第68話 ヒルデブランドと明かされる紫色の石の力
とてつもないプレッシャーを感じさせる男だ。
だが、ヴァールやゾルデのような、実直で猛々しい威圧感とはちがう。
この広い都と宮殿をつつみ込んでしまうような、とても大きい気迫をこのオドアケルの男はまとっている。
しかし、その巨大な気迫をなぜか隠そうとしている。
人間のふりをしたバケモノ……そのような印象を受けてしまうのは、気のせいか。
「ヒルデブランドというのは、お前の名か」
オドアケルの男が不敵な笑みをうかべる。
「ほう。どうして、わたしの名を知っている」
「ビルギッタが、前にお前の名を言っていたのだ。ビルギッタは、お前の仲間だろう」
「そうか。ビルギッタから聞いたのか。それならば、わたしの名が漏れてしまうのは止むをえないな」
ヒルデブランドという男は、宮殿の兵を前にしても怯まない。
「ビルギッタめ。ドラゴンスレイヤーの抹殺に失敗したばかりか、わたしの名まで漏らすとは。使えん女だ」
「ひでぇ」
ジルダが俺の後ろでつぶやいた。
「ビルギッタって、この前サルンを襲ってきたやつだろ。あんたの仲間だっつうのに、そんな言い方すんのかよ」
「そこの女。ギルドには、それぞれ独自のルールややり方というものがある。余計な口出しはしないでいただきたい」
「けっ。気どってんじゃねぇよ! 二枚目ぶりやがって。あんたみたいのが、一番信用できねぇんだよ!」
ヒルデブランドが大きな声を出して笑った。
「なかなか、活きがいい女だな。わたしは生まれてこの方、女を欠いたことがないのだが、きみのような女がほしくなったぞ」
ジルダを俺の後ろにかくした。
「ごたくはいい。俺たちに刃をむけるというのであれば、お前たちを宰輔の手の者と断定して、ここで処断する」
「ふ。きみがドラゴンスレイヤーか。都をさわがすきみを、わたしもじかに見てみたくなったのだ。ゆるせ」
なんなのだ? この男は。
敵であることを否定しないが、敵意をなかなかあらわさない。
やはり剛直なヴァールとはちがう。なんともくみしがたい相手だ。
「サルヴァオーネなら、そのうち遠くへ逃げ出すだろう。ドラゴンスレイヤーが宮殿に到着してしまったからな」
「なにっ」
「だから、地方に援軍などもとめる必要はない。それよりも、はやくサルヴァオーネの身柄を拘束するのだ。でなければ、やつをとり逃がしてしまうぞ」
この男は、何を言っているんだ。
「なら、俺たちに矢を向けるお前の目的はなんだ」
「目的? しいて言えば、ドラゴンスレイヤーであるきみの観察と、都を混乱させることか」
「ようするに、ここで戦うということか」
「そういうことだ。雇われる身というのは、多くの不自由と非効率をこうむるものなのだよ」
ヒルデブランドの合図で、オドアケルの者たちが一斉に攻撃をはじめた。
矢が宮殿の兵たちを射抜く。
宮殿を背にしているこの状況では、一方的に射殺されるだけだっ。
「マジックバリア!」
アダルジーザが矢をはじくバフをかけてくれた。
「矢は、これではじけるからっ」
「うむ、いつもたすかる!」
ヴァールアクスを引っさげて、突撃だっ。
「ふっとべ!」
オドアケルの者たちの前で左足をふみ込み、ヴァールアクスに込めた力を解放する。
「ぐわっ!」
強力ななぎ払いで五人の敵を吹き飛ばした。
「すさまじい力だ。きみのその力は、やはり人間のものではないな」
ヒルデブランドは俺の攻撃を軽々とかわしたか。
「ふざけるな! 俺が魔物の血を引いているとでも言いたいのかっ」
「そうではない。われわれには、人間をはるかに超越する力がそなわっているということだ」
この男は先ほどから、何を言っているのだ。
「お前のたわ言につき合っているヒマはない。降参しないというのなら、ここで屍になってもらうぞ」
オドアケルの者たちは、ほとんど倒した。
残るのは敵の数人と、あの男だけだ。
「きみはおそらく、わたしと同族だろう。だが、かなしいな。おのれの身体に流れる崇高な力に気づいていないとは」
「だまれ!」
ヒルデブランドに急接近して、ヴァールアクスをふりおろす。
やつの脳天をとらえたと思ったが、やつはそよ風のように俺の攻撃をかわした。
「さて。物見遊山もすんだことだし、このあたりで帰りたいところだが、わたしもこの国の者から雇われている身だ。ドラゴンスレイヤーに傷のひとつでも負わせなければならない」
「このやろっ!」
「待て、ジルダっ」
飛び出そうとするジルダの手首をつかむ。
ヒルデブランドの気配が、変わった。
あの男は、どんな攻撃をする気だっ。
ヒルデブランドの傍らに、オドアケルの者と思われる女がいる。
ヒルデブランドは彼女から何かを受けとった。
「きみたちは、これが何か知っているかね」
彼が右手に乗せているのは、紫水晶のような、鉱石?
あの禍々しい輝き、どこかで見たことがある。
「これは、預言石というのだよ。預言石には、預言士たちのすばらしい力が込められている」
「預言石、だと?」
「そうだ。預言石は、物の潜在力を引き出す力をもっている。預言士たちは滅亡する前、そのすばらしい力を預言石に込めたと言われている」
この男が言っていることは、ひとつも理解できない。
預言石だと? そんなもの、今まで見たことも聞いたこともないぞ。
「あっ、あの石」
アダルジーザがふいに声をあげた。
「知っているのか?」
「うん。プルチアで、見たものと、おんなじかも」
プルチアで、あの石を見たのか!?
「ほう。預言石がよその土地にもねむっていたか。それはよいことを聞いた」
あの男を、ここで葬り去る!
「グラート!」
ヒルデブランドが油断している隙を突いたが、すんでのところでかわされてしまった。
「ドラゴンスレイヤー、きみはおそろしい男だ。はやく逃げなければ、わたしも殺されてしまうかもしれん」
「逃がすか!」
「だが、きみはわたしを殺すことはできない。きみの相手は、この預言石がしてくれるのだからな!」
ヒルデブランドは、預言石とよばれる紫色の鉱石を炎の中に入れた。
「何が、起きるんだ?」
「こわい……」
近くの家屋を燃やしていた炎が勢いをつよめる。
轟音を発し、二階建ての宿屋を一瞬でのみ込んだ。
炎は左右に腕のようなものを生やし、炎の上から頭のようなものがのびた。
「おい、あれって……」
「なに、これ……」
ゆらゆらと動いていた灼熱の腕と頭がかたどられる。
赤い腕は巨人のそれと同じ。角が生えた頭は悪魔のようだ。
「プルチアで、鉱物が魔物化していたな」
金脈を発掘していたときに遭遇した、あの岩の巨人も預言石を核にしていた。
「くるぞ!」
炎の悪魔が太い腕をふりおろしてきた。
悪魔の腕は地面にぶつかると形をうしない、巨大な紅炎へと変化する。
炎は熱風のように地面を這い、俺たちに襲いかかって――。
「よけろ!」
「くっ」
炎の直撃は避けたが、足にかすってしまった。
あの炎は少し触れただけでも大やけどを負ってしまうぞ!
「あーっ、はっはっは! どうだ、ドラゴンスレイヤー。すばらしいだろうっ」
ヒルデブランドが炎の悪魔の後ろで哄笑している。
「これが、預言石の力! 預言石はすべての物質の潜在力を引き出すことができる。この力で、預言士は高度な文明を築いたのだよ」
炎の悪魔が火柱を飛ばしてくる。
火柱はすぐに地面に降りて、高速で俺たちに襲いかかってくる。
まっすぐに向かってくるので、よけるのはそれほどむずかしくない。
しかし、あの魔力は並みの魔道師の力ではないぞっ。
「ドラゴンスレイヤー、きみともう少し話をしていたかったが、わたしもいそがしいのでな。このあたりで失礼することにしよう」
「ま、待てっ」
「きみの相手は、このアレルがしてくれる。アルビオネのドラゴンを倒したという、きみの力、思う存分に発揮するがいい」
ヒルデブランドは背をむけて、戦場のかなたへと走り去ってしまった。