ。
「敵さんが籠城しても、夜襲してきたところを捕まえればいいんじゃね?」
ジルダが俺の後ろから言った。
「それも有効だな」
「グラートだったら、あのうるさいやつを倒せるでしょ。だから、そんなに心配しなくてもいいんじゃねぇかなぁ」
ジルダの言葉も至言だ。それほど気負わなくてもよいということか。
「わかった。では、自信をもって敵にぶつかることにしよう!」
「うんっ、そうだよ」
「グラートさんなら、いけますよ!」
兵も俺たちを鼓舞してくれる。心強いぞ!
「それより、シルヴィオ。けがの具合は、どうか?」
「あ、はい。俺のことは、気にしないでください」
けがは治ったのか。
いや、シルヴィオは万全じゃなかったとしても、素直に申告しない男だ。
「わかった。だが、むりはするな。ルーベンの相手は、俺がする」
「は。おねがいします」
荒れ地のひろがるパダナ平原のむこうに、城塞が見えてきた。
城塞は難攻不落の堅城のように、ひろい戦場のかなたにたたずんでいる。
「グラート。あれが、ぼくたちがこれから攻める街か?」
「ああ。城塞都市のカゼンツァだ」
カゼンツァの上空に曇天がひろがっている。
関所のように高い城壁が立ちはだかっているだけで、守兵のすがたは見えない。
「カゼンツァは今日もしずかですね」
「そうだな。むこうは兵の数がすくないから、こちらの隙をうかがっているのだろう」
「なるほど。それは厄介ですね」
勝ちに乗じて攻めてこないところも、やはり民兵らしくない。
だが、オドアケルの者たちさえ引きずり出せれば、この膠着は……城壁の扉が、開かれている?
「シルヴィオ。城壁の扉が開いていないか?」
「は……いや、そんなはずは」
「グラートの言う通りだっ。門が開いてるぜ!」
開けはなたれた門から、数頭の騎馬があらわれた。
漆黒の外套に身をつつんだ彼らは、右手に長い槍をかまえている。
「敵が迎え撃ってきたぞ! 展開せよっ」
戦場につよい緊張が走る。
栗毛の馬にまたがっているのは、オドアケルの者たちだ。
「オラオラオラオラぁ! 腐れ騎士どもぉ。今日こそ正義の鉄槌をくだしてやるぞぉ!」
騎馬隊の先頭で柱のような槌をかかげているのは、ルーベンだ。
「ルーベン。お前の相手は、この俺だ!」
馬を走らせ、まっすぐにむかってくるルーベンに突撃だ!
「うおっ、ドラスレ! なんでお前が、軍のまんなかにいるっ」
「ロンゴ殿は陣で病を患ってしまったのだ。だから、俺が替わりに軍を率いているのだ」
ロンゴ殿はカゼンツァのそばで待機しているが、正直に話してはいけない。
「なにぃ、あのクソデブ野郎が病で倒れただとぉ? はーっ、はっはっは。いいザマだぜっ」
ルーベンの高笑いに、騎馬の後ろにいる歩兵が勢いづく。
「俺たちが鉄槌をくださなくても、天にいる神は悪党をさばいてくださったっつうことかっ。こりゃ愉快。たまんねぇ!」
「ふざけるな。ロンゴ殿は、お前のような狼藉者のせいで、お心を病まれてしまったのだ。騎士に仇なす不届き者め。俺が天に代わって、お前をさばいてやろう!」
ルーベンたちはへらへらと笑っている。その顔は勝利を確信している。
兵は詭道とは、よく言ったものだ。
「ムダムダムダムダぁ! お前らみたいな他所もんが、俺らに勝てるもんかっ。かかれ!」
ルーベンが馬をぶつけてきた。
ルーベンは馬上で右腕を器用にうごかして、巨大な槌を俺にむけてくる。
「あいかわらずのバカ力だ。その力、どうやって得た?」
「けっ。おしえるかよ!」
ルーベンが勢いをつけて、槌をふりおろしてきた。
「そんなもの!」
ヴァールアクスで冷静に受け止めて、反撃で斧の腹をルーベンの肩にぶつけた。
「おわっ!」
ルーベンが馬から落下する。
俺も馬からおりて、ルーベンにヴァールアクスをふりおろした。
「ぐわっ。ちょっと待て!」
「待てるかっ。ここは戦場だ!」
ルーベンは悲鳴をあげるが、俺の攻撃はしっかりとかわしている。
シルヴィオとジルダは、オドアケルの他の者たちと戦ってくれているな。
兵たちも、敵の歩兵と刃を交わしている。囮と気づかれてはいないだろう。
「敵を倒せ!」
「今日こそ、われらは自由を手にするのだ!」
カゼンツァの民兵たちの士気は高い。異様なほどだ。
彼らの装備は貧弱だし、人数もすくない。
それでも、高い目標を達成するんだという勢いだけで、俺たち正規軍を圧倒している。
「ドラスレぇ。みんなが見てる前で、よくも俺様に恥をかかせてくれたなぁ」
ルーベンが俺に向きなおって、両手でかかえた槌をふるわせる。
「俺、ほんっとうに、あんたが嫌いになったぜ!」
ルーベンが真正面から俺に突撃してくる。
俺の前で跳躍し、巨大な槌を――
「やめろ!」
「くたばりやがれ!」
ルーベンの槌が、戦場のかわいた地面を爆発させた。
ふくれ上がった力が、竜巻のような突風を生みだして、戦場のすべてを吹き飛ばす。
シルヴィオやジルダたち。正規軍とカゼンツァの民兵たち。馬までも。
人間の力と思えないエネルギーが、敵も味方も区別せずに押し流してしまう。
俺はヴァールアクスを地面に突きさして、ルーベンがはなつすさまじい力に耐えた。
――あれは、バケモノだ。
この力は、並の人間が出せるものではない。
この男は、どこかでアルビオネのドラゴンたちをしのぐ力を手にしたというのか?