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第66話 ドラスレの怒り爆発! 宰輔の書状ついに発見

「アダル!」


 俺はすぐにかけよって、彼女のほそい身体をだきしめた。


「アダルっ。すまない」


 アダルジーザの身体が、ふるえている。


「グラート……こわかったよぅ……」


 俺は、とんでもないミスをおかしてしまった。


 宰輔のまわりをかぎまわっていたのだ。こういう事態になることは予測できたはずだ。


「油断した俺が悪かったのだ。ゆるせっ」


 アダルジーザの慟哭が聞こえてくる。


 彼女の首が、左右にうごいたような気がした。


「ど、どうして、お前が……」


 ベッドのそばまで吹き飛ばされていたチェザリノが、起き上がる。


 そして、俺が気づかないうちに部屋から出ていこうと――。


「待て!」


 お前は、ゆるさん。


「アダル。少し待っていてくれ。すぐにおわる」


 アダルジーザを落ちつかせて、俺は怯えるチェザリノの胸倉をつかんだ。


「ひぃっ!」

「きさまっ、自分がどのような罪をおかしたか、わかっているのだろうな!」

「ひっ、た、たすけ――」


 かたくにぎられたこぶしが前に出る。


 こぶしはチェザリノのあごをくだき、かれをまたベッドへ吹き飛ばした。


「あ、あが、あがっ……!」

「お前はアダルをサルンから誘拐した。その罪、宮廷でしっかりと裁かせてもらうぞ!」


 この部屋には、人を拘束するロープが常備されているようだ。


 チェザリノの両腕をひとつにしばり、アダルジーザの拘束をすぐに解いた。


 地下の他の部屋に捕らえられていた娘たちも解放し、オドアケルの者たちを逆にしばりあげる。


 チェザリノとオドアケルの者たちを一階のロビーにあつめ、外でまつジルダたちと合流した。


「てめぇ、よくもアダルを誘拐しやがったな!」


 ジルダがチェザリノの頬をけとばす。


「ジルちゃん!」

「や、やめよ娘っ」

「やめるかっ。このクソ野郎!」


 ジルダをほうっておいたら、チェザリノをなぐり殺してしまう。


「やめるんだ、ジルダ」

「おい、はなせよグラート!」

「だめだよ、ジルちゃん。そんなことしたら!」


 アダルジーザもジルダを制止した。


「おいおい、アダルまで、正気かよ」

「ジルちゃんが、わたしのために怒ってくれるのは、うれしいけど、けったりするのは、ダメっ」

「アダル。こいつは、あんたにひどいことをしようとしてたんだぜ。それなのに、いいのかよっ」

「そうだけど……」


 アダルジーザは、やさしい人だ。


「アダルの言う通りだ。薄汚い者とはいえ、抵抗できない者を一方的にいたぶるのはよくない」

「グラートも……。こんなやつを見て、よくそんなことが言えるなっ」

「我慢しているに決まってるだろう!」


 地面を思い切りふみつける。


「俺の心は、今にも煮えくり返りそうだ。だがな、アダルが俺をおさえてくれるから、正気をたもっていられるのだ」


 アダルジーザが、俺の腕をずっとつかんでくれている。


 俺は、皆を率いる者として、つねに気持ちを落ちつかせなければならないのだ。


 ジルダがめずらしく頭を下げた。


「グラート。ごめん……」

「気にするな。だが、不必要な乱暴だけはいけない。わかってくれ」


 自分をいましめなければ、俺はチェザリノを殺してしまう。


「ドラスレ様、ありました!」


 二階の部屋から、見張りの男たちの声が聞こえてきた。


 彼らが手にしているのは、数枚の羊皮紙だ。


「そ、それは……!」


 後ろ手にしばられているチェザリノの顔色が、変わった。


「ごくろう。よく見つけてくれた」

「いえ。あのドラスレ様のお役に立てたのならば、光栄です」


 見張りの男たちは、丁寧に礼をしてくれた。


「お、お前たち! 何をしているっ。お前たちは、わたしの手下だろうが!」


 チェザリノが急に立ち上がって、俺に身体をぶつけてくる。


 この書状を取り返したいのだろうが、むだだ。


「きさま!」

「この野郎!」


 ジルダと見張りの兵たちが、チェザリノを取り押さえる。


「ドラスレっ。なんでもする。だから、その紙だけは、返してくれ!」


 アダルジーザとさらわれた村の娘たちを救出した後、俺は見張りの兵たちに命じて書状を捜索させていた。


 チェザリノはひそかに陛下から宰輔に離反した。


 よって、宰輔からチェザリノにあてて、事前に書状が送られているはずである。


 その書状さえ手に入れられれば、宰輔が陛下に反逆したという確固たる証拠となる。


 数枚の書状には、宰輔がじきじきに書いたものと思われる文章で、一連のやりとりが記載されていた。


 文面には、「わたしが国王となったあかつきには」といった反逆を連想させる文言がいくつもあらわれ、宰輔の名と押印がしっかりと記されている。


 しかし、それ以上に気になるのが、「都にひそむ兵」という言葉だ。


 ――わたしの兵を都に待機させている。わたしの合図ひとつで、彼らは宮殿を即座に占拠するだろう。


 これは、由々しき事態だ。


 ――宰輔はいつでも蜂起できるように、宮殿の近くに兵をひそませているのだ。


 ウバルドが前に言っていたことは、ゆるぎない事実だったのだ。


 俺は、顔を青くするチェザリノに、その文言を見せた。


「チェザリノ。ここに『都にひそむ兵』と書かれているが、これはどういう意味だ」


 チェザリノは、こたえない。


 ずっとうつむいて、黙秘を続けるようだった。


「こたえろ、チェザリノ!」


 だん、と床をふみつけると、チェザリノが肩をふるわせた。


「わ、わたしは、知らぬっ」

「うそをつけ! すべて、こたえるのだっ」


 チェザリノが、不安げに俺と床を何度も見くらべている。


「わ、わたしの身を、保障してくれっ。でなければ、はなせん」

「なんだと! この野郎っ」


 ジルダがまたチェザリノに……待て!


「お前はとことんクズ野郎だな! どこまでぼくたちをコケにすれば気が済むんだっ」

「やめるのだ、ジルダ。どのような理由があっても、捕虜をいためつけてはならん」

「けっ。こんなやつ、釜茹でにしちまえばいいんだよ」


 俺はジルダを下がらせた。


「チェザリノ。俺の低い位では、お前の身分を保障することはできん。お前をどう処理するのか。それは陛下が判断なされることだ」

「うそつくな。無知な陛下をうらであやつってるのは、お前だろうっ。お前が口添えすれば、陛下の意思などいくらでも曲げられよう!」


 この男は……。


 ジルダを下がらせる気が失せてきた。


「陛下をそのように軽んじるお前を、俺がゆるすと思うか! 恥を知れっ」

「ひぃっ」

「わかった。お前にはもう、何も聞かない。ここに書かれている他の反逆者たちに、兵の所在を聞くことにしよう」


 書状には、他の反逆者たちの名前が記載されている。


 どの者も、宮廷の要人ばかりだ……。


「ま、待て、ドラスレ! いや、グラート卿っ。それだけは、ならんぞ」

「お前たちの悪事を陛下が知らぬとでも思ったか。お前たちは、これでおわりだ」


 しかし、この者たちをすべて摘発したら、宮廷はまた大混乱におちいるぞ。


「グラート……」


 アダルジーザが、俺の腕をつよくつかんだ。


「俺たちはいよいよ、宮廷を腐らす大患を見つけてしまったのかもしれない」

「でもぅ、このままっていうわけには、いかないんだよね……」

「そうだな。でなければ、ヴァレダ・アレシアはいつまで経っても、あたらしい時代を迎えることができない」


 宰輔に与する者たちは多いと思っていたが、宮廷の中心部がほとんど腐っているとは、思ってもみなかった……。



  * * *



 チェザリノの屋敷から押収した書状にしたがい、陛下に仇なす反逆者たちを摘発していった。


 彼らは俺の尋問を拒否したが、宰輔の名が書かれた書状を見せたら観念した。


 すなおに観念する者がいれば、屋敷の裏口から逃げる者もいた。


 しかし、陛下からお借りした兵が彼らを逃さずに捕らえてくれた。


「ひぃー。これで何人目だ? そろそろサルンに帰りたいぜ」


 次の目的地へと向かう道中で、ジルダが言った。


 チェザリノの屋敷からアダルジーザを救出して、二十日以上も経っていた。


「次で五人目だな。まだまだ数はすくないぞ」

「うへぇ。マジかぁ」


 捕らえた者たちは、兵がヴァレンツァへと護送する。


 その後の処置はジェズアルド殿が指揮してくれている。


「宮廷の根を浄化する大仕事だ。サルンにはまだ帰れないぞ」

「マジかよ。ぼくはまだグラートの正式な臣下じゃないんだぜ。ここいらで解放させてくれよぅ」

「むちゃ言うな。俺は今、少しでも人手がほしいのだ。たくさんの報酬を用意するから、もう少しだけ付き合ってくれ」


 ジルダが馬の首にもたれかかった。


「へいへい。そんじゃ、期待しないで待ってますよー」

「そうしてくれるとたすかる」


 ジルダはなんだかんだ言って、俺に付き添ってくれている。とても心強い仲間だ。


 俺の後ろにいるアダルジーザが、くすくすと笑った。


「サルンに、はやくかえりたいねぇ」

「そうだぜ。アダルがつくったシチュー、食わせてくれよぉ」

「サルンにかえったら、すぐつくるから。みんなでいっしょに食べようねぇ」


 アダルジーザに笑顔がもどった。


 しかし、あの誘拐事件から受けた心の傷は、それほど簡単には癒えないだろう。


「ヴァレンツァは、だいじょうぶなのかなぁ」

「だいじょうぶだ。都はベルトランド様がまもってくださっている」


 宰輔がヴァレンツァに私兵をひそませていることがわかった以上、ヴァレンツァを警戒しなければならない。


 副騎士団長のベルトランド殿はジェズアルド殿の友人だ。宰輔とつながっていないため、宮殿をまもっていただくのに適任だ。


 とはいえ、宮殿の警備は弱い。宰輔が兵をうごかさなければよいが――。


「ドラスレ様!」


 俺の胸が、どきりとした。


 あぜ道のむこうから馬を走らせているのは、都の伝令か。


 伝令と思わしき若い男は、俺の前で颯爽と下馬した。


「どうした」

「ドラスレ様、一大事ですっ。ただちに都へお帰りください!」


 宰輔が、うごいたか。


「わかった! 都は、どうなっている」

「は。副騎士団長のベルトランド様が、宮殿の正門と裏門をかたく閉ざしております。ですので、宮殿と陛下の御身はぶじでございます。

 しかし、都に火がはなたれており、都は火の海と化しております!」

「なんだって!?」

「ひどい……」


 自分の野望をかなえるために、ヴァレンツァの市民を犠牲にするのか!


「都からの報告、ごくろうだった。これから都に帰還するため、このまま都まで案内してくれ!」

「わかりました!」


 伝令の男がさけぶように返事した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 痛快です、痛快です!暴かれる書状とドラスレを慕う敵陣部下のみなさん。 こういうの、大好きです。 先が、王都が心配ですが、もう勢いで行けぇ!って感じになります。 はあ、これで気持ちを奮起させ…
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